貴族街、脱出
予想外にもブックマークがついていたので、驚きました。ありがとうございます!
部屋から外に出ると涼しい風が私の頬を撫でた。私は顔を隠すようにマントのフードを深く被る。満点の星空のお陰で意外と暗くはなかった。さっさと公爵家から出ないと。時間がない。レンガの敷かれた庭を出て私の何倍もの高さがある黒い大きな門に差し掛かった。
「でけぇ。十年前も同じ感想、抱いたな」
私は小さな体躯を活かし、門の隙間に体を捩じ込ませる。そして門を開けずに公爵家の所有地から脱出した。鞄から地図を取り出しこのまま突き進んでいいのか確認する。貴族街は整備されているから分かりやすいけど、平民街である下町は複雑だ。あらゆる所に細い路地が縦横無尽に張り巡らされている。地図がないと確実に迷子になる。地図を見ながら真っ直ぐ境界門に向かう。あの門を抜ければ下町だ。実家に寄って、国境門を出るまでは馬鹿王子かお花畑令嬢の刺客がいるかもしれないから物理・魔法の結界を張っておこうか。
手に魔力を込め、二十センチメートルほどの木の杖を取り出す。灰色でレリーフが彫ってある。これがないと身体強化以外の魔法が使えないから不便なんだよねえ。他の国では他の物を媒介具にしてるらしいけど、術者単体では魔法は繰り出せないのは共通らしい。マナ情報は実に役に立つ。
「プロテクト、プロテクマ」
杖に魔力を通しながら詠唱する。すると、優しく何かに包まれたような感覚がする。よし、結界張るのは完了。旅を再開しよう。
一時間ほど歩き続けていると、白の境界門が見えてきた。一応、お父様じゃなかった、公爵に書いてもらった通行許可証はあるけど、本当に通れるのかな。最悪、冒険者カードを見せて他国の人間の振りをして無理矢理通ってしまえばいいけど、後々面倒事になりそうだし。
騎士が常駐しているであろう詰め所を訪れると、担当の騎士がいた。これを出して、貴族街から出よう。日付が変わる前に貴族街から出たい。これはただの意地だ。
「誰ですか」
詰め所の中に入るかどうか悩んで扉の前でうろうろしていたら、中から騎士が出てきてしまった。貴族街から出てきたから私のことを貴族だと思っているのかな。もう、私は平民なんだけど。それは片隅に置いておこう。私は顔を見られないように俯き、一枚の木札を差し出す。騎士はそれを確認し、詰め所を通ってあちらに行くように言った。そりゃそうか。たった一人の為に門を開けたくないよね。魔力の無駄遣いだし。私が開けてもいいけど、これからのことを考えると腐るほど有り余っているとはいえ、使いたくない。
「その木札、公爵様に返却しておいてください」
「かしこまりました」
騎士は頭を下げ、私を見送ってくれた。第一関門突破!少しだけ気を緩められる。ふう、精神的に疲れた。一休みするか。
下町側の境界門の柱に丁度座れるぐらいのでっぱりを発見した。私はそこに腰を下ろし、鞄から水筒を取り出し、水分補給をする。うまい。腕時計を見ると、日付が変わったところだった。ギリセーフ。
「そろそろ行くか。お母さん達、まだ起きてるかな」
水筒を仕舞い、実家に向かって再び歩き始める。春とはいえ、夜は少し肌寒い。国を出てしまえば宿は簡単に見つかる。箱庭の国に隣接し、唯一この国と交易している国は、この国とは全く違う。何で交易しているのか、甚だ疑問だ。
主人公の祖国は箱庭の国とも呼ばれています