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オラッ!大人しく死ねっ!
「要は勝つ方が下手なんだよコレ」
場所は変わって選手専用の控え室。
7-11-9-6-8位でフィニッシュした私を出迎えたのは、なんとも言えない表情のコヒメちゃんだった。
てっきり「なんで負けてるんですか!?」とか面白い反応を予想してただけに、心配そうな顔で出迎えられるのは軽く肩透かしを食らった気分だ。
「さてコヒメちゃん、一発勝負の対人戦で楽して勝つにはどうすればいいと思う?」
「……相性で有利を取る、とか?」
「ぶっぶー、正解は初見殺しでしたー」
乱雑に脱ぎ捨て、衣装ラックに放り投げたのはフード付きの真っ黒なコート。
すっかりボロボロになったそれに特殊な効果なんてほぼ無くて、申し訳ばかりのステ補正の他には私の印象を薄めるのが仕事だった。
「一戦に限るなら予測不可能な角度からの即死以上に簡単に勝つ方法は無いよ。相性も戦力差もそれらはあくまで盤面の取り合いをしてる時に使われるものであって、盤面そのものをぶっ壊しちまえば無視出来るんだよ、それ」
言いながら届いたメールを開き、招待状に記された会場を確認するが、それは予想通り最高レートブロックへの出場権だった。
「このゲームの大会って大々的に配信されるから、目立てば目立つ程本戦で対策されるんだよね。アーカイブ残るし、選手ピックアップとかもされるしさ」
「……だから、負けたと?」
「優勝だけ見てるなら予選で態々勝つ理由が無いでしょ。じゃなきゃあんなクソみてぇな自殺なんて晒さねぇし、突破さえ出来りゃ順位なんざどうでもいい」
足踏み外してマグマに落ちたり、狙撃を躱さず頭吹き飛ばさせたり、散り際を"爪の甘いマヌケ"に見せた私の演技は果たして効果があったらしい。
すっかり騙され、沈んでいた顔が呆れ顔に変わっていくコヒメちゃんは、胡乱な目で疑問を続ける。
「それでもせーちゃんって一位取って目立ちたい生き物じゃないの?」
「オッズって分かる?」
「オッズ?」
「倍率だよ、賭けの」
軽く調べてコヒメちゃんの目の前に表示させたウィンドウは、本戦の優勝者を予想する賭博画面。
「例えばコヒメちゃんが1から100位までの戦闘力順のリストがあったとして、賭けてって言われたらどんな特徴の奴に賭ける?」
「せーちゃん」
「誰が個人名を言えっつった、私みたいな人ってそれはただの私なんよ」
「……んー、情報が戦闘力順ってだけなんでしょ? ならやっぱせーちゃ「私抜きで」……じゃあ普通に一位とか?」
「うん、それが普通。一般論なら他だと知り合いなり人気な奴だったり、逆に最下位付近とか、後はゾロ目とかが多いんだよ」
「なんで?」
「賭博ってのは賭ける人数……要は期待されるほど、的中時のリターンが落ちるんだよ。で、そうなると人気だったり強い奴は勝ちやすいから賭けが集中して、その逆は勝った時の倍率や脳汁がクソデカいから一発狙って賭ける馬鹿が一定数いて、ゾロ目は宗教なり願掛けなりで割といる」
「なるほど」
「じゃあ問題。さっきのリストに置いて、最終的にほぼ賭けられなくてオッズが一番期待出来るのは?」
「……! その逆!」
「ビンゴ♪」
スコアは一試合毎の順位の他、キル数や与ダメージで加算される仕様で、大会本戦のマッチメイクはある一例を除き、予選で稼いだスコアの上位から降順100名で決定されて行き……そして二周目のプレイヤーである私は、その計算式と感覚を覚えている。
そうなりゃ後は簡単だ。
「目立たず、決勝進出ラインを超えつつ、60~70位付近に着地出来るスコアに調整する。私の目的はあくまで金策だし、それが一番稼げて賢いでしょ?」
「目立ってなかった? あの口とウインク」
「あー……いやまぁ、ちょっとキレちゃって。てへっ?」
「かっこよく語ってたくせにプロ意識とかないの?」
「うるせぇな!?」
頭を乱雑にわしゃわしゃすれば、「うわーっ」と可愛い声を上げて抗議された。半目で上目遣いしながら翼と手をわたつかせるその様はまるで小動物だ。
「あーもう! 調子悪いんじゃないかって心配して損した!」
「あ、心配してくれてたんだ」
「そりゃするし! 私がどれだけ不安だったか分かる!?」
「破産するかもって?」
「そんなのより! 普通に! あなたが! 調子悪いんじゃないかって! だよ!」
「えっ、お、おう?」
ふしゅー! と息を吐きながら手を振り解き、部屋の隅までつかつかと歩いていく彼女。
軽くからかってみたら完全に予想外の反応をされて困惑する私を置いて、いつの間にかあったバックの中からある物をぶん投げられた。
反射でキャッチしたそれは、リボンに包まれた紙袋。
「なにこれ?」
「……プレゼント」
「なんで?」
「……用がなくちゃプレゼントしちゃダメなんですか?」
「いや、そうは言ってないけど……」
何コレ? と包装を剥がし、中から出てきたのは白と赤が主な配色のブレスレット。
黒い羽根が模様として散らされたそれは、どことなくコヒメちゃんを想起させる。
拗ねたように顔を逸らし、一人用のソファに小さくちょこんと座り込むお姫様は、小さな声で視線を合わせずに呟いた。
「……落ち込んでるかもって」
「え?」
「…………私が一緒に居るから大丈夫だからって、そんな風に考えてた私が馬鹿みたい」
………………
えっかわいい
「わっ、ちょっ!?」
「なぁにぃ〜? 励ましてくれようとしたの〜!?」
「ち、近いってばっ! てかここ一人用っ!?」
何この可愛い生き物?
赤面して焦るヒメちゃんをとっ捕まえて、せっまいソファを二人で無理矢理占領する。お尻同士がくっつく距離で抱きしめれば嫌々と抵抗されるけど力じゃ私に勝てないし、暫く離す気無いよ?
互いの髪と服がくしゃっとなって、肌と肌の触れ合いから、熱い体温と柔らかな感触がダイレクトに伝わった。
子供らしく私より高いリアルな体温だ。
すぐ近くにコヒメちゃんの顔がある。
口があって、耳に触れてて、髪がくすぐったくて、目が合っている。
綺麗な作りで、可愛いパーツで、生々しい赤い顔が10cmもない距離に私を激しく意識していた。
とても早い心臓の音が聞こえる。鼓動に直に触れている。腕の中にそれがある。
抱き締めていた。
いい匂いがする。清涼で、柔らかくて、暖かくて、お日様のような。
語彙力が死んでいた。
かわいい。
「ヒメちゃん好きぃ〜♡」
「あっまい声出すなっ! 手ぇ離してっ! 頬ずりしないでっ!」
「え〜? やだ」
「やだじゃないってこの自己中女っ! 熱いってばっ!」
「でも体温君の方が明らかに高いよ?」
「うっさい! 恥ずかしいの! 分かんない!?」
知らね。別に私は気にしてねぇし、どうせこの空間二人っきりだし。
この感情の表現に必要な行動は、私が満足するまで続けられた。
……散々拒否されたけど、もう全部照れ隠しにしか聞こえないんだよなぁ。
******
「見事に苺尽くし」
「好きって言ってたし」
「んぅ……? あっ、デートの時のか。えっ、よく覚えてたね?」
「でしょ?」
「ヒメちゃん呼び忘れてたクセに」
「るっさい馬鹿っ」
膝の上にすっかり慣れたヒメちゃん乗っけて話すのは、マジックバックから彼女がぽんぽんと取り出した沢山のスイーツについて。
私を慰めるために用意していたらしいそれらは目的を変え、今やこうしておやつとして二人に貪られる訳なのだが、好物一緒に食べて気分転換しようとしてたとか、この子つくづく発想が可愛いな?
「ん」
「んっ」
掬い取られたショートケーキ。差し出されたスプーンをヒメちゃんの頭の横からパクつくが、やっぱり甘過ぎるというのが正直な感想。
砂糖効きすぎてないコレ? 抱えてる体温と重さ的に冷たいのは寧ろ丁度良くはあるけどさ。
「……結局紹介されなかったね、クリップ」
「されたら困るし、あの程度の技じゃ届かないのも見てわかったでしょ?」
「うん。終始せーちゃんしか見てなかったけど、凄い人結構いた」
「ま、それを本戦前にこうして晒されてるわけだから対策されちゃうんだけど」
「あと、ただ知名度? だけで紹介されてる人。私知らないからそこはつまんなかった」
「まぁそれはしゃあない」
同時視聴していた公式配信について冷めた感想になるのはNPCならではというか、まぁ私もあんま楽しんでた訳では無いけど。
こうして友達との話のネタにするという意味で、話題の面白さなんて重要じゃないでしょ?
「あっ、こら、溶けるな椅子」
「……すんすん」
「嗅ぐなっ!」
「ごはっ」
軽いユーモアに後頭部による鋭いツッコミ。
溜息が聞こえ、そこから暫しの沈黙。
……あ、いい匂いがしました、現場からは以上です。
「……一つ、正直に話すけど」
「何?」
「せーちゃんが負けるところが、もう二度と見たくない」
回していた腕に手を添えられ、半身で振り返るヒメちゃん。
「ワザとだとか、作戦だとか、仮にそうだとしても、嫌だ」
「なぁに? まだ不安?」
「私を助けた王子様なんだから、それくらい出来て貰わなきゃ困るし……私を不安にさせないために、私のために、これから絶対負けないで」
「随分とエッゴい理由だこと」
「約束、して」
「はいはい」
真面目な顔で見つめられる。
素直に頷けば一瞬目を細めて、私の膝の上に座り直す彼女は、無防備に私に全体重を預けて来る。
自己中に育ってきたなぁとか思いながら、ヒメちゃんが落っこちないよう支えて、次々に口元に運ばれてくるスイーツを食べていれば、私も一つ、ヒメちゃんに話すべきことが見つかった。
「そいやヒメちゃん」
「なぁに?」
「あの時ノリで答えたけど、正直に言うとさ、私スイーツあんま得意じゃ無いんだよね」
好意で用意された物と言えいい加減キツくなってきたし、デレ始めてきた今言うのは悪手だと思いつつも放った衝撃発言に対してヒメちゃんは……
「うん、知ってる」
なんでもないようにそう答えた。
……は?
「はいあーん」
「いやちょっ」
「はいあーん」
「だからちょっ」
「あーん」
圧で無理矢理口にぶち込まれる甘味物は、実に甘くて私の舌に合っていない。
まるでイタズラでもしているかのように、心底から楽しそうなヒメちゃんは、顔だけ振り返りながら私の顔を見て、笑う。
「美味しい?」
「いや全然?」
「じゃ、もっと食べよっか?」
「おい待てコラ」
そう私が言えば「あははははっ」と、普通の少女らしく彼女が笑う。
その腕に着けている羽根の模様が入った色違いのブレスレットが、動く拍子に黒く煌めいた。
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