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連日更新三日目
いつまで続けられるかみんなも予想してみよう!
姉に構ってもらった記憶は無い。
いつだって私に興味無かった女が夢中になっていたのは理不尽への挑戦だった。
他人としての距離感で、ただの同居人としての対応で。
だというのに憧らせてしまうほどの不条理で不愉快な魁星を、さあ墜とせ!
今ここで私の存在を記憶に刻めクソ女!
「"怪力乱神"!」
VRを始めて以来私はコイツに幾度となく挑んできて、まだ一回も勝ててない。
それはPSに絶対的な差があることの証明だけど、私はコイツより強くなりたいんじゃなく一度でいいからまず勝ちたいだけだ。
なら、やりようなんていくらでもある。
「──お姉ちゃんに今の私が捌けるかな?」
「舐めんなカッスゥ!」
単純な話だ、PSで勝てないならそれ以外の部分で殺せばいい。
AFで追加された切り札を発動、一定時間限定だけどSTRを1.5倍に強化し、遥かに軽く感じる姉の攻撃を弾き飛ばす。
筋力の拮抗が崩れた。
生まれた前方の隙間に侵入し二刀の切り上げを振って……当然のように姉は近接戦で迎え撃つ。
筋力で上回られた双剣の手数、明らかな不利対面に対して、然し彼女は苛立たしげに打ち合いを選択する。
否、選択するしかない!
(ステータスで有利取られても……舐めてた相手から煽られたら、お前ならムキになって近接戦だけで殺しにくる)
雨宮霖という人間はプライドが高く煽り耐性が低い。加えて自分を特別な人間だと思ってるから常に他人に無関心或いは舐め腐っていて、自分の欲求を第一に活動する気分屋だ。
そんなクズのロイヤルストレートフラッシュである姉は、言ってしまえばある意味単純な性格と思考回路で、人となりが分かっていれば行動の誘導だって出来る!
有利盤面に縛りつけ、そしてその上でPSの差を……
「人読みで埋める!」
「ええい鬱陶しいわストーカーが!」
手数で防御を割って踏み込めば同時に距離を離される。届かない寸前を縫ってくるだろうリーチを勘で事前に避け、刹那のアドバンテージに更に踏み込んで私の間合いに引き戻す。
頬を掠めた刃、軌道修正して両断されるより速く左剣で上に弾き飛ばし……
「こんなもんかよ英雄さんよぉ!」
武器を手放して来るであろうグラップルを、内側から腕で殴って逸らす!
(肉弾戦、迫撃中に唐突に挟んでくる常套手段!)
先読みしても対応はギリギリで、でもギリギリで読めている。
さあストレス値を管理しろ、ここが分水嶺だ。
油断と本気が切り替わる一瞬の、隙。
「死の影」
いい加減キレて仕掛けてくるだろお前なら!
******
長く続く戦闘は必ずしも退屈を満たさない。
つまらない、面白くない、気が乗らない、動きが固い、エンジンが掛からない、燃料が無い。
ありとあらゆることが不敬、不快、不可解、不愉快。
さっさと殺せるだろと雑に攻めれば今は寧ろ押され気味で、対して目の前の女は楽しげに笑っていた。
夢の最中にいるような、狂って潤んでいる熱い瞳で、未だに私に着いてくる。
(クソウゼェ)
それは何処か既視感があって、或いは全くもって記憶に無い。
何かが腕にまとわりついているような感触がある。それは「贖罪しろ」だの「負けてやってもいいだろ」だの、私では無い意味不明なことをほざいている奴で、どこか感傷的でくだらない、泥のようなデバフ。
高々STRで負けているだけだというのに、こんな気持ち悪い感覚を味わっているというのに、その気になればいつでも殺せるってのに無様に調子乗りやがって。
ああ不愉快だ、故に死刑。
(モブの分際で私に歯向かうな)
雑魚に切らされた形のカード、それすらも不愉快で……切ったからにはこれで確実に殺す。
超高速軸足回転、捻り、力を溜め、からの解放。横に跳ぶと同時に割れて飛び散る鋼鉄と炸裂音を目潰しに、一転し音を立てずに死角を渡る。
秒で回り込んだ背後、振るうは確定クリティカル。
(死ね)
防御されようが弾き飛ばせる必殺、ステルスからの不可視の一閃。全体重を乗せた、受けを許さない隙だらけの大振り。
回避出来る筈がない故に、その一撃は火力しか考えちゃいない。
(確実に獲った)
野生の勘かなんなのか動いちゃいるが、この一刀には間に合わない。
低姿勢で捻りを加えた最速の横凪ぎが左からその首へと吸い込まれていく。
根源が分からないむしゃくしゃの八つ当たりは──然し、
ギャリギャリギャリギャリィ!!!
接触した片方の剣の腹を滑り完璧に受け流された。
「……は?」
死の影は視覚及び認識から消えるスキルだ。
防御されるのまでは想定内、それは別に難しいことじゃない。
だがこいつが今やったのはコースを完全に読んだ上でのいなしであり……私が知覚出来ない状態で通した余りにもイカれたギャンブル。
(一点読み!?)
想定外
驚愕と共に弾かれて崩れる体勢、当然来る稼いだアドを用いたカウンター。
目視と同時に脳味噌が急加速を開始。
思考がスタートを切った。
間合いは2m弱。
左腕はまだ外。
半身振り戻して体を間合いに捩じ込んで来る。
キメは右剣、コースは胴、出力方向は薙ぎ。
赤い発光、モーションからアーツを推察。
該当、ラピッドスライス、速剣技。
加速度を計算、予想される軌道を修正。
到達予測、36フレーム後。
白刃取りで間に合う。
「──で?」
どう読んだ? 何故読めた? 何を見誤った?
疑問は尽きないが、然しまだ私の処理能力の範疇だ。
この程度の詰めじゃまだ私は殺せない。
残念だったな、少し驚きはしたけどそれまでだ。
それじゃ私に届かな──
「縮地ィ!」
******
これを捌けばきっと本気になるだろう、油断してる状態で最後に振ってくるだろう大技……その一点読みからの最速カウンター。
それこそが私の見出した勝機!
初めて私の力で作り出した隙に私の全てを叩き付ける。
今出せる最速のアーツ"ラピッドスライス"で剣閃を超加速。
AF"特殊スキルオーブ:換装"発動、"岩礁の片刃"を"爆破の魔剣"にチェンジ。
そしてクソほど練習して身に付けた絶技、"縮地"をコイツの前で初使用。
AF"特殊スキルオーブ:怪力乱神"によって爆発的に増加している筋力が、火力と即度を跳ね上げる。
踏み込みが加速し、全身を駆動し、速度を右腕に受け渡す。
それは化け物をも殺す神速の一刀。
カウンター×アーツ×超STR×縮地×魔剣!
「壁ドンッ!!!」
最高火力の煽りと共に!
迎撃より早くその胸に──そう、胸に!──直撃した右剣は、凄まじい勢いで爆発する!
爆音と熱風が吹きすさび、その中で重い抵抗を全身の力を使って振り抜いた。
チュドォン! という効果音と共に爆煙を裂いて、化け物が真横へと吹き飛んでいく。
ガッガッと何度か地面に跳ねて転がっていく彼女は無抵抗で、まるで力が抜けたかのようにされるがままになっていた。
ローリンガールのように無様に転がっていく様は、なんとも姉らしくて笑いを誘う。
それはいっそ不気味なまでに。
「フゥーー……」
振り抜いた姿勢のまま息を吐き、私も思わず脱力していた。
完璧な手応えだったし、私の出せる最大火力をぶつけて尚アイツはまだ死んじゃいない。キルカウントが出てないことからもそれは明白だ。
初めて一撃入れた頭がおかしくなりそうな興奮と、これでまだ殺し切れなかったらどうなるか分かるだろという思いが同伴する。
それは恐怖か? 否、歓喜だ。
殺したくても別に死んで欲しいわけじゃない。まるで全細胞がリアルタイムで生まれ変わっていくようなこの進化の感触は、まだ終わって欲しくないし、まだまだこの感覚に浸っていたい。
ああ、なんて気持ちいい。この上なくスカッとする。
「……ねぇ、この程度じゃないでしょ?」
世界が遅い。研ぎ澄まされた感覚は視覚外の空を飛ぶ雀の羽ばたきですら聞こえる程で、正しく120%の力が出せている認識があった。
それは今ならコイツの全力と渡り合えると思えるくらいに。
「乗ってこいよ、雑魚」
つまらない顔をしていた。
それはかつて見た何かに熱中している姿とは程遠く、油断と慢心に溢れた退屈の表情だった。
こんなにも私が思っているのとは対象的な態度に、然し今は腹が立たないくらいの多幸感がある。
退屈からの解放は、落差が大きいほど気持ちいい。
舐められて、コケにされて、煽られて。
これから来るであろう奴の100%を潰すためにこの舞台を用意した私は……
だらんと起き上がった奴を見て、笑った。
「随ッッッッッ分と、愉しそうな顔してんなァ!?」
ゾクリとする程のプレッシャーが放たれる。
踏んではいけないスイッチを踏んでしまったかのように、それは絶望的な悪魔のようで。
30mは先に居るというのに、その声は嫌にクリアに聞こえた。
******
……ああ、漸く分かったこの既視感が。
ありゃあ過去の私だ。
それも四年前辺り。
馬鹿やってた頃の、私の眼だ。
ドロドロしてて偏執的な、狂気的な、莫大な熱を孕んだ執念の奴隷の眼だ。
理不尽に挑んでいる時の、楽しくて仕方が無いやつの瞳だ!
理解が、出来た。
それはもう絶望的なまでに。
「こっちは散ッ々ぱら不愉快な思いしてんのによォ……テメェだけ愉しそうとか不公平だと思わねぇのかよ常識的に考えてェ……!」
受け身も取らずに直撃させてやったのは自分への戒めだ。
クソみたいな一点読み通す前提の確定行動最高火力だろアレ、やってることファッキンバカクソ過ぎて笑えてくるわボケナスが。
受けるべきだと思った、避けるべきではないと思った。それだけの価値があの一撃には……私の予想を上回っていた。
処理能力を上回る、刺激があった。
「……あはっ♡」
あームカつく、クソムカつく。
これまでの退屈が裏返る。
成程、そんな状況な訳か。
過去の私がしていたことを、私が誰かにされる側になったのか。
ああそれは実に愉快で、愉快で、愉快で、愉快で、愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で愉快で………………
「じゃあ私が理不尽側に回ったってんなら、絶望させてやる義務があるよなァ!!??」
咆哮。最高の気分のおすそ分けが、二人きりの鉄道橋に木霊する。
ああヤバいノってきた、漸く興が乗ってきた。
やっとこの大会での私のスタンスが見えてきた。
無意識の手加減を意識的な暴力で塗り潰す。
「……一撃の最大被ダメージを50%に固定する『被弾上限』、死んでもHP1で生き返る『緊急蘇生』、死んでもHP1で五秒間不死になる『不屈』」
全MPを使用して操血を発動、からの錬血。
宙に浮かぶ血の塊に、初めて見せた魔法を見て身構える妹を無視して、それら全てを槍に変形させ──
「加えて、自動HPリジェネの『再生Ⅱ』に、それに加えてドレインが付いている『不死身の再生力』」
──私を全身から刺し貫く。
「は!?」
あらゆるところが貫通した。
ハリネズミのようになる私は体に空いた穴から激痛を享受して、自傷では済まないオーバーキル確定の自殺行為で死亡対策カードを消化する。
激痛が止まらない。
それはいつまでも継続して、この脳味噌にも慣れてきた私の感覚が目を覚ます。
「さてひーちゃん、ゲームをしようか」
私の現実の体は意識に反し、VRゲームに対して半年のブランクがあった。が、錆び付いた感覚のズレはまだあるけれど、使徒戦の極限環境を経てそれは大分解消されている。
それが何を意味するか?
そうだな、言うなれば漸くギアチェンジが出来るようになって楽しいってことだ!
「ルールは簡単。今からさっき並べたスキル全部切るから、ひーちゃんはHP1の私に何でもいいから一発入れれば勝ち、私は君をぶっ殺したら勝ち」
「……ふざけてんの?」
「大真面目だけど。てかこれでも全然足りてないよ? 君へのハンデ」
もう入ったので血の槍を消す。うわー穴だらけじゃん私、軍服はその内直るからいいけど、風吹くだけでクソ痛いんすけど。
「ブチ殺すこの貧乳がっ!」
クソみたいな罵倒と共に突っ込んできたチャレンジャー。どうやら縮地が使えるらしい彼女は中々の初速を叩き出し……その双剣の十字切りを、片手で振った長巻で受け止める。
剛! と鳴る風切り音と、まるで動かない交錯点。ギリギリと力を込めてもビクともしないためか驚愕の表情を浮かべる姫雨は、ああ、実にいい表情だね。
これからもっと歪めてあげる。
「ねぇ、火事場の馬鹿力って知ってる?」
──さて、VRゲームの根本的な話をしよう。
私の持つ『鞍馬の天脚』は『脚部の全能力に多大な補正、脚部を用いた全ての判定を強化』という効果を持つが……これはAGIやSTR等の"ステータス数値"を変動させるものでは無い。
正確な名称は無いため私は便宜上"運動能力"と読んでいるが……このスキルはそれを強化するものだ。
では、"運動能力"とは何か?
私が設定したその意味は、プレイヤーアバターの素体としての能力値だ。
VRゲームにおけるステータスの計算は、加算ではなく乗算で行われる。
凄く極端な例え話だが、握力が50あったとしてこの世界でSTRが10あれば、それは+10ではなく×1.1として計算されるようなもので、この場合の握力こそが私の指す"運動能力"。
全ステータスが0の時の、これから乗算されることになるアバターとしての素の能力数値……『鞍馬の天脚』はそれを強化することの出来るスキルの一つ。
これは私にとって大きな意味を持つ。
「"震天動地"」
さぁ本邦初お披露目だ!
アーツオーブⅢによって習得した、『武芸百般』の適応範囲である格闘アーツを使用。
即座に膝に充填されていくエネルギーを全身を連動させ、全体重を掛けて眼下に蹴り飛ばす。
四股踏みのような全力の蹴りは、アーツの能力によって……異次元の領域まで拡散増幅され、世界を破壊する!
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンン!!!!!!!!!!!!!!!
「はぁ!?」
「あっはっはっはっはぁ!!!」
地割れですら形容には生温い。
蜘蛛の巣を亀裂で描き切るより速く轟音と破壊が飲み込んで、鉄道橋を蹴り一発で粉々にぶち落とす!
鋼鉄も厚さも、圧倒的な力の前には関係無い。直径100m以上を崩落させて、軋む異音すら吹き飛ばして私達は足場を無くす。
落ちる先はかつて穏やかだった川の浅瀬。前後左右余りに広い、今や橋の残骸で水飛沫の止まらないバトルフィールド。
暴れるには最適な地形だ!
「感覚良好、発動確認!」
フラストレーションってのは溜まりに溜まる程、解放した時の反動は大きくなる。
さぁ徹底的にぶち壊そう。
丁度このゲームに退屈を感じていたところなんだ。
それをあの予想外で遊べる相手が居るって分かったんだ、私に憧れる馬鹿のために絶望させてやる義務が出来たんだ。
どうせここでこれをやるんなら、終始徹底的にこのゲームを壊してやろう。
蟻の巣に水を注いで沈めるように、使えないゴミを処理するように、丁度いいはけ口として、悪役として、理不尽として。
いつか言ったように、私、無双ゲーも嫌いじゃないんだ。
破壊衝動のままに、人を蹂躙して遊ぼうじゃないか!
「我流再現……第二、脳火事場」
さて、まずは君からだ。
私を舐めて、楽しそうに笑ってる、私が漸く楽しめそうなプレイヤーに対しての、全力のプレゼントだ!
精一杯舐めて遊んでやるから、頑張って足掻いてね?
次回、青春とサイコパス③