一塁手 新井美帆Ⅳ
ホームルームが終わりスマホを確認すると菜那からの返信がきていた。
そこには猫のスタンプと一緒に『中庭で待ってるにゃ~』と書かれていた。
自転車に乗った小さい先輩、噂のことを聞いたとき、それは菜那のことではないかと美帆は思った。
もし菜那だったら噂のことを確認したかった。
噂が本当なのか確かめたかった。
本当にあの男の子が……。
だから菜那にメッセージを送った。
あまり他人と関わらない美帆、それも男子なら尚更だ。しかし今回は噂のことが気になった。
学校中の噂だから?姉が関わっているかもしれないから?分からない、分からないが気になるのだ。
教室から出て中庭へ急ぐ。
数年ぶりに再会した亜美とも話したかったが、同じ学校、しかも同じクラスだ。
明日から毎日会えるし話もできる。そう考えた美帆は今一番気になっている問題を優先した。
「お姉ちゃん」
菜那を見つけた美帆は菜那のもとへ駆け寄る。
「みーちゃん朝ぶりにゃ。」
ニコニコしながら声をかける菜那。
「それでどうかしたのかにゃ?」
相変わらずニコニコしてはいるが、突然のメッセージに心配していることが妹である美帆には分かった。
こう見えて菜那は意外と面倒見がいい。伊達に一五年もお姉ちゃんをやっているわけではないのだ。
しかし残念なことに、見た目同様、普段の言動も幼いためそう見えないのだ。
「噂話の小さな女の子ってお姉ちゃんじゃない?」
「にゃ?」
美帆の問いに何のことか分からないと言った様子の菜那。
「今朝、校門の前で男の――」
「にゃ!」
菜那は何か思い出したかのよう喋り始めた。
「そう言えば、あーみんにあったにゃ。にゃんと、あーみんも桜華女子に入学してるにゃ」
質問の違う答えではあったが、菜那が美帆と出会っていたことに驚く美帆。
「美帆、那奈先輩」
美帆が驚いていると二人の名を呼声が聞こえた。
「「亜美ちゃん・あーみん」」
視線を移すと正に今、話に上がっていた亜美がそこにいた。
「どうしたの、亜美ちゃん」
おそらく亜美は自分を追いかけてきたのだろう。呑気に「奇遇」だと言っている菜那とは対照的に、何か用事でもあったのかと問いかける美帆。
「美帆の様子が気になって」
「私の?」
自分のことが気になった?
思いもよらぬ答えに、不思議そうに亜美を見つめる美帆。
「ええ、慌てて教室から出て行くから、心配で」
「心配?私を?」
「そうよ」
亜美の表情は真剣だった。
「亜美ちゃんは相変わらず優しいね」
「友達を心配するのは当然でしょ」
「亜美ちゃん……」
さも当然とばかり言い切る亜美。昔と変わらぬ亜美の優しさは嬉しかったが、変わってしまった美帆は複雑な気持ちでもあった。
「それより美帆、どうかしたの?」
自分のことより美帆の様子が心配と言わんばかりに訊いてくる亜美。
「噂のことでお姉ちゃんに確認したくて」
「噂?」
何のことか分からない様子の亜美。その様子を見るに、恐らく亜美は噂のことを知らないのだろう。
桜華女子は生徒の殆どが桜舞島の者だ。当然友達グループが形成されている。時が経てば解決するだろうが、島の外から来た生徒は馴染みにくいといっていいだろう。
まして今日は登校初日、すでに出来上がっているグループに初対面の者が入り込むには、相当の社交的スキルを持っていない限り難しいだろう。
それに亜美は美帆を追いかけてきたと言っていた。つまりホームルームが終わり、すぐ教室を出たとことになる。そんな亜美が噂のことを知らないのは当然のことだった。
「今朝、校門の前で自転車に乗った女の子が男子生徒に押し倒されたって」
「にゃんと、そんにゃことがあったのにゃ」
初耳と言わんばかりの菜那に美帆は言葉を続ける。
「その女の子の容姿がお姉ちゃんそっくりで……。お姉ちゃんじゃないの?」
「にゃ?」
質問されているのに何かを訊ねるように自分を指差し、美帆と亜美を交互に見る美帆。
「あっ!」
そんな菜那とは対照的に何かに気付いた様子の亜美が菜那に言った。
「那奈先輩、それって今朝のことじゃ」
……
……
……
!!!
「そうにゃ!菜那にゃ、菜那自転車で転んだにゃ」
亜美の一言で今朝の出来事を思い出した菜那、やはり美帆の予想は当たっていた。
「それでお姉ちゃん、噂は本当なの?本当に押し倒されたの?」
美帆にはあの男子がそんなことをするなんて信じられなかった。
美帆が、男子のことを気にかけるなんて希有なことだった。
実際に美帆自身でさえ、自分の気持ちに戸惑っていた。
「そうにゃ、菜那が風を切って桜を見ながら気持ちよく登校してたら、校門の前で男の子にぶつかって倒されたにゃ」
まさか?と思い美帆は確認する。
「それお姉ちゃんがよそ見をしていて、ぶつかったってことじゃない?」
「そうとも言うにゃ」
「そうとしか言いません」
菜那に呆れながらも、噂が本当でなくてよかったと安堵する美帆であった。
そんな二人のやりとりに亜美の笑い声が響く。
そんな亜美を見て美帆と菜那も自然と笑顔になる。
まるで昔に戻ったかのような懐かしい空気。
その空気を三人とも心地好く感じていた。
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