4話:決意
イリスさんから漁港の方に向かいましょうかと提案されたのでそちらの方に進んでいく。
「おっと、」
向かっている途中、道脇から4人の子どもたちが出てきて危うくぶつかるところだった。
「こら、曲がるときはちゃんと左右を確認しないといけないでしょう!!」
イリスさんが、たしなめるようにやさしく声をかける。
それに4人の子どもたちは反応することなく。
「あ、隊長だ!!」
「隊長!!勇者の話をして~」
出てきた子供たちはイリスさんのもとにすぐに近寄り勇者の話を求める。
「も、もう話を聞きなさいよ~」
イリスさんは困ったように彼らを見ている。
「はぁ、まぁいいわ。でも、ごめんね。今はこの方の町案内をしている最中だからできないんだ。それにもう日が暮れるわよ。早く帰りなさい」
少々諦め気味な声で彼らが話を聞かなかったことをなかったことにして、作っているとわかる叱責をしながらも子どもたちに帰りを促す。
「そっか~、残念」
「勇者様早くこなかな?」
「絶対かっこいい鎧とか剣とか持って魔王と戦うんだろうな!!」
「見てみたいね~」
などと叱責には一切反応せず子どもたちは勇者について思い思いの感想を述べる。
「もう、皆今は危ないんだから暗くなる前にちゃんと帰る」
「「はぁ~い」」
子どもたちはわかっているのかわかっていないのか適当な返事をする。
でも、それはきっと勇者はこの世界の人達にとって本当に希望的な存在で、必ず助けてくれるという期待もあるのだろう。
そんなことを考えていると、1人の子がぽかーんと口を開けながら俺のことを見て
「隊長の隣の人すごい筋肉だね!!まるで勇者様みたいだよ!!」
イリスは少し顔に出ていたが、俺は苦笑いをしながら
「違うけど、ありがとね」
作った笑顔で返した。
子どもたちは手をこちらに振りながら元気よく俺たちとは反対方向へと走っていった。
子どもたちと別れてから少し歩き、海に止まっている船が見えてきた。
あたりを見渡すと近くに大きな倉庫のようなものが見える。なんの倉庫なのかわからないがそれなりに大きい。
だいたい、赤レンガ倉庫くらいの大きさだろうか。一体何を入れているのか。
「ここは食料庫です。不漁や不作で食べ物が集まらなかった場合に備えてかなりの量を貯蔵できるようにしてあるんです。でも、魔王軍にかなりの量を渡してしまっているので、あとどれくらい持つか……。」
俺が興味を持っていることを察したのか、食料庫の説明をしてくれた。
「魔王軍ってどれくらいいるのでしょうか?」
「見た感じでは60程度でしょうか。私が見ていない方を含めても100はいかないでしょうね」
「結構少ないですね。軍というより隊という感じですかね」
「そうですね。普段の魔王であれば数千数万はいるのですがあまりに少なくて来たときは内心ですごく驚いてました」
俺も大群が来ると思ったら全然いなかったらびっくりすると思う。
魔王軍がそこまで数はいないけど食材が大量に取られているのは大食い大会が開かれているからだろうな。
食材がすごく必要になる競技だからそれをこの町の倉庫だけで補えるならどのくらいの量を保管しているのか純粋に気になる。
「中を覗いてみますか?ここの管理は私達の仕事でもあるので入れますよ」
「そうなんですね。じゃあ、覗いてみたいです」
「わかりました」
彼女は扉に手をかざすと自動で扉が左右に分かれていく。
そして、食料庫の中に入るとたくさんの魚や肉、野菜が入った箱などがおいてあった。
だが、それらすべてに紫色か青色のようなオーラが漂っていた。
「この色がかかっているのはなんしょうか」
「あぁ、それは魔法です。ここで保管されているものはすべて時間魔法で時を止めて保存しているんです」
そんなことができるのか。魔法は便利すぎやしないか。
食材から目を離して全体を見てみると、外にいたときの外見よりもなんだか縦に大きい気がする。
「外から見たときよりも中が大きく感じる気がするのですが、気のせいでしょうか?」
「気のせいではないですよ。魔法で中をいじってますのでほんとに広くなっていますよ」
いや、本当に魔法、便利だな。
「だったら、あんなに大きく土地を使わなくても小屋みたいなものにすればいいのではないですか?」
こんなに大きくなくても小さめの小屋みたいなのを大量に作れば、土地に関係なく大きな中身を作れると思ったのだが、イリスさんからは控えめな反応が返ってきた。
「う〜ん、そう便利なものではないということですね。土地柄もありますし条件が揃わないと拡張魔法は使えないですからね」
「そうなんですね」
魔法にもそれなりにルールというものがあるのかもしれない。
軽く見回るくらいで倉庫の見学を終えて外に出てみると夕日が地平線に沈みかけていた。
「私達がこの町で一番自慢できるものを見に行きませんか?」
おそらく、二人の奥さん方が話していたもののことだろう。
「はい。お願いします」
どんなものが見れるのかわからないが、まぁ多少は楽しみだ。
イリスさんを先頭に俺は後ろからついていく形で目的地の場所まで向かった。
たどり着いたところはなんということのない浜辺だったが海の水はかなり透き通っており底もきれいに見えていて夕日の光を反射してキラキラ光っていた。
それに加えて夕日の明るさが都会でしか暮らしたことのない俺からすればそれはもうきれいとしか言い表せないほど素晴らしいものだった。
確かにこれは一度は見に来たほうがいいというのも頷ける。
「すごいですね。とてもきれいです」
素直な感想をイリスに伝えると、彼女は尻尾を大きく揺らして嬉しそうにしていた。
「良かったです。あまり観光地のようなところではないのですがこの夕日の綺麗さだけは他のどの都市よりもきれいな自信があります」
イリスは笑顔で自慢気に話をしてくれる。
そんな彼女の太陽のように明るい声と夕日に目をやりながら今日起こったことを思い出す。
車にひかれて、イノシシに追いかけられて、勇者だと言われて、魔王を倒せば元の世界に戻れるとか。色んな事や話があった。
そして、短時間だけどこの町の現状を見て、色んな人と関わった。
イリスさんたちは今も警備を続けていて、それに町の人達のために夜まで守っている。上からになるが俺はそれをとてもすごいことだと思う。
今まで他の誰かのために何かをするより自分が決めたことにしか真剣に向き合わず、それに必要ないことは全くやらずに過ごしてきた。
だが、人生最後くらいは誰かのために決められたことをしてみてもいいのかもしれない。
まぁ、殺し合い以外で魔王と勝敗を決められるのであればという話ではあるが。
だから、イリスさんに一つ尋ねてみることにする。
「イリスさん」
「はい。なんでしょうか」
「勇者と魔王の戦いは殺し合いでしか勝敗が決まらないのでしょうか?」
夕焼けが落ちきり、夜の暗闇が彼女を包む。
周りの街灯がそれに気づき明かりを灯す。
彼女は海から俺の方に視線を向けて口を開く。
「いえ、基本的にはそうなんですが、例外もありまして二人が認めた内容であればどんなもので勝敗を決めてもいいみたいです」
「なるほど、過去にもそんな事例はあるのでしょうか?」
「はい。1つ例を挙げるとするなら、普通の人間同士だったのですがちゃんとした魔王と勇者でしてその二人がたたいてかぶってジャンケンポンというものをして勝敗をつけた例がありましたね」
「……。いや、どんな勝敗のつけ方ですか!?」
意味不明すぎて思考が停止していた。
そんな現代的なやり方で勝ち負けを決めていいのかよ。しかも、魔王って角とか生えてる感じの人じゃないのかよ。人間でも魔王になれるのかよ。
なぜか、柄にもなく心のなかで突っ込みまくっていたがまぁいいか。とにかく、殺し合い以外でも勝敗をつけていいみたいだ。
彼女は「あともう一つ例ではないのですが、補足がありました」と言って話を続ける。
「戦いを始める前に両者が勇者と魔王ということを認識しなければいけないらしいです。理由は不明です。ただ、基本的に今までもそうなっているので」
「一体それになんの意味があるのでしょうね……」
「さぁ、儀式みたいなものでしょうかね」
もう特段突っ込むこともないと思いそのまま受け取ることにした。
意味不明な事例は頭から排除して魔王との戦いについて考える。
殺し合い以外でも勝敗をつけることができるというなら、噴水前で考えていたことができるということ。
覚悟を決めて、俺はイリスさんに提案をする。
「だったら、一つできることがあるかもしれません」
「そ、それは何でしょうか?」
イリスさんは前のめりになっている。
「俺は大食いの選手だっていう話をしましたよね?だから明日の魔王がしている大食い大会とやらに参加しようと思います」
「つまり、大食いで勝敗を決めるということですか?」
俺は黙って頷く。
彼女は少々早口になりながら伝えてくる。
「そ、それは構わないですがおそらく勝てませんよ。すごい量を一人で食べるんですから!!」
イリスさんはその魔王の食べっぷりを小さな手を大きく広げて表してくれる。
彼女は魔王の食べた量を見て誰も勝てないと感じているのだろう。
俺がどれだけ食べられるかを見ていないので、彼女は至極当然の反応を返す。
「まぁ、魔王がどのくらい食べるのかはわかりませんが、これでも向こうの世界では一位だったので、それを信じてほしいですね。俺にはそれくらいしかできなさそうですし」
「そう、ですか」
彼女は考える仕草を行ってから少し時間を置き口を開いた。
「私に止める権利はありません。勇者様が決めたことであればそれをサポートするまでです」
少し心配そうな顔をしながらイリスさんはうなずく。
「ありがとうございます。色々と」
ここまで少ない時間だったが色々してもらったことへの感謝を示す。
彼女は静かに頭を左右に振りながら、1つの疑問を尋ねてくる。
「もし、それを魔王が受けなかったときはどうするのですか?」
う~ん、と多少考える時間を設けたあとパッと思いついたことを口にする。
「その時は戦闘ですかね?」
「もう少しなにか考えましょうよ……」
彼女は、はははと乾いた笑いで返してくれる。
「まぁ、魔王が乗ってくるように対策をこれから考えますのであとは相手次第ですね」
「そうですよね」
ただ、対策を立てるにしても魔王がどんなやつなのかわからないと始まらないよな。
「イリスさん、魔王ってどんなやつなのかわかりますか?性格とか見た目とか」
「はい、わかりますが、もう暗いので宿舎に行きながら話しましょうか」
彼女はそう言い終わると海を背にして町の方へと歩き出す。
「わかりました」
俺もイリスさんに続く形で宿舎へ向かう。
彼女はなんの前触れもなく魔王について話し始める。
「魔王についてですよね。外見はリザードマンといえばわかりますか?龍の頭がついているやつです」
「なんとなくは」
「良かったです。その様な外見で、おそらくですが高さは2mくらいだと思います」
「ふむ」
人間を一つの手で握りつぶせるくらい大きいとかそうゆう感じのをイメージしていたがどうやら違うようだ。俺よりでかいしなおかつ人外だった。
予想していなかったことではなかったけど、聞くと本当にそんな奴がいるんだと思ってしまう。
「あと、魔王の周りには基本的に三人のゴブリンがいて、その人達の声援というのでしょうかあおりとも言えるかもしれませんが、それに答えるような感じで周りに流されやすい方だと思います」
「なるほど。ありがとうございます」
イリスさんから追加の情報を聞き、性格がわかれば対策を立てるのには十分だと思うので切り上げる。
「いえいえ、助けになれば幸いです」
彼女は嬉しそうに晴れやかな笑顔で返してくれる。
今からすぐに対策は思いつかないので後で考えることをイリスさんに伝える。
「対策はパッとは思いつかないので部屋で考えたいと思います」
「はい。わかりました」
彼女は頷いた。
そうこうしていると、門番をしていた片方のセンさんが1人で立っていた。おそらくここが宿舎だろう。
「お疲れ様です、隊長」
「ええ、お疲れ様。セン、勇者様のご案内はお任せしますね」
「はい」
イリスさんが「では、勇者様これで失礼します」といい、彼女はそのまま奥へと進んで別の建物へと向かっていった。
その姿を見送ってから、センさんがこちらに振り向き
「では、部屋をご案内いたします」
今日泊まる部屋まで連れて行ってくれるということなのでそれにうなずき後ろからついていく。
宿舎といわれるところは、全体的に木で作られており、歩くたびに床がきしむ音が聞こえる。
とても風情があるという感じだが、町では基本的に石造りだった気がするので異色に感じてしまう。
「こちらです」
そんなことを考えていたらどうやら目的地にたどり着いたようで、センさんがドアを開けて中へと促してくれた。
「ありがとうございます」
部屋の内装はとてもシンプルなもので、奥にベットが一つとその手前に机と椅子、ドアから右手に時計が貼り付けられていた。
「とんでもありません。では、失礼します」
センさんは特に会話することなくドアを閉めてすぐ行ってしまった。
聞きたいことはあまりなかったので、まぁいいか。
だが、少し考えてみると、明日何時に集合とか聞いてなかったと気が付いた。
ま、まぁ、昼に食材を送っているということだからその時に呼ばれるだろう。たぶん。
「さて、どうしたものか」
机の上には紙などがあり、ペンのようなものがあったのでそれで考えることもできるが、そこまで本腰をいれてやるのも体力的に厳しい。
だから、ベットの方へと向かい仰向けに寝転がる。
勇者と魔王の勝負の条件はお互いにその存在を認め合う。
それに加えてどちらも同意すれば勝負の内容はなんでもいい。
魔王の性格は周りに乗せられるタイプ。
これらのことを踏まえてどうやって、大食い勝負で勝敗を決められるように持っていくか。
考え込んでいると眠くなってくる。
あー、ベットの上で考え事はやっぱりこうなるよな、でもなんとなく道筋はすぐに浮かんだから大まかには明日の朝にでも考えよう。
そうして、すぐに意識を手放した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
一般人が勇者になると決めました。これからどうなるのか。
続きが気になる方はブックマークでもしてやってください。喜びます。
イリスが可愛いと感じていただけた方はいいねを押してくれると嬉しいです。
では、また次回。