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勝負は一瞬だ。
心臓を貫いた刀を手放し、ナイフで抜きざまに喉を刺し、即座に抜いて今度は頭を貫く。
声を封じ、次いで思考を封じた。
即死対策対策と、言質を取り消させないための必殺三連撃。
彼の時間を許諾した瞬間で止めるための、真正面からの暗殺だ。
手に伝わる殺害の感触から"もういいかな"と感じた辺りで刀とナイフを抜けば、笑みで固まっている虚ろな瞳の男が後ろへと力無く倒れた。
南無南無。
『称号『咎人』を獲得しました』
『スキル『血魔法』が習得可能になります』
『称号『最初の咎人』を獲得しました』
『スキル『血魔術』が習得可能になります』
『称号『罪人』を獲得しました』
「えっマジ? それは誤算」
クエストの報告義務という縛りによって、ポリゴンにならずその場に残ったままの人の死体。
"それ"を大事にアイテムボックスに仕舞いつつ、私は今得た称号に少なからず驚愕する。
『最初の咎人』……称号の枕詞に"最初の"と付くものは、このゲームで初めてその元となる称号を手に入れたプレイヤーだけに与えられる代物だ。
サービス開始から二日目となれば誰かしらNPCを殺してるものだと思っていたが、まさか私が『最初の咎人』になるとは思わなんだ。
果てさて、称号によって二つのスキルが習得解禁されたわけけど……これどうしよっかなー。
殺す前から見えてた血魔法はスルーするつもりだったけど、血魔術が取れるってんなら話は別だ。
こいつ単品だとただの雑魚だけど、血魔術有りならこのゲーム屈指の厨魔法へと進化するからなぁ。
ぶっちゃけ取ってもいいんだけど、ただでさえ荷物抱えてる状況でスキル増やせば成長速度がマジで終わりそうだ。
(うーん……っと?)
腕を引かれた。
思考を中断する程確かに、然し恐る恐るとコートの袖を掴んでいたのはコヒメちゃんだった。
「なんで……何を、してるんですか」
「殺人だけど」
「……どうして、どうしてそんなことをっ!」
「聖騎士の死体が欲しかったから……ああ今殺した意味? 無理矢理するより合意取った方が強いゾンビ作れるからだね、だから今まで待った」
「そんな……そんな、理由で!?」
私を咎めるように叫ぶ彼女は、表面上怒りと驚きを顕に私に掴みかかってくる。
歪んだ顔で未だに感情を処理している様子だけど、私からしたらそれは余りにも滑稽な姿だった。
私は自分のために彼を殺した。
クエストを受けたのはクエストという縛りの中で聖騎士の死体を作るためだった。
予定通りの進行、然し予想外の拾い物として私はコヒメちゃんを拾った。
当然連れがいる状況で人殺しをしたら面倒なことになるのは理解出来るし、実際事後に彼女は私を非難するように掴みかかってきているのだが、それでも私は殺人を敢行した。
それはその程度のことで効率を捨てる人間じゃない他に、短い間コヒメちゃんと一緒にいて彼女を学習し、問題無いと判断したからでもある。
「あなたには情というものが無いんですかっ!?」
「いやあるよ?」
「ならどうしてそんなに平然と人を殺せてしまうんですか!? 今まで一緒に戦ってっ、脱出してっ、それであんな会話までしてたのに!」
「えー? 情があることと必要だから殺すことに関係無くない?」
「ッ……理解出来ません!」
「そお? 自分のためっつー凄い分かりやすい理屈で動いてんだけど」
快晴の下、丁度いい形をした岩に腰掛ける。
吹き抜ける風は暖かく、照らす日射しが足元に影を作る。
久しぶりの青空はやはり気持ちのいいもので、私の気分も清々しいものにしてくれる。
そうして風に吹かれながら、私は訥々と語り始めた。
「私は私のためだけに生きていて、世界は全て私のために回ってるって思い込んでる。その過程で誰かが不幸や不愉快になろうが、私が幸せならそれでいいんだ」
空を眺める。
そこには青い空がある。
何にも蓋をされていない通常色のそれは、嗚呼、本当に懐かしい。
「私は中々に特殊な人生を送ってきてね、君より遥かに世界が残酷なことを知ってるんだ。日常的に人は死ぬし、死ぬにしてもまずまともに死ねない世界で暮らしてきた。……まぁ所謂極限状態ってやつかな、住民は全員人としての本性本能全開だったんだ」
その中でも私は特にキツいことをしていた。
誰もやりたがらない死に損ないの介錯をして、文句しか吐かないうるせぇゴミ共を始末して、元凶の眷属が見つかり次第討伐戦に参加した。
そこには一分たりとも幸せなんてなくて、その過酷の中で生き抜くために、私達は感性を狂わせて各々の娯楽を作っていった。
「明日には死んでるかもしれないのに我慢する方が馬鹿らしいし、何より勿体無いじゃんか。だからさ、なるべく悔いなく、そして楽しく死ぬために、私は自分のやりたいことは躊躇しないようにしてるんだ。倫理とか常識とかは二の次にして、そんな人間なの私」
「そんなの自分勝手過ぎるでしょ!!」
「まぁ自己中心的ではあるよね、君も人のこと言えないけど」
「……は?」
全員がそうであったように私は自分のことだけを考えている。
人間誰しも自分が一番な生物だし、ある意味私は自分を最も人間らしい人間だとさえ思っていた。
その点で言えばコヒメちゃんもとても人間らしくて、だからこそ個人的に気に入っている。
「意に介さないだけで人はちゃんと見てるんだよ私。……実はコヒメちゃんってさ、自分のことしか考えてないんだぜ?」
「……何を、言って」
「最初に会った時迷わず私を盾にしたり、出会ったばっかの私に故郷まで送ってくれって躊躇無く頼んだり、危険を前に怖いっつって蹲ったり、自分の感情判断メインで行動して、人のこと気にしてるように見えて無意識的に打算で動いてる」
別に得意ってわけじゃないけど、観察はしてない訳じゃない。
そして情報からの推察はそれなりに得意で、何より彼女の思考回路には記憶がある。
原液が表出しなくとも薄まったそれでさえ、地獄で見慣れている人格が彼女の解像度を上げていく。
それは見慣れた人種だった。
「聞いてもないのに会話の節々から自分は悲劇のヒロインですって滲ませてくるし、状況を嘆くだけで楽しもうという気概も無くて、ただ同情を買ってるようにしか見えない」
「ちが……」
「多分君は私が仲間? を殺したことじゃなく人を殺せる人種なのにショックを受けてて、あの男が死んだことに対してそれ程悲しんではいないんだ。現に君の殺人現場への反応は"何故殺したか"であって、感情的になったのに悲しんでもなければ実利的な疑問──"どうして私に殺されたのか"が第一に出てる」
別に有り得る反応ではあるけど、普通の十二、三歳程の少女がする反応じゃ無いんだよそれ。
ある意味子供らしく、感情的な反応としてそうなったんだろうけどさ。
凄惨な過去を経て形成された人格なのか、この子は全て自分のために動いていた。意識的か無意識的かその違いはあれど、それは私と同じように。
あの聖騎士に対して多少関心はあっただろうけど、それはダンジョンという死地を超えたにしては余りに希薄で。
私の役に立とうという姿勢は庇護者に気に入られようとする動きに見えて。
特殊な経験に引き摺られてただ穿った見方をしてるだけかもしれないけど、それが私から見た事実だ。
「まぁだから君に自分勝手って言われても響かないし、物事は実利で選択するから絶対に君は殺さないし安心していいよ。……はい、この話はこれでおしまいね」
彼女が怒ったのは私が人を殺したからで、その怒りの成分は少しの悲しみと、大きな恐怖から出力されたものだ。
何が怖いのか? それは理由の意味不明さだろう。
何故殺されたのか、それが分からなければ自分が何れ同じ目に合うんじゃないかと気が気でなくなるんだろう。
本能的な直感が働いて、私に対して投げた疑問。
それに答えて彼女が私を理解すれば、この話は終わる筈だった。
「……ひっぐ」
ふと視線を空から戻せば、コヒメちゃんは泣いていた。
顔が真っ赤で、年相応のむくれっ面で、心のままに出たように。
……ああそっかぁこの年の女の子に言いたい放題したら泣かれちゃうのかぁ。
それは私にとって一番対処に困るやつだなぁ……!
「えちょっとまって泣かないでよ!?」
これがマジで赤の他人なら泣いてやんのーつってからかいでもするんだけど、一応この子私に着いてくるクエストNPCな訳でして。
もうこれ好感度ストップ安不可避だよ、子供をあやす経験とかまるでねぇのにどうすりゃいいんですかこれ?
『…………』
『…………』
『…………』
『…………』
「おい待て時と場所を考えろTPOをご存知ない?」
おろおろしてる途中で見られてる気配を感じ、振り返ればガーゴイルが四匹見えた。
そうだね、地上だと湧くんでしたね君ら。
いやコヒメちゃん泣いてんだけど、お前らに構ってる暇無いんだけど。
「キレそう」
躊躇無く放たれた魔法の岩槍をコヒメちゃんを抱き抱えて回避し、腕の中で暴れる彼女を抑えながら、私は半ギレで迎撃を開始した。
エルデンで商人を殺したことがない人のみ彁に石を投げなさい