閑話 騎士の心配
よろしくお願いします
アレクサンドリアの夫は妻をとても愛していた。
愛しすぎるがゆえに、騎士職を辞めて片時も離れずにいたいとよく思っているのだが、アレクサンドリアとの結婚の条件を『騎士になってから』と定めて、ようやく結婚できた経緯があるので、今辞めるのは良くない、と踏みとどまっていた。
ちなみに師匠と呼ぶ魔女が『救国の魔女』という称号を得たとき、一緒にいた彼も『聖騎士』の称号を得ていた。しかし、職業上の階級は騎士見習いだったので、アレクサンドリアに見合うように騎士に、努力の末階級を上げていた。
「アレクサンドリア、学園で何を学んだのか、教えてくれないか。」
遠征から帰って来て、風呂にゆっくりと浸かり、愛妻と食事を終わらせて、ソファでくつろいでいた。
二人は首都から遥か遠く離れた、辺境の地にそびえる古城に住んでいた。両親が気まぐれに買った城で、旅の合間の拠点として使っていた。
一番停留した期間が長かった場所なので、二人は好んでこの城を自宅として使っていた。季節によっては違う屋敷に立ち寄るが、この城が主な自宅と言えるだろう。
維持費はかかるが、騎士職の収入で安定した支払いができるようになっていた。
「皆、収納魔法をよく使うようです。」
彼の膝の上でくつろぐアレクサンドリアが、手帳のメモを見ながらそう言う。
「収納魔法ね。この国ではみんな使えるんだね。」
「そうですね。魔法学園に通える生徒はそもそも優秀なのだそうです。暗記の魔法や物質再生魔法よりは簡単に使えるので、普及させるべき魔法ですね。」
「そうかもね。まあ師匠はあまり使わなかったよね。」
「そうですね。お母様の収納空間をのぞかせてもらったことがありましたが、広大すぎて不便そうでした。人には向き不向きがあるのですね。」
二人して笑う。
「短距離の移動なら、収納魔法も便利そうでした。」
「それを言うなら、師匠は空も飛べるしどこへでも一瞬で行けるのに、徒歩も多かったよな。」
「よく歩きましたね。」
「そうそう。それに俺だけ荷物が多かったから、かなりしんどかった。収納魔法を使ってたら楽だったろうな。」
アレクサンドリアが同情の目を向けると、それもまた可愛くて、愛しくて、たまらず抱きしめる。
旅の途中もよくこの表情で彼を心配してくれていた。
「旅のこと、思い出すな。」
「そうですね。よく行きましたね。」
「そうだな。他には?何を学んだの?」
見上げる妻の頬をなでながら、続きを促す。
「そうですね。授業でパキバラについて質問したのですが、笑われてしまいました。」
「どうして?」
「パキバラは伝説上の生き物だと。」
「ああ、この国ではまず見ないからな。そう思うのだろう。」
二人顔を合わせて苦笑する
パキバラとは大型のげっ歯類の動物で、よく集団で現れる。人々の食料を狙い、嫌がられている。ただの大きなネズミなだけではなく、魔法を使ってくるので、とても厄介な害獣として、遠くの地では知られていた。
「お母様はよくパキバラを火炙りにしていました。」
「僕といた時は僕任せだったから、それは知らなかったな。二人旅の時には仕方なくやってたんだろうね。」
「そうですね。動きがとても早いので、始めのうちは一体一体倒していたのだけど、そのうち面倒になったのか、方法を変えました。」
アレクサンドリアは昔を思い出しているのか、暖炉をぼんやりと見ながら話す。
その妻の髪を撫でながら、彼は静かに話を聞く。
「まず、あたり一帯を氷漬けにするのです。」
「え?」
「そうすると、全ての生き物の動きが止まるので、パキバラだけに狙いを定めて燃やしていました。その後一帯に温風を吹かせて氷を溶かすのですが、中には心停止してしまっている生き物もいるので、一帯に電気を走らせて蘇生してました。」
「この方法だと、周囲がとても悲惨な状況になるので、正しい対処方法があるのか知りたかったのです。」
「周りに人間がいるときもその方法?」
「はい。皆目が覚めた時に驚いていました。温風で色々なものも吹き飛んでますし。」
「…師匠は魔法が雑だからな」
夫も遠い目をして暖炉を見つめる。
「授業では、パキバラがでたらすぐに教えてくれ、軍を出動させる、と言っていました。」
「軍を。」
「はい。以前読んだ本に、この国はパキバラの生息区域だと書いてあったので、話題に出して大丈夫かと思ったのですが、実際に現地を調査してからでないといけませんね。」
「そうだね。失敗から学べることもある。」
彼は夫でもあったが、長い旅の生活の間アレクサンドリアの指導役でもあった。しかし、彼自身もともに放浪生活をしていたので、この国の常識は教えられない。逆にアレクサンドリアに聞くことで彼も常識を覚えていく。
「他にはもう無いかい?」
仲良くなったハレキソスのことや、上級の図書室と普通の図書室との違い、ライオネル少年のことなど色々と話をした。
途中、ライオネル少年のところで夫の表情がかわり、何度も『どんな人物か?』と訪ねてきたことに、妻は気が付かない。
「上級の図書室の本ね。僕は見てみたいな。それで、ライオネル少年はどんな子なんだい?」
「唐草模様の入れ墨か。それは扱いが難しそうだな。それで、ライオネルというのはどんなのなんだい?」
「…正しい礼儀作法を教えてくれる、か。それで、そいつはどんなやつなんだい?」
特にライオネルに興味がなかったアレクサンドリアは、夫が興味を持っているとは露とも知らず、学園での様子を話し続けるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
夫は苦労人です。