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ちうい、このおはなしにはサイコちゃんの原液が多分に含まれます
「あはははははははははははは!!!」
さあ狂おう何処までも!
人間と常識から意識を解放して私の革命。あらゆる当たり前を、勝利に必要の無い無意識のセーブをぶっ壊す。
脳への負荷? 知ったことか!
人外を成す体で、さあ新たな選択肢を作り出せ!
(どこまでこれが使いこなせるかだなァ!)
状況の再確認だ。
背中から生やした二本の触手、それぞれを先端が斧になっているAと、巨大な手になっているBと命名。
本体はAGI上昇魔法ヘイストと、攻撃時HPを15%消費し火力を上げる暴走が掛かっている。
不屈がクールタイムに入ったためHP上限を半減させる狂乱は発動更新を停止させ、代わりに私を守る即死対策は一撃の被ダメージ上限をHPの50%に固定する被弾上限だけ。
HP上限は100%、リソース限界値が上がり、引いてはHPを使ってMPを回復する『血液転換』や、一部魔法をHPで代用可能にする『ブラッドキャスト』が気軽に切れる状態。
ステータス、AGI123にSTR100にINT50、他の情報は別に必要無い。
武器、左手に黒鉄のハンマー。
右手に──
「私に一番与えちゃいけない武器だよなぁお前はよぉ!」
──エースアタッカー、30%の与ダメージ吸収を持つ暴血狂斧。
十分か? ああ、十分な手札じゃないか!
なんで過去の私はこれだけのビルドが組めておきながらコイツに苦戦していたんだろうか? 我ながら意味が分からないな、さては寝惚けていらしました?
「見慣れてんだよそれはもう!」
流れ続ける爆発音、視界の四方八方から迫り来る石柱。
先行した内の一本を伸ばした触手Bで側面を掴み、ブラッドキャストからのブラストジャンプで空気を蹴って……掴んだ場所を始点に、曲線を描いて空を滑る!
振り子のような弧状の高速移動。自然と上から落ちる柱と平行になり、巨腕を外し勢いそのまま移動する床に飛び移る。
背に落ちる重力と、反対に天へと突き上げる加速。
脚力任せに逆行する壁を、さあ走れ!
まるでエスカレーターの逆走だ。体にかかる強烈なGを知るかボケごり押せ!
力で砕ける足跡を追うように、軌道が捻じ曲がった他の柱が背後で轟音を鳴らす。
大質量のバイブレーション、地震が如き足場。
それを狙い澄ました──使徒による突撃!
「小癪な!」
跳躍。別の柱に飛びざまに、それを追う二本の尾が奴の体を鞭のように叩く。
響き渡るは破砕音、奏でるは骨肉の融合刃。
奈落に入ってから初ダメージ、いいじゃないか使えるねぇ!
でも結局斧で殴れなきゃリソースで負けるじゃんね?
地味にこれHP消費で維持してるから痛ってぇし。
「やべぇ回復! 治れっ! 治れっ! 死ねっ!」
今更ながら回復するために殺すって相当バイオレンスだよね、バトルジャンキーか何かだろうか。そうだよ?
立体機動装置よろしく触手Bで柱を掴み、収縮。
空中で巻かれた掃除機のコードのように今の加速方向と真逆に急発進。私は家電製品か? あっ三半規管にクるこれ。
反転、斬閃。えげつない回復の快楽。超気持ちいい、いややっぱあんま気持ちよくない。狂乱切ってるから火力クッソ落ちてやがるな、いや余裕でHPゲージはオーバーフローしてるけど。
狂乱使わない? ねぇ使いたくない?
「PSに限界感じるから火力やめてダメージ出しまァす!」
勝つためには時に火力を捨てることだって大事だし!
今の私の目的はコイツへの勝利だ、一撃のダメージは求めちゃいけねぇ。
狂乱有りだとアレまた来たら即死耐性無いから死ぬし、上限50%って地味にプレイの幅狭まんだよね。
安定した確実な削りを心掛けようか彁ちゃん?
「でもさァ……! MP切るよりHP切るほうが効率的だよなぁ!?」
言ってるそばからブラッドキャストで血魔法の乱打、放たれた岩塊の散弾を私と使徒との中間点で破壊する。
HPのが回収率高いからそっちから使うのは当然の措置だ、言うて残り50%割ってますけど。安定とは? 彁ちゃんは日本語が分からない。
てか自傷だと被弾上限発動しないのかよ、クソ痛くてキレそうなんだが。自傷しといてキレるってメンヘラかよ、実際はサイコパスだけど。ニアイコールだな!
「にしッても邪魔くせぇ!」
攻撃は入り始めたけど依然として環境は劣悪だ。
理想的な場所に足場が来ないどころか、盾のように進路を防ぐ石柱共、それが攻めあぐねる理由の大半だ。
石柱は地味に移動方向に足を取られるし、着地して少しすれば私を追って傾き始めるし、その中で使徒は翼で縦横無尽に動き回る。
だからこそ触手ABによる超リーチの攻撃や移動補助が輝いちゃいるが、だとしても体力を詰めるチャンスがまだ少ねぇ。
もっと近接擦ってこいやクソが、なんで引き気味に魔法で嫌がらせしてくんだよ人間か? 人が嫌がることしちゃダメだって設計者に学ばなかった?
「いや待てよく考えろ、要は魔法擦りを私のアドに変えちまえばいい話では?」
青天の霹靂。
ピンボールのように石柱の檻を跳ね回り、適宜魔法の触手や暴血狂斧でぶん殴りながら、遠距離時のAIに付いて記憶を掘り返す。
近中距離は岩の散弾、中距離は他に爆炎の放射や爆発する炎塊、遠距離以上だと岩塊の狙撃か炎の矢、全距離だろうとエリア全体から石柱の追尾(お前は死ね)
加速する脳の処理速度、流動する攻撃判定を走って、空中を自傷跳躍と自傷加速で飛び始め、触手Bで更に立体的な軌道を刻み、もう視界中どこにどこまでいけるのか分からなくなってきたけれど……
さあ、そこへ更に劇毒を垂らそうか!
「VR裏テクニックが一つ、奥義──」
発売してから7……いや今だと5年だが、VRゲームには様々なテクニックが生まれてきた。
当然物によって難易度が違うそれらには俗に絶技と呼ばれる技が幾つかあり、今からやる技もその一つに数えられる。
人呼んで、最も簡単で難しいキチガイの技。
「──痩 せ 我 慢!」
攻撃に向けて、突撃。
当然直撃し、大ダメージと衝撃と激痛を走らせる中──更に、自傷跳躍!
全方位爆炎の空間を、吹き飛ばさんとするエネルギーを、ステータス任せの加速力で強引にぶち抜いて!
走る痛みも衝撃も、無理矢理無視して更に前へ!
晴れた視界の先には、魔法を放ち終わり無防備な使徒が居る!
「来ちゃった♡」
全身で受止めろやカス。
加速の乗ったインパクトが体を砕き、快楽がゲージを再生させる。
痩せ我慢……食らっても死なない攻撃を食らいながら、ダメージを無視して最短経路で距離を詰めるゴリ押しの極致みたいなテクニック。
中距離を維持して振らせた単発判定の炎魔法、それを被弾上限で堪え、魔法を隙のある技に無理矢理変える作戦は見事成功。
即死ダメージは50%まで踏み倒せるし、減った体力は暴血狂斧で回復出来るから実質ノーダメだし、ああ実に天才的な回答だ!
「クソ痛ぇけど……それがだから何!?」
今この瞬間スーパーアーマーをするために管理するゲージまで成り下がったHPくんに涙が止まらない。あ、本当に目尻に水滴が……いやこれ痛みの条件反射じゃねぇか、視界塞ぐのやめて貰えます?
「つか持続ダメージあんのかよこれぇ!」
地味にさっきの直撃も0.7死くらいのダメージだったのに、さっきから全身に絶え間ない痛みが走ると思ったら、魔法食らったせいで私燃えてたわ。
通りで痛ぇ、ミンチにされてるみたい。
「でも私、ハンバーグよりステーキのが好きなんだよね」
さっきから思考が脊髄なんだけど大丈夫かしら私の脳。
回復、火傷を再生でゴリ押す。
さっきからゴリ押ししかしてねぇなコイツ?
あ、どうせ燃えてるし今なら使徒の炎魔法って実質火傷無しじゃん、おっとくぅ!
「かといってぶっちゃけしたくはないけど……まぁダメージ出るから、仕方無し!」
加速する苦痛、増えたというか増やした隙、終わる気配の無い戦闘。
直撃、痛い、死にそう。
回復、気持ちいい、死ね。
支離滅裂! "いつも"の私のテンション通りだ!
テンションに付随して、茹だる脳味噌によって、パフォーマンスが飛躍する!
さあ、もっと直感的に!
「──ああそっか、君って理不尽押し付けてくるタイプだからさぁ! 要は付き合わなきゃいいんだ!」
回っている戦況、回してやった戦況。激戦と激痛がかつての脳の使い方を思い出す。
多過ぎる痛みに付随した死闘の記憶、あらゆるフィードバックが私に走って発想力が飛躍する。
光が繋がった。
それは余りに小さな情報すら見つけ出して、超高速で回転する思考のギアが、新たなるカードを作り出しす。
「──爆ぜろ」
死霊作成、場所は私に歯向かう足場共。
360°から私を取り囲む岩肌の──否、地層による四角柱状の無数の触手に魔力を通し……
爆発。
連鎖的に爆弾で破壊されたように、視界一面の石柱が内部から爆散する!
「……あはっ♡」
その音は瀑布に近い。
通っていた視界の内の邪魔な柱を突き破ったのは、出鱈目に膨張した金平糖のような骨塊。
エリア、ハルト遺跡群。
それは化石発掘等が盛んな、古代の建造物が多数残るフィールド。
今戦っているのはその地下で、攻撃に使われてるのはその地層から放たれる大地魔法。
パズルがカチリと嵌る瞬間は、いつだって最高に気持ちいい。
死霊魔術『死霊作成』
MPを使って素材からアンデッドを作る技。
素材、それは肉や皮から骨まで対応し──地層に眠っていた太古の骨は、当然ながらスキルの対象内!
無茶苦茶に融合して膨張させた地形の中身は果たして、柱の進行を強制的に停止させた!
「あは、開けたなぁ久々に」
スローモーションで眺めるその様。
たかが一瞬、されど一瞬。
この高速戦闘下での盤面のリセットは、値千金の価値を持つ。
道が開け、圧迫感の無い空間。
自由。
開放感を全身で感じる最中、意識はどこまでも透き通る。
さあ──籠の鳥が外へ羽ばたくように、さあ攻めろ!
「遅い!」
破損部から再度伸び始めた地形、それが迫るより速くブラストジャンプと自傷跳躍で距離を詰め近接戦を敢行。
対刃剣による広範囲の連撃を触手Bを使った機動力で躱し、暴血狂斧とハンマーと触手Aでぶん殴る。
HPが溜まり、その使用より早く起ころうとする回収。
血液転換、HPの70%をMPに変換、激痛。
装填される35%のMP、攻撃時の自傷で削られる計20%のHP。
瀕死、暴血狂斧が着弾……
HPが、100%まで回復!
「死霊作成!」
あっはぁ! まるで無敵じゃん今の私!
ソウルハントと変換で確保したMPが爆発音を撒き散らす。
迫る石柱。
一部邪魔な物は砕け散り、そして勢い良く迫る石柱の一本から巨大な盾のような骨が飛び出て来る。
広大で角度の合った平面、蹴ることなく自然に着地し、力が十分に伝わる跳躍。
「あはははははは!!! 好きな形に整えられんなら寧ろボーナスステージだぜぇ!!!」
四方八方から伸びる攻撃を自分の空間へ塗り替える。
お前のためのボス部屋? 残念、今からは私用のアスレチックだ!
最悪な角度で突っ込んでくる一本の内部から私と平行に白骨の面を生やし、トランポリンとして使ってやって。
進路の邪魔なら破壊して、使いたいなら使いやすく整えて。
何時しか集中の焦点は、足場から黒天の使徒へ移り代わっていた!
「ああまたそれ?」
HPとMPが絶えず激しく上下する状況、完封といった形まで追い詰めた私に対し、使徒は光を集めるように蹲る。
記憶の該当は、今日一の激痛の直前。
好き勝手跳ね回り攻撃を叩き込むが、然しそのモーションは止まらずに。
刹那の収縮から、世界を焼く閃光。
爆撃。
ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!!!!!
避けられず被爆し馬鹿みたいな激痛が走る。
一回、HPが50%減る。
二回、HPが50%減る。
三回、HPが50%減る。
「ッハァ! でェ!? だからァ!?」
即死ダメージの三連射? そんなん次のダメージ貰う前に回復すりゃいい話だろうが!
触手Bで掴んでいた使徒の体。
衝撃の中無理矢理距離を詰めて、爆発を喰らいながら同時に暴血狂斧による攻撃を捩じ込んでやった。
削れると同時に再生し、次の攻撃を貰うまでに100%を維持させる。
被弾上限のお陰で50%までしか数値上は削れないから出来る策。
文字通り死ぬ程痛くはあったが、だから何だ?
それで私の動きは物理的に止まるのか?
否、断じて否!
私を止めたいなら四肢切断して達磨にでもしてみろやぁ!
「欠損でも無きゃ止めらんねぇよ!?」
全ての悪条件を痛覚を支払うことで捩じ伏せた私に対し、使徒の次の攻撃は青く光る対刃剣による高速の連撃だった。
砕け散った足場が再生するより早く仕掛けられたそれを、逃げ切れないと判断し武器で迎撃。
着弾、莫大な衝撃と青く爆ぜる視界。
命中時爆発するアーツかよクソ!
筋力差で吹き飛ばされた私を狙う壁共を蹴る直前、腕に凄まじい激痛と違和感を感じた。
「……いや、言いはしたけどしていいとは言ってないじゃん」
宙を飛んでいる私の右手と左手。
草。
積み上がる二つのタスク。
欠損した私のおててと、握って吹き飛ばされた武器の回収。
ああ、なるほど通りで痛てぇわ。
じゃねぇわ、なんでそんな冷静なの?
「いやぁだってほら、言っといてアレだけど……今なら何とかなる気がしてるし」
──ある時、普通の人とVRゲームアバターの認識の仕方が違うプレイヤーが現れた。
そのプレイヤー曰く"アバター全てを脳で支配してる認識だったからこんなことが起きた"と忌々しげに語ったが、それを聞いた廃人共は技術に昇華しようと研究を始めてしまった。
この絶技のキモは認識だ。
私の場合は痛みを過度に意識し、断面から感覚を伸ばして幻痛を得て、脳に与えられる幻覚を情報と誤認し、それを逆探知するプロセスを経て再現した。
……さて、ゲーム内のアバターはどのようなプロセスで動くのだろうか?
アバターが人体組織を完全に模倣した模型であり、ゲーム内アバターの脳から出した指令が神経を通って全身に回る……そんな有り得ない超技術の演算を、数万数十万のプレイヤー1人1人に、ゲームサーバーを維持しながらしてるとでも?
現実の脳から出された脳波の変換……それでアバターを動かしているが故に、認識で脳を騙し切って『動け』と指令を出せさえすれば……視界に映る千切れた私の腕は、私の認識では『操作出来る一パーツ』であるが故に、ほら動く!
この世界の肉体はあくまで現実の脳が操作するアバターであり、例え腕がちぎれたとしても、現実なら感覚が絶対に繋がらず操作出来ないとしても、この世界なら違うと信じ切れ!
「虫擬き」
体から離れた部位を何らかの手段で操作可能な肉体の一部として誤認識する、VRアバターと脳の関係を悪用した技術。
それはまるで千切れた手足が動く虫のように。
チャリオット戦の口内でライターを着火してやったように、視界内にある腕がSTR任せに武器を私に向けて放り投げる。
さあ、今度はこちらのアンサーだ!
「死ねっ!」
左手で暴血狂斧を、右手で黒鉄のハンマーのパスを受け取り、今度はアーツを避けて攻撃を叩き込む。
スキルコンボ、虚空接続+操血+死霊作成+合成。
触手と同じ要領で腕の断面からアイテムボックスに接続し、骨と皮と肉と血を使って腕型のゾンビを即席の義手として合成!
イメージに起因する完成度は、まるで何度も作ってきて構造を完全に把握しているかのように完璧だった。
「あは、あははっ、あははははははははははははっ!!!」
感覚を切り替え、出血で削れていくHPの減少が止まり。
神経が通ったように自由に動く生体の義手部分が、本物の肉体へ脱皮してくように変化し、再生する。
千切れた手で武器を投げて、無くなった腕を作って受け取った。
私のしたことはそれで、最終的なHPは……100%!
「マジかよ無敵じゃん」
最早どっちがボスだが分からない、人間を辞めた化け物のプレイスタイル。
欠損を克服し、即死ダメージを凌ぎ、攻撃も無理矢理通せて、地形も好き勝手変えられる。
殴ってれば死なない地獄のような好循環。私の生み出す理不尽が黒天の使徒を呑み込んでいく。
「じゃあこっからは我慢比べだなぁ!」
私がお前を殺し切るか、その前に私が盤面形成に支払っている痛みで戦意喪失するか。
……ああこれって勝利宣言だっけ?
「圧勝で私」




