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女の子が少しずつ重くなっていく過程にしか得られない栄養素がある
「これが生の人間の味かぁ」
もきゅもきゅと残骸を噛み砕く。
努めてそんなつもりは無いが、まるで人外みたいな発言だなぁとか思いながら橋へと着地した。
触手で蜘蛛みたいに橋の裏側に張り付き、『死の影』でタゲ切りつつ機をみてぶっ殺してみたものの、ちょっと派手にやり過ぎたかも。
にしても不味い、雨でふやけた人肉と瓦礫のシチューとか人間の食べれる物の中でもかなり下のランクだぞ。せめて焼くか煮込まないと食べれたもんじゃないよなぁコレ?
「ぺっしなさいぺっ……よぉしよしいい子だ」
溢れ出るママみを発揮しながら腰から生える我が子に体に悪いゴミを川に不法投棄させ、轟音と柱を立てた水飛沫を他所によく出来ましたと頭を撫でた。……撫で心地がカスなんだけどなんなんこいつ、いや作ったの私だけど。
おおどうどうどう、嫌ってないから落ち着きなって。よーちよちよち可愛いでちゅねー落ち着かねば殺す。
(げっ、公式カメラ見てんじゃん)
軽く索敵すれば、空に半透明の光の球が浮いている。
あー本格的にマズイな、ついイラついて大技ぶっぱしたけど、これ配信に乗っちゃったかぁ。
いやまぁあんま問題あるカードじゃないっちゃないけど……んーそうだなぁ……
(そだ、ファンサでもしとくか)
誤魔化すにも見せちまった事実は無くならないし、ここは一つ印象を上書きに走るとするか。
ゲームのライブ配信カメラは実のところ、近くに居るプレイヤーの意思である程度操作が出来る。
ちょいちょいと手招きしてカメラを寄せ、フードを脱ぎながら軽く、そして手早く位置を調整し、胸より下の超近距離にレンズを置いて。
右手は人差し指を立てて唇に着け、左手で雨風に揺れる髪を押さえつつ、目は細めて軽く微笑み、首をこてんとしながらウインクを一つ。
「……秘密ね?」
超絶美少女からの顔面魔法だ、相手は可愛さで脳がやられて記憶が飛ぶ。誤魔化し、ヨシ!
いえーいコヒメちゃん見ってるー? もっと沢山ぶっ殺してくるからねー
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「何やってるの、あの人」
すっごく手馴れてたのが何故かいらっとした、凡そセイさんの印象とは正反対の顔を見て、私は思わず肩の力が抜けていた。
本当に顔だけは良いよね、あの人。性格は終わってるけど。
性格は終わってるけど。
「……でも、心配要らなかったなぁ」
横で「きゃあああああ! ながめお姉ちゃんのファンサだあああああ!!!」とかなんとか叫んでる人がうるさくて邪魔だけど、それ以外の問題は私にもセイさんにも何一つ起きていなかった。
最初、借金したのが自分の優勝に賭けるためだと知った時は当然ながら取り乱したけど(全部セイさんが悪い)、いざ大会が始まってみればなるほど道理でそんなことをする訳だ。
(私の知ってる異邦人ってセイさんだけだったから、戦闘力の基準がおかしくなってた)
まずセイさんは化け物だ。それは間違いないし、なんなら人じゃないだろうと最近疑っているくらいには戦い方が人外だ。
あんな風に狂ったように笑いながら、滅茶苦茶ダメージ受けても全く怯まず、触手生やして地獄みたいな空間で使徒を一人で討伐するような人が化け物じゃなければなんなのかって話だけど……そんなあの馬鹿にイメージを引っ張られた私は無意識に、異邦人全体がやばいやつだと勘違いしていたんだ。
(……あの人以外が私を保護してたら死んでたな、いやそもそもあの人以外だったら使徒に会ってないんだけども)
異邦人限定の大規模大会、その試合模様を観客席から眺めて分かったのは、あの人の異常さと思ったより異邦人が弱いこと。
セイさんを映すカメラを探す内に見てきた最高位ブロックという括りの異邦人同士の戦闘は、正直言って普通だった。
攻撃を受けたら怯むし、触手は生えないし、礼儀は正しいし、魔法は蹴らないし、危険なら退くし、作戦は立てるし、感情は豊かで、狂ったように笑わなければ、気持ち悪い生物を創造したりもしない。
The・普通。私達と同じ感性の人間だと思える異邦人達は、私のイメージがとんでもなく失礼な偏見だと教えるように、画面の中で戦っていた。
(なんだろう、凄く落ち着く。一回せーちゃんは私に謝った方がいいと思うんだけど)
反面に、私の……私の?
なんだろう、あの人私の何?
友達……って感じでもないし……親? 保護者? 姉? ……なんか違う。思い付かないし、まぁ私のせーちゃんでいいか。
コホン。気を取り直して、反面に私のせーちゃんは、心配してたのが馬鹿らしくなるくらい突出してる化け物だった。
「……前にせーちゃん言ってたけど、要は現時点で使徒を一人で討伐出来る異邦人じゃなきゃ、せーちゃんに勝てないんだよね」
……今更だけど、アレを? 一人で?
今観戦してるブロックの異邦人は、現時点で最も強いランク帯にいる人達らしい。
もしあの人がせーちゃんの代わりに使徒と戦ってみたら……なんて、無駄な思考だ。
不可能。
まるで勝てるビジョンが浮かばないのが、せーちゃんの異質さを際立たせてる。
借りた額と賭けた額で心臓がキュッとして、焦って怖くて泣きそうになってたけど、今じゃまるで消化試合を見ているような気分だった。
「「8人目」」
根本的な動きが違う。
潜伏、奇襲、発想、道具の使い方、咄嗟の判断速度、容赦の無さ、リカバリー。
あのどう見ても不利だった橋の攻防も、せーちゃんの出来ることを知ってる私からすれば結果なんて分かってたんだ。
下に落とされても、川に流されても、私のせーちゃんが死んでるところなんて想像つかないや。
見たくもないし。
(……なんかファンみたいじゃない? この考え方)
……いや、まぁ、ほんのちょっと、ちょっとだけだけど、慕ってるとは言えなく、ないし?
私の命の恩人な訳だし、それくらいできなきゃ私が困るし?
デートして一緒に寝た仲だし、応援するのは自然なことのはずで……
「あ、お菓子無くなっちゃった」
厳密にはまだあるけど、なんだか一人で勝手に気恥しくなっちゃって、態とらしくそう言って席を立つ。
少しだけ、顔が熱い。
うぅ〜……なんかもにょっとする、なんなのこれ、なんの感情なのこれぇ?
ちょっといらっとして、居心地悪くて、でもなんだかあったかくて……
「……もう全部せーちゃんのせいにしようそうしよう」
面倒臭くなって考えを放棄した私は、あの人らしく責任を人に擦り付け、早足で出店コーナーへと逃走する。
最近私の心を振り回す変な人に、ぶつくさ文句を言いながら──
──席に戻った頃には、せーちゃんは負けていた。
「はぇ?」
どうやら四肢欠損しても怯まないし、触手は生えるし、礼儀は腐ってるし、魔法は蹴るし、危険に嬉々として飛び込むし、作戦も立てなけりゃ、感性がイカれてて、狂った笑い声を上げれば、気持ち悪い生物を創造するってある子に認識されてる人間がいるらしいっすよ
その特徴はもう完全に神話生物やないかい(ミルクボーイ並感)