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『運命:九天奉姫』というスキルは、契約者が受けているEXクエストに応じた特殊な状況を発生させるスキルらしい。
私の場合は[九天奉姫:黒]……まぁつまるところコヒメちゃんの運命だが、それは"ある条件を満たすまで特殊なモンスターがマップにポップする"というもの。
はて、特殊なモンスター? ……と一瞬頭を捻ったものだが、ある仮説を立てて立証し、それが正解だと判明したから利用しようと思い立ったのがつい先程。
「ひっ……」
「一々ビビんのやめない?」
「……だ、だって、そいつらはどうしようもなく怖いんだもん……」
「ふーん?」
で?
割と教育の行き届いた口調が年相応に崩れる程の恐怖、それを与える存在を自分から探して粉砕すること数十分。
戦闘可能なステータスを持つのに使い物にならない彼女に無償で経験値を取られるのは癪ではあるが、この圧倒的な効率の前では瑣末事。
一応育成もしなきゃ後半マップに連れてけねぇし、数こなせば慣れるだろと私は依然狩りを続行する。
一応の行き先はクエストの目的地だが、進行速度は正しく牛歩。
戦闘時間は掛けてないし、エンカウント率も酷くは無く、理由の大半は私が経験値を探しているからだ。
『ガーゴイル:Lv62』
『ガーゴイル:Lv61』
『ガーゴイル:Lv64』
「密度とレベル上がってきたな」
「あっ、うぅ……」
「何もしないのはもういいけど、せめて離れないでよ?」
『妖刀』で補強されているステータスは私の基礎能力値を遥かに超え、ともすればその差に慣れずついていけなさそうなものであるが、私から言わせれば現状の値こそが私の本来扱っていた数値に近い。
レベルから来る基礎値不足はあるが、今の方が普段より遥かに想像通りの操作がしやすくて、思考速度に漸く肉体が追いついてきた。
下げて上げられた感じではあるけど、爽快感が堪らなく気持ちがいい!
「落差があり過ぎると開放感凄いなー」
大地を蹴る。
三方向に散らばろうとするガーゴイル、内の一体に加速のまま跳躍し、逃げられる前にフルスイング。
そのまま空を蹴り、反転。
迎撃の魔法を振り切りながら木々を転々とピンボール。足場に使う度に衝撃で簡単に折れていく環境、それを代償に縮める彼我の距離。
近距離、散弾のように放たれる石の礫。
発射前のモーション段階で反射的なステップ、一秒と掛からず吹き飛んでいる直前の座標。
着地と同時の縮地を阻むように直線距離の間に盛り上がった大地の壁。
遮られた視界、感覚で場所を探知しながら蹴り砕き、案の定上から仕掛けてきたガーゴイルの胴体をノールックの切り上げで両断。そのまま体を捻って頭上から背後へ弧を描くように斬撃を持続、三匹目の放っていた岩石塊に位置を合わせて破壊する。
硬いものをぶっ壊す手応え。目の前で爆ぜ散らばる石片、破壊音、情報量で瞬間的に意識が逸れる。
事前位置から場所を推定、エアハンマーで炙り出し、爆ぜた木の裏から暗闇に紛れていた三匹目へ鉈を抜きざまに投擲。
リアクション中に距離を詰め、明かりで浮かんできたシルエットに唐竹割り。ギリギリでハルバードで防いだそのがら空きの胴体に蹴りを入れ、怯んだ瞬間にベク変で追撃。防御を抜けた斧刃が右肩から左腰にかけて振り抜かれる。
勢いそのまま地面にめり込んだ暴君を抜く頃には、『レベルが上がりました』の音声と共にポリゴンとなって最後のガーゴイルが消失していく。
うむ、爽快。
「終わったよー」
「わたしおうちかえりたい……」
「君のレベリングも兼ねてんだからまんじりともせず受け入れろ」
「仮にっ! 私のためだとしてもっ! 怖いって言ってるんだから相手は考えてよぉっ!」
「トラウマだかなんだか知らないけど、んなもんで効率捨てるわけないでしょ」
「他人事だと思ってぇ……!」
「え? だって他人事だし」
エリア特有のMOBとのエンカウントが減り、レベル60台のガーゴイルがポップするようになった深夜の森。
『妖刀』のバフで成立させている格上狩りは、問題無く屠れているというのにレベルは立派なため、効率が凄まじい。
ガーゴイル自体は確かに強い。必ず複数体で連携し、地上でも空中でも戦えて、発生の早い範囲攻撃や高速の魔法で遠距離から攻撃し、近付けば普通に武器で対応し、状況判断も優秀と、凡そ一つの特徴ですらエリア難易度から逸脱した優秀なモンスターだ。
これが例えば私以外のプレイヤーなら環境間の難易度の開きで対応に手こずるかもしれないが、生憎と私は二周目のプレイヤーだ。そもそも手馴れた相手だし、仮に『妖刀』が無かろうが対応可能だと断言できる。
そんな相手が湧くってんなら、まぁ蹂躙してレベリングに使うのは当然だよなぁ?
誰だってそうする、私だってそうする。トラウマだぁ? 当方荒治療しか取り扱っておりませんのであしからず。
「まるで戦闘すること自体が想定されてないレベルでガーゴイル拒否るよね君」
がくがくぶるぶるといった感じで震えているコヒメちゃんの手を掴み、文句を聞き流しつつ歩き出す。人肌なのにそれはとても冷たく感じて、鳥肌が出ているのが触覚で分かった。
早く慣れて治るといいね。……慈愛を込めて微笑んだら余計怖がり始めたんだけど。何故だ?
まぁでもガーゴイルに出会う度に蹲ったり逃げたりするけど、ちゃんと最終的には私に付いてくる辺り順調に絆は稼いでいるんじゃなかろうか?
吊り橋効果というか、私に頼るしか無い状況で強制的に依存させているというか。
ろくな未来にならなそうだな、それ。
「げん……かい……」
「マジで進展無いとは恐れ入った」
それから三十分程で森を抜け、とうとう何も精神的に成長しなかったコヒメちゃんが、木々の檻が晴れて綺麗な夜空が見えるのと同時に、緊張と精神の糸が切れたのかその場にへたり込む。
弱いと見下せるようあれだけ至近距離でガーゴイルを殺してみせたのに、恐怖があんま柔らがないのは釈然としないなぁ。
解体ショーとか色々アプローチしてみたのにちょっと悲しい。
「うーんにしても久々の満点の星空……あぁそうだほら見てよコヒメちゃん、空綺麗だよ。癒されない?」
「いやされない……」
「感受性死んでんね? ……しゃあないおいで」
マジでコヒメちゃんがグロッキーのため、仕方なく幾つか装備をアイテムボックスに──満杯で仕舞えねぇじゃねぇか猿素材でも捨てよう──仕舞い、コヒメちゃんを背中に背負う。
頭が肩に乗って、綺麗な黒髪が肌に触れた。服はボロボロだけど本人からはいい匂いがする……ただ角が邪魔!
激しい動きはゲロを誘発するため出来ないが、まぁ軽いし行動自体にはあんま支障は無さそう。
「空でも見てな」
「んぅ……」
幸運のマフラーをタオルのようにお互いに括り付け、腕がちゃんと私に回されたのを確認する。
ステータスは高いからしがみつけなくてずり落ちることは多分無いでしょう。
「……まぁガーゴイル以外は問題無いか」
暗く開けた視界、物理的な障害物の少ない地形は、マップが変わったことを鮮明に伝えている。
足裏が叩くのは変わらず土だが、そこに草花は殆ど無い。
"シレネの森"を北に抜けて踏み入れたマップ……広大に広がる"ハルト遺跡群"が、今回私がクエストの目的で向かっていた場所だ。
「クエストナビは……あっちか」
ある程度クエストがある方角を示してくれる矢印に従って歩き出せば、視界に新たに入ってくるのは埋もれたクソでかい岩石製の建造物や崩れた鉄塊、錆び切ってボロボロな家屋等。
『ガーゴイル:Lv65』
『ガーゴイル:Lv61』
『ガーゴイル:Lv62』
「そして相も変わらず動く悪魔像と……君ら凄い景色に馴染んでんね」
なんか倒す度にレベルが上がっていくガーゴイル共。こいつらどこまで上がるのかなぁと思いながら、私は戦闘を開始した。
……そして終わってからコヒメに死ぬほど怒られた。
しょうがないじゃん経験値旨いんだから!
因みに親密度はゴリゴリ下がってます
サイコちゃんに集団行動を取らせては行けない(戒め)




