99
四日目
VRゲーム特有のテクニック──あるサイトの安価スレによって決まり浸透した──"絶技"は、ある意味ゲームの仕様を悪用した裏技だ。
かの天才が作ったVRシステムを解析し、分析し、理解することによって生まれるあらゆる仕様。そこに"何か変なこと"が出来うる、付け入る隙がないかの精査。
魔法というエネルギーを蹴る"自傷跳躍"も、ステータスの出力を転用した"縮地"も、人間の認識と脳の電気信号をアバターへの命令として処理する際のズレを逆手に取った"虫擬き"も。
それら全てはVRシステムを深く研究してきた専門家達の、理詰めと理屈による非感覚的な検証の成果である。
あらゆる絶技は理論の提唱から生まれたものだ。
「AがBならばCが出来るんじゃないか?」
誰かが宣うそんな狂言は、優秀なVR技術の研究員達に幾度と無く馬鹿真面目に検証されてきた。
そうして"再現方法を確立したもの"の呼称こそが絶技であり……あらゆる検証を試した上で"実現不可能"と捨てられた理論は、その数十倍の数に及ぶ。
可能か不可能か、その検証の最中にある幾つもの理論達……然し、その判決はその二択だけでは無い。
──それは理論上可能であるが、再現が出来ないとされた技術達の呼称。
──それは実現者というふざけたケースを確認してしまったが故に、未だ捨てることが出来ない永遠の検証題材。
或いは絶対的な才能が必要な化け物が振るうその理屈は、極めて横暴で理不尽だ。
それだけの不可能を成してしまったプレイヤーは、挑むのも馬鹿らしくなるほど絶望的に強いのだろう。
──それはこの電脳空間に君臨する化け物の個体名。
彼ら彼女らはやがて、発見順に番号を付けてこう呼ばれる。
──"第何番仮説"。
******
アウェイキング・ワールド……そんな名前のVRゲームは、転生と転職を売り出したなんの変哲もないゲームだった。
レベルもカンストして惰性で続けていた私は、新しいゲームが欲しいなぁなんて思うくらいには飽きるほどやり込んでいた。
「なーちゃん今日どうすんの?」
「んー……暇潰しにアリーナ潜ろうかと」
「またぁ?」
「だってやることないんだもん」
「じゃあなんでAW来てんのよ」
「惰性?」
「分かるー」
二人してけらけら笑う。中身の無い会話だ。
目の前にいる人物はなんというか一言で形容し難い人物だ。下半身がスライムで上半身がアシュラというAW特有の謎合体した転生種族で、狩り場で助けてからそれなりに交流のあるフレンドの一人──クトゥルフのハイドラ寝取り触手攻め──くーちゃんだ。
名前の意味は知らないし考えたくもないが、これでもかなりの常識人だ。レベル125が別の意味に見えるので私は結構気に入っている。生き様が。
「相変わらず対人戦好きねー」
「この頃楽しくてね、殺人した上で敗者の悔しがる顔見に行く悦楽コンボが」
「ゆがんでんねー、その歳ならもっと可愛いことしたら?」
「例えば?」
「えっ? あっ、うーん、と…………………………」
「返答に窮す時点でくーちゃんの青春終わってんの分かるよね」
「てめぇこのやろぉ!」
六本腕による殴打を翼で防ぐ私の種族はドラゴノイド。近接強種族の筆頭で、取り分けSTRとVITに振ってるガチガチの脳筋ビルド。
最近はアリーナのランカーになったからそこそこ知名度も出てきて、ちやほやされて気持ちよくなることを糧として生きている。
だからこそだろう、私が彼女のその言葉に興味を持ってしまったのは。
「そういや最近この近くでプロゲーマーがラウンジ開いてるらしいよ」
「ラウンジ?」
「あー世代じゃないのか。んと、なんてーのかな、ルームマッチみてぇなやつよ」
「ほう?」
「挑戦者募って順に戦うやつ? 興味あったら行ってみたら?」
「強いん?」
「そりゃプロって言うくらいだし強いでしょ。あ、遠距離職歓迎で配信してるんだって」
「え、じゃあ何、私がぶっ殺したら赤っ恥かかせて超気持ち良くなれるやつじゃん」
「即座にその発想になるなーちゃんも中々に性格終わってるよね」
いつもと変わらない日常を、いつもと変わらないテンションで。
まだ歪んでいなかった(当社比)私は、その日理不尽に出会う。
私の人生を大きく捻じる、どうしようもない程の内に秘めた執念に。
「たのもー!」
「……子供?」
辿り着いた人物は、このゲームでは珍しい人間だった。
何の特徴も無い種族で、レベルだってまだ87で、装備だって貧弱で。
凡そ負けるわけが無いと挑んで、圧倒的なまでの敗北を喫することになる半裸の男。
その理不尽の名は第二仮説。
私のこれまでを全て否定し、生まれ変わらざるをえなくした──
──私の人格を完全に破壊した全ての元凶だ。
サイコちゃんが今の性格まで進化しちゃったのって大体全部コイツのせいだよ
コヒメちゃんはキレていい