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この作品とは思えないサブタイトル
「……ゲームもやらずここ数日ずっと何やってんの?」
「仕事だよ」
「花の16歳が夏休みにそんなことしてていいと思ってんの? ちゃんと真面目にゲームしなさい」
「お前の語る理想の青春って世間一般と掛け離れてるのご存知? つかなんであんた食わせるために働いてんのに文句言われなきゃいけないの私」
「クズなお姉ちゃんに仕事は似合わないんだよ、分かったら早く正気に戻って無益にゲームでもして時間潰そ?」
「あぁなるほどさては寝てないな貴様。鏡って分かるか? 常識失った馬鹿の顔が確実に映る代物なんだけどさぁ」
「ところで最近絵のレベル明らかに上がってるよね、体験したことしか描けないのにクッソ幻想的なタッチになってるじゃん。特に何あの黒く燃えてる虹色の鉱石迷宮での戦闘絵、とうとう触手生やしやがったコイツってファンの間で軽く祭りになってたよ。因みに私も好き」
「ね゛ぇ゛ぇ゛〜ここに会話通じないバケモンおるってー! 急に脈絡無くストーカー発言ぶっ込まれたんですけどー!」
平日昼間のリビングにて、久々の再開を果たした妹様はそれはもうやつれていた。
目が胡乱げで顔色も悪く髪だってボサボサなのに、ハイテンションなのがなんか怖い。
どう見ても徹夜だし、ここまでゲームに熱中するような奴だっけコイツ? 一体誰に似たんだろう?
「……なんかない?」
「ご飯?」
「うん。流石に腹が限界」
「"が"じゃねぇよ"も"だろうがミス不健康、降りてきた痕跡無かったけど何摂ってたん」
「10秒でチャージする奴とモンエナと栄養サプリのカクテル」
「死ぬ気か???」
「胃が固形物求めてる」
「でしょうねぇ」
顎で席を指してから、しょうがないのでペンタブを置いてキッチンに向かう。
整頓がされているように見えて実際はそもそも汚してないだけの流しで軽く手を洗ってから、今朝作った味噌汁の鍋に火を通す。
カチカチと加減を調整し終わり、冷蔵庫から取り出したるはラップされた私作の肉野菜炒め。
ミックス野菜の袋と豚バラパックを雑に味付けして焼いただけの簡素なものは、ゴミ箱とフライパン以外を汚さず包丁も使わない私でも作れる定番料理の一つだ。昔と違って自分の腕を焼いた経験から培われた味付け感覚を生かしたコレは、それなりに旨く仕上がっている。
取り敢えず味の素と醤油とポン酢と塩胡椒かけときゃ旨くなる世界の真理に、あの世界で辿り着けたのは良かったよなぁとか考えながらレンジに雑に突っ込んで二分。炊飯器からご飯を盛り付け、箸と取り皿を先に席まで運んでやった。
「………………???」
「おいなんだその顔は」
「え、誰? こんな普通の姉とか知らないんだけど。いや、は?」
「失礼な」
流石の私だって材料あって腹減ってて日が出てれば料理くらいするわボケ。苦手=やらないって訳じゃないし、さっきからコイツどんだけ私のこと駄目人間って認識してたの?
きょとんとした顔しよってからに……全くもう。
「……カップ麺でもない? って聞いたつもりだったんだけど、ここまでちゃんとした物が出てくると思ってなかった」
「出来については言わないでよ? 具は全部ミックス野菜の袋だし、あるだけマシと感謝して食え」
「うん」
「素直かよ、これ相当徹夜で判断力にキてんな」
出来上がった味噌汁と肉野菜炒めを並べ、対面に腰掛ける。
箸に代わり手に取るのはペンタブで、おずおずとした「いただきます」の声をタブレット越しに聞き、描きかけの絵の続きを開始する。
ちくたく鳴る時計の音に妹の食事音が追加され、規則的だったBGMが不規則に歪んだ。
……不思議と不快では無かった。
「……あれ、おいしい」
「言い方さぁ……まぁでも案外手料理褒められるのは悪くないかな」
「……あぁそっか、これお姉ちゃんの手料理か」
「そうだけど」
「………………え、お姉ちゃんの手料理!? マジで!?」
「うわ急にオタクみたいに興奮するじゃんきも」
「きも言うな! ……うーわマジか激レアじゃんえ待ってやばい味分からん(小声)」
「? なんか言った?」
「いや何も?」
なんか背筋にくるものを感じたけど気のせいらしい。
小さなかちゃかちゃとした音が暫し響く。
或いはその静寂の中で、彼女は違和感について考えていたのだろうか。
「……ねぇ」
「んぁ?」
「何かあった?」
心地よかった無言を割って、顔色を伺いながら彼女がそう聞いてきた。
虚を突かれて間抜けな声が出て恥ずかしい。
唐突な質問は雑談への入口なのだろうか、解を出すには設問の意図が分かりかねた。
「なんで?」
「……だって今までなら兎も角、リリース直後のゲームから普通に離れて数日自分から仕事するなんて、明らかにおかしいし」
「たまにはそんなこともあるよ」
「嘘」
まるで名探偵のように妹は話す。
私の残した証拠と15年に渡る観測から、彼女は私について自分の方が詳しいとばかりに語る。
食事の途中で箸を置き、恐る恐る私と目を合わせて。
「お姉ちゃんは自分の体験から絵ぇ描くから、逆説的に描いた絵見てれば最近何してるのか分かるんだけどさ」
「さらっとストーキングしないで?」
「……嫌そうな顔で服脱いだり、風呂上がりにぶかぶか萌え袖ローブに着替えてた、お姉ちゃんが描くにしては珍しく純粋に可愛いロリっ子ちゃん」
「話を逸らそうと……」
「あの子が泣き笑い顔で消える儚い絵って、なんで描けたの?」
「……それは」
どうしてだか言葉に詰まった。
そんな私を見て何かに納得したように、妹は続ける。
「そもそも絵を描くだけなら自分の部屋でいいよね」
「気分転換がしたい時くらいあるわ」
「補給以外は一日中引き篭ってる自分の部屋が一番落ち着くお姉ちゃんが?」
「だから……っ」
「出前でも頼めば良かったじゃん。なのに自分で料理作ったり、音楽も聞かずにリビングにいて、なんなら態々ソファじゃなく対面に座って……まるで私に見つけて欲しかったみたいじゃん」
「……あはっ、自意識過剰だね?」
「ならお姉ちゃんは自意識が足りてないね」
不思議な沈黙が生まれた。
何故か不快で不愉快だった。
温めた私の手料理は、もう湯気が消えている。
「……死んだんでしょあの子」
「……そう、だけど?」
「変に強がんなくていいよ、まぁまぁ繊細なの知ってるから」
「……いやいやいや、じゃあ何、あんたはこの私が、たかが出会って数日のNPCが死んだことを引き摺ってるとでも言いたいの?」
「違う?」
「全くもって」
「……私の質問さ、普通、"死んだ"とか"殺した"とか、何も気にしてないお姉ちゃんなら平然とそう答える筈でしょ」
……それは、
「………………あれ?」
「あぁこれマジで無意識だったやつだ」
誰が死んだところで気にしない。
それはかつて死神だった私が辿り着いた精神性で、人間性を捨て切った私は生死感に対して酷くドライになっていた筈だ。
コヒメは死んだ、彼女は関係も薄いただのNPCだ。
妹が話題に挙げた絵は、コヒメの死ぬ瞬間を脚色して描画したものだった。
上手く描けた作品だった。
『"死んだ"とか"殺した"とか、何も気にしてないお姉ちゃんなら平然とそう答える筈でしょ』
妹が語ったことは恐ろしいまでに事実だ。
私は私で"そりゃそうでしょ"と納得していた。それ程までに私の思考に合致している理論だった。
──何故?
純粋で冷静な疑問が頭に浮かぶ。
どうして私はそんな簡単な質問に言葉が詰まったんだ?
終末を見てきた、最後まで死神で死に損なったこの私が。
「……はぁ」
目の前から溜息が聞こえてきた。
焦点が合わさって思考の泥濘から抜け出た認識、気付けば彼女は既に私の料理を完食していて。
「片付けは私がするよ」
「あ、うん」
食べ終わった食器を流しに運ぶ妹。
ぼーっとその様を眺めている私は、どこか空恐ろしさを感じていた。
説明が付かなくて、合理的じゃなくて。
常識がすり変わったかのように感覚がおかしい。
精神と行動が大きさの違う歯車のように噛み合わない。
……気持ち悪くて、怖い。
そんなことが私の内面から発生していることが、一番気持ち悪い。
「……別にさ、意地悪しようって訳じゃないんだよ」
「はえ?」
「ただお姉ちゃんもちゃんと普通の人間らしくて、年相応の女の子なんだなぁって改めて分かって、ちょっと嬉しくなっちゃった」
「……何が言いたいの?」
「ふふっ──」
私のアイデンティティの崩壊に反して、妹は楽しそうに、嬉しそうに笑っていた。
「──お姉ぇちゃんさぁ、それただバツが悪くてログインが怖いから、仕事って言い訳でゲームから逃げてるだけだよ」
………………(咀嚼中)
…………?(解読完了及び再検証)
……………………………(ローディング)
「……………………………………………………は??????」
今こいつ煽ったか???
私のこと臆病者っつって馬鹿にしやがったかぁ!?!?
「まっさかお姉ちゃんにそぉ〜んなにかっっっわいくて子供っぽい一面があるなんて思わなかったなぁ〜?」
「は? 誰が子供っぽいだ?」
「ゲームが怖くて数日間ログイン出来なくて、私に話したいのに意地張って話せなくて非効率極まりない行動でただ待ってただけってお姉ちゃん可愛いすぎない? 察してオーラばら蒔いてメンヘラ構ってちゃんかな?」
「ねぇお前マジいい加減にしろよ? そろそろキレるよ?」
「一番可愛いのがそんな自分の感情に気付かず澄ました顔で、無意識に私の言葉に噛み付いてきたことだよね。なんか面倒臭い女過ぎて本当に……ぷはっ、あっやばい思い出しただけで笑えてきた……っ」
「お仕置きが必要みてぇだなぁ!?」
ペンタブを放り投げて勢いよく掴みかかる。
未だ楽しそうに笑う愚妹はそれを予想していように華麗に避け……れずに、足を縺れさせ床に倒れ込む。
しめたっ! 今の隙に腹に腰を下ろし、抵抗出来ないように押し倒す!
「はいマウントポジショ〜ン……ッ!」
「あやっべ私も徹夜で限界だった」
「ねぇねぇ〜? さっきはよくも散々言ってくれたよねぇ〜人が可愛いだの面倒臭い女だのと〜?」
「アレが効いてる以上納得してるってことじゃ無いですか〜? 悔しかったらログインしてみろ弱虫ぃー」
「ぶっころすっ……って痛い痛いやめてやめてやめて離して!」
「あらよっとっ……いやー貧弱だねーお姉ちゃん?」
鼻を摘むな鼻をー!
気付けば位置が入れ替わっていた私達、上に跨る妹は邪悪な笑みを浮かべていた。ひぃい食われる!?
寒気を感じて振り上げた両手が片手で拘束されて頭の上に押さえつけらる。片手でだと!? ちくしょうフィジカルゴリラめ離しやがれ!
「ちょっやめっはなせぇっ! 私に酷いことするつもりでしょエロ同人みたいに! お姉ちゃん姉妹百合乱暴には反対だけど!?」
「百合もクソも無ければ仕掛けてきたのあんたでしょ」
「煽って仕向けてきたのはお前だけど!?」
「まぁいいや、態々相談聞いてあげたんだし? 最近負けが続いてストレス溜まってたし? 大会の約束しといてログインしてなかったし? 日頃の鬱憤も兼ねて? ちょっと憂さ晴らしに付き合ってくれない?」
「相談した覚えはねぇし八つ当たり極まりないんだけど!? あっちょっ待てマジでやめ……ひやあああああああああああ!?!?!?」
その後、五分程くすぐられた後に私は開放された。
いつか復讐してやるから覚悟しとけよマジで……!
──────────
「……あれだけ焚き付けたらまぁ元気出たでしょ」
ああ言えば感情に任せてゲーム起動するんじゃないかなぁと煽ってみたが、流石は瞬間湯沸かし器。アカウントのフレンドリストが久しぶりにオンラインに変わって思わず笑みが溢れてしまう。
ああ、本当に単純だなぁ。嫌になるほど純粋で、いつまでも子供のままだ。
「普通の女の子みたいな悩みだったなぁ」
精神がどれだけ成熟していようが、数奇な人生のせいで達観してようが、あいつも所詮は16歳ということなのだろうか?
似合わないけど似合うというか、不思議な感覚だ。
倒すべき遠い化け物でいて欲しいのに、普通が垣間見えたことが何故か嬉しくて。
「あっ、そういえばあのペンタブ何描いてたんだろ」
純粋な彼女のファンである私はそう呟くと同時に試合会場へと転移する。
器用なだけで天才ではなかった私は、ただ愚直に戦闘を積み重ねよう。
明後日まで迫った公式大会に向けて、徹底的に立ち回りを突き詰めて。
どうせあいつは決勝戦まで登ってくる。そういう奴だ、不参加以外の要因は全くもって心配していない。
凡人にとってはいっそ不愉快なまでに、それが化け物という存在だ。
心配なのは、私の方。
蠱毒の壺の中で足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて……………
断固として動かないレートを眺める。
最高の舞台で全力で戦ってみたい……そんな子供みたいな憧れを糧に努力をするのは、馬鹿らしいことかもしれないけれど。
「仕方ないじゃん、憧れちゃったんだから」
脳裏に焼き付く彼女の戦闘風景。
狂ったように笑い、イかれた解決策を押し付けて、凄惨に暴れ回るその姿をかっこよく思ってしまった私は、今日もその影に手を伸ばす。
「……さあ行こう」
試合が始まった。
妹ちゃんは思春期にコヒメちゃん以上の期間と濃度で目の前でサイコちゃんの戦闘を見せつけられて脳が破壊されてる被害者兼サイコちゃん厄介オタクです
???「お姉ちゃんはね、誰よりも強いし、誰よりも狂ってるし、やる事全部がめちゃくちゃでなきゃいけないの」




