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本日二話目
世界なんてベールを少し捲ればいつだって終わりに瀕している。
今日も何処かで闇の教団が邪神の復活に奔走しているし、人の理解の及ばない彼らの常識のために現実は歪むし、何の悪意も無い生態行動の一つで地震や津波が起きることだってある。
外宇宙より来たる侵略者とどこかの誰かは戦っているかもしれないし、正気を壊し狂気を振り撒く謎のオブジェクトは数え切れない程あって、全てを飲み込む時限爆弾を人に知られないよう隠す、延命に勤しむだけの無駄な企業に休む暇は無い。
ああそうだ、よくあることだ。
故にこの出来事は意味を持てど大した価値を持たず。
そんな終わりのケース、頻出する超常現象の一つが、少し前に観測された。
時空の歪み、凄まじい力による現実改変。
発生源は特定出来ず、何がどう変化したかさえも不明。
世界のバックアップを持つ謎の組織はその時間点の前後にインシデントを検出していない。
"何かによってまた世界の終わりへの√が増築された瞬間"
ただそれだけの事実が、あらゆる団体で観測された。
ああそうだ、たったその程度と称せる程にはよくあることだ。
「屠龍の詩に関して面白い話がある」
VR技術が発展し、VRゲームが普及するにつれ、ゲーマー達の間である皮肉が生まれた。
プレイヤーは冒険をその身で体験する。
それは強力な能力を持った勇者であり、神秘的な財宝を求める探索者であり、怪物を墜とす英雄である。
ある者が言った、"これではどちらがモンスターか分からないな"と。
怪物を狩り、殺し、"経験値"として自分を成長させ、より化け物に近付いていく才能の塊は、努めて人として振舞った。
その形が人を辞める者も現れた。
獣のような耳が生え、鬼のような角が生え、天使のような翼が生え……やがて龍のように鱗が生える者も現れた。
ゲームシステムに則り転生したプレイヤーは殺したモノの力を得て、その姿形をモンスターへと近付けた。
そんなよく見るタイプのゲームがあった。
「ニーベルンゲン、ニーベルング、ジークフリート、詩、指輪……多数の引用者、情報伝達と把握量、表記揺れも内容も呼び方も様々な、然し一貫して一つの皮肉の表現だ」
ある伝承において英雄は龍殺しを成し、その身を龍へと変貌させた。
龍の血を浴び龍となった男の一説は、仮想において現実に冒険を体験する今、皮肉として使われる。
プレイヤーの性能は青天井。殺し、報われる努力と成長を繰り返し、その力を自分の物とし、場合によっては姿を変えて。
殺したものに似ていく様は、いっそ笑える程にそっくりだ。
「この話の面白い点は、かの英雄は屠龍によって化け物に変わった説と、そもそもが化け物に勝てる程の化け物であった説があることだろう」
化け物を殺すことで化け物に近付くのか、或いは化け物を殺せる者は最初から化け物だったのか。
変貌した姿形は、思考回路は、価値観は。
それは先天的なものなのか、或いは積み重ねた努力の果ての後天的なものなのか。
「ことプレイヤーの話ならば、最初から化け物でありながら、殺した物に似ていく成長型の怪物と答えられる」
人間を模したアバター、それは力を取り込み成長可能な器。
化け物を殺せるものは化け物しかいないと誰かが言った。
積み重ねで化け物に成れる環境に放り込まれた人間は、なるほど道理で怪物と戦えるわけだ。
「もしプレイヤーが現実に現れたのなら、養殖場で育まれた彼らは怪異と称される筈だろう」
ゲームキャラクターが現実に現れる。
中高生が考えそうなただの空想であるが、それはことこの世界に限って、笑って話せる内容なんかじゃあない。
「問題なのは逆のケースだ」
では、仮に。
異質で無慈悲な怪物を……ともすれば"怪異"を殺せる者が現れたとしたら。
それは殺せてしまった時点でその者の"怪異"の証明で、"怪異"が作れることの証明にもなる。
喰らい成長するデータ上のアバターは、現実の脳と接続して操作されているものであり。
VR技術の飛躍が怪異研究の副産物である現状、繋がりのあるそこに超常現象が干渉するなど造作も無い筈だ。
「ファフニール」
時空間異常、世界の分岐点。
何かのタイムリープが起きたことは既に認識されている。
普通では有り得ない、そんな超常現象が起きる物語なんて、怪異が関わっていない筈が無いだろう?
「既に未来は変わっている」
……普通に塗れることは、人間性を取り戻していくことは、果たして幸せなことなのだろう。
嗚呼然し悲劇なことに、一度でも触れれば最後、取り巻く環境は退場を望みはしない。
幸せ等知ったことかと、世界は無慈悲にも深淵に引き摺り降ろす。
光に近付けば近づく程、奈落への落差は深まっていくのだから。
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……
この状況を正確に認識しているモノがいたとしたら。
それは深く深く、静かに怒り狂っていることだろう。
ただ彼は知らない、彼女の記憶が穴空きであることに。
『──────』
記憶の忘却というものは関係のあるインシデントによって浮上するものであり、人間は欠けた、或いは忘れたい出来事を、都合のいいように蓋をし、誤って覚える生き物だ。
より都合良く物事を考え、記憶に頓着が無く、快楽だけを追求する生物がいたとして。
タイムリープという"謎"に満ちた怪現象、齟齬の起きる感覚、目的も人格もふわふわした立ち位置の化け物がいたとして。
それは信じられない語り部に他ならず、何を何処まで正確に知っているか等知りようがない。
誰一人として彼女の体験を知らない今、何を忘れているかを一体誰が教えてくれるというのか。
タイムリープに重なった記憶喪失は、消失した未来にしか鍵が存在しない。
……或いは、
『────霖̵̟͖̟̬̯̝͇̱͚̥̦̗̾̉̍̈́͛̐̑́́̀̀̒̀̔』
敗れたる果ての神は、存在しない名前を探していることだろう。
章タイトル思いついた時これしかないって思った