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──黒天の使徒の出現条件は[九天奉姫:黒]によって現れたガーゴイルの一定数の討伐だ。
それには時も場所も関係無く、条件が達成された瞬間舞い降りる彼は、仮にそこが奈落の底だろうと、火口の中だろうと、深海の果てだろうと現れる。
EXクエストはデイブレにおけるエンドコンテンツの一つだ。そこに登場するボスが果たして地形による有利不利によって、難易度が上下する事があっていいのだろうか?
火や土を操る彼は、水中で戦えば有利になっていいのだろうか?
否。
彼は等しく残酷に、水中でも超重力下でも変わらず障害足り得る戦闘力を担保していた。
それは極限環境であろうと戦況を平地と同じように、平等に不平等に、調整するために持たされた手段。
その環境下において、世界は等しく彼を祝福する。
「粛ッ清!」
何度目かの懲罰大剣。
モーションを粗方出し尽くしパターン化させた戦闘は、未だ無被弾でダメージを稼ぐことに成功していた。
群がるガーゴイルを一瞬で処理し、バフを盛りまくった大剣が使徒を破壊する。
爪先から頭、頭から爪先、右腕から左腕、翼の端から端。
全身を使って踊るように、なるべく長い距離を攻撃力で通過しダメージを稼ぐ。
既に油断しなければ死ぬことは無いと、安定してきた状況を粛々と回していれば、
──それはとうとう動き出した。
「あ゛?」
振り切り、伸び切った腕。足でエネルギーを作り腰に渡す途中で、まだ休息状態の筈の使徒が唐突に動き出す。
新たに作成した圧倒的火力の斬閃が……初めてその外殻に弾かれた。
硬い物を叩いた時の感触では無い。腕に響くものも無ければ、斥力に弾かれたように、物理法則を無視した反射が起きた。
エネルギーが消されて押し出された。
記憶の中で完全に一致したのは……強制的なダメージ遮断状態。
「ッ……形態変化か!」
スキルを使い斧槌二刀流に武器を変え瞬時の考察。
HPが減ることで起きる大抵のボスが持つ仕様。
貫通可能な無敵とも、解除可能な状態とも違う、システム的に干渉出来ない有り触れたレアケース。
地に突き立てた双剣が、体重を掛けられ沈んでいく。
キィィィィィィィン────!
甲高い何かの装填音。
地割れの準備のように、軋む大地から光が漏れだして。
莫大なエネルギーが地中深くから湧き上がる!
「あこれやっばっ!」
抜刀、爆砕。
突然の浮遊感が私を襲う。
割と気持ちいい。
それは大規模な地割れのようだった。
聴覚を消し飛ばす轟音。
溜め込まれた力が辺り一面を包み込み、青白いドーム状の爆炎が地中で起きた。
寸前に跳んだ私が着地する地面は既に無く、登るエネルギーの奔流と砕け散る地面が視界を埋め尽くした。
一面の茶色は、刹那の内に黒く染まる。
「地形破壊!?」
崩落する地盤に巻き込まれ、減速していく世界で足場を渡る。
ゆっくりと沈む大地の破片は処理不能な量と大きさだった。
回避不能な流砂が滝として全身を打ち、当たれば即死だろう大地の欠片が群島を為し私を追う。
眼球が高速で動き必要な情報を抜き出す。
取捨選択、膨大な視界内のノイズは状況把握に関係無い。
こんなもん反射で対処すりゃどうにでもなんだよ!
(上、駆け上がれ無くはない、下、底無しの奈落、足場は死ぬほどある、単純攻撃にしては下への範囲が深すぎる、少なくともこれじゃ私は殺れない……何が目的だ?)
既に20m程落下した。
終わりの見えない下への穴、黒に塗り潰されてきた同速の土塊を蹴って破片を躱す。
最中、破壊地点で滞空していた使徒が二つの大剣の柄を合わせるのが見えた。
嫌に響いた結合音。
吹き荒れる魔力の放射。
風では無い見えない圧が、使徒を中心として球状に放たれる。
遠く離れた位置ですら、肌がビリビリする程の威圧感だ。
「──────────」
──どの環境でも戦闘力を維持する簡単な方法は、そもそも環境を自分で変えてしまうことだ。
どんな極限地帯であろうと、一定範囲を自分だけの空間に塗り替える力があるならば、
それは例えどんな環境であろうとも、変わらない圧倒的な強さを確保していることと同義だ。
『戴天堕落』
直径30mの円状に地形をくり抜き崩落させる、黒天の使徒のスキルが一つ。
遥か深くまで漆黒の空洞を産むその技は、彼が塗り潰すだけのリソースを開ける準備に過ぎず。
縦にも横にも広大な、空中にも水中にも似た状況を作り出し……
そしてそれを、彼の大魔法が支配する。
「……あーマジィ? それ100レベ台のボス技だぞ」
私は軽く引いていた。
そりゃそうだろ、これしてきたボスなんて廃人向けのフルレイドクラスだぞ。
凄まじい光量が世界を喰らう。
材質が、空間が、好き勝手に塗り潰される。
円状の縦穴、底が見えず辛うじて日光の差す地形に天蓋が現れた。
蓋がされた空は光を通さず、そして出口は存在しない。
横に見える地層のエレベーター、その色彩が認識出来ない。
音、空気、気配。それら頼りの状況認識は、視覚が暗黒に落ちたためのもの。
闇夜より暗い世界。
鳴動。
壁が、天井が、主の帰還を祝福するように吠えた。
「……漸く中盤戦ってとこ?」
領域展開? 固有結界?
人によって呼び方が変わるその現象は、一周目では最高難易度のボスが使ってきた技だ。
ゆっくりと降りて来た使徒は力に満ちていた。
対刃剣と化した二振りの大剣を携え、妖しく光る目を持つ彼は、全身から薄い炎が漏れ出していた。
さながら胃袋の中に閉じ込められた私とは対照的に、この環境は使徒にとって最も戦いやすい空間になっていた。
浮遊する彼に地面は要らず、壁と天井は大地で出来ていて、無生物には世界を見るための光なんて必要無い。
徹底的に私に不利で、使徒に有利な環境が作られていた。
ボス部屋
それこそがこの……平等に不平等な地形の名だ。
「……ははっ、どうしろってんのこれ?」
「──────、────、────────!!」
「ああ成程考えられてんなぁ! マジかよちくしょうっ!」
聞き慣れたノイズ、蠢く今の地面。
暴血狂斧を突き刺して張り付いていた壁を蹴り飛ばす。
直後今居た場所に現れたのは、既に幾度と無く避けてきた岩石の四角柱。
「これ足場にして暗闇の中底無しの縦穴で戦えってのっ!?」
馬ッ鹿じゃねぇの!?
休む間も無く続々と生えてくる石柱、ドガガガガガガガッ! と絶え間ない轟音がトンネル内を暴れ回る。
聴覚には自信あるけど、こんなん聞き分けられるかよ!
勘と気配と風圧頼りに、全方位から迫る足場を捌いて、
視界情報が唯一機能する光源が動いたのを捉え舌打ちを漏らす。
「じゃあこれデフォかよ!」
揺らぐ炎のシルエット、急加速突進を避ければ、使徒の加速方向にあった複数本の足場が爆音と共に砕け散る。
自分の攻撃すら無視してノーガードで私を狙ってきた使徒は、然しその間地形変動は止まらない。
使徒の強みは攻撃種類の豊富さと滑らかさ。
ただでさえ行動から次の行動までが早いってのに、本体の動きとは別でこの石柱は発生するらしい。
「あはっ、あはははははっ! 中々にエンドコンテンツしてきたなァ!?」
情報量の暴力。
流動し追尾してくる足場、実質全面凶器の壁、当然の権利のように暴れ回る黒天の使徒、攻撃の衝突でデタラメに破壊される視界中の地形、聴覚の代わりに爆音を捉える触覚。
上下左右の判断が暗闇も相まり付かなくなって。
蹴っているのが側面なのか、裏面なのか、落ちているのか、登っているのか。
攻撃を一度も捩じ込めなくて、バフの更新だけが止まらない。
休憩時間なんて無い。
逸り続ける思考回路、知覚出来るのは激痛と重力。
計器がぶっ壊れたように感覚が荒ぶり、平衡感覚が破壊されていく。
脳味噌の限界だった。
アバターじゃなく脳から痛みが走っていた。
血管が、シナプスが、細胞が。
現実の体が悲鳴を上げていた。それを私は認識していた。
加速する思考、更に加速を求める衝動。
最高速に達して尚踏まれるアクセルにエンジンが軋んでいた。
理解が追い付かない。
ただ生きているだけで精一杯で、辛くて痛くてキツくて吐きそうで。
──それら全てがどうでもいい。
「よし彁ちゃん人間やめろ」
空間の認識を、広げろ。
フレームを拡張して、飛び越えろ。
今のままでは使えない私の感覚共、追い付かないなら今ここで進化しろ。
横暴を成せ、暴論を通せ。
求めろ、私の可能性を。
第六感でも七感でもなんでもいい。
いつもしてきただろ?
この戦闘を100%味わうために、情報に追い付け私の脳味噌。
もっと今を楽しめるなら、この快楽が深まるのなら、人間じゃ無かろうがどうでもいい!
知覚に挑め、把握に臨め、この状況を!
「あはははははははははは──────ha?」
最高潮。
意識が負荷によって掠れかけ、状況把握力が無理によって寧ろ落ち、然しテンションと殺意はそこを走る最中。
依然として状況が好転せず、ただ脳を酷使するだけの時間の果てに。
全てを消し飛ばす光の爆発が私を飲み込んだ。
黒天の使徒:HP残り79%




