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一塁手 新井美帆Ⅲ

 教室に戻り自分の席に着く。桜華女子は、桜舞島の生徒が大多数を占めるが、美帆のクラスには見知らぬ顔も多かった。

 桜華女子は生徒の学力にばらつきがある。

 希望すれば誰でも進学できる島の生徒と、難関を突破してきた外からの受験組がいるのだから当然だ。

 その問題を解消するため、学力でクラス分けをしている。

 クラスはS、A、B、C、Dの五クラス。

 S組は特殊だがA、B組が特進クラスでC,D組が普通クラスといった具合だ。

 中学で成績の良かった美帆はA組となったが、当然ながら入試組の殆どがA,B組となるため、見知らぬ顔が多かったのだ。

 多いと言っても半数もいるわけではないので、一般的な高校と比べると顔見知りばかりと言えるのかもしれない。

(あの男の子はB組なのだろうか)

 この教室にはいないハンカチを拾ってくれた男子生徒のことを考えていた美帆は、先程の話を思い出し、取り出したスマホを操作した。

 

 担任の教師がきて恒例の自己紹介が始まった。

 恒例とはいえ美帆は自己紹介は好きではない。

 あの出来事以来、人前で何かするのは苦手な美帆、男子がいるなら尚更だった。

 出席番号順なので美帆の順番はすぐにやって来た。

 顔を赤くして聞こえるか聞こえないかの小さな声で簡潔に自己紹介をすませる美帆。緊張で声が出せない美帆にとっては、あれでも精一杯の声だった。

 自己紹介を終え、腰を下ろしホッする美帆。

 こういうのは出席番号順が定番なので何を言うか考える間もなく美帆の順番はやってくる。

 自分が新井ではなく山田とかだったら前の人を参考にできるのにと思いもする。

 実際にそうだったとしても、美帆の性格からして自分の順番が来るまで緊張し、前の人の自己紹介を聞いている余裕はないだろう。

 美帆は今の自分が好きではない。情けない自分から変わりたいと思っている。

 あの頃ように……。

 そう、亜美たちといたあの頃のように。


「小林亜美です――」

 !!!

 まさに今、思っていたその名前に、まさかと思いながら自己紹介をしている生徒に視線を向けた。

 亜美だ。そこにいたのは紛れもなく亜美だった。

 なぜ亜美がここに?

 そんな美帆の疑問は亜美の自己紹介によって解決した。

「――野球部が出来ると聞いて、野球をやりたくて桜華女子にきました。野球は楽しいです。皆さんも野球部に入りませんか、一緒に全国目指しましょう」

 希望に満ちた目をして語る亜美の姿は昔と変わってはいなかった。

 桜華女子は部活が盛んではない。本気でスポーツをしたい者は島外の強豪校へ行く。

 桜舞島の者なら誰もが知っていることだ。

 一般入試で来た者も、部活目的で桜華女子を選んだ者はいないだろう。

 そんな桜華女子で野球をするために来たと言うのは、変わり者と噂されるかもしれない。

 自分には到底言えない。もしそうだとしても、言う勇気がない。

 そんなことなど気にする様子もなく、堂々と語る亜美の姿は、自分とは対照的で眩しく見えた。


 そんな亜美の言葉に少し教室がザワつく。

 部活をするために桜華女子に来たということ。まして、部活動が盛んではないここに新しい部ができるという事実に驚いている様子だった。

 亜美は野球をすると言った。ということは女子野球部ができるということだ。共学になったから男子野球部なら分からなくもないが、女子野球部なんて本当かと疑問の声が聞こえていた。

 

「また一緒に野球をしよう」

 亜美との約束が甦る。

 亜美は私を覚えているだろうか?約束を覚えているだろうか?覚えていたら絶対野球部に誘ってくるだろう。

 また亜美と一緒に野球ができる。いや、一緒に野球がしたい。そんな気持ちとは裏腹に、そもそも人前で何もできない自分では、まともなプレーなんてできるわけがない。皆に迷惑をかけるだと考える自分がいた。

 それに野球をやるやらない以前に、野球部が始動するのは不可能だと美帆は思った。

 理由は部員集めだ。

 野球はチームでやるスポーツだ。試合をするためには最低九人は必要になる。

 亜美は甲子園を目指すと言った。全国大会を目指すと言いたかったのだろうが、そうなると遊びのような練習ではないだろう。それについてこれるほどの情熱をもった者でなくてはならない。

 この高校に、そんな生徒が何人もいるとは思えない。部員を集めることは不可能だろう。

 ただ……

 もしまた亜美と一緒に野球ができたら……

 亜美と一緒ならあの頃の自分に戻れるかもしれない。

 希望と不安。

 そんな気持ちに美帆の気持ちは揺らいでいた。


 


 

お読みいただきありがとうございます。

次話もご一読いただければ幸いです。

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