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一般害悪プレイヤー目線
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PVPは経験がものを言う。
初心者と上級者では立ち回りが全然違ってきて、例えば廃人が新規データで初心者の群れに混じろうものなら、如何なゲーム──それは百人単位のバトルロワイヤルであろうとも、ある程度の勝率は担保出来る。
「ラス10切ったか、連賞ボナうめー」
レート台の人数が不足すればNPCが穴埋めするため、このゲームの最上位戦は常に同格以上しかいない蠱毒の壺だ。
勝率等安定する訳もなく、時々勝っては大半負けて、地道に浮上するのが永遠に続いていく。
仮に連勝し上に抜けれたとして、待っているのは試合数不足による所持金不足。増える上位装備なんて買えるはずもなく、数十戦して下に叩き落とされるのがオチだ。
そんな自分の過去のようなプレイヤーを倒して、そして自分より強いプレイヤーに倒されて……所謂"沼に浸かる"状態にさせてくるのが、俺がこのゲームのβテストで培った経験。
勝てなくてチンパンになって時間を浪費した身としては、如何にバトロワゲーと言えどそんな状態にはなりたくない。
「レート台に似合わない他ゲーの廃人共はさっさと上に抜けてくれー、俺は効率的に行くからさー」
レートを上げることで解禁されていく店売り装備達は、一度店に出してしまえばどれだけ順位を下げても無くなることは無い。
βテスター時に積み重ねて引き継がれた分を開幕リタイア連打で一気に溶かし、低いレート帯の試合で初心者相手に連続入賞することで金を稼ぐ案は見事にハマった。
高位帯で禿げながら時々の白星を稼ぐより、低位帯で連賞ボーナスを稼ぐ方が精神的にも効率的にも遥かに良くて、結果今の俺の全身を包んでいるのはレート2000台の一式装備。
PS的にも、装備敵にも、経験的にも。この付近の戦闘ではまず負けない状態だ。それは精神的にも効率的にも、何より勝てて楽しいので、俺はこのゲームを満喫していた。
「おっとー警報鳴らした馬鹿発見ー」
今回の試合で掻き集めた自分に有効なアーティファクトは『占有権警報機』『転雷球儀』『炎精のタリスマン』『覚醒の霊薬』『遠き鷹の紀章』の5つ。
円形範囲内の侵入者を音を鳴らして伝える装置、十回まで雷撃を落とせる使い捨てアイテム、炎属性攻撃の効率が跳ね上がる装飾品、試合中スキルレベルを一段階上げるポーション、遠距離攻撃に補正をかけるバッジ。
加えて、多数入手していたシールドリアクターはHPの80%まで届いていた。自分のHP実数値に応じた分のダメージをカットしてくれるコイツによって、俺の実質的なHPは1.8倍。
これらを16レベルの『レンジャー』である俺が装備している。魔法剣士ならぬ魔法弓兵ビルドであるのも相まって、正に敵無しといった状態。
激戦区を漁夫ってからエリア中央に陣取り、近付く奴ら全員を撃ち抜いて数十分。例えどんな奴が来ようとも、このツモり具合なら負ける気がしなかった。
「『アローレイン』からのー……『フレイムバースト』『スナイプシュート』ォ!」
木々が視界の邪魔をするが、目測は凡そ100m程。
ちらりと捕捉した影の予測進行方向に矢の雨を降らせるアーツを放ち、遅れて炎魔法と狙撃アーツの同時発動。
分かりやすいエフェクトの魔法は影として優秀に働く。先行する魔法を放たれた鋭い弓矢が貫き、炎の中からきっと予想だにしなかった奇襲が哀れなプレイヤーを襲った。
次いで、魔法の着弾。爆炎を撒き散らすがこれでの決着は想定していない。本命は上……意識を正面に割かせたところで、最初に放った矢の驟雨が降り注ぐ!
「……うっそ、今のでキルカウント出ない?」
レート台に見合わない単純なスキルレベルに、更に今回は覚醒の霊薬で熟練度が跳ね上がった『弓技』の今だけ使える新アーツだ。
目測を誤った訳でもないのに、初見の筈の技を連打されて落ちないのは俺にとって驚愕だった。
なまじアーティファクトが揃ってからこのコンボが確殺だっただけに、思考に数瞬の空白が生まれる。
遠目に映るのは破砕し、荒れ果てた攻撃の跡地。
爆音とエフェクトと衝撃が俺の索敵を阻み、戦力が十分で、勝利が目前で。油断していたが故に放った過剰な火力。
視界から消えた獲物。
思わず視線が彷徨って──
そして俺が狙ったプレイヤーは、どうやらそんな一瞬を逃すような相手では無かった。
──閃く光
「がっ!?」
衝撃、思わず口から声が出る。
木々の隙間を縫って投擲された直剣が、肩に勢いよく突き刺さる。
暫しの硬直を経てそれは弾かれ、後方へと抜けていく。
シールドが吹き飛んで、バランスが崩されて──
「"転雷球儀"ィ!」
意地での反撃。吹き飛ぶ中で視線を通し、大声でアーティファクトの名を叫ぶ。
瞬間、何処からともなく落雷が発生した。
痛烈な閃光と、ガラスを割ったような高音。
それは視界内の標的に自動ロックオンする攻撃で、落ちた場所は視界の端だ。
「これも避けんのかよ!?」
「生憎それには慣れてるもんで」
体勢を立て直し弓を構えれば、そこに見えたのは高速で森を駆ける白い女性のプレイヤー。
防具は初期装備ながらも、握る武器は巨大で禍々しい両刃斧だった。
みすぼらしい服装に比べその狂戦士が使ってそうな斧は余りにも不釣り合いで、それを持ちながら軽々と走るその様から相当なSTRとAGIを持っているのが分かる。
加えて、悪い足場、景観、小回り、こちらの攻撃性能から考えれば、相当な反射神経を持っているのも確定。
刹那にした構築分析。
それで得た彼女の情報は十中八九βテスター、それも相当な上位勢だということ。
何故そんな奴がここにいる?
(……ンなもん決まってんだろーがッ!)
「点稼ぎに初心者狩りは感心しないよ?」
「アンタ人のこと言えんのかよ!」
「? 何言ってんの君」
意味が分からないといった困り顔の同業者。
"フレイムランス"を詠唱し、生成された炎の槍を射出する。
追尾速度の劣る魔法で横への回避を選択させ、それによる移動先に弓の射撃を置いておくが、それすら軽々と躱される。
ディレイをかけた面に優れる魔法に、速射に優れる点攻撃の弓矢のコンボは、性質が異なるが故に押し付けられる側は対処が難しい。
だというのに彼女は余裕綽々で避けていく。
縦横無尽に地を蹴って、障害物を使って跳ねて。魔法は軽々速度で振り切って、弓矢は撃たれる前に射線から抜けている。
(視認から反応までが速すぎる! AGIもクソ高ぇし弾幕じゃ上からゴリ押されるッ!)
MPとSPの続く限り火力を作るが、その全ては時間稼ぎにしかなっていない。
一瞬で押し切らないと勝ち目は無いのは分かっているが、不慣れな賭けに出るにもその一歩が踏み出せない。
アドバンテージを稼いですり潰すのが主戦法の俺にとって、こういうただ純粋な能力値で正面から技を潰されるのは一番苦手な展開だ。
(とか言ってられねぇけどなっ!)
後退しながらの迎撃は然し長くは続かない。
目測10mまで接近されて、それは策もなく反射的に実行された。
果たしてそれは、至近距離であろうとも切り捨てられて。
「『大火球』!『ツインアロー』!……っ"転雷球儀"!」
「『ブラストジャンプ』……ぶんっ」
巨大な火球、二本の追尾矢、落雷。
それに対する解答は、高速跳躍からの……投擲だった。
これまで大事に抱えてきたそれが、躊躇なく空を裂き。
意図も容易く行われたメインウェポンのリリース。
そんなもん予測しろってのが無理な話だろ!?
「いっ……! 負けるかクソが!」
着弾寸前に矢毎落雷を上空へ躱し、火球に対しては正面から斧をぶん投げて破壊された。
勢い止まらず貫通してきたそれがシールドを全てぶち割って、痛みで顔を顰める中でも。
(何のために俺がこんな面倒な手順を経てこんなことしてると思ってんだ!)
スローモーションになる視界。
正面には高速で迫りくる、丸腰の敵。
その顔は綺麗なアバターだというのに酷く歪んでいて、三日月を描く口角に、瞳孔がかっぴらいた不気味で殺意的で楽しそうな狂笑。
若い体のどこにそんな強さがあるのか、怖くて不思議な少女に対し、俺は悪足掻きの最大火力を放つ。
「俺は勝つのが好きなんだよ!」
「知らんわ死ね」
十分に引き付けてから発動した"プチノヴァ"という球状の自爆魔法は──
然し空中で跳ねて、軌道を変えた彼女には届かない。
「……は?」
……いやその対応は無慈悲過ぎない? 普通この状況なら正面から殺しに来るだろ!?
爆炎で埋まる視界、抜け落ちる精神力。
それが晴れる前に、上空から攻撃が落ちてきた。
腹部に痛みが走り、下に急激に加速を始める俺のアバター。
ダメージボイスを上げるより早く、衝撃で息が詰まって声が出せなかった。
「……自傷跳躍とかガチモンの化け物かよ」
数瞬経ってから結局出たのはそんな感想だった。
腹に突き刺さった大剣にHPを破壊された俺は、試合から退場して……
装備や準備整えてもこうなるから、これだから廃人相手は嫌なんだ。
もし防具が初期装備なら最初の不意打ちでシールド抜いた上でHP半壊くらいしてます
STRゴリラ怖い




