5話:魔王の元へ
太陽の日差しを感じ目を開く。
今は何時だ?ベッドの横にある時計に目をやるもそこにはなにもない。
そういえば、いまは日本どころか地球でもなさそうなところにいるのを忘れてた。
正面の壁の方を見ると時計はまだ6時を少し過ぎた時間を指している。いつもなら7時位に目を覚ますのだが、カーテンが無いので直接差し込んでくる日差しで起きてしまったのだろう。
日課の走り込みでもしようと考えたが、この町を案内してもらったとはいえ知らないところが多いし目立つのもなんだかしのびないのでやめておく。
「仕方がない」
俺は部屋で雨の日に走れない用の筋トレのメニューをすることにした。
準備体操の定番であるラジオ体操をしながら、昨日考えていた魔王を大食い対決に乗せるための対策を思い返す。
まずは、お互いに勇者と魔王であることを理解するために、こちらから魔王かどうかの確認をしてからこちらが名乗りを上げる。
これで大食い勝負にするための第一関門は突破できると思う。流石にこれに失敗はないと思いたい。
次に、魔王は乗せられやすいタイプだとイリスさんから聞いているので、周りの配下が魔王を持ち上げる感じもしくは魔王が否定しにくい感じの盛り上げ方をしてもらえるように鎌をかける。
これはその場の雰囲気でどうにかしないといけないだろうからまぁノリだな。
ここまでくればあとは問題ないと思うが、ここからは考えられる相手が断るときの対策でも考えるか。
体操を終えて、腕立て伏せの体勢に入り筋トレを始める。
仮に話を全く聞かずに攻撃してくるなら、イリスさんたちを頼る他ない。だから、どこかのタイミングでお願いをしておくべきだろう。
他は……。他は……。う~ん、これ以外思いつかない。想像力のなさがここにきて仇になるとは。今まで特に作戦を考える必要性がなかったので困ったことになった。
まぁ、仕方ない。戦闘に持ち込まれる以外はその場もしくは時間があればなにかイリスさんにも案がないか聞いてみるのもいいか。
そういえば、大食い対決に持ち込めたならルールが必要だからそれも考えないといけないのか。
基本的にはあっちにあったものを使うとして、ここで必要なルールは……。
食べたあと魔法で胃の中のものを消し去るみたいなのがあったら困るから魔法を禁止にするのと、妨害禁止くらいか?
ある程度考えがまとまり終わったとき、ドアをコンコンとノックする音が部屋に響いたのでそちらに意識を向ける。
「はーい」
ドアが開きトレイを持ったセンさんが現れた。
「朝食をお持ちしましたのでどうぞ訓練を終えた後にでも食べてください」
筋トレをしている最中に来たから汗だらけだったのが訓練しているように彼には見えたのだろう。
間違ってはいないが完全に正しいわけではないので反応に困る。
苦笑いを浮かべてろくな会話をすることもなく彼がトレイを机の上に置いて扉の方に帰っていくのを目で追っていく。
センさんがドアから出ようとしたとき振り向きざまに
「あぁ、そういえば、隊長が11時30分になりましたら昨日入ってきた門で待ち合わせようと言っていましたのでよろしくお願いします」
「わかりました」
そう言って彼は軽く頭を下げてすぐに扉から出ていき静かに扉を閉めた。
集合時間がわからずあたりをウロウロする羽目にならなくてよかった。
「朝ごはんをありがたく頂戴するとするか」
ある程度筋トレのメニューはこなしたので切り上げ机の方に向かう。
集合の時間までまだ余裕があるので朝食を食べながら魔王を乗せる作戦を詰められるだけ詰めることにする。
あれから作戦を考えていたものの全く思いつくことなく頭を抱えていると、ふと時刻が気になったので時計を見ると11時20分近くを指していた。
「うわ、あっぶね遅刻するところだった」
身支度など特にする必要がなかったのでそのまま慌てて部屋から飛び出して昨日の門の方へと歩みを進める。
数分で門のところまで来ると武装した兵士が10人程度と住人と思われる人たちが兵士と同じくらい集まっていた。
こんなに人が集まっていてなにかあるのだろうか。
「どうされたんですか?」
近くにいたお年を召した少し顔がいかつめな感じの人に話しかけると、彼はこちらを振り返りめんどくさそうな顔でこちらを見る。
「どうしたもこうも、今から魔王のところに行って食材を渡しに行くのさ」
そんな事も知らないのか?と言いたげな目をしながらも話してくれる。
渡しに行くこと自体は知っていたがそれと同行する形で行くとは考えてもいなかった。
「そうなんですね」
「お前見ない顔だな。どっから来たんだ?」
「ええ、森の方で彷徨っていて、ここの隊長さんに拾ってもらったんです。それで大食い大会をすると言うので力になれないかなと思いまして」
これで何度目かと言うやり取りをしながらも、昨日イリスさんが言っていた経緯を思い出しながら自分で考えた理由と目的を話す。
だが、聞いてきた本人はどうでも良さそうにしている。
「そうか、そりゃがんばんなよ。期待はしていないがな」
全く期待していないのか、これで話は終わりだと言わんばかりに背を向けられて俺から離れていく。
いかつめの人から目線を上げてみればイリスさんが周りをキョロキョロと見回しながら歩いている姿が見えた。
「あ、いましたいました!! ゆう……」
勇者様と言おうとしたが、ここでは勇者だと言うことを隠していたことを思い出して俺の名前をひねり出そうと眉間にシワを寄せながら軽く横に揺れながら考え込んでいるように見える。そして、ハッと思い出したかのようにしっぽと人差し指を素早く空に向けて
「カズナリさん!!」
と俺の名前を呼びながらこちらに手を振って近づいてくる。
横に揺れていた理由の予想は当たっていたみたいだ。
「わかりやすい人だな」
人に聞こえないくらいの音量で呟き、こちらも手を振り返して居場所を知らせるように振る舞う。
でもなんで名前呼びなんだろう。まぁいいか、そこまで追求することでもないし。
「おまたせしました」
駆け寄ってきた彼女は昨日の服装とはまた違った装いだった。
昨日着ていた動きやすそうな狩人の服装ではなく全体的に兵士を思わせるような感じの装備だった。
ただ、猫耳にイヤリングと手を振っている方のすべての指に指輪がはめられていることが兵士と思わせるには違和感を持つ材料になっていた。
「昨日とはずいぶん格好が違うのですね」
「はい。魔王に食材を渡しに行くときには魔王軍とかなり近づくことになるので弓の装備は対応が遅れることになりますので、こうゆう接近戦ができるような装備で行くことにしているんです」
イリスさんは軽く腰を左右にひねりながら全体を見せるように動いてくれる。
確かにいちいち弓を引く動作をしている間に斬りかかられるか。
「そういえば、こんなに大勢を連れて行くんですね。ただ単に食材を届けに行くだけだと思っていました」
「はい。昼の大食い大会ではこちらの料理人が料理をして提供しているんです。それも魔王と交わした条件の一つなんです」
へーと感嘆していると、一人の武装をしている隊員がこちらに歩み寄ってきてイリスさんに話しかける。
「隊長、準備が整いましたので出発したいと思います」
「えぇ、わかったわ。今日もよろしく」
兵士は、「はい」と返事をして荷車のところまで行き先導していく。
「私たちは少し後ろからついていくとしましょうか」
イリスさんはそう言いみんなが動き出してから遅れてついていく。
「それで魔王と勝負するための対策はどうなったのでしょうか?」
唐突に振られた話題に少々困惑しながらも朝考えていたことをそのまま伝えることにする。
「なるほど……。ほとんど現場判断ですね」
聞き終わった彼女は特に意見はなさそうな反応を示す。ただ、これを対策というのか?という感じは否めないが。まぁ、こんな機会に遭遇しなかったので仕方ないと思ってください。
「他になにか対策しておいたほうがいいことって思いつきますか? 俺ではこのくらいしか考えれなくて」
「そうですね~」
彼女は顎に手を当てながら考え込んでいると1つ思いついた顔をしてこちらを見る。
「相手が断って別のもので勝負をしようと言ってきたときどうなさるのですか?」
「……。確かに、受けるか戦闘かという前提でしか考えていませんでした」
鳩が豆鉄砲を食らったとはこのことと思わされる事実に驚愕していた。なんなら数秒口が開きっぱなしだった可能性すらある。
「ど、どうしましょう」
イリスさんに向けて助け舟を求めるように尋ねる。
彼女はそれに対して早口で考えを話してくれる。
「戦闘になるようであれば私達に任せてもらえればいいですが、でもまぁ、あの魔王の性格と周りにいる配下の行動から考えれば魔王がバカにされたら必ず突っかかってくるでしょうし、魔王も持ち上げられれば勝負に乗っかってくると思うので大丈夫だと思いますよ」
「そ、そうですか。わかりました。戦闘の方はお願いします。なんだか申し訳ないですけど。やることはちゃんとやりますので」
魔王を倒すのは俺でないといけないことは分かっているし覚悟は決めているので大丈夫だと伝わればいいが。
「はい。任せてください」
胸を張ってトンと自分の拳で軽く叩く。
「それはそうと、ゆう……、カズナリさんは武器持ってないですよね」
「持ってないですね」
確かに魔王を倒すのであればなにかしら持ってきていたほうが良かったな。
そんな今さら頭を悩ませても仕方がないことを考えていると
「でしたら、これを腰にでもつけておいてください」
イリスさんは空中に手をかざし、そこからいきなり出てきたベルト付きの短剣を俺の方に向けてきた。
「あ、ありがとうございます」
柄になにか文字が書かれている短剣の重みを感じながら腰に巻いておく。
「いえいえ、魔王から攻撃されても魔法が付与されている剣なので大抵のものは防げると思います」
イリスさんはまあ魔王が攻撃してくるなんてことにはならないと思いますけど、と付け加えて軽い足取りで前に出る。
足を止めて腰につけた短剣を眺める。
この短剣を使わないで済むことを祈るばかりだ。そのためにはうまく立ち回って大食い勝負に持っていくようにしないと。
覚悟を今一度確かめてイリスさんの後ろについていく。
軽くこれからのことについて話していたら荷車をひいて歩いていた人たちが足を止め始めた。
「もう着いたのですか?」
「はい。ここに魔王が現れてそのまま居続けています。なので、ゆう、カズナリさんもかなり近くにいましたので魔王と鉢合わせていた可能性もあったかもしれませんね」
まだ歩いて体感10分程度しか経っていないが魔王はかなり近くにいたみたいだ。
荷車を引いていた人たちが休憩をするためなのか後ろに下がってくる。
「お疲れ様でした、みなさん」
イリスさんは横を通り過ぎていく人たちに労いの言葉をかけ、その言葉を受けた人達は「いえいえ」と軽く流し俺がいるところから少し離れた木の下に座り込んだ。
「じゃあ、そろそろ行ったほうがいいのでしょうか?」
イリスさんに少し緊張で上ずった声が出た気がしないでもないが尋ねてみると、彼女はクスッと軽く笑った。
「いえ、まだ荷物をおろしきっていないですし、料理もまだ仕込みすらしていないので時間はかかると思いますよ」
「あ、そうですよね。あはは……」
確かにそれを忘れていた。ことの重大さで緊張をしていたのかかなり焦っているようだ。 俺の緊張を感じ取ったのかイリスさんは柔らかな笑みを浮かべ
「大丈夫ですよ。もし戦闘になっても私達が町の人たちには指一本振れさせませんから。根拠のない言葉かもしれませんがゆう……、カズナリさんだったら大丈夫です!! 自信を持ってください!!」
両手で俺の手を包むように握ってくれる。
その握られた手から彼女の温かさが伝わり緊張のせいで自分の手が冷たくなっていることに気づいた。
握られていると段々元の温かさが戻ってきたのと、激励のおかげで不安感が軽くなる。
今まで声援で心の安定を感じたことはなかったが、初めて声援に助けてもらえたと思えた。
「もう大丈夫です。イリスさんありがとうございます」
「いえいえ大したことではありませんよ」
彼女は俺から手を話して両手を軽く振りながら、いつものことですと言いたげにしっぽをゆらゆらと揺らしていた。
「はじめて魔獣と戦闘を始める兵士の士気を安定させるのも隊長としての責務ですからね」
片目を閉じ、左手の人差し指を立てて笑顔で応じる。
その例えは現代人の俺には想像しにくい例えではあったが、励ましだということだけはわかった。
そうこうしていると、料理人たちが調理を開始してその横から魔王と思わしき人物が出てきた。
読んでいただきありがとうございます
待っていた方がいるのかはわかりませんがおまたせしました
次はようやく魔王が出てきますのでお楽しみに
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