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メタグロスになりたい
「波涛の曲鞭!」
「はいインターセプト」
振るわれる光る鞭、無造作に掴んだスケルトンを肉壁にして防ぎながら、真正面から踏み込んで行く。
いやー掴みやすくていいよねこいつら、脆くてスカスカなのを除けば咄嗟の盾として使えるや。いや肉は着いてないんだけど。誰が上手いこと言えと?
「すっげーワルの敵みたいな戦い方するじゃん!」
「善良な一般市民でいるつもりなんだけどなー」
「どの口が!?」
杖を向けるモーションを見てその前に上に飛び、低い天井をそのまま蹴って強襲……すると見せ掛け、標的の後ろに着地、反転。
外見情報からメインレンジは中遠距離、鞭も魔法も初速は高いが機動力で近接戦に持ち込みゃ楽に処れる。
咄嗟の鞭の迎撃を反射で弾く。音が硬質、仕込み鞭了解。
「私ばっかに構ってていいの?」
「あ!?」
「はい隙」
置いてきた下僕の群れを意識させた瞬間に距離を詰める。刹那の空隙を縫う突進に対し、唱えられるのは破壊の詠唱。
前後からの挟撃、反応の遅れ、物量。与えた情報に対してその行動はトッププレイヤーとして余りにも当然の判断であり……だからこそ全て読み通り。
「死の影」「フロストバーン!」
敵を中心とした蒼白色の爆発。
散っていく囮達をステップで攻撃範囲から逃れながら認識した。
雑魚処理と接近拒否を兼ねたAoE、その詠唱より早く切ったステルス移行。
黒い影が私を覆う。
エフェクトで塗り潰された敵の視界、それが明けて索敵に入る寸前に──切り込む。
一閃
「がっ!? ……ッダイヤモンドダストォ!」
「あらしぶとい」
ガラスを勢いよくぶち割る音と、クソ重い抵抗を筋力で無理矢理殴り飛ばす感触。
圧倒的過剰火力叩き込まれて即座に動けるのは素直に凄いよお前、うぜぇな死ねよカス。
パワーの乗り過ぎた斬撃に撥ね飛びながら、五体満足のまま魔法を放つ敵プレイヤー。胴体ぶった切ったけどスキルで耐えてきやがったなぁ、追撃は位置的に間に合わない。
「ま、誤差」
「ランカー舐めすぎじゃない!? 」
辺りに拡散する氷霧、それなりに狭い通路が故に空間を埋め尽くすその魔法にダメージ判定自体は無い。
氷魔法ダイヤモンドダスト……範囲内の敵のAGIとVITを下げ、軽い煙幕と魔法発動位置の拡張にも使える中位魔法だっけ? うわ懐かしー!
(特殊妨害派生の中位なら魔法プール的に殺傷力は低いか)
スキルも魔法も自分のプレイスタイルに合った物しか派生しないこのゲームは、逆説的に、それなりの大技を見ればそいつの持つ他のスキルや魔法をある程度逆算出来る。
そして魔法プールが分かれば後は装備、戦闘方針を掛け合わせりゃ……鑑定スキルが無くとも相手のビルドを私は割れる。
(うん、雑魚だな)
「"九龍""霧中の氷襲"」
「でしょうね」
「平気な顔で捌かないでくれる!? 」
「いや別に読めてるし」
まず氷魔法は妨害派生、火力に魔法は使ってきてないから火力技は無いしINTも低いと分かる。単体じゃ殺傷力は低いのでキルウェポンは鞭、キルルートはDDで速度デバフを掛けて中距離から鞭の攻撃速度を押し付けるってとこでしょ?
通したいのは物理攻撃、魔法は妨害兼デコイ。エフェクトも範囲も派手だけど……
「──躱す必要は無い」
霧が集束して四方八方に生まれた氷塊を無視し、最短経路を突き進む。
全身に突き刺さる魔法はHPを一割も削ることは無く、鞭のアーツだけを長巻で弾いてさあ至近距離。
果たして敵の表情は焦りながらも冷静だった。次手が要るか。
攻撃範囲に入るより早く冷気の収縮、次いで拡散。
白光が敵を中心にダメージと衝撃を振り撒くが瑣末事。足を止めない。
キルレンジ
「ざんっ」「変わり身!」
斬撃は空を薙ぐ。思考より早く直後の縮地、前方に跳んで壁に着地し反転跳躍。
一瞬で切り替わる視界、標的の場所を捕捉。
迫る地面を軸を合わせて蹴り飛ばす。
5m、早すぎる鞭の迎撃が見える。
首の高さへの横振り、予想通過地点は私の眼前、空振る筈の無駄な攻撃。
加速する視界で認識したそれを……通過点のすぐ先の空間を長巻で斬り上げて。
武器は交錯することは無く、然し高音が鳴り響く!
「そのビルドで読めないわけないでしょ」
「いやマジ勘弁」
斬り飛ばしたのは鞭を媒介にして放たれた飛ぶ氷刃。
武器の攻撃速度を魔法の射出速度に上乗せするテクニック──"魔法カタパルト"。
一周目の世界の魔法戦士の基本技であり、特に先端の速度がクソ速い鞭のメインウェポンであるそれを、私が警戒してないわけが無い。
「生憎私に初見殺しは何も通らないよ?」
視線誘導、間合いより早く斬り下し杖のガードより前で鞭の柄を切断。はい詰み。
体勢破壊からの切り返し。必死の防御に行動を固定させ踏み込みから左手でのグラップル、胴を掴んで地面に叩き付ける。
衝撃と轟音、ひび割れる坑道から土埃が舞い、抵抗より早く顔を踏み潰す。生物をグチュッと潰す感触と同時に、ログにキル報告が挙がった。
「……困った、私強過ぎる」
凄惨な殺人をした直後にそんな呑気なことを宣う程度には、どうやら私は退屈みたいだ。
*******
「刺激がねーんだよなー」
ゲームを面白く感じる要因とはなんだろうか?
強敵との戦闘? 或いは二転三転するようなストーリー? はたまたコレクション魂?
ふらふらと地下をほっつき歩きながら考えた退屈の原因は、つまるところそれらが全て不足していたことだった。
「使徒戦と比較して分かったけど、私の処理能力に対して敵が想像の範疇を超えてこないんだよ」
運営によるサプライズも、敵プレイヤーの戦術も、ビルドも、切り札も……それら全てが過去に私が対応して来た既知の常識でしかない。
私がVRゲームを求めた原点は刺激だ。それは例えば私の場合難易度の高い戦闘や初見殺し技に晒された時に感じるもので……悲しいかな、それは二周目のゲームで味わうには私は強くなり過ぎていた。
判断能力だの、戦闘経験だの、知識だの……あらゆる内面的な物から、今に至っては本体性能だってそうだ。
ビルド面で物理も魔法も隙を潰し、私のPSで駆るこの最高の肉体は、未だ初心者でしかない他プレイヤーとは文字通り格が違う。ザクに乗る一般兵とガンダムに乗るアムロくらいには違う。
「マジで"こんなもんかぁ"なんだよねぇ」
使徒戦がクソ楽しかったのは完全初見かつ理不尽なくらい強かったからだし、あそこで私の処理能力の極限を把握したのもあって、対人戦は退屈だった。
或いは相手の強さ以外での楽しみ方……例えば因縁だの好奇心だのを煽る戦闘も、ストーリーもクエストもこの大会にゃ無いし、喋ってツッコミを入れてくれる友達もいない試合だし。
「はてさて……退屈、か」
エリア縮小が迫る最中、漸く見つけた出口直通のトロッコにのろのろ乗り込みレバーを倒す。
けだるげ……ってか実際だるいけど、兎角そんな風に縁に肩肘つけて足を伸ばす。
体勢はまるで小さなバスタブに浸かるような、軍服コートのお陰で座り心地はまぁ悪くない。
前方から吹く風が出口に繋がっていることを示していて、ゆっくりと小さなトロッコは動き出す。
がたんがたん、ごとんごとん。
よくあるオノマトペ通りの音を軋ませ、ぼろっちいゆりかごが進んで行く。
「じゃあねー」
これまで探索に神輿担ぎにと酷使していた召使い達に手を振って、そう言うと同時に全員自壊させる。
鬱陶しいくらいに過剰なバフエフェクト。
滅茶苦茶働かせといて最後に皆殺しにするとかうわー可哀想、離れ過ぎると操作受け付けなくなるからしょうがないんだけどさ?
「あらいい景色」
動力不明で坂を登る乗り物の上から、眼下に広がる古代都市を、使徒戦の最終部屋のように壁一面を埋め尽くす色とりどりの鉱石群を、切る風に片目を瞑り、髪を抑えながら。
「……どう愉しんだもんか」
長く暗いトンネルの景色を眺めて揺らながらそう呟いた。
******
得られる情報は数値の変動くらいだけど、それだけでも盤面はある程度把握出来るもので。
地上に出た私の状況はまぁ率直に言ってかなり不利だ。
「随分と外周が近いな」
久々の光源に何度か瞬きしつつマップを開く。
戦闘エリアは初期から比べて約半分程度まで縮小されていて、目視可能な距離にシステム的なダメージゾーンが見えている。
まだ次の縮小まで時間はあるけど、エリア中央に行くのを阻むように、今居る場所は川を挟んだ堤防だった。
「面倒な」
奇しくも予選初戦と同じような形で目の前にあるのは長い川を跨ぐ鉄道橋。
移動中確認したスキャン結果曰く、門番はまだいるようだ。
『突発イベント:過熱へと誘う商船』
『残り時間:4分』
(ショップ開始から大体五十人は消えてるか)
今大会から実装された仕様"突発イベント"は、文字通り試合中に偶に発生する特殊なイベントだ。
初回大会で実装されたのはランダムイベントと新MAP(未来都市)とソナーだとは覚えちゃいたが、その内俗にショップと呼ばれるこれが初手に来たのは予想外で……言わば試合のインフレ装置であるこのイベントに参加出来なかったのは中々にだるい。
「……ナーフ前だしレア度で価値見てる筈だから、使えないAFを厨AFに片っ端から変換するだけで爆アド稼げちゃうし……全体的な危険度の平均クソ跳ねてるだろうな」
プレイヤー誰しも自分に必要の無いアイテムはあるが、商船はそれらを変換して自分に有用なアイテムに変えることが出来るイベントだ。
例えばの話暴血狂斧を売れば好きなランクⅢの遺装と交換出来るようなもので、ショップが発生した試合はあらゆる不要リソースが圧縮されて厨武器厨AFが溢れる魔境になる。
「"氷の魔剣"くらいしかねぇよ、私」
振った辺りを凍らせるだけの別名・宴会道具さん。
まぁ地下に行ったお陰でステータスとアンデッド作成用の素材は確保出来てるけどさ。
「そんだけあれば十分だと思わない?」
「随分と余裕じゃん」
鉄道橋にカツカツと軍靴を鳴らす。
先制攻撃される気配は無く、散歩するようにゆっくり歩を進め、
そうして相対したのは、していたのは、よく見知った顔だった。
「一点張りで待ち伏せするにはマップ広過ぎるでしょ、馬鹿なの?」
「アーティファクトでお前だけサーチした」
「ストーカーがよぉ」
距離は約10m。
眼前に捉えたプレイヤーは双剣を握っていた。
腰までの長い黒髪に、所々金属のプロテクターを付けた軽装。胸部装甲は厚く、十人が見て十人が美少女と呼ぶであろうその外見は、流石私と血の繋がった家族である。
「相変わらずその小っ恥ずかしい名前なの? 姫雨ちゃん」
「読めねぇ名前よりマシでしょ、厚着して体型隠してる貧乳女」
「はいぶっ殺す!!!」
ちょっとあるからって調子こいてんじゃねぇぞ!? 妹の分際で!
何とは言わないけどAとC