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「フゥー……──」
例えばの話、誰か憧れの人がいたとする。
サッカー選手だとか、芸能人だとか、YouTuberだとか、別にアニメキャラクターでもいい。
それが輝かしい姿に惚れたり、怒涛の展開に撃ち抜かれたりしたとして。
そんな奴が腐ってる場面を見れば、誰だって腹を立てるものだろう?
「……結局は十四位か」
ゲームの対人界隈に入ってみて実感したことがある。
物理的な天才やリアルスキルがイかれてる奴、ベクトルが違う様々な狂人は割とそこら辺に生えてるが、それらは全て、全盛期のアイツより遥かに何かが劣っていることだ。
私の姉はクズでサイコでキチガイだけど、ことVRゲームに限って言えば正真正銘の化け物だ。
勝てる気がしないと絶望させたアイツは然し、ただの一度足りとも私に本気の暴力をぶつけたことは無い。
いつだってその瞳に私が映っていたことは無い。
まるで眼中に無いとでも言いたげなその姿に、私は心の底から腹を立てた。自尊心を踏み躙られた。
憧憬は殺意へと、寂しさは怒りへと。
今私にある感情は、調子に乗ってるアイツの鼻っ柱をぶち折って私に目を向けさせることだけだった。
ああそうだこれは復讐だ。
私が成長する過程で必要な、怪物への挑戦状だ。
「……化け物連中と遊んでばっかで妹をまるで構わないクソ姉がよぉ……!」
十五年間一緒に暮らしてきたのにほぼ私に干渉しなかった自己中女がよぉ……! 同居人に興味無いって顔でずっと見られてきた私の惨めな気持ちが分かるかコノヤロウ……!
「絶対に勝つ、勝って私の成長をアイツに理解らせる」
感情の昂りに反比例して、試合前の装備点検はこれまでで一番冷静かつ迅速だ。
試合状況で設定される持ち込みアイテムのコスト上限は、Aブロック最終決勝、しかも200人対戦ということでかなり高く設定されている。
それを余すことなく使い切って詰め込んだのは大量の閃光弾と音爆弾に、各種毒塗りナイフに手榴弾。
何がなんでもぶち殺す準備を整えてきた私の前に、とうとう出場のゲートが開いた。
試合待機時間のカウントが0を迎える。
『Aブロック決勝戦Xを開始します』
ノータイムの"降下"選択。
同時、粒子となって消えていく私の体。
空中に転送された私を下から風が叩き付けて、眩い日差しが背中を炙る。
天候は晴れ、気象に異常無し。
瞬間の脳内マップ検索。
視界に映る情報を処理し、それを記憶に照らし合わせる。
古城跡か? 森丘か? 市街地か? 孤島か?
答えは果たして、決勝戦の舞台は──
「──は? どこだここ!?」
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当然の話であるが、ゲームの運営には金が掛かる。
VRゲームは基本的に購入費+月額費制でユーザーから運営資金を回収しているため、ユーザー数が少なければ何れ運営が回らずサ終を迎えることになる。
故に開発側は常に『既存ユーザーを離れさせない努力』と『新規ユーザーを獲得する手段』を考えなければいけないわけで……そうしてデイブレの運営が考えた策はこうだった。
「──この戦場にいるのはこのゲームで最も最強に近い二百人のプレイヤーです。そんな最強を決める試合のマップは果たしてどこが相応しいのかと、我々運営は考えました」
大きく表示されるカメラが次々に切り替わる。まるでそのマップを紹介でもするかのように。
移された景色は寂れながらも形の残る人工物で、蔦や苔に覆われたそれらは然し、全ユーザーにとって最も馴染み深く、そして最も見慣れない光景だった。
あらゆるチャット欄が加速する。
それは各配信のコメント欄であったり、掲示板であったりと、その感情の種類は歓喜による興奮だ。
「そうしてデイブレの運営チームがご用意させて頂くのは、ある意味ここまで来たプレイヤーへのご褒美であり、かつ最も新鮮で対応力が試される残酷な戦場です」
エリア全体に掛かる高架橋はコンクリートで出来ていた。
水没した果てしない線路の脇にはアンテナが幾つも立っていた。
整備された街路は日本の都市のように、あらゆる技術が駆使されて造られていて。
哀愁漂わせる飛行機の残骸が空港を割り、自然と同化し巨大な廃墟を形成している。
学校やショッピングモール、幾つもの砕けた廃線が集約する巨大な駅も、それらは全て風化していて。
それは未だ嘗てプレイヤーが見た事ない、異世界よりも現実に近いバトルフィールドだ。
「来週のアップデートで実装予定の新マップ"未来都市"……それがAブロック決勝の戦場です!」
テストプレイと広報を兼ねた、とびっきりのサプライズ。
新たな戦場の電撃的な先行プレイ映像に、最も盛り上がる最後の生試合。
完全な予想外の展開は果たして、200人の最強候補に容赦無く降り掛かる。
運、判断力、戦闘力、対応力etc……
あらゆるプレイヤーを篩にかけるその戦場は、残酷なまでに実力が試される熱狂と混沌の坩堝に飲み込まれた。
あらゆる選択肢が叩き付けられ、初見の戦場でどう動くかを考えさせられる。
いっそ選手にとっては理不尽とも思える情報の嵐の中で、即座に判断を下せるプレイヤーは当然ながら存在しない。
……たった一人を除いては
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(さぁーてじゃあまずはカタコンベでアンデッド自壊させてステータスでも盛りますか)
まるで全て想定通りと言わんばかりに、そのプレイヤーは即座に動き出す。
勝手知ったる庭かの如く、マップすら見ず走る先は……まだ映像には表示されていない、"未来都市"の広大な地下空間へと繋がる秘密の通路。
「一応これでも私かよわい後衛魔法職だからさ、最初から斬り合いとかごめんだね」
予選とは打って変わってガチ装備に身を包む彼女は、慈悲も容赦もする気はない。
フォーマルに纏まった青電が走る生地をベルトで留め、腰より下は開け放ちスカートのように広がる足首までのコート。
その上を装飾する黒と金の軽鎧には所々に宝石が散りばめられ、篭手とブーツは冷酷に煌めく装甲で覆われている。
肩部はまるで肩章と鎧が融合したような形になっており、長い白髪を軍帽が収めて、留められて全身を隠すように翻るのは漆黒のマント。
「……さぁ、蹂躙開始だ」
軍服をベースに魔改造された機套と槞を着込む彁は、愉しそうに口元を歪めてそう呟く。
使徒戦から大幅に進化した肉体を、余すことなくぶつけれる場所に解き放たれて──
──枷の外れた二周目の化け物が動き出した。
コイツ後衛魔法職なんだよなぁマジで……