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「私の受けた依頼は『遭難した聖騎士一人を街まで救出する』こと。話聞く限り他に仲間いたみたいだけどどっから逃げたの?」
「ああ、あそこからだよ」
「壁じゃん」
「崩したからな」
クレイさんが指差した先は壁だった。
私達が入ってきた簡単なバリケードより遥かに分厚く、大きく、そして多い瓦礫の塊。
壁として認識していたそれは確かによく見れば崩落した跡だけど、一見そうとは認識出来ないほどにその先に道があるとは思えなかった。
「まぁ普通にダンジョン攻略してねってことかな、これ崩したら死にそう」
「落盤して生き埋めになるだろうなぁ」
「冷静に会話する内容じゃなくないですか?」
刀を仕舞い立て掛けていた斧と槌を手に取ったセイさんが出入口をこじ開ける。
吹き抜ける新鮮な風が肌を撫でて、直後に鳴る轟音が清涼感をぐちゃぐちゃにした。
「セイ殿の獲物は刀では無いのか?」
「大体の刀剣類と長柄がメイン、ここは打撃が通るからこれ」
「器用であるな、私は剣しか使えぬ故羨ましい」
「……あーそれは困るなぁ」
不思議なことを呟いたセイさんが先導し、私とクレイさんが後に続く。
部屋から通路に出て見える範囲に敵影は無い。自在に巨大な武器を操る彼女が丁度片付けたところなのだろう。
「戦闘は私がするから明かりは頼むね」
「助けて貰ってる身だ、注意くらいは私が……」
「多分ボスとかち合うからそれまで温存してて、一人で問題無いし」
「……そうか了解した、では任せよう」
「コヒメちゃんも。OK?」
「あ、はい」
戦闘はセイさんに任せた方が早いのは十分過ぎるくらいに知っていて、だからこそ私は補助に徹する方がいい。
短い間で学んだ付き合い方、いつものことのように私が彼女の周りに鬼火を浮かべれば、進軍が開始した。
疲れは結構取れたし、眠気も無いし、空腹も引いている。
環境に対する不快感は慣れ親しんだ記憶のお陰で薄く、コンディションは問題無し。
その発揮先が無いのはなんとも言えないけど。
「異邦人は強いと上官から聞いてきたが、まさかここまでとはな……」
「多分あの人はその中でも特殊な部類ですよ」
別れ道、奇襲、挟み撃ち、トラップ。
様々な要因が私達の探索を邪魔するけれど、それら全てをセイさんは強引に捩じ伏せた。
大斧と大槌の二刀流は圧倒的暴力でモンスターを秒殺する。
無傷という訳じゃなく罠や奇襲で何度も攻撃を貰っているけど、それは当たったというより避けなかったという感じで、被弾より殲滅を優先しているのが見て取れた。
それは正しくゴリ押しの光景で、お陰で探索速度はとても速くなってるんだけど……この人に痛みとかないんだろうか? 見てるだけで痛くなってくる。
なんでもあの斧は攻撃する度に再生するらしいんだけど、私だったらあんな戦い方は絶対に嫌だった。
「あーボス霧だー、漸く着いた」
入り組んだ通路を行き、何度か坂を登って体感地上に近付いてきたのかな? と感じる頃、視界の先に霧がかった扉跡を捉えた。
ぴんぴんしているセイさんは躊躇無くその中へ入っていき、私とクレイさんは目を見合せた後続いて飛び込んだ。
『ガーディアンゴーレム:Lv30』
「"ジェミニ"か」
霧の先はとても広い円形ドーム状の大部屋だった。
その部屋は今までの通路と違い劣化により崩れた跡は少なく、戦闘による破損が目立っていた。
重要そうなコロッセオの中央に鎮座しているのは特異な外見をした巨大なゴーレム。
体高5m程の二足歩行するトカゲのようなシルエットは黒い金属で出来ていて、青白い雷光がそこかしこに迸っている。
その手足は細くはないが体格に対して明らかに小さくて、前傾姿勢で背中が最高高度である彼の肩より先はそれより下に位置し私達を見つめている。
バランスの取れなさそうな重心であるがその姿勢は極めて安定している。なぜなら彼はそのシルエットながら床への接地面が五つあるからだ。
猫背の二足歩行動物のような彼を支えているのは一対の小さな足と、先端が巨大な斧刃になっている尻尾と──大肩上部から伸びる異質な巨腕脚。
横に伸びた細い二つ目の上腕は、肘関節辺りでその体格に並ぶ程の頑強な巨腕まで肥大している。
ガントレットのようなその腕の先は、太い四指に枝分かれ力強く地面を掴んでいる。
それは脚であり、腕であった。
四脚にして四腕、六つの手足を持つ鋼鉄の怪物が私の目の前に居るモノだった。
『ギリギリギリギギギギギギ──』
「──あの体格だし腕に重要な機関詰まってるだろうから、まずはそれを壊す」
「了解した」
「はいっ」
迷わず方針を打ち出したセイさんに意識を戻され、駆け出していく彼女を見て戦闘が始まったことを実感した。
初めての共同戦闘、ここで私だってやれるんだってセイさんに見てもらえれば少しでも頼ってもらえるかもしれない。
コンディションも良いし、頑張って活躍しよう!
『ガイイィイィイィイン!』
「『暴走』『狂乱』」
「『騎士の矜恃』!」
早速始まった前衛の激突。
腕脚による殴りをセイさんは二刀で殴り返し、クレイさんが光を発してゴーレムの注意を引いた。
瞬間、気の逸れたセイさんが強力な打撃火力を叩き込み、注意が向く前にクレイさんがまた敵視を奪い、反撃を盾で防御する。
「ッ重いな……!『セイクリッドヒーリング』!」
「死なない範囲でいいから私の壁頑張ってね」
「ああ! 任せろ!」
「──『炎禍の飛槍』!」
私は前衛も後衛も出来るけど、今前で戦ってるのはあのセイさんと聖騎士だ。邪魔にならないよう中距離に位置取って後衛として慣れ親しんだ魔法を放つ。
引き絞った炎の弓矢は吹き飛んだクレイさんへの追撃に命中し、振られていた腕脚を衝撃で吹き飛ばす。
直後にセイさんが連撃を叩き込み怯みを確かなものにして、その隙に復帰したクレイさんがまたターゲットを引き受ける。
『オオォオォオォオォォォン!!!』
「全員退避」
機械的な音と共に滲み出る威圧感、光を増す腕脚の青白いライン。
セイさんの声に反射的に応えれば、腕脚が長大な棒を掴んでいた。
それは瓦礫の集合体が棍棒として集結したもの。ゴーレムから出る磁気によって固まっているものだった。
『──キィン!』
その莫大な膂力によって振るわれる遺跡片の磁気塊。
床を勢い良く削ると同時にバリバリという音を鳴らして電撃が飛散、甚大な破壊を辺り一面に撒き散らす。
凄惨な爆音。
次いで、引き裂くような轟音!
セイさんが全力の叩き付けで、衝撃を正面から火力で引き裂いていた!
「ギリ潰せるか……あっ、みんなあのライン注意ね」
(なんなんだあの人……っ)
何事も無かったかのようにそのまま二刀の横殴りに派生したセイさんの言葉に、言葉を飲み込み「はい!」と返す私。
その無防備な横腹に迫る斧尾をクレイさんが事前に盾で弾き、自由に腕脚へと攻撃をし続けるセイさん。
硬質な音が絶え間なく響き、離れているのに風圧が私まで届く程それは激しい。
『キィィィィン──』
セイさんが二刀流で自由に殴り、クレイさんが可能な限り攻撃を防ぎ、私が隙やピンチに魔法を当てて怯ませる。
そんな戦況が暫く続いて、とうとうゴーレムの腕脚にヒビが入る頃、またもやゴーレムが嫌な音を出しながら光のラインが輝き始める。
部位は顔と首周辺。
その視界の先には私がいた。
「ッ!」
魔法のストックをキャンセルし射線から回避すれば、直前まで私のいた場所を磁気と遺跡の破片が土砂流のように吹き飛ばした。
実体化させた超音波のようなブレス。
直線上に起きた爆音の破壊は地面を荒々しく捲り揚げ、直撃しようものなら即死するのは想像にかたくない。
(ふぅー……怖いけど、事前に読める分離れてれば回避は間に合う)
消耗している様子のゴーレムにストックしていた炎のボルトを斉射。
至近距離にいたセイさんもクレイさんも無事で、あの磁気を使った大技は発光してから時間差で来るから、攻撃箇所さえ分かれば回避は難しくない。
攻撃範囲と威力は凄いけど、それ相応の準備と反動があるから気を付ければ多分どうにかなる。
なにより──
『オオォオォオォオォォォン!!!』
「ふんっ!」
──振りかぶる遺跡塊の柱、それを腕脚を二刀で殴ることで上へと逸らすような人が私の仲間にいた。
激しさを増す発光、頻度が上がり加速する地形の破壊。
その中でセイさんは大技を捌き、火力を叩き出し、楽しそうに生きて戦っている。
通常攻撃はクレイさんが防ぎ、そして状況は安定している。
やがて私達は何不自由無く、ゴーレムの腕の破壊に成功した。
『ギギッ、ギガガガアガアアァアァァァ!!!』
右腕脚のヒビが限界を越えて崩壊し、装甲に包まれていた中身が剥き出しになる。
そこには脈動する炉心のような部位が細長い腕の先にあり、私はそれを魔法で撃ち抜く。
たちまち悲鳴のような不快な音を立てて鳴くゴーレムは、力が暴走するように電気を無秩序に全身から放出する。
それは地形だけでなく、近距離にいたセイさんとクレイさんにも攻撃として襲いかかる。
「がっ!?」
「『纏刃[炎]』『エレメンタルバースト』」
盾受けしたクレイさんが吹き飛ばされて、反面セイさんは予期していたようなステップで回避し、彼女にお似合いな凶悪な斧を前に翳したかと思うと──
ドッガァァァァァァァンンン!!!!!
「うわぁっ!?」
爆発。
文字通り凄まじい火力が爆炎となって視界を赤で染め上げた。
人体を吹き飛ばす程の爆風はゴーレムの大技以上の破壊力で世界を砕き、粉々になった遺跡片が荒れ狂う。
(セイさんは……!?)
衝撃の反動で腕が跳ね上がっている彼女は、どういう体幹をしているのか、ガリガリと床を削って後退しているだけで当然のように立っている。
「畳み掛けんぞ!」
痺れているのか何度か柄を握り直した彼女は、掛け声と共にゴーレムへと突撃する。
零距離での大爆撃はゴーレムの左腕脚も粉々に破壊していて、放電が止まった彼は細い元腕脚でなんとかバランスを取ろうとしているが、その前傾姿勢では無理がある。
致命傷だった。
ぐらぐらの姿勢で十分な機動が出来ず、攻撃手段も壊された。
そんなやつをセイという異邦人の前に置いたらどうなるか、答えは火を見るより明らかだった。
──それから数分もしない間に、ガーディアンゴーレムは討伐された。
「全MP使った属性攻撃だよ。威力がステータスと攻撃力と消費MP依存だから暴血狂斧で使ったらああなった」
「もしそれで決まらなかったらどうするつもりだったんだ?」
「どちらにせよあの漏電形態に時間掛けてらんないでしょ。今回は丁度良く両腕ぶっ壊れてスキップ出来たし」
「……異邦人が現れたのはつい最近だが、もしや戦ったことがあるのか?」
「あー、似たような奴なら前世で何度かぶっ壊したんじゃない?」
「なるほど、それが噂に聞く別ゲーの話か」
ガーディアンゴーレムを撃破した私達は、いつの間にか出来ていた上へと続く階段を登っている。
段々と明るくなってきたのは地上が近いからだろう。
敵影もトラップも特に無く、軽く雑談しながら歩いていると、やがて明るい日差しに私達は照らされた。
地上だ。
「あ゛〜……ひっっっさびさの明るい景色」
「……空だ」
「眩しい」
階段の出口の先には茶色の平野が続いていた。
古ぼけた建物の破片やらが散乱していて、それらは日光によって煌めいている。
日光、そう日光だった。
空は青く、時刻は多分昼頃だろうか?
久しぶりに見た晴天だった。
空気がおいしい。
(……なんだろう、凄く清々しい)
開放感が私にあった。
これはなんと言うべきなんだろうか、それは外的に触れる清涼感とは違っていた。
暫く考えて理解したこれは、多分内から来たものだった。
陰鬱で生き足掻いていただけだった生活で、何かに追われていた人生で、初めてそれらから私は解放されていたんだ。
暗くて、でもあの悪魔達がいない空間で過ごした時間と。
クレイさんと話して少しだけ持てた未来への希望が。
そんな中にあった小さな不安……ダンジョンにいるという閉塞感が、暗さと共に外に出て晴れたのだ。
心持ちが変わっていた。
環境だけで言うなら悪魔の現れる地上の方が危険かもしれないけれど。
私は少しだけ前向きになれたような、成長したような感じがした。
環境の落差によって、私にそう思わせた。
「改めてセイ殿、コヒメ殿。本当に助かった!」
「ん」
「いえいえ! 助けたのは私じゃなくてセイさんですから……」
「ははははは! いやコヒメ殿にも随分と助けられたぞ!」
クレイさんが豪快に笑う。
それは努めて振る舞うような破顔だった。
この人は本当に明るいなぁ……見ているだけで、どこか救われたような気になってくる。
私は笑った。
それはきっと、自然に漏れた笑みだった。
「私の救出依頼の報酬は依頼主殿から贈られるだろうが、私個人からも何か礼をせねばならぬな! なぜなら貴公らは私の命の恩人だからな!」
「あっじゃあさ、私これからネクロマンサーになるつもりなんだけど、もしもあんたが死んだら私と契約してくれない?」
「ほう! 聖騎士を死霊にしたいとは冒涜にも程があるな!」
「いいじゃん、どうせあんた死ぬ気無いでしょ? 口約束ならただじゃん」
「ははははは! まっそれはそうだな! よかろう、"この聖騎士クレイ、死した時はセイ殿の下僕となることを約束しよう!" ……まぁ簡単に死ぬつもりは無い故叶わぬ約束であろうがな!」
「ははは、そうだね」
私が自分について考えてる間に、セイさんとクレイさんは軽口を叩きあっている。
心温まる冗談のやり取りを、雑談にしては変な話題だなぁと振り返った私が見たのは、セイさんの刀がクレイさんの心臓を貫く光景だった。




