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投手 小林亜美Ⅴ

「一度でいいのでチャンスをください」

 春休みも終わり、最上級生になった亜美は監督に直談判をした。

 監督も必死に懇願する亜美を無下にはできず、駄目だったら諦めるという条件で、次の練習試合で先発させると承諾した。


 そして、その練習試合。亜美にとって最初で最後のチャンス。

 バッテリーを組むのはベンチ入もしていない二年生。

 捕手に限らず試合に出ているのは控えの選手ばかりだった。

「先輩のスピードなら、なに投げても捕れるんでサインはないっす。ミット見てそこに投げてください」と生意気にも言い放ち、サインは決めず試合に入った。

 この慢心さがベンチ入りもできない要因なのだろう。

 試合開始前の投球練習ではストレートのみを投げ試合が始まる。

 初球は様子見だろうか、外角のボールゾーンにミットを構える捕手に亜美は首を振る。

 亜美は試合が始まる前から決めていた。この試合の最初の一球は最高のボールを、ど真ん中に投げ込むと。

 真ん中に構えられたミットを目掛け全力で投げ込む亜美。

 初球は打つ気がなかったのか、逆にど真ん中で驚いたのか、打者はボールを見送ると、ボールはそのままミットに吸い込まれ、、、

 なかった。

 ど真ん中のボールを捕手がキャッチすることが出来ず弾いたのである。

 彼は慌ててタイムを取りマウンドへ向かう。

「やっぱサイン決めときましょう。先輩球種は?」

「ストレートに、カーブ、シンカー、それと――」

 再び打者と対峙する亜美。

 サインに頷き投球する亜美。

 左打者のアウトコースへのシンカー、ストライクゾーンからボールゾーンへ逃げながら落ちるそのボールに、バットは空を切る。

 見慣れない軌道に捕手もキャッチすることが出来ず、体に当てボールを止める。

 この二球で捕手のサインがストレートばかりになる。

 彼も必死だった。ベンチ入りに向け評価を上げなくてはならないと。パスボールで逆に評価を下げるわけにはいかないと。

 球速のない亜美がストレートだけで抑えられるはずはなかった。

 それに控えばかりのチーム。ヒットも打たれたが、半分は記録にならないようなエラーで失点を重ねる。更に亜美の性格も災いし、亜美は三回も持たずKOされる。

 試合後監督から「もう試合で投げさせることはない」と通告されたのだった。

 夕闇の迫るグラウンドで、亜美は一人佇んでいた。

 悔しさで溢れていた涙も今は枯れ果て、流れてはいないが、その顔には生気がなかった。

「野球やめようかな」

 失意のどん底にあった亜美の口から自然と言葉が漏れた。

「やめてしまうのか、もったいない」

 そんな亜美の呟きに応える声があった。

「と、虎子さん」

 突然の虎子の登場に驚く亜美に構わず虎子は話を続ける。

「しかし、ストレートばかりとはいえ、よく打たれたな。丁寧にコースをつけば抑えられない相手ではなかっただろうに、亜美君も熱くなりすぎだ」

 虎子の言うとおりだった。ストレート一辺倒とはいえ、打たれるとついカッとなり、余計な力が入ってしまった。

 その結果、ボールをコントロールすることができず、打たれてしまった。

 小学生の頃から打たれると冷静さを欠き、力任せになることが度々あった。

 結果はいつも散々で、その度に冷静さを持とうと反省するのだが、生来の負けず嫌いの性格は簡単に直るものではなかった。

「アンダースローも様になっていたじゃないか」

「虎子さんに教えて貰った動画を見て」

「他の球種も使えたら抑えるのも簡単だったろうに、それをあの無能、ストレート以外は捕球する自信がないからと……」

 怒りの収まらない虎子は、とても人前では言えないような恐ろしいことをブツブツ言っていた。


「それにしても、短期間で、あれだけモノにするとは。頑張ったな」

 そう、試合に出るために、野球をするために、亜美は相当な努力をした。

 そして今日、最初で最後のチャンスを貰った。

 しかし結果は散々たるものだった。

 もう試合で投げることはできない。亜美の中学野球は終わったのだ。

 高校では男子と一緒に野球をすることはできない。

 今の気持ちのまま、女子の中で野球を続けるのは、男子に負けて逃げてるようで、心の底から野球を楽しむことはできないのではないか。

 それに女子野球部のある高校はそう多くない。

 わざわざそんな高校を探し、進学するほどの価値があるのか今の亜美には分からなかった。

 それならいっそのこと……。亜美はネガティブな思考に陥り最悪の選択をしようとしていた。


お読みいただきありがとうございます。

次話もご一読いただければ幸いです。

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