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当然の話だけど、痛みを無視出来る人間は極小数だ。
私は漏れなく大多数の内の一人で、過剰な痛みは不必要だしと、基本的に衝撃変換が0%になる値で痛覚は切っていた。
痛いのは嫌いだし、不快なことは大っ嫌いだ。
否応無しに怯んじゃうし、涙目になるのも嫌だし、だから基本的にダメージを受けないように立ち回っている私は、俗に修行僧とも言われる痛覚上限勢を馬鹿にしていた。
痛みを無理してゴリ押す痩せ我慢は私には到底無理だ、なんでそんな辛いことを小さなアドのためにやらにゃならんのだとずっと前から思っていて。
デメントモリ一日目は、四時間が限界だった。
「っはぁー! っはァー! ふっ、ぐっ、う、はぁー…….はぁ…………おえぇ………………し、ぬ………………」
デメモリにおけるプレイヤーは、スキルや職業よりも種族とステータス値の方が重要に設計されている。
荒廃しきったゾンビハザードという世界観上、プレイヤーの種族は普通のVRMMOよりも遥かにダークに寄っている。
侵食人、ゾンビ、グール、ヴァンパイア等が並ぶ中、私が選んだ……というか、選ばざるを得なかった種族はゾンビ。
再生系の特性を兼ね備え、タンク役としてこのゲー厶で最も過酷な種族を得た私は……
様子見の痛覚100%で、数百回は殺された。
デメントモリ二日目、プレイは約六時間。
そもそもこのゲームを攻略する気の無い私は、初期リス地近くの危険区域でソロ活動していた。
上がってしまったレベルで得たポイントも、キャラクリ時に振ったポイントも、全てはVITでは無くHPにぶち込んでいる。
火力も防御力も無く、ただ激痛を長続きさせるためだけのビルドだ。
金策手段をwikiから仕入れて、HPポーションをしこたま買い込んで、常にがぶ飲みして。
種族特性の自己再生も生かして、ただ私は自分のアバターを痛めつける。
100%による死というものは、それも嬲り殺しというものは、本当に辛くて痛い。
私の血と臓物でプールが出来た。
デメントモリ三日目、プレイは約七時間。
生憎と私は不器用な人間だ。
出来ることを増やすのには人より遥かに時間がかかるし、即興で凄い回答が思い付くこともない。
じっくり思考して、事前に作った作戦を検証してみて……仮に私がこれからどれだけイかれたことをしたとしても、それは過去に私が絶対に体験したことがあることだ。
体験型の理論派と言えばいいのだろうか? 畢竟、新たな感覚を開発、発見することが私は凄く苦手だった。
こんなことに意味があるのか分からない。
正解かすらも分からない。
早くも土台がぐらつく。
学校で同級生に心配された。
明日明後日は休日だ。
デメントモリ四日目、プレイは約27時間。
毒沼を歩いた、身が溶けて激痛が走った。
足と脚がぐじゅぐじゅになって、皮の内の筋肉と骨で直に地面に触れた。
ゾンビに全身を貪られた、私が喰われていた。
頬を、腕を、髪を、爪を、腹を、鼻を、目を、皮を、肉を。
汚らしい歯並びで、凶悪な顎で、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……………………………………
ゴブリンに体を壊された、おもちゃにされてやった。
全身の関節が逆向きに折られて、指を一本ずつ千切られたりした。
体は常に正常な形を保っていない。軟体生物のように蠢けて、痛みは決して病むことは無い。
齧られて、引きちぎられて、泣きながら激痛を耐えた。
熱い、全身が激痛で焼かれている。
殺されていて、消されていた。
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い……………………………………………
アバターは経験で進化し、数十匹に喰われてもHPの回復は追いつくようになった。
死亡回数が減った。
一日以上ぶっ続けでやって、精々百回程度だ。
デメントモリ七日目、約12時間。
ご飯も睡眠も学校で摂って、学校が終わったら家に帰ってデメモリをやる。
ただ時間の許す限り耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで耐えて死んで…………………………
……ああ、もう朝じゃん。
学校には、行かなくちゃ。
十四日目、12時間。
ログイン時点で精神状態の警告が出るようになったので、意識だけは手放さないように頑張り始めた。
最近死ななくなってきたので街を変えた。
増えたのは精神攻撃と侵食攻撃。
体が激痛と同時に端から結晶に作り替えられたり、脳に激痛を走らせて発狂させられたり、酩酊感を助長させられたり、内側から棘を生やされたりと、ダメージのレパートリーが増えた。
体が割れる、文字通りに。
引き裂いて内臓を貫く邪教の呪いは私を何千回もオブジェへ変えた。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……………………………………………………
本当に沢山死んだ。
もう、行動自体にほぼ支障は無い。
二十。
極限状態というのだろうか。
近頃吐血や血便が止まらない。
ギア取ったら抜けた髪がベッドに散らばってるし、視界は常に揺れてるし、全身に力が入らなきゃ、味も音も匂いにも鈍感だ。
死んでるのか生きてるのかあやふやで、世界が虚ろで、痛みが無いのが気持ち悪かった。
声が聞こえる、妹に似ていた、うるさい頭に響く黙れ。
頭痛も倦怠感も余りに酷く、体を引き摺って学校に行こうとして……倒れた。
暫く学校を休みにしてくれるらしい。
じゃあいつ寝ればいいんだよ、私に休憩時間無しでデメモリさせる気か。
二十四
刺激に対して鈍感になってきたので痛覚を150%にした。
別に私はストレスで徹底的に自分を追い込みたいのであって、痛覚のシャットアウトは目的とは違うんだよ。
人間性を捨てて廃人化が進み、痛みの無視は息をするように出来るようになってきた。
腕が破裂しようが、下半身全てを喰われようが、頭を吹き飛ばされようが、内側から臓器を乱雑に貫かれようが、精神力で捩じ伏せて怯むことが無くなった。
アバターに現実の体が似てきた。
まだ、目的には届かない。
二十六
縮地だの自傷跳躍だの虫擬きだの、俗に絶技とか呼ばれる痩せ我慢以外のやつらも習得してみた。
痛みに記憶と体験を全て関連付けて、激痛と同時に体が思い出すように、私で私を調教してやった。
条件反射を植え付ける暇がある程、進展が無い。
現実の方が、ゲームよりも辛かった。
頭痛もだるさも体の痛さも気持ち悪さも発熱も寒気も吐き気も掠れる声も霞む視界も力の入らない全身も。
アバターとはかくと素晴らしいものだと、今日も部屋に篭って一日中デメモリで死んだ。
痛い、死にたい。
二十八
もう理由だとかなんだとか全てどうでもよくて。
意味があるのかとか、正解なのかとか、もうそんな次元の話じゃない。
今日も私は私を壊す。
理屈の武装は既に壊れていて、根性で私は生きていた。
物理的に血反吐を吐いて、文字通り死にかけて尚、私は意地でこのゲームに縋り付く。
初めて知れた、私にあった狂気的な執念は、フラストレーションは、とっくに限界を超えていた。
ああ、でも仕方が無いだろう?
私みたいな凡人が才能の差を塗り潰すなら、限界を意地と根性と狂気で突き破るしかないのだ。
暴論を押し通す。これは検証であり、実験であり、証明でもある。
或いは高過ぎる空に諦めた雑魚の言い訳を殺してやる挑戦だ。
──ゲームで人は殺せるかという問に、私はYESと答えよう。
デメントモリ三十日目、プレイは約三時間。
私は自殺に成功した。
コイツがこんなことしてる動機と理由はマジで引くほどキチガイだよ




