国外へ
祝ブックマーク10件!作品を読んでくださり、ありがとうございます
下町は貴族街と違い、建物がカラフルだ。境界門、つまり貴族街に近い地区は大きな建物が多く、貴族と関わりの多い商人達の家が大半だ。仮にここを商業地区とすると、次は商人達に商品を卸している工房地区が現れる。工房地区ではお父さんとお母さんも働いている。お父さんは機織り工房の副工房長、お母さんは寒色系の布の機織りを担当する寒色班班長。意外と我が家は金持ちだった。だから貴族と契約できたんだよね。
両親は職業柄、平民にしては珍しく、読み書きと簡単な計算ができる。いずれ迎えに来るけど、四則計算はできていて損はない。マギラ王国に行くまでに二人には四則計算を完璧に使いこなせるようになっていてもらわないと。そんな感じの内容を記した手紙を一般市民が住む、貧民地区に入ったところで鞄から取り出した。実家は工房地区との境界にある。一戸建てを持てるほどお金持ちではないけど、五階建ての共同住宅の三階部分全てを家にできるほどの金はあった。まあ、五世帯しかこの住宅には住めないんだけど。
私は久しぶりの実家を見て、思わず泣きそうになってしまった。懐かしい。五歳までここで家族と暮らせていた。貴族のように何でもかんでも手に入るわけではなかったし、うっかり納品先の商会に行って貴族と鉢合わせれば平民だからと言って虐げられるし。多少身なりはいいから男爵家かと勘違いされたこともあったけど。両親は私のことが大好きで、商人の娘が着るような服を枚数は少ないながら買って、着せてくれていた。本当に、いい人達だった。だから、こんな所で燻っていてほしくはない。
建物の外にくっついている階段を音を立てないように上っていく。三階につき、ポストに手紙を入れておく。お母さん、お父さん、待ってて。すぐにマギラ王国で仕事を見つけて三人で暮らせるようにするから。そうしたら、今までのことを活かして、布屋でも開こうか。
階段を降り、国境門に向かう。貧民街を抜ければこの国とは永遠に関わりを持つことはなくなる。お父様、お母様、オストル。私を本当の家族のように扱ってくださり、ありがとうございました。再び会うことがあれば、マギラ王国民とカラン王国の公爵一家として相対することになるでしょう。そんなことになるのは天文学的な確率でしょうが。それでは皆さん、さようなら。これからは公爵令嬢、レティーリア・メリュシュルではなく、Bランク冒険者のレイン・スカイとして生きます。
国境門に辿り着き、境界門を通る時と同じように詰め所の騎士に木札を渡し、国外に出た。
国の外はただただ草原が広がるばかりだった。まだ夜が更ける様子はない。なんだろう、国の外に出たからと言って何か変わるわけではない、と分かってはいたけど、こんなにも呆気ないとは。あんなにも国を出るために人生の一部を犠牲にしていたなんて。馬鹿らしいや。
一歩踏み出すとクシャリと若々しい芝が潰れた。これから。これからだ。今までの出来事はきれいさっぱり忘れてしまおう。これから私はレインだ!
「それにしても、今日は夜通し歩くことになりそうだな。近くに村なんてなさそうだし。大きな街はあるかなっと」
地図を見ると、この草原を抜けた先に街があるっぽい。今日はその街を目指していこう。目的地を決め、結界を解除した。夜の帳が下りた草原には人っ子一人いない。私の足音だけが一定のリズムを刻んでいく。クシャリ、クシャリ。魔物の気配もない。無心で歩いていく。余計なことを考えないように。カランについて考えたら、公爵家での楽しい生活がよみがえってきてしまう。貴族学校に入る前は楽しかった。家族で国内の色んな所をまわったりした。駄目だ、どうしても感傷に浸ってしまう。実の両親より過ごした期間が長いせいで親愛の情が貴族家に傾いていく。もう、忘れるって決めたのに。全然ダメじゃん。私はレティーリアじゃない、レイン。そう決めたのに。
ふと、空を見ると太陽が顔を覗かせていた。決して濁らない、太陽の光が身に染みる。
「もう、夜明けか・・・・・・」
おしえて、レインちゃん!
?「レインちゃんの名前の由来は?」
レ「平民の時?それとも、貴族家の?」
?「両方で」
レ「平民の方の名前は、私が雨の日に生まれたから。貴族の名前は、公爵夫妻になかなか子供ができなくて、女の子だったら絶対この名前を付けるって決めてたらしいの」
?「そうなんだ。ありがとう、レインちゃん」
レ「いえいえ、どういたしまして」