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冒険者の街とも呼ばれる第二の街ツーブライトには、魔術的に秘匿された隠し街が存在する。
それはある路地裏を特定の順番で抜けることで辿り着けるのだが、そこにある施設はどれもこれも癖のある物ばかりだ。
「例えば紹介状無しだと入れない、一見さんお断りのこの店とかね」
「……前から思ってたけど、セイさんのその謎の知識はどうなってるの?」
「プレイヤーにはいろいろと独自の情報網があるんだよ」
例えば私の頭の中とかに。
このゲームについて知りたいなら私の脳味噌の記憶を流し込むのが一番手っ取り早いんじゃないだろうか、その人の精神が耐えられるかはさて置いて。
「ん」
「あ、解けた」
「さ、入ろ」
辿り着いた扉の前。見て分かる結界が張られている玄関にガルナから貰った紹介状をかざせば、キーを読み取ったマンションのドアのようにそれが解除された。
数回のノックの後に扉を開ければ、視界中を埋め尽くす衣類の山が。
「……服屋さん?」
「半分正解。確かに普段着もあるっちゃあるけど、もう半分は……」
「──探索者用の服飾品専門店よ」
普段見ない光景に圧倒される田舎娘を連れて少し進めば、店の奥から酒焼けしたハスキーボイスによる返答が。
服装のセンスは悪くない。それは愛があると言うのだろうか、汚れも皺も無く着こなしているその服は、奇抜ながら何故かまとまりがあった。
顔以外
「でたなカマ野郎」
「あら? 初対面の割には随分とやんちゃな物言いね……嫌いじゃないわ!」
「あ、やばい人だ」
パンチパーマに髭を生やし、派手なメイクにテンションの高い女言葉で有名なオカマ系の職人……"ハルヒト"は、そう言って歯を見せながらニカッと笑った。
******
「で、誰の紹介かしら? 可愛いお嬢ちゃん達?」
「ガルナ」
「……あら、相当やんちゃしたのね。直すならここに行けって言われたのかしら?」
「なんなら改良して欲しい、出来るでしょ?」
「物によるわねぇ」
軽く自己紹介を終え、席に着いた私が思い起こすのは一周目の記憶だ。
デイブレの服飾環境は一言で言えば魔境だった。
鎧やローブ等にステータスが設定されるのは当然だが、それらは基本的にVITやMND、有ってもHPやMPくらいしか単純な数値は強化出来ない。
対して装飾品……まぁつまり指輪や腕輪だが、これらは職とは関係無しにSTRやINT、DEX等の、火力や生産活動に直結するステータスを上げることが出来た。
特に、腕のいい職人なら内に必ず着るインナーウェアにすらSTR強化等を付けれるため、かつてプレイヤー達は質のいい服飾職人を求めて日夜奔走していたものだ。
「依頼したいのはこれ」
そう言って私が彼に見せたのは、もはやただのボロボロの布切れじゃないかと思う程までに壊れた『機套[不屈]』だ。
「ああこりゃガルナには無理ね」
それを一目見たハルヒトの言葉こそが、私が態々ここまで来た理由だった。
ガルナというNPCは大抵の生産活動は可能ではあるが、あくまで彼の専門は鍛冶作業。例えばコレみたいに破損状態が酷過ぎるコートとかなら、専門職に投げた方が何倍も安いし早いのだ。
「………………随分と大切に使ったのね」
「そんなぶっ壊しといて?」
「壊れ方から分かるわ、全て必要だった傷だもの。ただの一度たりとも戦闘から逃げて出来た物が無いもの、この子にとって最も名誉ある使われ方だった筈よ」
「……凄い、見ただけで分かるんですね、セイさん」
「普通分からんでしょ、コイツが変態なだけだから」
「あら口が悪い」
オホホホホホと笑うハルヒトは職人の目とでも言うべきか、気さくに会話に応じながらも視線は真剣に機套に向けられていて。
やがて一区切り着いた頃、次の興味の矛先は私に向いた。
「取り敢えず参考にこれ着てみてくれる?」
「どれだよ」
「この子」
「アンタバスタオルを衣類として認識してるタイプ? どう見ても人が着るものじゃねぇだろこれ」
「貴女が元々着てたものでしょう」
「なんなら私が脱がせた物ですけど」
「これ本当に必要?」
「必要だから言ってるんでしょう」
いやまぁ別にボタンポチポチすれば一瞬で着替えられるけどさぁ……なんか嫌じゃないこれ着るの? もうこれ服かゴミならゴミの方が近いよ? 寧ろタスキまであるよ?
「はぁ……うわひっど」
嫌々ながら装備してみたら、装備箇所が重複して上のパジャマが自動的に外された。
中に着ていたうっすいインナーシャツの上に、ボロボロで穴だらけの布を羽織った状態の私の姿は、上はほぼ水玉コラ、下はパジャマの長ズボンと、まぁ控えめに言っても変態だった。
なにこれ完全に痴女じゃん、いやん恥ずかしい性的に見られちゃう……!
「ちょと触るわよ」
「きゃあへんたい」
「ちょっと静かに出来るかしら?」
「セイさんって採寸も静かに出来ないんですか?」
「出来るが???」
ここぞとばかりに煽りやがってこの野郎!
「……うん、OKよ」
「あ、もう終わり?」
「ええ、これだけ分かれば仕立て直せるわ。……ああそう言えば、改良して欲しいとも言ってたけど希望はあるの?」
「VITとDEX捨ててAGIに改造、運動能力強化付けるか機套のレベル上げて欲しい」
「ふむ、外見は?」
「ちょい待ち……あぁあった、こんな感じで」
少しアイテムボックスを探し、見付けた色紙をハルヒトに渡す。
隙間時間でサラッと描いた、私製の新装備の設計図だ。
「上手いわね、そして貴女に実に似合いそう」
「でっしょー?」
「……セイさんて戦闘力以外の長所あったんですね?」
「はぁ? 寧ろ長所しか無いでしょ私」
優しいし、慈悲深いし、情にも熱いし、真面目で健気で、何よりも可愛いし? あれもしかして私って完璧な人間じゃね? いやー自分天使過ぎて困っちゃうな〜!
……おい、なんでそんな憐れむような目で見るんだ。全部本気で思ってるわけないでしょ。
流石に幾つかは冗談だわ。
******
「貴女は混ざらなくていいの?」
「んー……なんというか、不思議と最近十分に満喫した気がするんだよね」
その後更に幾つかの注文をし、使徒の素材を渡し、いい加減普通の服を買ってパジャマから着替えて用事が終わって尚、私はまだハルヒトの店に居た。
「…………☆(キラキラした瞳)」
まぁというのも、コヒメちゃんが無数に並べられた装飾品や服に夢中になってしまったからなのだが。
(……まぁ確かに綺麗で可愛いけどさ)
まるでおしゃれに初めて触れた少女のように、ステータス補正の無いスカートやワンピースにはしゃいでる姿はああ実に子供だった。
楽しそうで、嬉しそうで、試着室を行き来する喜色満面の彼女は、これまで見た事のない程の明るい笑顔を浮かべていた。
普通の女の子のようだった。
「……あの子さ」
「うん?」
「私のこと嫌いだよね?」
「どうしてかしら?」
別に私は気にしてやらないだけで、人の感情自体は推察出来る。
冗談抜きに真面目に考察するならば、彼女から私に対する好感度というものは底辺で然るべきだ。
無理矢理連れ回して使徒に殺されたのに私は戦闘を強行して、行動に対する反応として彼女が私に吐く言動は悉くが辛辣だ。
「私が誰よりも強いから自衛のために離れないだけで、アレ見てたら嫌々付き合ってるだけだよなぁって改めて思ったり」
「そんなわけがないでしょう」
「いやそうでしょ。ずっと私に毒吐くし、厳しいし、辛辣だし」
少なくとも私の感情考察は、現状のお互いの振る舞いからそう結論を下していた。
見てとった情報からは、そこにしか帰結しない。
……まぁ、だからと言って何か私の行動が変わったりするわけでは無いのだが。
「……貴女、達観してるように見えて以外と子供なのね」
なんでこんなこと考えてるんだろう、なんて頬杖を着きながらコヒメちゃんを眺めていると、ハルヒトがそのハスキーボイスから諭すように小さな声で語りかけてきた。
その声は慈愛に満ちていて、愛のある喋り方だと感じ取れた。
「……子供だぁ?」
「そうよ。言わなきゃ分からなくて、察することの出来ない、人生経験の浅い子供だわ」
「煽りか? 喧嘩なら買うぞ?」
「真面目な話よ。私みたいな……そうね、人生経験豊富なカマ野郎から見れば、あの子の心情なんて余りにも簡単よ?」
くすくすとおかしそうに笑いながら、困惑する私を他所に彼は、彼女は、カマ野郎はこう続けた。
「──あれは甘え方を知らない子が信頼出来る貴女に不器用に甘えてるだけよ?」
"だから受け止めて上げなさい"……それ以上は語らなかったのに、言外にそう伝えられたような気がして。
「甘えてなんかないですけどぉ!? 何間違ったことを人のいないところでさも真理のように言ってるんですか!?」
咀嚼するより早く、顔を真っ赤にして噛み付いてきたコヒメちゃんのそんな声によって、適当に聞いていた内容は頭の隅へと吹っ飛んだ。
サイコちゃんさぁ……




