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『君は天才だ! 漸く生まれた奇跡なんだ!』
物心付いたころ、私の力を知って両親が喜んだのを覚えている。
『コヒメ、あなたはイヴ様の生まれ変わりなの。それはとっても幸せなことで、この村の全員があなたに期待してるのよ』
おいしいものを食べた。私が村の人を救ったらしい。
『どうしてこんなことが出来ないの!? 私の……私達の夢なのよ!?』
色んなことを教えられた。失敗作のみんなが自分に出来ないことを教えてきた。
『なぜそれだけの才能を持っていてそんなことを優先する!? どれだけそれが勿体無いのが分からないのか!? お前の価値について何度話せば分かるんだ!』
友達は一人もいないし、馬鹿だと言われながら無理矢理勉強させられた。
『君の感情は、私達全員の期待に勝るほど重要なものなのかい?』
だっていやなことをしないと全員が私を虐めたから。
『……ああそうか、君は私達の夢を裏切るのだな』
やがて大人達にとっていい子じゃなかった私は、幼稚なまま知らない場所に引き渡された。
──そんな悪夢を見て今朝目覚めた。
『……わかんないよ』
「……魔法は血に残ります」
「はぁ?」
「でもそれが強力であればある程遺伝は難しく、加えて薄まったその閉鎖空間で、末裔は貧しく暮らしてました」
「割と探させられた私に対して、開口一番聞いてもない自分語りってお前マジィ……?」
少し走って落ち着いてきた私は、人一人いない路地裏の少し開けた高台でボーっとしていた。
セイさんが見付けてくれるまでにこのゴチャゴチャした感情を整理しようとして、結局何も浮かばなくて。
ただ気持ちいい風に吹かれながら、気付いたら自分について呟いていた。
「期待出来ない住人達に偉い人達がくれる支給品はどんどん減っていって、実験動物みたいに、見世物みたいに飼われる中で、たまたま私が先祖返りで、村で崇められる神様の力を引き出しちゃいました」
面倒臭そうに顔を歪めて、でも私の口が止まらないと分かったセイさんは、つまらなそうに耳を傾ける。
もうちょっと真面目に聞いてくれないかな?
「才能があるとか、天才だとか、奇跡だとか。一人たりともそのどれでもなかった全員は、私に期待しました」
本気で救いを信じていて、心底から才能を望んでいた大多数じゃなく、羨望と嫉妬を背に神がイタズラしたのは私だった。
「……その頃、と言っても、まだ別に4、5年前くらい前ですけど、私は普通の感性だったからか友達とか愛情とか、そんなものを賞賛や期待より求めてて……そんな私を全員で否定した住人は、私を偉い人達のいる場所に売りました」
才能は正しく欲しい人に配分される訳じゃない。
人は言った、"お前は特別な才能があるのにどうしてそれを自分の、私達のために磨かない"と。
「神の如き力を持った魔女……イヴ。幼い私にとって別に興味の無い、なんなら怨んですらいた人を崇める教団に買われた私は、その研究機関の中でも異端らしかったです」
その頃の私はどうしようも無いほど子供で、ただ周りが怖いから従っていただけで、生活の中で私が自ら望んで選択したことなんて一つもなかった。
一つたりとて、承認されることは無かった。
「全国から集められた素養がある子、魔女に憧れる子、果てには魔女の力を凝縮した結晶を取り込ませた生物……それら全てが、科学的な方法ですら、私の才能に遥かに劣ってた」
黒い炎を手に灯す。
それは魔女の持つ全てを灰にする魔法。
こんな簡単なことですら出来なくて涙を流す信者や旧定義の天才は、研究の果てに作られた実験体は。
否定された努力達は、別に望んじゃいない天才を心底から嫌った。
「娯楽が無いことを除けば裕福な生活でした。代わりに施設は私を無理矢理育てようとしてきたけど……。摘んだ魔女の才能……欠片を、摘んだ者が回収すると知っていた大人達は、私に欠片の回収をさせました」
それは期待だった。
大人達の期待を受けて、自分では届かないと幼心に理解した敬虔な魔女の教徒の血涙ながらの期待を受けて。
「魔女の再臨を求めた教団の教祖は……黒天の使徒は、私に期待を込めて徹底的に苦難を課しました」
彼は自分の器の限界に到達しても、魔女の復活を諦められなかった。
一万を超える人々が、数十万を超える信仰の道に散った過去の屍達が、私という巫女だけを見て期待を押し付けた。
語りたくない程の地獄の日々を、期待という言葉で塗り固めて。
「……欠片の無駄だから自分の故郷を焼けって言われて、私は耐えきれなくて逃げちゃったの」
ランダム転送門を使って私は逃げた。
全てが嫌になって、耐えきれなくなって、子供は大人の言うことを聞くもので、期待には応えなきゃ行けないものなのに。
結局私は、自分の感情を優先して逃亡した。
「そんな悪い子な私がアイツの武器を貰って、他になりたかったいい子がいる中、誰もが望んだ巫女の正装を改造して着るなんて……おかしな話だと思わない?」
前にハルヒトさんがセイさんに言った言葉……"あれは甘え方を知らない子が信頼出来る貴女に不器用に甘えてるだけよ?"は、思わず否定しちゃったけど、今考えてみれば的を射ていたんだ。
私は人に甘えたことが無い。
友達も出来たことが無い私は、親にすら言うことを聞くいい子でいろと期待されて。
強要への閉塞感と嫌悪感は、何時しか同情と申し訳なさに、そして終わらない謝罪へと塗り替えられていた。
「セイさんは命を掛けてきた沢山の人の期待を裏切ったことがありますか? 友達が欲しいとか、人に甘えてみたいだとか、そんな下らない感情のために投げ出したことはありますか?」
未だ折り合いが付かない私は、目の前の人物にそう聞いた。
何も悩みが無さそうな、狂っていて、誰よりも自我が強い人に。
要らない才能に振り回される私に、果たして彼女は──
「はぁぁーーーー…………馬ッ鹿馬鹿しい。あんたも、その教団とやらも、期待も、クソも何もかもがくっだらねぇ」
初めて出会った魔女と関わりのない人は、片手で頭を押えて座り込み、心底呆れたような声でそう吐き捨てた。
「……ああ、そうだねぇ。あんたの質問に答えるなら、私はなんとびっくりドンピシャで、世界で一番他人の期待を裏切った人間だよ?」
******
クソ焦ったハルヒトに一頻りの謝罪の後に探してこいと店を締め出され、流石に完全に把握はしてない入り組んだ隠し街で迷子探しをした挙句、長い自分語りから私に対してその質問とは実に気が抜ける。
こちとら完全に交通事故に遭った側なのに、なんでアフターケアを私がしなきゃなんないのよ。
……てか、人の期待を裏切るだァ?
私が一体どれだけの期待を一周目の世界で捩じ伏せたと思ってんの?
こちとら討伐隊として残るプレイヤー全員に見送られて神に敗れた挙句、死神の能力で勝利を祈った残りの全人類を皆殺しした女だぞ?
「いいかコヒメ、期待ってのは馬鹿のすることだし、それを気にするやつもまぁ馬鹿だ」
「ばっ……!?」
「自分の力が足りなくて出来ないことを棚に上げて、託すとか頼むとか耳障りのいい嘘で誤魔化して、安全圏から野次を飛ばして失敗すれば責任を押し付けられる、醜い弱者の都合のいい言葉、それが期待だよ?」
あーやばい、思い出したらなんかすげームカムカしてきた。
なぁにが"頑張れ"だよテメェも頑張れやカス、私らは別に選ばれてないし勝手に戦ってるだけでテメェも前提条件は同じだろうが。
"お前に世界を任せる"もそうだ、なんで自分はこっち側に来れないみたいな顔して私らの帰還を待ってんだよ、こっちの人数が少ないくせに協力する気無しで不満を喚きながらカッコつけやがって死ねボケが。
一番イラつくのは"助けて"だ、プレイヤーは全員成長出来るシステムっつー絶対の保証があるのに、努力を嫌って何もせず雑魚のままだったお前が悪いんだろうが。それの尻拭いをなんで私らがやらなきゃいけないんだよ、ハァ!?
「才能だの期待だのを言うやつって、要は自分の意思が貧弱で諦めて出来ない、折れた雑魚の言い訳でしかねぇんだよ。人は狂った執念を持てれば凡人でも天才に届きうるってのに、自分でヒーローになろうとせずヒーローを探すって、無様で滑稽で馬鹿馬鹿しいでしょ。なんでそんな脱落者のために言う事聞かなきゃいけないの? テメェでやらせとけばいいし、そんな期待に応えようとする奴も馬鹿でしかないだろ馬ァ鹿!」
「…………セイさんのそれは強者の理論で、極論です。現実として、人は自分では絶対に届かない才能の領域があります」
「……ま、君の話の場合ならそうだねぇ。生まれ持った特異能力の大きさから君は他人じゃ真似出来ない天才で、確かに君だけがその魔女とやらに届いたんだと思うよ」
「……」
「──で? だから?」
「え?」
「その事実があったとして、なんでやりたくも無いことを、やらなきゃいけないことと勘違いさせられて、する必要のない謝罪と罪悪感を不必要に植え付けられてんの君は?」
私が果たして彼女の話の何に呆れたのか?
それは彼女がくっだらねぇ実にどうでもいい他人の期待に流されて……それを裏切ったことを気に留めている事だ。
「人間は生まれた時から不平等で、才能のリソースも平等に不公平だ。何かが出来るからと言って何かが出来ない訳じゃないし、その逆も然り。出来るやつは大抵の事は出来るし、何も出来ない奴に秘めた才能があるなんてこたぁほとんど無い」
仮に才能に点を付けるなら、合計種族値は人間みなバラバラだ。
容姿、身長、体型、性格を例に上げるなら、それらはステータスの振り分けじゃなく、絶望的なことにガチャで出来ている。
優良を10%、不良を10%として、平凡80%がある中で私達はそれを回して組み合わせる。
私みたいな超絶美少女だって、そのレア度と体型、性格は≠だし、よくクズだのサイコだのスレンダーだの言われるし……ああ本当に、何かの才能を持っていたとして、それがそのまま=でやるべきことだという風潮には反吐が出る。
「才能と嗜好は一致しない。なのに才能を期待として押し付けてくる、人の都合を無視した馬鹿の言葉を、なんで嗜好を無視してまで聞かなきゃいけないんだよ」
「……だ、だって、それが私にしか出来ないことだから……っ!」
「他人は好き勝手我儘を振りかざしてくるのに、なんで私は、君は、我儘を振りかざしちゃいけないんだろうね?」
「っ!」
結局はそこなのだ。
自分の人生は基本的に自分のためにある。
人の喜ぶ顔が好きなやつだって、結局はそんな自分の嗜好を満たすために……自分のために生きている。
彼女の生き方は自分のためなのか?
夢や目標が無いのなら、ただ生きるためという最低限の欲求を満たすため、自分のために生きているのかもしれないが、彼女は違う。
はてさて彼女はなんつった?『私は普通の感性だったからか友達とか愛情とか、そんなものを賞賛や期待より求めてて』だっけ? ほら、あるじゃねぇか夢や目標が!
「人の言う事なんて知ったことか! 私は私のやりたいように生きる! なんで他人ばっか私に我儘言ってきて私は言っちゃダメなんだよふざけんな! あーもう本当に馬鹿馬鹿しい、期待するやつもそれに自分の意思捻じ曲げて応えようとするやつも全員馬鹿だバーカバーカ!」
「せ、せいさん落ち着いて、人が見てるから……っ」
「別に誰も見てねぇよこんなとこ! あーマジで言葉捻り出したらムカついてきた……文句言うならテメェでやれよ非難民共がァ……!」
フゥーッ! フゥーッ! と獣のように息を吐きながら急に湧いてきた怒りを沈め、コヒメに宥められてやっと冷静さを取り戻す。
……いかん何の話だっけ、あぁそうそう期待とやりたいことの話だった。
「……まぁつまり私が言いたいのはさぁ、他人の言うことなんて無視して今自分のやりたいことをやれ馬鹿馬鹿しいって話よ」
「……出来なかったり、させて貰えなかったら?」
「馬鹿にしろ、そいつを。自分に頼るしかない雑魚だとか、残念な奴だなぁとかって貶して溜飲下げて、そんで隙を見てそこから逃げろ」
「沢山の人を裏切ってでも?」
「他人事じゃん」
「それが下らない感情によるものでも?」
「その下らない感情こそ、人間にとって一番立派で合理的な理由でしょ」
……あの終末世界でなら、きっとしなかったことだろうけど。
ああそうだ、それは私が今したいことだったから。
そう言って私は、少し目が潤んでいるコヒメの頭にぎこちなく手を伸ばしていた。
******
「君は悪くない」
髪が梳かれて、肌に触れた。
「……別に君の才能に大した価値なんかない。私の方が強いし、君を取り巻く人間は子供一人ちゃんと見れずに自分の我儘で君を封殺したクズ共だ」
慣れない手つきで不器用に、でもそれは暖かく優しい撫で方だった。
「どんな能力があろうが、何に使おうが、そんなの当人の勝手だ。子供は子供らしく、自分のやりたいことを追いかけるのがいい子で当たり前のことだ」
初めて──
「君の望みは間違ってない」
──私は、私の願いが肯定された。
「……今更だよ」
「ん?」
「……今更、過ぎる」
「今からでしょ。いや、もう既にかな?」
角とリボンが邪魔をして、決して上手くはなくて、でも不快では無い掌が頭を撫でた。
「甘えたい、友達を作りたい……だっけ? 別に片方はもう叶ってるじゃん」
「……え?」
「私がいない間に知り合ったギルドで挨拶してた奴らとか、受付の人とか、宿屋の女将とか、まだ短いかもだけどガルナやハルヒト……ほら、もうこんなにも君と話せる友達がいる」
「あ……」
漸く望んでもいいと思えたことは、意外にも既に叶っていた。
気付いてなかっただけで、出来たことがないから分からなかっただけで、彼女から言わせれば、既に私には友達がいたらしい。
認識した途端、知らない感情が湧き上がった。
まだ名前の分からないこれもまた初めてのもので、何かふわふわしていて、それでいて気持ちいいものだ。
体が浮きそうなくらい、それは温かい。
「セイ、さんは」
「ん?」
彼女の声は、普段の彼女の声と思えないほど優しいものだった。
これを言うのは今とても怖くて、勇気のいることで。
でも不思議と今聞きたいことで、震えながらもなんとか口に出すことが出来た。
「私のことを、都合のいい住人としか見てないんじゃなかったんですか?」
「酷い言われようだなおい……まぁでも、そうだなぁ……」
触れていた温度が消えて、それを自分の顎に当てて思考する、私より少しだけ大人な不思議な少女。
地味にさっきの友達の点呼に入ってなかったし、普段から私の扱いが雑だし、なのに今は唐突に優しくなったり訳が分からなくなって。
何故か分からないけど少し不愉快になって彼女の声を待てば…………返ってきたのは予想外の言葉だった。
「……まぁ私も人に甘えたことないし、ろくに友達もいないし、他人事じゃないというかなんというか……」
「……へ?」
バツが悪そうに逸らし目でそう言う彼女。
一瞬頭が点になって、そしてすぐにセイさんらしい理由であると分かって、同時に。
本当に気付いた時には、堰を切ったように私は笑っていた。
「……ふっ、ふふっ、あっははははははははっ!!!」
「ちょ、そこまで笑うこと!?」
「だ、だって、そんな理由で、優しくなってたってっ……あははははっ!」
涙が出るほどお腹の底から声が出た。
何年振りだろうか、笑わな過ぎて笑い方を忘れてしまっていて、暫く収まりがつかなくなって。
笑って、笑って、笑って……笑って。
それは本当に面白くて、何度も彼女が口にした……ああそうだ、余りにも馬鹿馬鹿しい理由を前に、
一頻り笑って、涙で濡れた瞳を指でこすりながら、ある提案をした。
「ねぇセイさん」
「何」
「セイちゃん」
「ん?」
「……せーちゃん?」
「んん?」
しっくりくる呼び方を探して、よし! と収まりのいいのが出来て。
まるで友達を誘うかのように、自然と……彼女から学んだ通りに、今一番やりたい我儘をぶつけてやった。
「──今からデートしない?」
「……はぁ?」
嫌そうな困惑顔をする白髪赤目のお姉さん。
そんな彼女に意識して甘えてみるべく、私を撫でてくれた手を取って無理矢理に歩き出した。
──その手はまだ熱が残っているのか、私が熱くなっていたのか、まだとても温かかった。
犯行声明奏上
次回デート回です、尊さで殺してやる




