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雨脚は強まり、強風が右から殴りつける。
暗闇に木擦れの合唱のみが響く中、正面には現実と見紛うような、夜の高速道路で対向車線を走るトラックのように眩い光が黒の秘匿を暴いていた。
コートがカーテンのように荒くはためき、鬱陶しくも爽快でもある自然を前に、その二人は冷ややかな目で眼前を睨んでいた。
使う弾を吟味しているかのように、お互い無干渉で木に背を預け装備の点検をする。
打ち合わせどころか会話もない静寂は、ある意味では何よりも意思疎通が出来ていると言えた。
「一分」
縮小範囲に呑まれるまでの残り時間。
言うと同時、彁が木陰から勢いよく飛び出した。
下手な連携はAIに失格判定を出されると理解している二人にこれといった共通の作戦は無い。
ただ自分の立てた作戦に変数をその場で利用するという、思惑絡まる共同戦線は今、橋上の門番に認識された。
******
「……っなぁるほどぉ!?」
雷鳴。
空気がひりついた瞬間に横へ跳べば、直前までいた場所に凄まじい威力の雷が落ちていた。
私じゃなきゃ食らってたじゃねぇか、視界不良で転雷球儀とかいい性格してんなクソが!
(……まぁでも幾つか状況は割れた)
音は一つ、距離は凡そ200m。見つかってるのは私だけで、まだ後ろの奴は仕掛けてない。この環境下でこの距離まで視界を通す能力があるのも確定で、その性能の必然性から遠距離職であるのもほぼ確定。
一瞬の交錯で得た情報を吟味し、少なくともAGIは着いて行けると判断。
コートの下に溜めておいた血の塊を"錬血"でナイフに変え、矢の狙撃を屈んで回避しながら地を這うように投擲。
浸水する路上を水切りのように裂きながら進むそれは、20m先で爆音を響かせた。
「ビンゴ!」
まぁあるよなぁ地雷くらい!
揺れる地面から走りざまに斜め右へと跳躍。ガードレールを飛び越えて荒れ狂う川の上に身を晒し、ブラストジャンプで連鎖爆発し崩落した場所を飛び越えて橋へと帰還。
着地狩りに置かれていた迫る魔法を長鉈で斬り伏せれば、後ろでは大量の矢が空から叩き付けられていた。
下に目線向けさせてから上から狩るつもりだったか、中々門番慣れしてやがんなコイツ。
「チッ」
雷鳴。
回避の強要、からの回避先にも氷の槍。
側面を鉈で殴り飛ばし、裏にあった光る矢を紙一重で回避する。
直後、爆風が背を叩いた。
姿勢を崩されかけたので勢いに乗り前へ跳ぶ。
残り100m。
"アクセラレート"と"ヘイスト"でAGIを上げ、急激な速度変化で虚を突く。
果たして門番の対応は……目眩し!
「ッ野郎!」
光源を調整したのか、一瞬だけ凄まじい閃光が世界を染める。
眩しい中光に向けて突っ切っていた私にそれは効果覿面で、網膜が焼かれ視覚が破壊された。
感覚頼りに世界を認識しようとすれば、知覚したのは前方四方向からの大きな魔力の収束。
(発射までに詰め切る!)
真っ暗闇の中そう判断し、縮地で踏み込みをかけた直後──
カチリという音と共に、爆炎と破壊が足元から吹き上げた。
******
「閃光から魔法囮に第二の地雷とか性格悪っ」
あの怒涛の迎撃を何故か無傷で凌いだ化け物を囮に、"ハイド"で距離を詰めていた私は目の前の光景に思わずそう口にする。
欲を言えばもう少し奴の手の内を割ってから死んで欲しかったけど、これは相手が上手かった。私だけだったら数回は死んでるし、弾除けとしては十分働いてくれたか。
「"暗殺指名"」
暗殺者系統の二次職、ナイトオウル。
ゴリゴリの前衛である私はいつものように、五秒間限定の確定クリティカルバフをかけてから、爆音に紛れて一気に距離を詰める。
鳴らない足音で蹴り飛ばし、猫のように崩落を飛び越えて、身を低くして地を駆ける。
光が私を本格的に照らし、身に纏う影が剥がれて門番の視界に晒されるけど……
「"撃翼・翡翠"」
私の方が速い!
対応されるより先に、銃弾が発砲されたように超加速し、景色が一瞬で過ぎ去っていく。
キュリキュリキュリと浸水した石床を靴底が削る頃には、硬い抵抗を跳ね飛ばした感触で手が痺れていた。
「……ッ"転雷球儀""波動砲"!」
「あっ、つっ! ……ッまだ生きてんの!?」
アーツ使用後の硬直中に叩き込まれる厨アーティファクトによる攻撃。
衝撃で怯んだ隙を突くように極太のレーザーが放たれ、それはギリギリで回避するも、HPはシールドをぶち抜いて残り7割弱。
対して奴は……どういう訳かノーダメージだった。はぁ!?
「"フロストブラスト"」
「当たらないよそんな大振り!」
「これでも?」
「ふざけんなよお前!?」
後衛が魔剣持ちなのは反則でしょうが!?
剣から飛ぶ爆炎の波が接近を拒み、妨害出来なかった四つの巨大な氷塊が私に向けて打ち込まれる。
いや無理無理無理近付けないって! こんなんどうしろってんの!?
苦し紛れに投げたナイフもアイツの纏う風に逸らされるし、こいつどんだけアーティファクト持ってんのよ!
「"アローレイン"」
「あっそれは駄目ですはい」
駄目押しに放たれたアーツの名前を聞きとった私は思わずそう呟いて、やがて降る矢の雨に貫かれて死亡した。
ちくしょー!
******
「いやー……いい勝負でしたねー」
「終始みるよん選手が上手かったですね。罠、魔法、アーツ、アーティファクト、全てを使って常に多角的に攻めていました」
「侵攻側の二人もあれだけの迎撃の中よく接近戦に持ち込めましたが、即死耐性の対策を怠ったのが響いた感じでしょうか」
「"不死の木乃伊"ですねーこれが実に痛かった。一回作動すれば壊れますが、一撃に限りダメージを無効化する強力なアーティファクトです」
「ミカンパウチ!選手の暗殺が決まった瞬間は盛り上がりましたが、残念ながらここで敗退という結果となりまし──」
一部始終を俯瞰カメラで見ていた実況席は、そのハイレベルな展開に大層盛り上がりを見せていた。
計二分も満たない橋の上の攻防は流石の最高位ブロックといったところ、息を付かせぬ怒涛の展開は、自然と目の前の戦況の咀嚼に全神経を注がせるものだった。
ああだからこそ、この場の誰しもが気付いていなかったのだ。
当然死んでいるだろうという推察でスルーしていた……
彼女の死亡現場を確認していないことに。
「「……は?」」
エリア縮小が迫る中ドロップ品を整理していたプレイヤーの足元を、屍肉と骨と血をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせて出来た鯨のような巨口が、石橋ごと噛み砕いて呑み込んだ。
嘘吐きしかいねぇな?