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普通に難産だった
──EXクエスト『九天奉姫』は、各分野で最も飛び抜けたプレイヤー九人に与えられる挑戦権であり、そしてストッパーでもある。
クエスト名である"九天奉姫"とはある九人の少女の称号であり、クエストは巫女たる彼女らを連れ、彼女らに関わりのある目標をこなすことで進行する。
肝心の目標はエンドコンテンツに相応しい難易度の物が多数であるが、序盤から参加出来る仕様上幾つかは比較的簡単な内容に調整されていて、それはRPGのストーリーを進めるが如く、正確な順番で辿れば階段状の難易度として完走出来る。
然しそれは開発の設定通りに小目標を辿れたらの話であり、何一つとして情報の無い中正規ルートで攻略など出来ようはずも無く、そして開発もさせる気はさらさら無い。
九天奉姫というエンドコンテンツは全プレイヤーが参加出来るものでは無く、その厳しく狭い受注条件の達成者のためだけに調整された、怪物が挑戦してくる前提の難易度である。
それは事前情報無しで置かれた状況から正規の進め方を推察するか、或いはぐちゃぐちゃの進め方で地獄のような難易度をPSで正面から捩じ伏せるか。
少なくともそんなことが出来るプレイヤー前提でこのクエストは存在している。
「69の6体パーティとうとう出たな」
「……出現頻度が下がってない?」
「品切れってあんのこれ?」
「詳しくは知らない」
「なんで君追われてんの?」
「言いたくない」
「ディスコミュニケーションン……」
瓦礫を蹴飛ばし楽しげに斧と槌を構える少女と、嫌そうに杖を構え黒骸の獣にしがみつく少女。
それはプレイヤーとNPCによる異端なパーティであり、そしてシステム上ソロとして扱われる編成だ。
圧倒的DPSを叩き出す彁と、彁以上の瞬間火力を持つコヒメの二人は、例え格上相手だろうが易々と壊滅させる。
38レベルで有り得ない戦闘力を誇る二人だが、彁は妖刀のバフありきであるのに対し、コヒメは素のスペックを発揮しているに過ぎない。
「『連唱・黒炎槍』」
巫女は、プレイヤーへの依頼書であると同時に報酬でもある。
各受注条件を満たしたプレイヤーの前に現れる彼女達はそれぞれ達成内容に応じた目標と障害を持っており、例えば『最も早くレベル30に到達』することで出現するコヒメなら[九天奉姫:黒]に派生し、目標も障害もレベルを最も早く上げた者向けに設定され──
それは攻略と戦闘力に焦点を置いたエンドコンテンツとして、プレイヤーを待ち受ける。
「簡単に片付いたねー…………どうしたの?」
「……追っ手の気配が、消えた?」
九天奉姫というクエストはMMOでは余りに不平等な、特定個人のみ参加出来る先着順のイベントであり、選定された"怪物のための隔離場"でもある。
そもそもの話、最も進んでいるプレイヤーに態々アドを稼がせるだけのイベントを仕込む筈がなく、このクエストは莫大なデメリットを内包する。
彁の経た一周目において完走者零を誇るエンドコンテンツは、開発が無理矢理捩じ込んだ、全ての不都合を捩じ伏せられる怪物の捜索手段でもあり、
運か実力か、トッププレイヤーとして突出した彼ら彼女らに対し、運営が与えたのは褒美によく似せた足枷だ。
「……おい、何だこの音」
彁が派生させた[九天奉姫:黒]の場合、それはレベリングに対する妨害として現れる。
まず[九天奉姫:黒]受注時点で野外フィールド時のチャンネルがXに固定され、セーフティエリア以外で他のプレイヤーと遭遇不可能になり、加えて、巫女であるコヒメは設定的にある宗教施設からの脱走者のため、施設からの追っ手としてフィールドにレベル60以上のガーゴイルがポップするようになる。
本来トラウマによって戦闘不可能なコヒメを抱えたプレイヤーがフィールドで強いられるのは"誰も頼れず、足でまといを抱えながら、圧倒的格上がそこらじゅうにいる中での探索"だ。
救いがあるとすればダンジョン内ではガーゴイルが湧かないことだが、当然そんな状況でまともなレベリング等出来る筈が無い。
プレイヤーの出来ることはスニークミッションよろしくエリアを移動し、ダンジョンを巡って牛歩のレベリングを重ねることくらいなのだ。
或いは思いもよらないレベリング手段を見つけるようなプレイヤーこそを望んでいるのかもしれない運営の想定する正規ルートは、長い時間をかけて絆を育み、コヒメのトラウマを克服させてから戦闘目標をこなして行くことだ。
解決に必要なのはただひたすらの時間であり、信頼であり、牛歩の攻略しか出来ないが故に得ることの出来るものでもある。
嗚呼、それは余りに遠く長い道程だ。もしかしたら彼女が克服する頃には60レベルを超え第二転職を終えているかもしれないし、ガーゴイルすら簡単に屠れる地力が着いている頃だろう。
それこそが状況に対する適正で、黒のスタートラインに立つ条件。
それは石膏を引き摺る音。
ゴリゴリと地を掻いて空を裂く。
重く凄惨な破壊音を奏でながら、それは絶望として舞い降りた。
超重量。
トラクターより遥かに重く、厚く、威圧的。
それは空から地上へと。
キィィィィィン────ズガァァァァァァァァァァァァン!!!!!
莫大なエネルギーが大地を砕いた。
飛行機でも墜落したような轟音と衝撃、地形が壊れて破片がぶっ飛んだ。
爆風が景色を消滅させ、その一員たる私すら吹き飛ばす。
「……ッ!」
空中、エアハンマーで自分を下へ叩き、接地と同時に全力のバックステップ。
生存本能のまま動いた体は、すんでのところで攻撃を回避した。
豪風、それは余波。
一振りの風圧が扇状を薙ぎ払い、私の背後へと抜けていく。
それだけで人を殺せそうな、超リーチによる斬撃だった。
「……随っ分とやべぇなこれ」
中央に捉えたのは、7m程の巨人。
それは漆黒の悪魔の像だ。
巨大な翼を持ち、オーパーツのような古代の大剣を二本携えていた。
ガーゴイルによく似ているが、その大きさと戦闘力は天と地の差があるのだろう。
漲る殺意、体格、立ち振る舞い、比較可能な全てが遥か先のボスとして遜色ない。
それはまるで悪夢のように舞い降りる絶望。
敵として、私の前に聳え立つ。
──ガーゴイルのスタートレベルが60なのは、準備の出来てきた中盤に攻略させるためだ。
コヒメが育ちトラウマを超え、ガーゴイルと戦闘出来るようになる頃に、丁度良く超える壁として戦える強さに設定されている彼らは、言わば卒業試験であり感動的な反逆の踏み台だ。
討伐する毎に平均レベルと同時出現数が上がっていくのは、運営からの「もう挑めるくらいに強くなったんだな?」という最終確認であり、もしも容易に屠れたのならば、もう本格的な試練を課しても問題無いレベルまで進んだんだという合図と同義。
戦力が充実している筈の二人に、それは試金石として差し向けられる。
プレイヤーより強く設定されているコヒメが全力を出せる前提で、プレイヤーが第二転職をしている前提で。
エンドコンテンツの小目標の一つたるクエストボスが、妨害を乗り越えた二人に対して十分な強さを持って舞い降りる。
夕暮れが軋む。
異様な雰囲気が辺りに満ちて、肌がピリつき瞳が震えた。
風の方向が荒れた。
異様、異容。
直感する、死線が来ると。
口内が濡れ、姿勢が沈み、武器を握る手に力が篭もる。
視界が広がり焦点が乱立する。
認識が広がっていく感覚、錯覚。
地獄が眼前に起きていた。
『黒天の使徒:Lv80』
──彁が間違ったのは、妖刀のバフがあるからと明らかに今戦うべきではないガーゴイルでレベリングを行ったことだ。
恐怖で使えなくなるコヒメを抱えて尚モンスターを蹂躙出来た彼女は、心情も信頼も完全に無視して感覚麻痺という荒療治でここまで来た。否、来てしまった。
それはEXクエストに対して余りにも舐めた攻略で、実力だけはあるサイコパスの行動は運営も想定していない最悪の盤面を形作る。
『NPCコヒメが死亡しました』
「…………えっ?」
眼前。
それは吹き荒ぶ破片に紛れていた青いポリゴン。
システムアナウンスで気付いた時には、彼女はボスに引き裂かれ塵になって消えていた。