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漸く狂ってきた
『幸運のマフラー
VIT+2/AGI+2/幸運+5/強度10/耐久値100%
手触りのいい白いマフラー。素早さと幸運を少しだけ高める』
「おやレアドロ……記憶に無いけど序盤の割に優秀だね?」
流れ作業で目に映った兎を斬殺していたところ、ログに『幸運のマフラーを入手しました』との文字が流れた。
取り出してみれば説明文通りの真っ白なマフラーが現れ、装備しない理由が無いので取り敢えず首に巻いてみた。あ、ふわふわしてきもちいい、お気に入りの毛布に近いかも。
「……つーか幸運ねぇ」
ステータス欄に無い"SECRET分類"のコレは、AGIやらVITやらに倣わず、LUCではなく"幸運"として区分けされる。"悪運"と分けるためなんだろうけど、統一感が釈然としねぇ。
「幸運は確か"レア物が出る確率"と"ドロップ数"に補正だっけ?……クリティカルはDEXとPS依存だし、遺装抽選くらいにしか使えないか」
悪運が"強敵遭遇率上昇"、"食いしばり発動率上昇"、"瀕死時全ステータス微強化"なのに比べてしまうと、盛っても戦闘に恩恵が無いからあんま検証進んでなかったような。
「つか早くSECRET見たいなぁ、侵食率と洞察力が気になり過ぎる……っと、着いたね」
現状私だけが把握しているマスクデータを思い出している内に、気付けば足は土に代わって散らばる葉っぱを踏んでいた。
森だ。
真っ暗で木があることくらいしか分かんねぇけど、記憶通りの方角に進んで木が見えたなら目的地で間違いない。
てかもうちょいランタンくん明るくなりませんかねぇ?
「あっそうだ、燃やしちまおう(名案)」
サービス開始直後だから大半のプレイヤーはバトロワで戯れてるし、夜にフィールドに出る馬鹿は少ないだろうし。
寧ろ同類がいるなら感謝をされるまであるんじゃね?
「やばい私って天使の生まれ変わりだったかもしれん」
そう言いながら私は鉈をベルトに提げた鞘から抜き、手始めに近場の木の枝に振るった。
当然のように、切れた。
次いで、鉈を仕舞い、インベントリのサバイバルキットからライターを取り出して、今切った枝に着火を試みる。
当然のように、燃えた。
「うーん、実に物理法則」
ゆらゆら揺れる火が辺りを照らし、ランタンと相乗し昼時の室内程度には光源が確保される。
2Dゲームと違って見えるオブジェクト全てに判定があり、それは現実と同じような物理法則に従うように見えて、乾いてもいない木の枝が即座に燃える程度には属性関係というゲームの法則に縛られている。
『簡易松明:残り4:42』
「錬金術かな?」
何の変哲もない木の枝の先だけ燃えている謎の現象に遭遇するが、まぁゲームならよくあることだ、気にしてはいけない。
次の検証として、この謎アイテムを今切った木にSTRでぶっ刺してみる。
当然のように、燃えない。
ならばと、ライターを着けて今の木に当ててみる。
当然のように、燃えた。
「……話には聞いてたけどさ、現実強度高過ぎないかこのライター?」
ライターを仕舞って鉈を抜き、新たな木の枝を作成。鉈を木にぶっ刺して枝を拾い、松明を近付ける。
当然のように、燃えた。
「松明は明かり用の道具で、燃やせるのは強度の低いものってあたりかな? 取り敢えずライターさんがやばい」
サバイバルキットのチート性は聞いちゃいたが、自分で検証して成程これは確かに凄い。
いいね、気軽にぶちまけれる暴力があるのは愉快だ。
思考がナチュラルにサイコなんだよなぁ。
「どうせこれも水筒やランタン同じく燃料無限なんでしょ? じゃあ手当り次第に燃やしちまうか」
鉈を振りかぶり炎上中の木に一撃。
食い込んで出来た痕に更に一撃。
多少切り込みと呼べる物が出来、そこに何度も何度も鉈を叩いて叩いて叩き続ける。
至近距離に火があるっつーか、燃えてる場所をモロに樵ってるから普通に熱い。
「あっよいしょ」
バコンッバコンッと痛烈な幹を砕く音を鳴らす。ある程度まで切り込みが行ったところで、全力の回し蹴りを切り込みの少し上にぶち込んだ。
すると物理エネルギーで補強されたSTRがとうとう木をへし折って、燃える大重量が目の前へとぶっ倒ていく。
ズシーン! と地面が音を立て、バキバキと砕かれる小枝が世界に木霊した。
「あはっ……じゃ、ちまちま進軍しよう」
炎上が地表の植物に伝播する森の中、私はライターと鉈を手に歩き出す。
さくりと土を踏む音がSEとして、薪のようなBGMの中で連続する。
夜と、自然と、次いで焦げていく炭のような匂い。
変な取り合わせで、中々に心地いい。
ああ、薪も、夜も、森も、全部心が落ち着く環境音リストだかなんだかの常連なんだっけ?
それら全部混ぜてるから、気が落ち着くのもやむ無しか。
「カツカレー的な? ちょい違う?」
そんなことを呟きながら、私は森の奥へと踏み込んだ。
癒されますね