52
砂塵が吹き荒れる。
巻き上がった土煙が絶え間無く切り裂かれ、薄霧の中轟音が鳴り響く。
台風のように飛ぶ瓦礫の断片は凪いだ風速とは対照的で、嵐の発生源は戦闘によるものだった。
一面茶色の荒野が光で明かされて。
赤天の下、閃光が瞬く。
「『虚空接続』ッ」
眼前に迫る炎の大塊を、抜きざまの長鉈で切り捨てる。
爆発、余波に被弾、ダメージは薄い。
焼ける左手、燃える左手、鋭い痛み。
続き、全身に走っていく冷めない激痛。
ジュグジュグと刃物で刺し抜きされるような。
痛い。痛いのは嫌いだ。
一致する痛みの記憶を探し、それが割合ダメージのものと合致して。
鉈、燃えてる。
手もボロボロだし、耐久削りも有り臭い。
「じゃ、これも避けようか!」
踏み込んで殴って回復、HPの上限超過分が肉体再生に割り当てられた。
咄嗟の検証が済んだ鉈を鞘に納め、緊急召喚でアイテムボックスに仕舞ったハンマーを取り出した。
大振りの横薙ぎを姿勢を屈めて避けながら、ハンマーと斧で使徒をぶっ叩く。
激痛と、快復。
未だ続く持続ダメージを、吸収でゴリ押して無効化する!
「あはっ、割れてきたなぁお前のパターン!」
高速の黒刃が地形を砕き合い、即死火力が乱れ飛ぶ。
一秒足りとも足が止まることはなく、直撃しない限り死ぬ事が無いプレイヤーと、幾ら破壊されようが死なないモンスターが鎬を削る。
死の座標はコンマ単位のズレ。刹那の反応の遅れで首は飛び、体は容易く分かたれる。
私の無い空白を叩く大剣は痛烈な轟音を立て、爆砕する大地を飛び散らせる。
攻撃跡で荒れ果てた大地に平坦な踏み場所なんてなくて、不愉快な凸凹を力で平らげ、砕き、無理矢理に身体を跳ばす!
激突と火花、或いは乱れ咲く花火のように。
スパイクが削る軌跡は、足元からすらも熾烈にそれを作り出す。
聴覚はバカになったのか、金属音を裂く爆発音しか聞こえない。
体が熱く、頭が早い。
腕が重く、手応えは強く。
脳は絶えず回避と攻撃を入力し続ける。
攻められる場面を、全脳を掛けて割り出し続ける!
(7m、図体はデカい。比例して範囲は広いけどダメージは出しやすい。比較的遅いが機動力は高い。翼で裏取ってもアドは無し。余り飛ばない。ノーガード。肉弾戦は翼と蹴り主体。零距離でも突進はする。連撃上限は低い。近距離だと剣戟になる。大剣破壊は非現実的。中距離は魔法でディスアド……)
ガーゴイルというモンスターは2mから3mの石材で出来た悪魔の像で、黒天の使徒はそれの上位版ではあるが、原種が持っている能力……例えば地属性の魔法を使うだとか、空を飛ぶことが出来るだとか、魔法攻撃に耐性があるだとか、それらがただ強化されているだけにコイツの強さは留まっちゃいなかった。
これまでの戦闘で学習したコイツの厄介な点は、攻撃種類の豊富さと接続の滑らかさだ。
(息付く暇が無い……!)
範囲はこの際置いとくとして、使徒は兎に角行動から次の行動までが速かった。
大剣の二刀流による連撃と、急加速突進と、零距離で放たれる蹴りと翼の迎撃に加えて、クソバカ性能の速射魔法。
これらは全て使用部位が異なる上こちらの攻撃を無視してくるため、切れ目無く常に何かしらの即死火力を繰り出される。
無生物のため疲労は無く、怯みも無い。
全ての攻撃を避け切って、同時に攻撃も叩き込んで、莫大なHPを休み無しで削り切る。
それが私が私に求められていること。
休憩時間が無い戦闘は、ソロである私の首を締め付ける。
「──────、────、────────!!」
「キッツッ!」
ああでも何故だろう、楽しくて仕方が無い。
空に浮かびノイズのような音で長い詠唱をする使徒。
それを追った跳躍は、過熱する脳が電子言語を解読し、出す魔法を察したことでキャンセルされる。
加速方向に装填したエアハンマーを思わず出た悪態と共に蹴り飛ばし、その場を全力で離脱!
震える地面、鳴る地響き。
轟音、大地が柱となって盛り上がる。
「殺す気かよっ! あははははっ!!!」
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ────!!!!!!
花火大会でも始まったような絶え間無い破壊の調べ。
莫大な魔力が辺りを支配し、四方八方から幾数もの岩石の塊が射出された。
太さですら私の全長を超える砂と石と岩の塊で出来た四角柱が、際限無く伸び続ける。
それらがゴムみたいにぐにゃりと曲り、蛇のように私へと高速で迫り来る!
「"ブラストジャンプ"!」
急加速する思考。
空を蹴る。
正面から潰しに来る柱へ跳び、刹那に到達したインパクトを足で受け──それを蹴る!
重く、硬く、凄まじい衝撃を下へ飛ばし。
バガァン! という人体からは普通鳴らない音を散らし、それすら埋め尽くす爆音を背に、猛烈な加速。
追尾してくる残り23本の柱。
凄絶な破壊を鳴らし、砕けるボーリング球並の破片の嵐。
勢いを増す花火が横から前から後ろから、全方位から私に向けて伸びて激突する。
まるで地震の中を走るように激しく揺れて止まない、今の地面。
視界と空気が破壊で震えた。
情報量の暴力。
生成が続き、私と逆方向に伸び続ける足場を、縮地で舐めるように駆け上がる。
まるでジャングルジムの内側だ。
「地獄かな?」
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
研ぎ澄まされる五感と認識。
跳ぶ、飛ぶ。
跳んで、飛んで、跳んで、飛んで!
圧殺すべく迫る莫大なエネルギーの大群。物理の監獄の中を振り切るべく、私はあらゆる攻撃を蹴り飛ばす。
右へ、左上へ、真下へ、斜め上へ。
ピンボール玉のように荒れ狂って、縦横無尽に生きるための足場へ飛ぶ。
超三次元機動は重力に唾を吐き、壁も天井も全てを等しく床と捉える。
減速が止まらない景色は360°全てが破壊で満たされて……
そしてその中で、私だけが無傷だった。
「やれば出来んじゃねぇか全然よぉ!?」
地殻変動は収束に迫り、赤い空が破片のカーテンから覗き始め、その一角に浮遊する使徒もこちらを認識した。
直後、一気に静止を見せる石柱と、急加速して突撃してくる使徒。
ぐちゃぐちゃになった飛び地残骸アスレチック、それを切り裂くカワセミが如き強襲。
跳躍、空気の歪む衝撃。
紙一重で躱し、置いていた二刀が通り過ぎた使徒の胸を砕き、重さの反動で私の腕を跳ねあげる。
ひりつく手の筋肉を歯を食いしばって黙らせ、釣り上がっていた口角の形を変える。
「お返しだよ、"遺物召喚"……!」
溜まりに溜まったMPとストレス、高揚のままそれを発散するべくターンを奪いに行く。
死霊魔術『遺物召喚』
作成したことのあるアンデッドを、アイテムボックス内の素材とMPを使い作成する技。
瓦礫と残骸で埋まる眼下、そこに生まれるのは魔女の家で作り置きしていたアンデッドの一つ、その複製。
奇形であり、戦闘力もなく、ただ太く大きく高いだけの建造物は、私というプレイヤーにとって最も強力な武器の一つ──足場だ!
MPの限り乱立させたそれに脅威を感じない使徒は、既に私のキリングゾーンの中にいた。
本来探索用に使うつもりだったそれを。
私の記憶には未だ遥かに遠く、遠く。
されど覚醒を始めた勘は、やれと、出来ると言っていて。
暴力的な発想の元、行使する!
「──行くぜ超高速戦、目を回すなよ?」
花火より遥かに小さな音を立てて、残骸の上に迫り上がる死骸の柱。
崩落した小さな遺跡のような障害物の森の中……私という弾丸が発射された。
「死ね」
跳弾。
岩塊の上で最初の縮地、加速する肉体が大剣の迎撃をギリギリ躱し、すれ違いざま火力を叩き込み……正面に迫る骨柱を更に縮地で蹴り飛ばす!
反射するように直線が進路を曲げ、また次の迫る壁を蹴り、辻斬りのように迎撃より早く攻撃を捩じ込む。
止まらない跳躍、シェイクされる三半規管、浮くような臓器、加速を続ける体、認識を振り切りかねない絶え間無い視界の移り変わり。
酔いそうな激しい動きを強行して、制御して!
さあ跳躍、跳躍、跳躍、跳躍!
さっきの破壊の檻のピンボールのように、次の跳躍方向と回避法と迎撃の迎撃を瞬時に計算しながら。
壁と、地面と、空中を。
自傷跳躍すら駆使して、縦横無尽に跳ね回れ!
全方向から叩き壊し、切り刻む!
「──!」
結果使徒が取ったのは初めて見せた防御行動。
明らかに逃げるためのバックステップから岩槍の散弾を撒き散らし、私はそれを直前の進路変更で大きく避ける。
「逃げんなよフィーバータイムだろうが!」
離された距離、詰めるより早く動きを成したのは使徒だった。
またあの砂嵐のような不快な詠唱音が耳に入り、反射的に脳がそれを解読し始める。
(詠唱、略式四節)
記憶をひっくり返したように魔法を探し、二節目にして解読したノイズにしか聞こえない使徒の詠唱。
該当、戦略魔法『断崖の大津波』
「馬鹿か? "纏刃[炎]"、"操血"」
神速の判断、連続するスキルの発動。
『纏刃[炎]』により、MPを使い暴血狂斧に炎属性を付与。
初使用の血魔術『操血』により、MPを使って作った操作可能な血の塊を暴血狂斧に付与。
赤い紅い渦巻くタール状の血が、赤い朱い燃え盛り絡み付く炎が、元より血濡れた漆黒の刀身を染め上げる。
「──、──────────!」
同時、収束する大気が臨界点を超え、現れた何度目かの轟音の主は……大地による氾濫。
それは戦争用の超大規模魔法、付近一帯の地面を使って起こす天変地異。
全てを飲み込む無慈悲の圧殺、高さ20mを越える大地による大津波こそが、黒天の使徒が私個人に対して放った魔法だ。
「"血液転換"」
血魔術『血液転換』により、消費したMPをHPで補填し100%に。
自傷による痛みが全身を襲い、それとは対照的に二つの属性が付与された暴血狂斧は嬉しそうに吠えて。
ドス黒く煌めく煉獄を纏った悪魔の斧。それを真正面から津波を迎え打つように、構えた。
「"エレメンタルバースト"」
砲撃、閃光。風圧でバランスは崩され、聴覚が吹き飛ばされる。
腕が外れかけ、世界が揺れる。
それは円状の焼却。
赤黒い爆撃が陽光のように輝き、迫る大質量に風穴を開けた。
超至近距離の爆風、消し飛ばされる景色。
世界が終わるような音を正面に鳴らし、火力が道を作り出す!
「反動キッツッ!」
一点突破、こじ開けた活路。
付与した属性数と攻撃力と消費MP量で威力が上がるアーツは、私の手の感覚を代償に見事に津波に穴を開けた!
「チッ、上手くリセットされたなぁオイ!」
感覚も落ち着き、確認出来た状況は惨々だ。
津波の余波はリソースを割いて作ったアスレチックゾーンを併呑し、MPもほぼ底をついた今、さっきみたいなピンボールは暫く出来ないだろう。
面倒、率直な感想はそれに尽きた。
「ああでも休息入るの? ならまだ許せ……」
言いかけた直後、反射的に体を逸らして投槍を回避。
未だ大剣に凭れ掛かり静止している使徒に代わり、魔法を放ってきたのは『ガーゴイル:Lv70』という名のモンスター。
総数、12。
「クソボスッ!!!」
唾棄。
半ギレで魔法の弾幕を避けながら出処を確認、津波の跡地からぽこじゃか生まれてますねぇクソが!
「でも生憎さァ、対多は私大得意なんだよねぇ……!"ブラッドキャスト"『緊急召喚』!」
回避しながら使徒と距離を詰め、さっきの岩柱群のように四方八方から寄ってくるガーゴイルを誘導。
先の、先の、先を読み、立ち位置を調整して。
なけなしのHPを払って取り出したのは、素材的にもう一本は作れない虎の子の長大剣。
暴血狂斧と黒鉄のハンマーを投げ捨てSTR100の両手で掴むそれは、これまで握ってきた物の中でも……別格に重い。
「凌いだ価値あったな、最高のチャンスだよオイ」
2mの細長く硬い柄の先から生えるのは、分厚く凶悪な屍骸の塊。
その刀身は異様に長い、精錬などされていない冒涜の巨刃。
太いどこの部位か分からない骨と、分厚い筋肉と、砕けた鋭利な爪と牙が、無理矢理に、乱雑に、継ぎ接ぎ混ざり合い刀身のシルエットを成しているだけだ。
それは単一のモンスターで作られた武器では無い。サイズの異なる爪と爪、骨と骨は、ただ強いモンスターを色々と掛け合わせた、言わばキメラと呼ぶべきモンスターとなっていた。
刀身、凡そ4m。
歪で冒涜的な大剣とも、或いは長柄の長巻とも言えるその武器は……
森の二体のエリアボス、ハリケーンとチャリオットのあらゆる素材を『死霊魔術』と『合成』を使い生み出したアンデッド。
「懲 罰 大 剣」
かつて私が使っていた武器の名前、使い慣れた武器の形。好きにアンデッドが作れるならと、対多数戦用に用意しておいた相棒。
その模倣品たる異形の長柄は……ああ、実に手に馴染む!
「失せろ」
全身の筋肉を使い、物理法則を十全に活かし、その馬鹿げた重量を振るう。
いつものように取り回しは斬撃の鋭さと、地面を切り裂くことでゴリ押して。
さあ横薙ぎに一閃。
ミチミチと悲鳴を上げる筋繊維は、然し空気以外の抵抗を感じない。
爆ぜる爆音。
集めていたガーゴイルの大半を一刀で両断し、返す刀で残りも屠る。
魔法も、防御も、迎撃さえも。
全ては圧倒的火力の前では無意味だ!
「──ねぇ使徒君、ダメージの計算式って知ってる?」
攻撃範囲と重量によって瞬く間に消し飛ばしたガーゴイルの群れ。
スキル『妖刀』発動判定、追加ステータスが上限のため失敗。
スキル『継戦能力』発動判定、HPMPSPが2%回復×12回。
スキル『無慈悲』発動判定──
「武器攻撃力と対応したステータスに加えて、ダメージは被弾面積でも伸びるんだぜ?」
振り抜いた大剣を腰だめに構え、縮地で踏み込む。
漸く立ち上がった使徒に対して振るう攻撃は、斜め右下からの切り上げ。
それは使徒の左足先から、頭上へと抜けていくライン。
7mの体高、その爪先から天辺までの刹那の旅路。
圧倒的長さの攻撃判定が、最長の面積を抉りとる…………
その、ただの初撃。
「粛清」
──敵を倒した数秒間、攻撃力上昇×12回。
斬閃が使徒の体を切り刻んだ。
懲罰大剣
サイコちゃんが一周目で使ってた武器の一つ、武器攻撃力が低い代わりにリーチが馬鹿長いのが特徴。
入手はかなり面倒な代わりに固有スキル『粛清』が強く、攻撃力固定上昇スキルと合わせることで大型ボスに凄まじいDPSを出せるのでそれなりに愛用者がいた。
サイコちゃんの場合大剣って名前付いてるけど"取り敢えず柄が長い武器"なら何でも扱えるため、"そもそも武器がデカいため必然的に柄が長い"この武器は例外的に愛用してた。
作中でテンション高めに懲罰大剣って呼んでるやつは形だけの模造品でスキルは無いけど、特性はそのまんまに少しだけ原本より攻撃力が高かったり。




