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糖度注意(訳:氏ね)
(思ったより楽しい)
今まで出来なかったことを色々やらせてみようということで、料理や趣味事の本を沢山買ってあげたり、目に映ったおいしそうな物を片っ端から買い食いしたり、服屋や帽子屋で着せ替え人形にしてみたり。
表情豊かに反応してくれるコヒメちゃんは、本人は抑えてるつもりだけど、翼がはしゃぎっぱなしなことから本当に楽しんでいるみたいだった。
抑圧されていた興味と関心の解放は、凄まじい反動となって彼女を突き動かす。
笑顔の絶えないお姫様は、軽やかに前を行き私の手を引き続けた。
その姿は眩しくて輝いていて、瞳のキラキラは宝石に比する程磨かれていた。
「せーちゃんは撫でないの!?」
「コヒメちゃんの羽なら撫でたい」
「……もういいけど、やるならせめて二人の時にして」
「やだ」
「ひゃあっ! ちょっと!? こそばゆいんだってぇっ!」
街の中央から離れた従魔牧場にて、コヒメちゃんは今、女の子座りで子うさぎや幼竜と触れ合っていた。
まさにされるがままといった様子の小型モンスター達は、私には懐かないクセにコヒメちゃんには全身でもって甘えていて、なんか腹立ったので私も私で触れるもので楽しむことにした。
手触りもそうだけど、コヒメちゃんの羽ってなぞったり掻いたりする度に嫌そうな顔で身をよじるから、いじめがいがあって凄い楽しいんだよね。
録音したら音声作品として出せそうだな、コヒメちゃんボイス集とか。いや出さんけど。
「うおっと?」
「あ、大丈夫だよ。嫌だけど別に敵じゃないから」
「いや敵て」
襟首を後ろから咥えて私を宙に浮かせた小さな竜は、まるでコヒメちゃんを私から守るように必死の形相をしていた。
懐くの早くない? てか私ってそんな怖いか?
首をさすさすしてみたらめっさ震えてるんだけどやばいプルプルしないで酔う酔う酔う。
「ねぇーなんでこうなんの?」
「翼生えてから分かりましたけど、せーちゃんて異様な威圧感あるからそれだと思う」
「酷くない? 私は化け物か何か?」
「残念でもないし当然ですよ。ああ下ろしてあげて、いい……人では無いけど、危険……な人だけど……あれ? 下ろさなくていいんじゃない?」
「おいこら」
身を捻って自力で振り解いて着地し詰め寄るが、少女は素知らぬ顔で狼の腹と戯れている。
情けなく喘ぐ犬っころは私が近付いた途端、その細い手の拘束から抜け出したと思えばコヒメちゃんの後ろに隠れてしまう。
……いやそこまでされると流石の私も傷付くが?
「納得いかねぇ……なんかヤバい魔女の血筋のコヒメちゃんには懐いて平々凡々なプレイヤーの私は怖がられるってなんなの? 普通逆じゃない?」
「あー……せーちゃんは兎も角として」
「兎も角???」
「私、混血の先祖返りなの。だから多分、そっちの力で動物や魔物に好かれるんだと思う」
「……混血?」
「うん。黒の魔女……というか、天魔の欠片を宿す人は漏れなく全生物に嫌われるんだけど、私の先祖返りは黒の魔女以外の"何か"も一緒に起きて帳消しになってるらしいよ」
「その何かって?」
「さあ? ……でもこの角はその証明、私の村には人間種しかいなかったし。……あ、翼は正常な変化だよ」
ぱさぱさ揺らすそれを見ながら、ふとコヒメちゃんのステータスを確認する。
種族欄は『???の末裔』となっているが、種族スキルには『物理耐性』が、通常スキルには『鬼族の武術』『血潮の簒奪』が存在する。
それらはどれも魔女の持つ能力とかけ離れていて気にはなってはいたのだが、なるほどこれで氷解した。
最初コヒメちゃんのステータスを確認した時、遺伝した特性として『物理耐性』『魔法耐性』を両方持っていることに疑問を抱いたが、 彼女には魔女の力に加えて物理型の親の力の、二つの能力を受け継いでいた訳だ。
……厄ネタ度が更に増したなぁ? これ絶対物理方面の覚醒イベントもあんだろどうせ。わくわく。
「この際だから私の知ってること話すと、私みたいな天魔の欠片持ちは他の欠片持ちを倒すことでその力を奪うことが出来るの。私の場合だと"黒の魔女イヴ"の欠片を……今だと50%くらい持ってるのかな。私の先祖返りの分と、せーちゃんが倒した使徒の分と、成長して更に使えるようになった分で丁度半分。翼は魔女……イヴに近付いたから生えた」
「さっきから言ってる天魔ってのは?」
「イブみたいに今も信仰されてる、その力が眷属に拡散した昔に居た化け物の総称。全部で九柱いて、特に力を受け継いだ子は巫女とか神子って呼ばれてる」
「そういう大事なことはもっと早く言わない?」
「話したくなかったから、今朝まで」
ぷいと拗ねたように顔を逸らすコヒメちゃん。なんだこいつ一々動きが可愛いな。
(……あれこれ私がもうちょいこの子と親密だったらもっと早く聞けたりしたのか?)
なんか説明内容が基礎的過ぎるし、私のしたことって取り敢えず目の前のモンスターを脳死で殺してただけだし……よし、これ以上考えるのはやめよう、ろくな答えに辿り着かない気がするし。
「それに」
「ん?」
「──私の才能に大した価値なんて無いし、せーちゃんの方が私より強いんでしょ?」
そう言って彼女は立ち上がり、ステップを踏むように私の元まで来て。
「そんな普通の女の子についての話なんて、大したこと無いんでしょ?」
それはまるで重大な悩みが軽くなって格下げされたように、世間話の一つとして格下げ出来たように。
満面の笑みが眼下に咲いた。
「満足したから次、行こ?」
「……大分さぁ、図太くなったよね?」
「そう? せーちゃんに似たのかもっ」
言い終わるなり私から離れ、戯れたモンスター達に挨拶しにいく彼女は実に横暴だ。
わがままに振る舞う子供は、余りに自由に私を振り回す。
まだまだデート終わりそうにないなぁなんて、気付けば自然と笑みを零しながらそう思っていた。
******
「……意外と疲れるものなんだね」
「マジで一日中付き合わされるとは思わなかった」
街に戻って買い物の続きをしたり、コロッセオで試合を観戦したり、絡んできたプレイヤーを蹴り飛ばしたり、何故か追ってきた衛兵からコヒメちゃん抱えて街中を逃げ回ったりと、終始慌ただしかった私達のデートは、遂に宿に辿り着いて終了する。
時刻は既に午後九時を迎え、コヒメちゃんは肉体的に、私は精神的にへとへとになっていた。
「……満足した?」
「うん」
「楽しかった?」
「うん」
「そりゃ良かったね」
「うん」
ベッドに座れば釣られるように真横に座ってくるコヒメちゃん。
疲れてうとうとしている彼女は、極自然に私の体へもたれて倒れてくる。
ぽすっとマットが鳴った。
重くは無いけど柔らかくて温かい、この子体温高いなー。
「せーちゃん」
「なぁに?」
「……ありがとう」
「何に対して?」
「……教えてあげない」
「子供がよぉ」
つむじが見える。なんとなく撫でてみると、気持ち良さそうに目を細めた。
お腹に顔を埋められて、少しこそばゆくて変な感じだ。
「ねぇせーちゃん」
「今度は何よ」
「……私も何か呼び方変えてみて?」
「何故?」
「だって、あだ名で呼び合うのって、なんか友達っぽいし」
「えー……じゃあヒメちゃん」
「……一文字抜いただけじゃん」
「不満かこのやろう」
「ううん、満足」
「あっそ」
本格的に限界来てんなこの子。声ふにゃふにゃだし、会話内容もなんか変だし。
「私もお腹空いてきたしログアウトするよ?」
「ぅん……」
「じゃあ布団入って寝なよ?」
「……やぁだぁ」
「えぇ……?」
ひっぺがしたお姫様をベッドに寝かせて現実に帰還しようとすれば、割と本気の力で私の腕が捕まれた。
そのままあれよあれよとベッドの中に引き摺り込まれ、両腕でしっかりと抱き着かれる。
鎖骨に当たる温かい感触が上を向き、超至近距離に綺麗な顔があった。
とろんとしたアメジストが私の瞳を真っ直ぐ見つめ、長く柔らかな濡羽色がその顔に、ベッドに、私の肌に散らかった。
何このガチ恋距離、キスでもするのかな?
てか普通に熱いんだけど離してくんない?
「まだいっしょにいたい」
「いや私も眠いから」
「じゃあいっしょにねよ?」
「いや邪魔でしょ」
「じゃまじゃないもん」
吐息を肌で感じれる程近くで、幼い少女の声にただ答える。
熱を持つ子供が、舌っ足らずにまだ私にわがままを強いてきて。
面倒臭いから無視するかと思いかけ……彼女の次の言葉でピタリと動きが止まってしまった。
「……さみしいよぅ」
……………………
…………
…………………………
「はぁ〜〜〜〜……………………」
クソデカい溜息を出して、なんとか抜いた右手でコヒメちゃんを抱き抱える。
12.3歳くらいの、今まで甘えたことが無かった少女の頭だ。
「わぷっ」と私の胸に漏れる呻きに、安心させるようにその髪を撫でながら。
「……はいはい分かったから、私はどこにもいかないよ」
──シングルベッドで添い寝とかいう非効率的なことだろうとも、別に被害を被るのは私じゃない。
システムのチェックを外し、ログアウト時にアバターが場に残るように設定する。
「……ほんとうに?」
「本当本当、だから安心して寝な?」
「……うん」
「ぐえ」
より力を込めて抱き枕にされる彁というプレイヤーアバターをその場に置いて、私はログアウトを選択する。
意識が切り離されて、思いの他心地良かった熱が遠ざかって。
……幸せそうなヒメちゃんの寝顔を後に、私は現実へと帰還した。
次回から大会編だけど多分こいつらイチャつかせてた方が読者の大半に需要ありそう
この独特な関係性が上手く書けたのを喜ぶべきなのか……?