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──二周目のゲームにおいて一番楽しいことはなんだろうか?
苦戦した敵を蹂躙すること? 取らなかった選択肢を敢えて取ってみること?
「否、断じて否ァ!」
覚えているだろうか、初めて広大なフィールドに立った時の感動を。
覚えているだろうか、事前情報無しで出会ったボスと戦闘が始まる瞬間を。
覚えているだろうか、レアアイテムだと思って心底喜んだ物が実は大したことなかなった時のガッカリ感を。
覚えているだろうか、シナリオライターが心血を賭して描いた予測の付かないストーリーを。
それを味わっていく、生のライブ感を!
知識を得て、経験を得て踏み出した二周目の世界というのは、少なくとも私にとって、一周目の世界での初見の冒険に勝ることは無かった。
強制的に始まったこの世界で自分なりの楽しいを味わっているのは、あくまで自発的に縛り等で見出しているに過ぎなかった。
既知の味付け品より、全くの未知を好む私にとって。
一周目で出会えなかった初見ボスとの戦闘こそが、二周目のゲームで一番楽しいことだ!
「やっぱ初見の強ボス戦が一番ゲームやってて楽しいよなァ!?」
風魔法『ヘイスト』がAGIを10増加させ、武器スキルの『暴走』と『狂乱』が攻撃力を跳ね上げて、代償に攻撃時の自傷量増加と、体力上限と防御力を半減させて。
スキル『妖刀』により跳ね上がったステータスに乗せて、全力の一撃が使徒の足を捉える。
直撃、衝撃……破砕!
「なるほどぉッ!?」
手応えは……軽装甲!?
振り抜けた巨斧と巨槌の二刀が慣性に従い空に弧を描き、半周するより早く結果を認識した脳が足へと回避を入力させる。
蹴り飛ばした地面、横に吹き飛ぶ体、空気を背負い翼のようにはためくコートの端を大剣の刃が掠める。
減速していく視界、加速していく思考。
ザリザリザリッと音を立て地を擦り、着地と同時に右斜め上へ跳び使徒の突撃を擦れ違うように回避。
腕を伸ばし置いていた暴血狂斧が胴を叩き、その石質の肌を容易く破壊する。
過ぎ去る景色はノっていて尚早く、速く。
でもなんとか制御は出来て、認識出来て、
本能はまだまだ加速を求めてやまない熱狂に犯されている!
「あはっ! いいねぇ相性悪くねぇじゃん!」
びりびりする攻撃の手応えに反し、使徒の対応はノーガードだった。
その体は私の火力で容易く破壊出来るものでありながら、然して視界に捉えた彼は何事も無かったように五体満足だった。
──このゲームの物理法則は現実に忠実だ。
草木を焼けば燃えるし、頭蓋骨を潰されれば生物は死ぬ。
現実で生命活動が停止することをされれば、生物は即死する。
故に強敵は大抵即死の危険がある状態では防御や回避を優先するし、圧倒的火力をぶち込めば開幕だろうと四肢切断すら可能である。
ともすればバランス崩壊が起こりかねない仕様のそれに対し、凶悪化していく高難度ボス達は幾つもの対策を持って迎え撃ってきた。
それはダメージをそもそも通さない程硬かったり、死亡後に復活する計7ゲージのボスだったり……或いは、損傷をその場で再生させる魔法生物だったりと。
「長期戦必須だなァ!」
大剣二刀流による乱舞を躱して、躱して。
常に動きながら擦れ違いざまに攻撃を叩き込み、この体の過去最高速度で頭は回る。
ダメージは通る、装甲も貫ける、肉体も破壊可能。
一見有利な状況に見えて、"傷がその場で再生する"という前提を付け加えてしまえば、それは地獄の長距離走に早変わり。
得た情報と照らし合わせる記憶の数々。
私に言わせれば"低V再生H型"というカテゴリーに属する黒天の使徒は、デイブレ終盤ボスによく見る物理法則への回答例の一つ。
(吸収軸で適正だけど現38レベで80レベのソロボス戦だ、集中力切れる前にノーアーツで押し切るのは現実的じゃない。火力の加速手段……チッ魔法触媒買っときゃ良かった!)
防御力が低く火力が通る代わりに、圧倒的HPと再生能力によって、常に100%の能力でノーガードで暴れ続ける不可避の持久走タイプ。
幸いにも超火力ドレインビルドの『彁』は黒天の使徒と相性がいい。レベル差は深刻だけど……そんなんPSで捲りゃいいんだよ!
「"ブラッドジャベリン"」
大剣による叩き付けが地面を揺らし、隙潰しの大翼の薙ぎ払いが頭上を通過し、地面すれすれに伏せた状態から全MPを魔法に変換し叩き付ける。
血魔法"ブラッドジャベリン"、それは魔力で作った血液の投槍。
連射されたそれは機関銃が岩肌を砕くように『ドガガガガガガガガッ!!!』という音を散らし、されど火力の直撃への返答は意に介さぬとばかりの翼による切り返し。
バックステップで範囲から逃れれば神速の突きが仕留めに現れ、それをハンマーで軌道を逸らし無理矢理暴血狂斧を一撃捩じ込む。
攻撃による激痛とダメージ吸収による快楽が発生し、空になったMPが『ソウルハント』によってそれなりに回復する。
与ダメに応じたMP吸収効果は5%と思えない程働いて、即座に回収分を魔法に変換し、回避と同時に出力して叩き付ける!
「……VIT自体は40そこらか、じゃあこれマジでHPやべぇじゃん」
常に続ける分析は既に廃人の領域へと突入し、MPの回復量と倍率、ステータス、攻撃力、モーション、手応え等から、脳はリアルタイムでのダメージ計算を開始していた。
二年間デイブレをやってきた私の精度は信じるに値するもので、そうして割り出した使徒のVITは……幾らHP型と言えど低過ぎた。
(80台ボスの平均耐久持ってるとして不足VIT分をHPに変換代入…………成程そういうギミックか!)
「あはっ! テメェどんな耐久してんだよ! さてはお前、割合ダメージで削るタイプのボスだろぉ!?」
連撃を避け、捌き、近付き過ぎて余波で削れたHPを吸収で無視して、考察の果てに見つけたのは絶望的なこのボスのコンセプト。
都合の悪い事実を直ぐに忘れ去った私の頭に残った唯一の理解は、最悪コイツとの戦いは夜明けまでもつれ込むかもしれないことだ。
脳は……疲れは兎も角決着まで栄養足りるかコレ?
ステータス的に言えば現状コイツの対処は出来ているが、問題なのは火力不足だ。
日が沈み始めた今から夜明けまで。
集中力が落ちてくる自分に反し、次第に発狂し強くなっていくだろうボス相手に持久戦。
"DPSの加速がいる"
そう判断した直後に、使徒は無慈悲にも新たな技で殺しに来る。
「──────、────────」
祈るような、唸るような。
電波が繋がらず流れる砂嵐のような不気味な呪文は、目に見える程の魔力の揺らぎを生み……融合する。
「ウォーミングアップ終了って感じ?」
発破、炸裂。
ガーゴイルより遥かに大きな岩槍の群れが、一呼吸置いて一斉に散弾のように放たれる。
──振り切るのは不可能。
密度の薄い方へ縮地で跳び、避けれない物だけを両手で迎撃した。
一発目、ハンマーで破壊。
二発目、咄嗟に暴君で破壊。
三発目、切り返したハンマーで破壊。
四発目、大剣を身を捻ってギリギリ回避。
五発目──
「クッ、ソッ!」
急速突進を"ブラストジャンプ"で無理矢理躱し、振り向けば使徒は力を溜めるようなモーションを取っていた。
一閃。
何をするか察して反射的に仰け反った直後、鼻先を掠めるのは凄まじい風切り音を鳴らすソニックブーム。
「あっは!」
ズバン! という音と共に揺れる世界。遅れた風圧が砂埃を吹き飛ばし、両断された瓦礫がそれで後方へと飛んでいた。
震える背筋、揺らされる脳みそ。
魔法で目眩しからの高速の肉弾戦、対人でよくある強力なムーブを、私一人を殺すためにボスが使ってきた。
油断はしていなかった。死にかけたのは単純にこいつが強かったからだ。
怒涛の殺意に思わず笑い声が漏れて、呼応するように使徒がまた魔法を放つ。
「そりゃ魔法くらい使うよなぁ、ガーゴイルのボスなんだし!」
今度は使徒周辺を浮遊する岩剣の束、それを連れて突撃してくる姿に喜色での罵りを一つ。
『岩剣陣』その魔法の対処法は知っている。
引き付けてから飛んでくる直前に緊急回避で追尾を振り切り、回避先に置かれている大剣の攻撃をハンマーで叩く。
背後で鳴る爆音、続けざまに暴君を振るい腹部にクリーンヒット。削れた体力をギリギリで回収しきって、蹴りと翼撃を退くことでなんとか避ける。
「"ブラッd……いや切ったら死ぬか! いやぁ強え!」
溜まってきたMPの使用を中断、元気に働く思考回路が真面目に戦況を考察する。
人格が分裂でもしたように、頭の中で色んな私が選択肢を挙げ続ける。
"火力あんま出てないから魔法は散弾の処理に使うべき"
"高Lv大地魔法使われたから他のクソ魔法使われる想定も必要"
"魔法火力にMP割くより物理火力を出すためにMP使え"
"図体も攻撃範囲もデカいから合わせればそこまで詰める必要は無い"
"即死の可能性あるから狂乱は切った方がいいでしょ"
"え、でも火力欲しくない?"
「不屈入ってから切ればいいでしょ」
"確かに。流石私賢いな"
それは私のいつもの光景。
初見の強敵と出逢った時の、興奮の中で攻略法を模索する姿。
懐かしい全盛期の感覚が身体に流れ始め、どんどんと私のパフォーマンスを上げていく。
激戦の毎日から微温湯で遊んで鈍った勘が研ぎ澄まされていく。
そしてそれは……
「……楽しいなぁ」
今の私が覚えていない記憶からすらも、感覚を抽出していった。
サイコちゃんのビルドってカードゲーム意識してるとこあるんですよ
色んな手札をシナジーさせて予想外の即死コンボ作ってるみたいな、使徒戦は一章のカードプールの集大成みたいなとこあります




