3話:町の人々
城門をくぐり抜けて目に写ったのは、下り坂の道とその先にある大きな噴水。
道の脇にはたくさんのお店と思わしき二階建ての家がある。
「ここは主に観光客などがおみやげを買うところですね。まぁ、ほとんどこないので形だけで町のみんなが必要なものが多く売っています」
イリスさんが説明をしてくれる。
今いるところは俺の世界で言う商店街のようなものなのだろう。
軒先テントが張られていて、そこになんの店なのか書いてあった。
だが、まわりには誰一人としておらず閑散としている。
魔王が攻めてきているので店を開いている暇などないのかそれとももう逃げていて誰も開けていないのか。
「もうこの町に住んでいる人たちは逃げられたのでしょうか?」
「いえ、大部分の人はここに残っています」
「どうしてですか?」
魔王が支配していてこれから危険になるとわかっているならすぐに逃げると思うのだが。
でも、そういえば今いるところは静かなだけで別に建物に戦った痕跡がないし魔物が徘徊しているわけでもないみたいだ。
この町の様子を見ているとイリスさんはこの状況を説明する情報を出してきた。
「魔王が持ちかけてきた条件があってそれに同意をしたからですね」
「というと?」
彼女はその条件を思い出しながら語る。
「魔王はこの町には一切手を出さないということを条件として私達に食料を要求しました。町長はそれに了承をして毎日朝昼晩と3食分の量をお昼にまとめて提供しています。魔王がこの町に来てから2周間ほど経ちましたがこちらに危害を加える様子はありません」
「たとえ2週間経っていても魔王がその約束守るとは限らないんじゃないですか?」
「そうですね。そう感じた人も中にはいらっしゃってこの町から出て行きました。しかし、その人達はもれなく遺体で見つかりました」
「ど、どうして?」
驚きを隠すことができず声が裏返った。
しかし、彼女は努めて冷静に起こったことを話し始める。
「勇者様も身に受けたことですが、魔王はこの町に手は出さないと言っただけでこの町の森に魔物を何体も放っていたからです」
「あぁ、なるほど」
確かにそれであれば、魔王が出した条件がありそれを守る気があるなら逃げるよりここにいたほうが安全なのかもしれない。
それに、イリスさんたち警備隊がみんなを引き連れて逃げようとしても魔王に見つかれば全員殺される可能性すらあるから下手には動けないということなのだろう。
「ただ、我々ももしもに備えてこの町から逃げられるように魔物の駆除をしていますが、いくら減らしてもまたすぐに増えています」
「理由がなにかあるのでしょうか」
「はい、向こうに魔獣を召喚できる魔術師がいますのでそれが原因です」
「その魔術師は無限に召喚できるのですか?」
ゲームであれば、何かしらの制約は受けると思うのだが。現実はどうなのか。
「いえ、一日の魔力量の限界で制限はされていると思いますが、なにせ別世界から来ているので確証をもって断言することは難しいです」
「なるほど」
俺の考えは間違ってはいないみたいだ。でも確証はないと。
まぁ、俺がそれを理解しても倒せるわけではないからどうしようもないのだけれども。
町の人達がここを離れられない理由を聞いたあと、イリスさんがここからでもわかるビル4階分くらいの高さがある建物を指差しながら話し始める。
「あそこにある建物が私達の基地でして、そこにある宿舎でお休みいただくつもりなのですがよろしいでしょうか?」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
そういえば、建物が見つかる前提で森の中を歩いていたので休むための宿を全く考えていなかった。あと俺、金持ってないわ。
「いえいえ、大したことではありませんよ。あと、そこでもうお休みいただいてもいいのですが、そこで考え事をし続けるより町を見回ってみるのはどうでしょうか?なにかヒントになるようなことがあるかもしれませんし」
彼女は森で足を止めたときに考え込んでいたことを気にしているみたいで、確かに俺も考え続けるよりこの町を見てみたいと思うのでその案に乗ることにする。
「はい、お願いします」
「わかりました!!」
彼女は目をキラキラしたような感じでとても嬉しそうにしていた。
楽しそうにしている彼女を見ていると少し心持ちが軽くなった気がした。
そうして、俺たちはまず噴水のある方へと向かって行った。
噴水の近くにたどり着くとそこには二人で話し込んでいる奥さん方や母親と手を繋いで買い物かごを引き下げている人がいた。
商店街のところとは打って変わって町の人達が外に出て話したり買い物ができている様子を見ると魔王という存在にそこまで怯えているようにはみえない。
俺があまりに深く考えすぎたのだろうか。それとも年に何回か起こるならこれくらいは普通のことだという感じなんだろうか。
「あら、イリスちゃん。巡回から帰ってきていたのね。お疲れ様」
「大変だったでしょうに。怪我はない?」
「はい、ありがとうございます。大丈夫ですよ」
噴水の近くでおしゃべりをしていた二人組の女性がこちらに気づいて声をかけてきた。
イリスさんは胸のあたりで手をあたふたと動かして女性二人とにこやかに笑っている。
二人組の女性たちは彼女の方に注目していて気づかなかったのか俺を見ると首をかしげた。
「そのお隣の方はどなたかしら?見ない顔だけど……」
イリスさんは少し迷ってから
「あ~、森で迷っていた人です。今の森は危ないのでこの町で保護をしまして、今は町の案内をしている最中なんです」
町の人達を安心させたいが、門番の二人にも言った通り勇者がこの町にいると魔王に知られたくないことを優先したのだろう。いるとバレればどうなるかは想像に難くないし。
「そうなのね。でも、早く勇者様が現れてくれるといいわね」
「そ、そうですね」
麦わらの帽子をかぶっている女性が眉を潜めながら心配だわ~とつぶやき、それにイリスは苦笑いを浮かべている。
「魔王も意味のわからない大食い大会なんて開いて機嫌を良くしてるけど、おかしな魔王もいるものね?何がしたいのか全くわからないわ」
「え、大食い大会?」
ついつい聞き返してしまった。
「そうなの。わけがわからないでしょ?魔王が大食い大会を開いて勝てればこの町から食料を徴収するのをやめて次のところにってやるとかも言っててもう見境なく襲ってくる感じの魔王じゃないって話なのよ」
「それってホントの話なんですかイリスさん?」
この人の話を疑うわけではないが、情報が多いことにこしたことはないので聞いてみる。
「はい。事実です。なんでも前の世界では勇者に負けたので、その憂さ晴らしのために自分に今自信のある大食いをして気分を上げているのだとか。正直私も呆れました。こんな魔王は今までいませんでしたから。もっと悪魔的な所業を行う非人道的という感じの方しか聞いたことないので……」
イリスさんは頭に手を当てて、大層呆れている感じで頭を軽く振る。
いつもなら俺がイメージしているような見境なく侵略して奪っていくような魔王が来ているのだろうが、今回はかなりイレギュラーなのかもしれない。
もし仮に、戦闘での勝負でなくこの大食いで勝負できるのであれば、勝てるのかもしれない。
まぁ、魔王が話の通じるやつであればだけど。
「にしても、本当に勇者様はまだ現れないのかしらね? もう2週間も現れてないのよ? こんなこと今までになかったわよね」
「ほんとね。もしかしたらもう今回は来ないのかしら?」
戦う気は無いが別のアプローチから魔王との戦いを考えていると、大きな買い物袋を持っている女性が魔王の話から勇者の話に戻した。
「そうですね。早く来てほしいですね」
言葉だけで共感している感じで相槌を打つイリス。
すると、それを変に思ったのか大きな買い物袋を持っている奥さんが疑問を呈した。
「イリスちゃんどうしたの? 勇者様の話になれば顔色を変えて敬語も忘れてすごく饒舌に話し始めるのに今日はならないのね?」
イリスさんはそのことにヒヤッとしたのか早口で弁解を図る。
「い、いや、あ、あのですね、ゆ、勇者様を何日も探しているので少し残念に思っているというか……なんとゆうか……」
言い訳をする材料がないのかあわあわしているので、助け舟のつもりで話をずらしてみる。
「どうしてイリスさんはそんなに勇者の憧れているのですか?」
イリスさんは俺の出した話題に狙いを定めた狩人のように目をギラつかせて食いついてきた。
そして、イリスさんが饒舌にならないことに不思議がっていた女性が言ったようにイリスの顔色がすごく明るくなって雄弁に語りだす。
「そうですね。私が勇者様に憧れているのは強くてかっこいいからですかね。あぁ、お顔がかっこいいとかではなく生き様的なものがすごいくかっこよくて誰でも守れるようなそんな存在になりたいからです」
話題を変えたことは良かったみたいで身振り手振りを行いながら小さな演劇でもしているかのように慌ただしく動いている。
彼女が同じく命を賭けて人々を守るというところに憧れを持っていることがよくわかった。
「私達は十分守られていると思っているんだけどね。警備隊がいるから治安も良いし魔物にも怯えなくていいからねぇ。本当にありがとね、イリスちゃん」
「いえいえ、これが我々の使命ですから」
照れくさそうにしながらもしっぽを揺らして嬉しそうにしていた。
「では、この方を次の場所に案内しますのでこれで失礼しますね」
「えぇ、せっかくなら漁港近くのあそこに連れて行ってあげれば?」
「はい。そこも見てもらうつもりです!!」
元気よく二人組の女性に伝えながら手を振るイリス。俺は軽く会釈をしてその場を後にした。
女性二人と分かれてから道を真っすぐ進んでいると、それなりの人数とすれ違った。
「イリスちゃん、見回りおつかれさま」
と散歩でもしている杖を持っていたおばあさんに話しかけられたり、
「隊長、お疲れ様です!!」
警備隊の兵士の人に声をかけられたり、様々だった。
だが、すれ違う彼らは必ず同じことを口にした。「勇者はまだかな」と。
それほど勇者という存在はこの世界では待ち焦がれられているのだろう。
魔王を早く倒して普通の生活をおくりたいという思いなのだろうか?
見知らぬものが侵略などしてこなかった俺の世界ではわかりにくい感情ではあるが災害で例えるならわかりやすいのかもしれない。
水も食料もある。家も避難所ではなく自分の家でふかふかなベッドで安らかになんの心配もなく眠れることが確かな幸せであることは容易に考えられる。
そんな想像をしているとイリスさんの方から声をかけられた。
「勇者様がまだかという話題ばかりで申し訳ありません」
イリスさんは申し訳無さそうにうなだれていたが、勇者しか魔王を倒せないのであれば仕方ないと思う。
「いえ、それだけ待ち焦がれられているということがよくわかりました」
彼女の言葉を信じていない訳では無いが本当に勇者にしか倒すことができないということが身にしみてわかる。
「俺もこの状況なら同じことを言うだろうと思いますし」
「そうですか、嫌な思いをされていないならよかったです」
彼女は力がない感じであはは、と笑っていた。
戦えない勇者だからそのことを気にしているのだろうか。
よくこんなに他人を気にしていられると思う。
いいことなのはわかっているが俺ならそこまで考えることはできない。
あまり空気が良くないと感じたので話題を変えてみることにする。
「それにしてもこの辺はたくさん人がいますね」
「はい、魔王がいるところから離れているということもありますが、警備隊が交代制で一日中見回りをしているので安全ということもありますね」
彼女は町の人達を見ながら足を進めている。
「そ、それは大変ですね」
夜勤があるのか、現代人の俺からしてみればしんどいと感じてしまう。
「まぁ、大変ではありますが命がかかっていますからね」
「そうですよね、失礼なことを口にしてすみません」
「い、いえいえ、大丈夫ですよ!!」
彼女は両手を左右にブンブン振って気にしなくていいと言ってくれる。
そのことに感謝を示しつつ、もう一つ気になったことを聞いてみることにする。
「イリスさんみたいなしっぽや耳がついている人たちはこのあたりにはいないのでしょうか?それとも住んでいる場所が違うのでしょうか?」
そう、俺のような耳も尻尾もついていない普通の人間しか見ていないのだ。
彼女は多少慌てた様子で言う。
「あ、あぁ、そうですね。この場所とは反対のところにいますよ?」
彼女は左側を指さしている。
「そうなんですね」
慌てる理由はよくわからないが、それなら納得である。
ここまで読んでいただいた方ありがとうございます。
イリスの性格や町の雰囲気が掴めましたでしょうか。掴めていただけたのであれば嬉しい限りです。
続きがすぐに出ますので、続きを読んでいただける方またそこでお会いしましょう。
では~。