2話:出会い
木々がさわさわと音をたてながら葉を揺らしている音が聞こえる。
森の中にいるような緑の匂いが鼻に香り、頭の方には草があたる感触もする。
うっすらした意識を抱えながら目をゆっくり開く。
緑の匂いがしたとおり視界には雲ひとつ無い青空と端を埋めるように木の葉っぱが映る。
「あれ、俺は車にひかれたはず……」
ぼんやりした頭を少しずつ回転させていく。
確かに俺はひかれた。ひかれた瞬間の痛みも光景もなんとなく覚えている。だが、その実感がなく俺は生きている。
今の状況がわからないので首だけを動かして周囲を見渡してみる。
目に映るのは自分から少し離れたところに木々が生い茂っているいわゆる森で、その中にいるみたいだった。
「おいおい、ちょっと理解が追いつかないんだが……」
意識せずに声が出てしまう程度には意味不明な状況だった。
今の状況をしっかりと考える前に体が動くのかを確認するために立ち上がってみる。体に力を入れていき膝を付きながら体を持ち上げていく。特に車にはねられた痛みなど感じなくいつも通りに起き上がることができた。
「うーん、やっぱりどうなっているのかがわからない……」
今いるところが森の中なのはわかるが、なぜ自分がこんなところにいるのかが理解することができず、服装を見てみる。しかし道路の上でひかれたなら服がズタズタになっていてもおかしくないのに、そんなことはなかったといわんばかりに綺麗なままだった。
それなら持っていた物が落ちているかもと周囲を見回すが何もなく、ポケットに入れていたスマホですらその存在を確認することはできなかった。
スマホがあればここがどこかすぐにわかったのに。でも、この森の中で電波が通じるか怪しいのであまり変わらないか。
多少危険は伴うが建物さえあればここがどのあたりなのかわかるかもしれないので散策を始めることにする。
俺がいたところは身長に合わせるようにしてきれいに円形で切り抜かれていてそれ以外のところは全く手つかずだった。なので、道という道はなく進むたびに背の低い草や枝が足にあたる。
なぜ、あそこだけ全く木が生えていなかったのかは分からないがとにかく歩きにくい。
時折吹く爽やかな風と心地のいい光は都会であたっていたときよりも心地よく感じ、これは夢か何かで俺はもうすでに死んでいるのではないかという考えが浮かんだ。
そうかここが天国だというのであれば納得できる気もするが、こんなにリアルなものなのだろうか?それに死んだなら、なにかしらのお迎えがあってもいいと思うのだが……。
そんな事を考えながら歩きそれなりに進んだと思うのだが、行けども行けども森が続いている。何でもいいから舗装された道か建物が出てきてほしい。
不満を心に抱え枝をパキパキと鳴らしながら進んでいくと、背後からガサガサと草の揺れる音が聞こえた。
人かもしれないという希望をいだきバッと勢いよく後ろを振り返る。
「あ、あの道に迷っていまして……」
「シュー……」
だが、そこにいたのは生き物であっても人ではなく、全長が俺の腰くらいの大きさで巨大な牙を持ち、今にも襲いかかろうとしている紫色の毛を持つイノシシがいた。
「う、うそだろ。また、跳ね飛ばされるのか……。そんなのはゴメンだ!!」
思うが早いか、すぐさま身をひるがえし走しりだす。
俺を追うように後ろからもあの巨大なイノシシが走ってきている気配を感じる。
イノシシの速さがどれくらいなのかわからないので脇目も振らずにとにかく全力で足を回す。
背の低い植物の枝が足にあたって多少痛みを感じるがそんなのにかまっていたらまたひき殺される運命が目に見えているので我慢してとにかく走る。
見た瞬間に走り出したので今どのくらいイノシシと距離があるのか確認するために首だけで軽く振り返ってみる。かなりの巨体のせいか走るスピードはそこまで速くないようだが徐々に差が縮まっているように感じる。あのイノシシをまくか引き剥がすなどの対処をしないと追いつかれるかもしれない。
仮に、このままの距離を維持できるとしても、動物と人間で体力を比べて先に尽きるのは明らかにこちらであるとわかりきっている。木に登るか?それだと登ってる最中に追いつかれるか、木ごと吹き飛ばされそうな予感がする。
対策を考えながら走っていると足元に気がいかず、土から出ていた根っこに足を取られてコケてしまう。
「ってぇ」
急いで立ち上がろうとするが思ったよりイノシシとの距離が離れていなかったようでその巨体の影が覆いかぶさる。
意地汚いかもしれないが回避するために後ろを向きイノシシの方を見る。
だが、俺が振り向いた途端イノシシは野太い鳴き声を森に響かせながら口を大きく開き襲いかかる。
終わった……。
そう思い目を強く閉じると、後ろの方から誰かの声が聞こえてきた。
「そこのでかい人、そのまま伏せていてください!!」
背中の方から女性が大声で呼びかけてきたので言われた通りにそのままの体勢でいると、空気を震わせるほどの怒号とともに何かが顔を横切り、紫の毛を纏うイノシシがうめき声をあげながら地面に倒れた音が聞こえた。
イノシシの状態を確認するために目を開けてみるとその巨体は地面に体を横にして倒れていた。
「はぁ……」
特に起き上がる様子はなく一安心したのかため息が自然と出てきた。
「大丈夫ですか?」
声がする方を振り向いて見ると容姿までは分からないが助けてくれた人が木をガサガサと揺らしながら降りてきて駆け寄ってくるのがわかる。
「助けていただきありがとうございま……す?」
俺は助けてくれた人にお礼を述べようとしたのだが、その人が人の容姿としては1つ2つおかしな点があった。
その人は女性で身長は140cm程度と見受けられかなり小さく顔立ちは幼い感じだが、腰まで届きそうな長く黒い髪がとても印象的で、肩にはさっき助けてもらったときに使用しただろうと思われる黒塗りの弓と腰に矢筒が付いている。
服装は短いショートパンツに長靴を履いており、そこからニーソックスが少し見えているといった感じで現代にもいそうな感じだが、肩甲骨あたりまでの短い外套を羽織っていてこんな子が狩りをしているとも思えないので違和感がある。
加えて今まで見て見ぬふりをしていたが、頭に猫耳のような耳が生えていてピコピコと動いており、更には矢筒のあたりから見え隠れしている黒く細いしっぽがゆらゆらと揺れている。
「に、人間ですか?」
驚きのあまりつい口から漏れてしまった。
あぁ、もしかしたらここは俺の知っている世界ではないのかもしれない。
今、ライトノベルで異世界転生なるものが流行っているみたいで、そのテンプレートに現状が似すぎている気がしてならない。トラックに引かれる。その後神様みたいなのと出会い能力を得る。
でも、俺は神と会っていないことに加えて何ももらっていないのだが。あと、車にひかれたのはわかっているがどんな車かはわからない。
それはそうと目の前の少女が何を言っているのか理解できないといった顔でこちらを見ている。
怪物に追いかけられていて気が動転していたため声がしっかり出ていなかったのかな。
もう一度声をかけようとした時、彼女はすぐに合点がいった感じで手をたたき、手のひらを上に向けて水をすくうような形にしてから何かを唱え始める。
「言霊よ、この手の中に」
彼女の手から光が溢れ出し、そこには紫色の石が付いた指輪があった。
異世界転生かどうかはさておいて、これはもう俺の知っている世界でないことは間違いないだろう。流石に魔法が出てきたなら認めるしかない。
俺の心境など知らないであろう目の前の少女が指輪をこちらに向けてくる。
「これをつけてもらえませんか?」
この指輪をつけることにどのような意味があるのかわからないが、今は従っておく方が円滑に話が進むだろうな。
彼女から指輪を受け取り右手の人指にはめる。
「これをつけると何か起こるのでしょうか?」
付けた指輪を眺めながら彼女に尋ねてみると
「よかった。私達にわかる言葉で聞こえてきた!!」
彼女は俺の質問には答えずに耳や尻尾をひっきりなしに動かして喜んでいた。
今の状況が飲み込めず唖然としていると、少女が俺の質問など聞こえていなかったように前のめりで自らの質問をしてくる。
「あ、あの勇者様はもう魔王は倒されたのですか?あと仲間とかはどのくらいいたのですか?私みたいな獣族も仲間にいましたか?それとそれと……」
彼女から質問の嵐が襲いかかってきた。
さらには、まだ聞きたいことがあるのかメモのようなものまで取り出してそれを読み始めようとしていた。
このままでは俺が勇者だと誤解をしたまま話が進むことになりそうなので慌てて口をはさむ。
「ちょ、ちょっと待ってください!! 俺、勇者じゃないんですが!!」
それを聞いた彼女は何を言っているのだろうかというような表情で首を傾げてこちらを見てくる。
「いえ、勇者様は勇者様ですよ? そんなことよりも勇者様の世界はどんなところなのでしょうか!!」
本人が勇者でないと否定をしているのにも関わらず目の前の女の子は勇者であると決めつけて挙げ句どうでもいいと言ってくる。
そして、耳をピコピコせわしなく動かし目を輝かせて早く話してくれと言わんばかりだ。
これは話に答えないとこちらの話もまともに聞いてくれなさそうなので、とりあえず質問に答えることにした。
「普通の世界でしたよ。あなたがなにやら呪文みたいなものを唱えていましたが、そんなものはない平和なところです」
「では、魔物や先ほどのような魔獣もいないと?」
「はい」
「そうなのですね。そんな平和な世界がこの世にはあるのですね」
彼女にありのままを告げると耳や尻尾を少し下におろしてしょんぼりした様子を見せた。
事実だからこれといって彼女にかける言葉はないので黙っていると彼女からまた質問が来た。
「では、一度も戦ったことはない感じですか?」
「レスリングという競技の試合はありますが、命を落とすようなものは一度もありませんね」
「そうですか」
目の前にいる少女は少々困ったような顔を見せる。
「では、勇者様は何をなされていたのでしょうか?」
「俺は大食いの大会で優勝して賞金を取っていました」
「大食い……」
この世界では大食いというものがあまり認知されていないのか考え込む様子を見せたが次の瞬間には目を大きく見開いてこちらに近づき手を取ってくる。
「こんなに私の質問を聞いてもらっている時間はなかったんだ!! 勇者様、お願いです町を魔王に支配されている私達の町を救ってはいただけませんか!?」
彼女は少々焦って早口でそんなことを告げてくる。
だが、そもそもの前提としておかしいところがある。
「あの、俺の話聞いてましたか!? 俺は勇者じゃないって言ってるじゃないですか!? 剣を持ってないし、鎧も着てないでしょう!!」
「それでもあなたは間違いなく勇者様なんです!! だからとりあえず私達の町まで来てください!! 聞きたいことがあるなら歩きながらでも構わないので聞いてください!! なので、とりあえず立ち上がってもらえませんか!!」
彼女は俺を立たせるために腕をつかんで引っ張ってくる。
町があるのは朗報だが……、
「いや、無理、無理ですよ!!さっき殺し合いなんてしたこと無いって言ったばかりじゃないですか!!」
拒否を示して地面に這いつくばろうとする。
しかし彼女の引っ張る力がかなり強く、90近い体重がある俺を軽々と持ち上げてしまいそうな勢いがある。
「立ってください!!」
むぐぐぐ、と言いながら芋を力ずくで土から掘り上げようとしているみたいに引っ張ってくる。
これは冗談抜きで俺の腕がちぎれる。
「わ、わかりました!!わかりましたので引っ張るのをやめてください!!」
彼女はそれを聞くやいなや引っ張るのをやめて手を離した。
今まで地面の方に力を込めていたので勢いよく叩きつけられて尻に痛みがはしる。
「いってぇ」
「大丈夫ですか?」
彼女は心配そうにまた見下ろしてくるが君のせいなんだけどとは言えず首を縦に振って立ち上がる。
「では、行きましょうか」
そう言いつつ彼女は手を前に差し出してきた。
「いや、大丈夫ですよ?」
彼女は俺が逃げると思っているのか手をつかんで捕まえておきたいのだろう、たぶん。
「いえ、迷われては困りますので舗装された道までは手を繋いで行きましょう!!」
心読まれたのか!?と思ったが話した通りにただ迷われたら困るから手を繋いでおきたいみたいだった。
26にもなって小さな少女に手を引かれるのは流石に恥ずかしいというかなんというか。
ためらっている間に彼女は俺の気もしれず右手を取ってきて、
「はいはい、行きますよ~。単純に離れられると守るのが難しくなるからってだけですから」
開いている手を上に掲げて出発の合図をしていた。
「それなら別に離れないように俺が気をつければいいだけなのではないでしょうか」
手を繋いで片手が使えなくなるより、よっぽどいいと思うのだが、彼女はそれを否定してくる。
「いちいち距離感を確認するよりこうしてる方が意識を割かなくていいんですよ」
そう言われるとこちらからなにか言い返すことができなくなってしまったので、諦めてそのまま手を繋いだ状態で歩いていくことにした。
「ふふ、諦めてくれましたね」
彼女が手の距離だけ先頭になり、その後をついていくようにして歩いていく。
「さっきは私ばかり聞きたいことを聞いていたので、次は勇者様からなにか聞きたいことありますか? というよりわからないことだらけですよね?」
彼女の言う通りなのでいくつか疑問に思ったことを聞かせてもらう。
だが、その前に
「あなたの名前を教えてもらってもいいですか? 名前もわからないまま話をするのは都合がわるいので」
「ああ、そうですよね。私の名前はイリスと申します。町の警備をしているものです」
「俺は宮本一成っていいます。よろしくおねがいします、イリスさん」
「はい。よろしくおねがいします、勇者様!!」
「その勇者様というのなんかくすぐったいのでできれば名前でくれませんか?」
「嫌です!!」
きっぱり断られた。
「呼び方を変えてほしいのであれば私に対して、さん呼びをやめていただきたいです!! 私のほうが立場的に下なのですから!!」
立場が下と言われても俺は勇者じゃないから下ではないと思うんだけどなぁ。
それとは別に、たとえ呼び方を変えてくれるとしても、知り合って間もないのに軽々しく呼び捨てで呼ぶのは抵抗がある。
「出会って間もない人を呼び捨てにはできないですね」
「そうですか……。ふむ、それもそうですね。残念です……」
思いの外すんなりひいてくれるのが意外だった。
今までの流れならかなり押しが強い感じだったからもっと粘ると思っていたのに。ちゃんと言えばこちらの言い分も通るのかもしれない。
そう思い彼女を見下ろしてみると、彼女は少し残念そうに耳や顔がしおれている。
う〜ん、なんかものすごい悪いことをした気になる。
聞きたいことはそれなりにあるので、罪悪感は横によけて話を続けるために足を少し早め彼女の隣まで移動する。
「じゃあ、質問させてもらいますね」
「どうぞ!!」
彼女はさっきのことなどなかったかのようにぱっと顔を上げて笑顔をみせている。
「どうして俺のことを勇者って呼ぶのですか?」
「そうですね〜。理由は私がわからない言語で話していたからですかね。私達の世界では昔は色んな言語があったそうですが、今ではどこでも同じ言葉なので理解できない言葉はないんです。なので、別の世界から来た人であればそれは勇者だという証拠になります。だから、私は勇者様のことを勇者様と言いました」
「な、なるほど」
たったそれだけで判断できるものなんだな。
あと、やっぱり異世界転生していたみたいだ。
自分の身にフィクションめいたことが起こるとは想像もしていなかった。
異世界転生しているなら神に会っていないだけでなにかもらっているかも。
魔法ならさっきイリスさんと出会ったときに見せてもらったからそれができないか。でも、呪文を唱えるのが唐突すぎたので覚えてない。
う~ん。なら、知っている呪文を適当に叫んでみようか。
ただ、何も起こらなかったら恥ずかしいのでやっぱり止めておく。
結局何も試さずに長いこと考えていたのでイリスさんが心配そうな顔でこちらを見ていた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、はい大丈夫です。ちょっと内容を整理していただけなので」
「そうですか、他にありますか?」
「そうですね~」
今の話から聞きたいことがもう1つ出てきた。
言語を聞いて違うなら勇者という判断ができるということは最低でも1回はこの世界に勇者が来ているということになるので、それを確かめておきたい。
「一度この世界に勇者と呼ばれる人が来たのでしょうか?」
彼女は考える間もなく即答する。
「はい。一度とはいわず年に2から3回ほどはこちらに来られます」
「え、そんなに来ているのですか!?」
「はい。そうですね」
異世界転生ってそんなに頻繁に起こることなんだろうか?
あまり詳しくは知らないので冗談なのかわからない。
けれど、彼女の声色を聞いた限り嘘を言っているようには感じないので本当なんだろう。
だったら、
「なんのために何回もこの世界に勇者が来るのですか?」
普通に疑問だ。
ベタなのは魔王を倒すためにというのであろうが毎年何度も来て魔王を倒すというのもなんだか変な感じだ。
それだけ魔王が強すぎるのだろうか。でもそれならもうとっくに世界は終わっているだろうしこんな呑気に会話をしている暇などないくらい普通は焦るはず。
そんなことを考えていたらイリスさんが
「ああ、それはですね……」
言いかけた彼女は少し間をおいて、俺の腹の横あたりを訝しげに見つめている。
「? どうかしましたか?」
彼女が見ていたところを同じく見てみるが特に何かいる感じはない。
腰辺りではなくもう少し遠くの方を見ているかもと思いそちらにも目を移すがそこにも木以外なにも見当たらない。
「いえいえ、なんでも無いです」
彼女は手を軽く胸の前で振る。
「えーと、なんでここに勇者が何度も来るのかでしたね」
「あぁ、はい」
無理やり話を戻し、イリスさんは少し真剣な面持ちになる。
それに少し背筋が伸びた感覚に襲われる。
彼女は何かを考えてるのかすぐには話さず覚悟が決まったかのようにうつむいていた顔を上げて話し始める。
「それはですね、勇者と同時に現れる魔王を倒すためにこの世界に呼ばれます」
「同時にですか?」
「そう、同時にです。ただ、必ず同時に現れるというわけではなく、たまに遅れて現れることがあります。今回はそれにあたりますね」
「なるほど」
呼ばれる理由も無理やり立たせようとしていたときに考えていた内容に近いものではあった。
ただ、ここに魔王がいるのではなく呼ばれてくるというのがなんとも変な話だなと思ってしまう。
「でも、さっきも言いましたけど俺は命のやり取りみたいな戦いはしたことないですよ?」
「みたいですね。勇者様の世界はかなり平和みたいですし。装備もなしにこの世界に来たのがその良い証明だと思います」
彼女は再び前を向いて歩きだす。表情は見えないが、最初にあったときよりも声のトーンが落ちている気がする。
「ですが」
彼女は言いにくそうに声に出す。
「勇者様でなくてはできないことです」
「どうしてでしょうか? 別に俺でなくても倒せるのであれば倒してしまっても問題ないと思うのですが?」
「そうですね。まぁ、そう考えるのが妥当でしょう」
彼女は空を仰ぐように見上げ話す。
「過去に一度だけ、勇者様以外が魔王を倒したことがありました」
それは遠い昔の話のように感じる。
彼女が空を眺めているからか、彼女が放つ不思議なオーラによるものかわからない。
「魔王が倒れた後、軍は喝采をあげようとしました。しかし、魔王は蘇りました。最悪なことに倒される前よりも数段強くなって」
彼女は顔を伏せて、それはそれは悲惨だったと言いたげな顔をしていた。
「そのあとは?」
「勇者様は負けて、魔王が生き残りました」
魔王が生き残った?でも、その魔王を倒すわけではなく同時に現れた魔王を倒せとイリスさんは言った。
「魔王は勇者と同時に現れるんですよね?だったら、その魔王は今どこにいるんですか?」
生き残っているならこの世界は終わっているのが普通だと思う。
だいたいの魔王のイメージは世界征服のような野望を持っていることだろうし。
まあ、違う可能性だってないとはいえないけど。
生き残ったと言われた魔王のことを考えているとイリスさんは考え終わるのを待っていたかのようなタイミングでその魔王のことについて簡単に結論だけを言う。
「消えました」
俺は頭から疑問のマークが浮かんでいるだろうと思うくらい呆気にとられることに加えて困惑していた。
「え、どうゆうことですか?」
「えっとですね、この世界の有名な魔道士の話なのですが、その人によれば魔王と勇者が戦い終わり、生き残った方が元の世界に戻るという説が一番有力だそうです。勇者が勝っても同じように消えていったので私もこれは正しいのではないかと思っています」
元の世界に戻る……。
つまり、俺はひかれた現実の世界に帰るということになるのか?
その話を聞くと自然と足が止まった。
「うっ、勇者様?どうかなさいましたか?」
それに合わせて手をひいていたイリスさんは手を引っ張られることになり少しびっくりした声をあげたあと、心配そうにこちらを見ていた。
俺は一体どうすれば良いのか?
考えようとしてもなんの考えも浮かばず、長いこと歩くのを止めていた。
それに待ち飽きたのかわからないがイリスさんが提案を投げかけてくる。
「ここで止まっているとまた魔物に襲われるかもしれないのでとりあえず町まで移動しませんか?もうすぐで街道に出ますので」
彼女は俺の腕を軽く引っ張り前に進もうと行動でも示してくれる。
「わかりました」
考えても何も浮かばなかったので素直に従い重い足を無理やり動かしてまた歩みを進める。
あれから質問をすることをやめ、これからのことを考えていた。
イリスさんからは魔王を倒してほしいと言われた。
しかし、その魔王を倒せば生き残った俺はこの世界から離れて車にひかれた俺の知っている世界に戻ることになる。
そうなれば、俺は向こうで死にかけている状態で戻る可能性がある。
それなら、この世界で生き続けるほうがいいのではないか。
でも、恩を仇で返したくはない。
何度考えても結局このループに陥る。
この世界なんて知らないと割り切れればいいのだがそうもいかず、これも今考えすぎても仕方ないのかもしれない。
はぁ、考えることが増えていく一方だ。
そうこうしていると、森を抜けてきれいに舗装された街道に出た。
「ここの道は一直線にしか続いていないので後は真っ直ぐ歩くだけで町の門まで着きますよ」
首だけでこちらに振り向きイリスさんが話しかけてくれる。
今までは、心中を察してくれていたのか全く話さずに黙々と俺の少し前を歩いていた。
「なので、そろそろ手を離しますね」
彼女はそう言い終わるとゆっくりと手を遠ざけていく。
「ここまで連れてきていただいてありがとうございます」
彼女がいなければ俺は途方にくれていただろう。そう考えれば感謝しかない。
「いえいえ、とんでもないです。勇者様もまだ困っているでしょうに。助けていただきたいのですから安全なところまで案内するのは当然ですよ」
当たり前のことですと、心配しながらも自分がしたことは普通だという感じで返事をして道なりにそって歩いて行く。
しばらく歩いていると町の門が見えた。
ただ、城門はあるが、城壁は一切なく普通に周りから入ることができそうだった。
「外壁ありませんけど検閲の意味ありますか?」
イリスさんに尋ねてみると
「ないかもしれませんが、やらないよりもいて町の人たちが安心できるのであればやったほうがいいと思ったみたいです」
「元々外壁はなかったのですか?」
あったなら残しておいたほうが確実に住人は安心すると思うけど。
「ありましたが老朽化による修復の経費を考えて立て直すのはやめたそうです。ただ、それではいざという時守れないので防衛するために別の物を用意はしています」
「そうなんですね」
彼女が住んでいるところで問題がないというのであればきっとそうなんだろうと思いイリスさんの方から門の方へと視線を向けて前を見る。
すると、検閲をするために1人の門番が槍をしっかり構えて、もう1人は槍を両肩に置くようにして暇そうにしながら立っているのが見えた。
2人共イリスさんと同様に耳と尻尾を持っていたが、見た目は狐の耳と狐の大きな尻尾という感じだった。ここにはいわゆる獣族という人たちが住んでいるところなのかもしれない。
そんな彼らと目があった。
その瞬間彼らは背筋を正しピリッとした。どうしたんだろうと心のなかで思っていると彼らが、
「隊長、巡回お疲れさまです」
腰を90度にして隊長とやらをねぎらう。
俺の後ろにでもいるのかと思いきやそのような隊長らしき人物は見当たらない。
「ええ、お疲れさまです。特に来客がないからといって気を抜かないように魔獣が襲ってきても知りませんよ?」
冗談めかした声だが真顔でイリスさんが言う。つまり、
「イリスさんが隊長なんですか?」
容姿のせいでそのような感覚を持つことがなかった。門番を真面目にこなしていたほうがが彼女の代わりに答える。
「そうだ。この方が我々を指揮している方だ。で、貴様は誰だ」
真面目に門の前で槍を立てていた男のほうがこちらに鋭い視線を向けながら質問をしてくる。
俺の隣では、えへへ、と嬉しそうにしっぽを揺らしながら自分の頭をなでているイリスさん。
俺はどう説明すれば良いのかわからず黙っているとすかさず、彼女が話をつなげてくれる。
「この方は、勇者様ですよ」
イリスは俺の背中を押して兵士たちの前に立たせて見せびらかすようにする。
兵士たちはじっと俺を観察している。
「鎧を着ていないことに加えて剣も持っていない勇者ですか。そんな方がいらっしゃるのですね」
真面目そうな門番が言いながら、そんな勇者が本当にいるのかと疑いの眼差しで見てくる。
そのことがわかっていたのかイリスは俺の右手についている指輪を外した。
「勇者様、この状態で彼らと話してみてください。そうすれば彼らも納得しますよ」
そう言われたので、俺は試しに挨拶をしてみた。
「あ、えーと、こんにちは。宮本一成と申します」
「うわっ、本当に勇者様だ!!」
暇そうにしていた門番がものすごく驚いていた。
真面目そうな門番もこれを聞くと流石に納得しないといけないという面持ちだった。
こちらは普通に話しているし聞こえているのにこうも反応が違うとなんかすごく変な感じがする。
「わかればいいのですよ」
イリスは笑顔で返して続けざまに
「あと、私を信用していないのですか?セン、シン」
と真面目な門番、退屈そうにしていた門番を順に見て、少し怖い笑顔でしっぽも耳も全く揺れていない。
すごく怖いんですが……。なんかオーラがすごい。
「い、いえ。そんな事はありません。た、ただ本当にそうかこの目で確かめたかっただけです」
たどたどしくもはっきりと答えるセンさん。
イリスはよろしいと言って俺に指輪をつけ直した。
「勇者様がここにいることはまだ秘密にしていてください。魔王軍にバレたくないので」
「わかりました」
彼らは返事をして俺とイリスさんは門をくぐる。
彼女は少し小走りをして俺の前に立ち手を広げた。
「では、改めまして。勇者様、ようこそ港町エリアスへ」
しっぽをゆらゆらとさせながら笑顔で歓迎を示してくれる。
正直、今の気分では歓迎されてもという感じではあるが、ここまで助けてもらった人にそんな仇で返すことはできない。
軽い頷きで返すと彼女はさも気にせず笑顔で返し前を向いてあるき出す。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
まだまだ序盤ですので、続きが気になる方はまた読みに来てくださると嬉しいです。
感想なんかもあれば、どんなものでもかまわないので書いていただけると励みになりますのでそれもよろしくお願いします。
では、また続きでお会いいたしましょう~。