二塁手 真弓公子Ⅴ
突然の勧誘に目をパチクリさせている公子に、克也は野球部のことや虎子から渡されたメモに公子の名前があり、公子を探していたことなど説明をした。
「S組の校舎に行ったら門前払いされて、真弓さんに会うのは無理だと半ば諦めていたんだ」
昨日、克也は真弓に会いにS組のある『城』へ行くも、警備員に門前払いされ仕方なく戻っていたところだったという。
「これは運命だね」
「た、ただの偶然ですわ」
運命という言葉が気恥ずかしく顔を赤くする公子。
「それでどうかな?」
克也は先程の誘いの答を求めた。
「どうもなにも、わたくし野球をしたことがありませんのよ。そもそも野球って面白いのですの?」
「面白いよ!」
自信満々に即答する克也。
「そうだ、真弓さん時間はある?」
時計を確認すると、寮の門限まではまだ余裕があった。
「ええ、大丈夫ですわ」
「それなら、これから出かけよう」
言うが否や克也は「着替えてくるから待っていて」と言い残し戻って行った。
テニスコートの前、制服に着替えた公子は克也を待っていた。
周りに心臓の音が聞こえるのではないかという程、ドキドキしている。
男子と二人で出かけるなんて使用人だった今岡を除けば初めてだった。
練習の後、疲れた体を癒すため、カフェでお茶でもしようというのだろうか。
それも二人っきりで。
二人でお茶だなんて、、、これは噂に聞くデートというものではないか。
そう考えると公子の顔は熱くなった。
当然のことながら公子はデートなんてしたことはない。
それも昨日会ったばかりの男性とデートだなんて誰が予想するだろうか。
もし和義が使用人を付けていたらこんなことにはなっていないだろう。
これも偶然、いや克也の言うところの運命なのだろうか。
公子はドキドキする心を落ち着けようと、深呼吸を繰り返すのだった。
「ごめん、待たせたね」
少しして、こちらも制服に着替えた克也が走りながらやってきた。
「べ、べつに待ってなんかいませんわ」
「じゃあ行こうか」
思わずツンデレった公子に何か反応を見せるでもなく、公子を促し歩き出す克也。
少し熱をもった顔を克也に見られぬよう、俯きながら克也と歩く公子であった。
「ここだよ」
克也はある建物の前で足を止めた。
電飾が点灯し煌びやかではあるが、お洒落とは言い難く、絶対にカフェなどではない。
商業施設のようだが公子にはここが何なのか分からなかった。
「ここは何なのですの?」
「バッティングセンターだよ」
「バッティングセンター?」
バッティングセンター。名前は聞いたことはあるが、これまで遊びに行くことなど殆どなかった公子は、来たのは勿論、見るのも初めてだった。
克也に促され店内に入ると、カキーンと他の客がボールを打つ小気味よい音が聞こえてきた。
物珍しさもあり店内を見回す公子に克也は「ちょっと待ってて」と店内に据えられた機械に駆けていった。
「はいこれ」
克也は戻ってくると先ほど購入したものを公子に渡した。
「これは何ですの?」
渡されたコインを不思議そうに眺める公子に遊び方を説明する。
「あまり面白そうには思えませんわ?」
説明を聞いた公子は、思ったことを素直に口にする。
ただマシンから発射されたボールを打ち返すだけ。それも、ご丁寧に打ち返しやすいコースにボールが来るというのだ。
そんなのは簡単で、つまらないと公子は思った。
しかし、「面白いから」と勧めてくる克也を無下にもできず、公子は空いている近くのケージに入った。
「あっ、ちょっと待っ――」
克也の制止も時すでに遅し、ゲージに入るなり公子はコインを投入する。
「後はここで待っていればいいんですのね」
バッターボックスに立ち、構える公子、マシンを正面に見据え、足を肩幅に開き膝を軽く曲げ体の前でバットを握るその構えは、とても野球のそれではなかった。
マシンからボールが発射されると、公子は半身になりテイクバックし、ボールの軌道を目掛けスイングする。
「えっ?」
しかしバットがそこにたどり着いた時、そこにボールはなかった。完全な振り遅れである。
「真弓さん、構えはこう」
克也はポーズをとりながら公子に声をかけた。
野球はテニスと違いストライクゾーンに来たボールを打てばいい。動く必要はないし、どっしりと構え、待てばいいのだ。
それにラケットと比べバットは重く、スイングスピードも遅くなる。
今のようなスイングをしていては、ボールに当てることすらできない。
(だからあの構えですのね)
納得した公子は克也の構えを真似、次のボールを待つ。
再びマシンからボールが発射されると、ボールに向かいバットを振り下ろした。
ボクッという鈍い音と伴にバットが弾かれる。
「あ、当てた!?」
結果はともかくバットに当てたことに驚く克也だったが、バットを弾かれ両の掌をじっと眺めている公子に気付き声をかける。
「真弓さん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですわ、ただ」
「ただ?」
どこか怪我でもしたのではと、心配そうに公子を見つめる克也。
「手が痺れていますわ」
「あははは、バットの先だったからね。それに手打ちになってたし」
ボールに当てることだけを考えていた公子は、手だけでボールを打ちにいった。
そんな力のないスイングではボールをはじき返すことができず、逆にボールの勢いに負けたばかりか、バットの先に当たったため手が痺れたのだ。
「ちょっと変わろうか」
手が痺れてバットが振れない公子と入れ替わり克也がケージに入ると、克也のスイングに合わせカキーンと気持ちのいい音が響き渡る。
公子が当てるだけしかできなかったボールを簡単に打ち返している克也の姿は公子の負けん気に火を付けた。それもはただ熱くなるだけではなく、冷静に克也のバッティングを観察する。
手の痺れも治まり再びケージへ入った公子の構えは、先程までとは打って変わり様になっていた。
マシンからボールが発射されると今度は手だけではなく、腰を回転させスイングしバットがボールを捉える。
会心の当たりとはいかないが、フェアゾーンにボールが転がる。
「やっぱり痺れますわ」
さっき程ではないものの、テニスとは違う衝撃に僅かながら戸惑いを見せる。
「芯で捉えると大丈夫だよ」
ケージの後ろに立つ克也は芯の位置を示した。
「そこに当てればよろしいのですのね」
集中した公子の表情が変わった。
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