砂上の1等星
一昔前の史実が含まれます。
一応、裏取りはしましたがネット情報が主で、情報主の記憶違いの場合もあります。
間違っていたらスミマセン。
去年あたりから、ウマ娘を切っ掛けにして競馬を始める人が増えたそうだ。
時代は違えど、彼女が競馬に興味を持ったのも同じような理由。
小さな頃にテレビゲームで競馬を知り、リアル競馬を見るようになった。
その当時、競馬会の中心にいたのは、三冠馬ナリタブライアン。
その圧倒的な強さは、競馬番組だけでなく一般のスポーツニュースやバラエティ番組でも扱われる事があった。
競馬好きの多くはナリタブライアンに夢中だった。
圧勝したクラシック、怪我による挫折、復活をかけたマヤノトップガンとの死闘等…。
競馬の面白さや難しさを凝縮したような馬生と言えるだろう。
しかし、彼女が追いかけていたのは別の馬。
ナリタブライアンよりも1世代前の牝馬。
ホクトベガだった。
ホクトベガはデビュー前の体質の弱さもあり、デビューは年明けの4歳(今でいう3歳)。
何とかクラシックに滑り込んだものの、同世代にはベガという圧倒的なクラシックの有力馬がいた。
春のクラシック二冠はベガが勝利。
秋になった頃には同世代との力比べは終わり、後はベガが古馬に通用するか否かが焦点となった。
迎えた三冠目のエリザベス女王杯(当時は秋華賞がなかった)、最内を周るというバクチにでたホクトベガが直線で抜け出し見事に勝利。初の戴冠。G1馬となった。
この時の名実況「ベガはベガでもホクトベガです!」のイメージから、ホクトベガと言えばエリザベス女王杯という人も居るかもしれない。
だが彼女がホクトベガを追いかける…推しになったのはこの後。
エリザベス女王杯後、ホクトベガは今一つなレースが続いていた。
まったく勝てていない訳ではなかったが、G1馬としては決して褒められた成績ではない。
そんな折、中央・地方全国交流競走が始まった。
ウマ娘で言う所の、帝王賞や東京大賞典等がそれにあたる。
簡単に言えば、地方馬も中央馬も一緒になってダート競争を盛り上げようぜ!っといった感じのレース。
そこにホクトベガが名乗りを上げた。芝のG1馬が…である。
(当時、同厩舎の女傑・ヒシアマゾンも登録はしていたそうだが出走はしていない)
出走レースは川崎競馬場のエンプレス杯。
果たして中央G1馬の実力はいかに?興味津々の地方競馬ファンの前で、ホクトベガは圧倒的なパフォーマンスを見せる。
ホクトベガは2着に18馬身差を付けての大楽勝。
10馬身を超えると大差といわれる中で、その倍近い着差をつけた形だ。
彼女はそのレースでホクトベガの大ファンになった。
一部では相手が弱かったとも言われるが、その後ホクトベガはダート重賞レースを10連勝することで実力を証明。ダートの女王となった。
因みに、その間も芝のレースを使われているが一度も勝っていない。
そこもまた魅力的なのだと彼女は言う。
芝のG1馬からダート女王となったホクトベガだが、年齢的にはすでに晩年。
いよいよ引退が決まり、選ばれたのは当時の世界最高賞金額のレース、ドバイワールドカップだった。
海外遠征自体が稀だった当時、期待値はそこまで高くなかったかもしれないが、それでも「ホクトベガなら」という声も、少なからずあったらしい。
だが、やはり甘くはない。
ドバイへの直送便のない時代、長距離輸送を余儀なくされたホクトベガは現地で体調を崩した。
引退後は海外で種付けする計画もあった為、関係者はレースへの出走を一度は諦めたらしい。
ところが、そのレース予定日、ドバイは記録的なスコールに見舞われレースの延期が決定。
スタッフの懸命な調整もあって、何とか出走できる状態へと回復。レース出走にこぎつけた。
その当時は海外レースをリアルタイムで見る事も難しかった為、彼女はネットの掲示板でレースの結果を知ろうとした。
ネットなら、現地に居る人が直接書き込んでくれる場合もあったからだ。
レース発走が日本時間の何時か知っていたので、彼女はレースが終わるであろう時間に掲示板を開いた。
だが、なかなかレース結果の書き込みがない。
何度か更新ボタンを押した後、その一文が現れた。
「レース中の事故により予後不良」
予後不良、安楽死処分だ。
最初に彼女は、アンチの悪戯だろうと思った。
だが程なくして、ネットニュースでそれが事実だと知った。
彼女は人生で初めて好きになった競争馬の最期を、文字だけで知らされたのだ。
当然ショックだった。
JRAの発表を見ても信じられなかった。
しかし事実は変わらない。
ホクトベガは、日本から遠く離れた地で星になった。
それからしばらく、彼女は競馬から離れた。
もう二度と競馬は見ないだろうと思った。
だが今現在、彼女は競馬を観戦している。
少額だが馬券も買ってる。
それは「ホクトベガの死のショック」よりも「ホクトベガが教えてくれた競馬の楽しさ」が忘れられなかったから…だ、そうだ。
それは人間の身勝手な解釈なんだろうと思う。
一般的な動物愛護の観点から言えば、間違っているかもしれない。
しかし多くの人は人間以外の命により、その人生を豊かにしている。
競走馬だけ別に考えるのも、また身勝手なのかもしれない。
ホクトベガだけじゃない。
サイレンススズカだけでもない。
記憶に残らないような未勝利馬にだって事故は起こる。
デビュー前にも、調教の時にだって起こる可能性はある。
命の尊さとか崇高な事は語れないけど、せめてそんな命に、命懸けで戦う馬達に対してのリスペクトだけは忘れないようにしたい。
彼女はそう言った。
自己満足だけど……とも。