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おまたせ
NPCは死亡しても基本生き返ることは無い。が、例外としてテイマーやサモナーが使役するNPCは、一定条件を満たせば復活する。
それは時間であったり資材であったり、各々に課されるペナルティは、九天奉姫の巫女にも設定されていた。
コヒメが持つそれは『身代わり』という専用スキルであり、効果は『死亡の直前、身代わり札があれば身代わり札の中へ緊急退避する』というもの。
即死への耐性たる凶悪極まりないそのスキルは、エンドコンテンツにかけられた数少ない慈悲であり、然してバランスを維持するに足る制限は存在する。
まずスキル『身代わり』発動後、『身代わり札』というアイテムは契約者──この場合彁になるが──のアイテムボックスの中に強制的に移動する。
アイテムであり、アイテムボックスに入るということは、プレイヤー死亡時のランダムデスドロップにこれが選ばれるということであり、当然、身代わり札が選ばれた暁には二度とコヒメに合うことは出来なくなる。
次に『身代わり札』の所持数に関して、これは"24時間に一枚自動生成される、最大所持数一枚のアイテム"である。
重要なのは再補充の計測開始が身代わり札が使われてからになる点で、死亡でクエスト一発終了では無いと言え、相応の死の重さをプレイヤーは背負うことになる。
EXクエスト[九天奉姫]とは、要約してしまえば"悪辣な妨害に対処しながら困難な課題を一度も全滅せずに達成する"コンテンツだ。
不親切極まりない内容の説明不足は、契約した巫女が初めて死亡した時に、脳内へ強制的に叩き込まれる漸くなチュートリアルで解消される。
彼女にとって一周目の世界でついぞ誰も終着に辿り着けなかった、失敗させる要因と本質を。
彁はこの瞬間、頭で理解して、理解させられた。
──破砕された眼前。
傲慢に思考すらしていなかったコヒメが死んだらどうなるかの回答を、ご親切に脳内へ垂れ流された。
"コヒメが死亡しても、自分が死なずに街に戻って一日過ごせばまた安全に冒険に出られる"
即座にそんな案が頭に浮かぶ。
加速する思考。
然してそれは思索に用いられず、彁が実行していたのはスロー化する視界情報とその処理だった。
膂力計測、体長概算、戦力比較、姿形からの行動予測。
立ち上る鈍く遅い煙、止まったように空を浮遊する大地の破片。
目元に張っていく力が、広がっていく視覚限界が、瞳孔が見開いていくことを感覚に伝え。
条件反射的に身構えていた体は、処刑の衝撃を処理するための生存戦略だった。
『黒天の使徒:Lv80』
ボス、それも成長し切ったコヒメがいる前提であろう怪物。
脳内に声が伝わる。
それは悲痛に吠えるような、慣れ親しんだ涙声だった。逃げろだの、助けてだの。
恐れ切った死者の声、コヒメの声で。
"勝てる訳が無い"
"明らかに今戦うべきでは無い"
"人の命が、EXクエストの命がかかっている"
様々な要因が鎖となって彁の体に巻き付いていく。
"彼女"の前に、現れる。
知識をシステムに貰い、状況を理解して。
理性的で、当たり前な理由による正論を前に──
「あは」
当然ながら、周知の事実として、
「あははははははははははははははっ!!!!!」
我らが二周目のサイコパスは、ノータイムで迎撃を選択した!
「緊急召喚ヘイスト暴走狂乱!」
バフを早口で塗り重ね、虚空から仕舞っていた黒鉄のハンマーを取り出し、迷いの無い縮地で『使徒』に突撃していく彁。
──別に彼女はコヒメが死んだことについて、大して気にしていなかった。
高々一日二日の付き合い、しかもNPC如きの少女が死んだとして、何か感情を動かされるような関わりも思い入れも無く、彼女にとってそれは精々"お気に入りの玩具が壊れちゃった"くらいの感覚だ。
"勝てる訳が無い"、"明らかに今戦うべきでは無い"、"人の命が、EXクエストの命がかかっている"……そんな歯止めは嘗て死神であった彼女に対して無意味であり、だから? と臆面も無く言えるような出来事でしかない。
彼女は常に自身の感情の思うままに振る舞う。
不快を嫌う彼女を動かしたのは、誰かの死亡に対し無意識に身構えたかっこ悪い条件反射。
快楽を好む彼女を動かしたのは、余りにも不利な条件下での格上に対しての挑戦権。
"戦闘力至上主義の粛清班総代たる自分が、高々エンドコンテンツの格上ボス如きにソロで勝てなくてどうする"のだと。
二年間最前線で戦い抜いた廃人の意地と、発達している死線への嗅覚が、激戦を予知し脳内物質を過剰分泌させていく。
眠れる竜が目覚める。
楽しさ。
『黒天の使徒』を前に、今の彼女はそれしか見出していなかった。
──加速する思考、点火された戦闘欲、認識が広がり全能感を得る肉体に、釣り上がる目尻と口角。
「暴れようぜ、おい」
鋭く切り込んだ彼女の一撃が、激戦の火蓋となる!
実際皆さんコヒメに対してまだそこまで思い入れ無いでしょ?