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四連休にあるゲームのイベントが直撃して死にそう
「ギルドカードの提示を」
「ん」
「……確認致しました、こちらへ」
「おつかれさまー」
場所は変わり、目の前にあるのはウラス商会の建物だ。
各街にあるこの施設は簡単に言ってしまえばある種の卸屋で、オークションへの出品やレア素材の売買、果てには裏の依頼の受注や金貸しまで行っている、まぁ所謂黒い企業だね。
衆目がウザったいので予定よりは早いが、そんな場所へと私達は避難してきた訳だ。
「……雰囲気か暗いというか、落ち着きません」
「寧ろ実家のような安心感じゃない?」
「人を狂人と一緒にしないで」
「狂人て」
吹き出しながら案内に従えば、通されたのはそれなりの広さの応接室だ。
机を隔てて居るその男は、スーツにメガネと、ビジネスマンといった風貌だった。
顔から服まで、色だけが現実とは違うけど。
「はい、セイ様。お待ちしておりました。……私はウラス商会、始まりの街支部の──」
「コンストラクト、支部長のあんたが出てくるとは光栄だね?」
「おや、ご存知で」
にこやかな笑みを浮かべる彼は、初手で私の名前を呼んでいる。
情報力、それを見せるための軽いジャブなんだろうけど、生憎と私以上にこの世界の仕組みを知っている情報通なんていないのだよ。
示されたソファに遠慮無く座れば、隣にはおずおずとコヒメが腰掛ける。
あ、即座に座り心地の虜になった。ガキだなーいや助かるけど。
「して、何用でございましょうか。異邦人最速でランクB冒険者にまで上り詰めた英雄様」
「ああうん、まず確認として私が出品したものについては知ってるよね」
「ええ勿論」
「討伐対象とその報酬の推察も」
「ギルドの記録と先日の購入履歴からある程度は、ええ」
「ん、じゃあ単刀直入に行こうか」
「……ねぇせーちゃんサラッと凄いこと言ってないこの人」
まぁ傍から聞けばストーカーだからね、いや事実そうなんだけど。
答えが分かっているような問答はこの場に異様な空気を漂わせるが、別に私の要件は大したものじゃないんよな。
「金を貸してほしい」
「……ほう。ギルドではなく、態々ここで金融を?」
「十一でもいいから、まぁ最低でもざっと億単位で」
「……ほう?」
「……え?」
借金。
それが私がこの場所にしに来たことだ。
******
「従業員の言葉には従うんだよ〜……っと、聞こえてんのかな?」
「随分な言われようでしたね」
「だよねー」
「私共ウラス商会が闇金などと」
「ああそっち?」
暴利なのは確かでしょうが、金の亡者の分際で。
「……でぇ、これが上限? 低くない?」
「おや、大分勉強させて頂きましたよ?」
ぱしぱしと叩くのは彼が出した見積もり書。雑に借りられる上限を出して貰ったが、それは三億程度で収まっていた。
「ギルドでお借り出来る額よりも遥かに高い数字だと思いますが?」
「いやぁ? この程度じゃ足りないんだよねぇ。せめて十億は無いと」
「……と、言われましてもねぇ?」
お互いに薄ら笑いで表面上は穏やかに会話をする。
例えばクソみたいなクライアントに内心キレながらも対応するかのような、臨戦態勢に入った私に似た雰囲気が、コンストラクトから滲み出ていた。
仮にコヒメちゃんがここにいたら怯えてるだろうし、ある意味逃げたのは正解だったかもね。
「異邦人という未知の存在、その中で現状最も突出している人物。……そんな貴女に貸しを作ることを加味したとして、その投資額としてはかなり冒険した方では無いですか?」
「平気で十億貸せるような商会にしては渋いでしょうが」
「借金とは善意では無く利になるからするものです。返済滞納者が頻発するこの界隈において、当然ながら投資額が大きい程、裏切りによる被害は大きくなる。……さて、セイ様。使い道を明かさず、ただ莫大な金を求める人間に、貴女は金を貸しますか?」
「貸すわけないじゃん馬鹿かよ」
何言ってんだこいつって顔をされるが、だってその例はあくまで返済能力が不明な奴の話だ。
足を組んで机に乗せ、"ディメンションコネクト"で私の相棒を床に叩き付ける。
ズガン! と音を立てて聳える獄色の殺意の塊は、圧倒的威圧感で空気を塗り潰した。
さあ、私も臨戦態勢に入ろうじゃないか。
「さてコンストラクト、コイツが私の相棒の暴血狂斧だ。返済能力が不安ってんなら、こいつを質に入れてやってもいい」
「……ほう」
えっマジで!? という声が我が子から聞こえた気がする。
すまんなセリヌンティウス、おかあちゃんは今メロスな気分なんだ。生贄に売るから金になってくれ。親孝行ってやつだよ、多分。
「売り方によっちゃあ数億はくだらない、文句ある?」
「だとしても五億が限度ですね。仮にそれを預かったとして、貴女の返済能力は下がりこそすれ上がらない」
「五日で二割」
「額が額です、利子を上げたところで個人にお貸し出来る金額は変わりません。そもそも私共は闇金ではありませんので」
「……あっそう、じゃあ飼い犬に噛まれたオーセンは元気?」
「ッ!」
あっ、クリティカルヒット来た。地味にあいつもう活動してる頃かなと鎌掛けたら見るからに動揺してら。
まぁ今のあいつって相当な機密事項な筈だし、それを知ってたらそりゃ驚かれるか。サンキュークズ、覚えてたら次会う時に優しくしてやるよ。
(ああそっか、交渉ってこういう知られたら困る機密情報でぶん殴ればいいのか)
はたと閃いた二周目特有のRTAみたいなイベントスキップ手段は、試してみれば実に効果的だった。
「どこでそれを!?」
「必滅の妖刀は残念だったね、まぁでも確かに次回のが稼げるし妥当かな? あ、レイルは近々王都まで逃げるから封鎖しておいた方がいいかも」
「……待て、何故それまで知っている!?」
「さぁて何故でしょう? 思いもよらない繋がりとか、未来を見れたりだとか、色々と説はあるんじゃない?」
よく漫画で居る、何でも知ってる不気味キャラを真似しておちゃらけてみれば、面白い程コンストラクトは焦り出す。
これ楽しいな、私の簡単な一言で人格破壊とか出来そうなところとかが特に、神様にでもなったようで気分がいいや。
まぁでもあくまで私の目的は金だし、あんま虐めたら暗殺依頼とか出されるかもだし、そろそろ急所ぶっ刺して終わりにしよう。
「私今二十億くらい借りたいんだけどさぁ……空中迷宮の準備、順調?」
「……悪魔め!」
あは、変な事言うねぇ?
金は返すっつってんのに、虐める必要を作ったのは君らでしょうが。
******
「何したのよ姫、コンさん青筋浮かべてたよ?」
「商談が上手くいかなかったから少しおちょくっただけだよ?」
「ああそりゃああなるわ、姫と話してるとSAN値削られるし」
「会話だけで勝手に振り撒かれる不定の狂気ってなんだよ、私は全自動SAN値割り機か何か?」
「邪教ではあるでしょ、矛盾生命体」
「仕えるお姫様に対して随分な物言いだなナイト様」
コヒメをもてなすように従業員に指示し、ある一室で人を待つこと数分。
この部屋まで通された男は私を見るなり開口一番毒を吐き、即座に毒の応酬が始まる。
いつもの光景であり、そして懐かしい光景でもあるそれは、遥かなる旧友との日常だ。
「レベルは?」
「29」
「止めてた?」
「姫が出るまで未転職で優勝する企画立ててたよ」
「良かったね、転職出来るじゃん」
「ソッスネ」
言いながら私はある武器を彼に投げ渡す。
それは死霊魔術で作り出した武器状のアンデッドであり、血の流れる生体兵器でありながら、歪で凡そ人間では扱えないカタチをしている。
都合、四本。
一日持つか分からんが、持たないなら依存してる筈だしそれでいい。
「……なにこれ」
「君の未来の愛武器」
「随分と姫に似てるね?」
「え、それ世界一可愛く見えるって正気?」
「皮肉って分かる?」
知らね。私の解釈それ即ち全世界の正義だろ。
変な顔で数秒唸った彼は取り敢えずそれを適当に握り、軽く素振りをして……そして即座に目付きが変わる。
「……なるほど。ああ確かに、エッぐいこと考えるなぁ」
「装備品強化系」
「鬼か? いややるけど」
「デメリットは供給元が私だけなくらいだね」
「俺の人生史上最悪な取引なんだが」
補充の度に私に会えるんだぞ? 泣いて喜ぶのが筋だろうが。
「まぁでも確かに受け取ったよ、さんきゅ姫」
「明日の同時刻に呼び出すから絶対来いよ、黒騎士」
「言われなくても行くよ、多分今日中にぶっ壊すし」
「物は大事に使えよ」
「お前が言うな」
そう言って彼は……私の知り合いにして第一回公式大会の覇者『黒騎士』は、手を振りながら私の元を去っていく。
現状ぶつかれば六割不利な化け物の排除に成功し、漸く私の計画は第二フェーズに移行した。
黒騎士サンはRP勢です、具体的に関わってくるのは次章からかも




