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ツーブライトの地下区画には隠し街がある。
行き来が路地裏からしかさせられてない隠しエリア的な扱いだが、人が少なく、欲しい施設が集中しているため、辿り着けたプレイヤーは入り浸ることが多い。
この訓練所もそんな施設の一つで、様々な練習が出来る他、屋内から試合会場に接続出来る珍しい場所だ。
『冒険者ランク:Dのため、レートが加算されます』
『現在レート:2000』
『チュートリアルを受けますか?』
「スキップで……えーっと、『試合会場:ランダム』『試合型式:単独』『試合人数:100』『開始位置:ランダム』にして……デイリー報酬倍加チケットォ? ……一応使っとくか」
デイブレの目玉であるバトルロワイヤルは、試合内容をある程度設定することが出来る。
それは例えば戦闘エリアであったり、ソロでやるかだったり、現地か降下かの選択だったり。
その中で最もポピュラーなものを選択していざマッチングしようとすれば、『持ち込みアイテムオーバーです』の文字が出た。
「あー忘れてた……サバイバルキットと鋼結草あればいいかなー……っと、なんだこれ?」
パパっとアイテムボックスから持ち物を選んでいると、見た事の無いアイテムと、見慣れている産廃装備があった。
暫し思考し、そして気付く。これチャリオットの討伐報酬じゃん。
今の今まで存在忘れてるとかマジかよ私、いやでも脳死してたら記憶から飛ぶから仕方無くね? 仕方無いな。うん、私は悪くない。私は常に絶対的に正しいし、間違いなんてしたこたない。
「ついでだから君も持ってくか」
容量には余裕あるし、別に素材集めに行く訳でも無し。これはただの暇潰しで、そしてあの野郎の我儘に付き合ってやるための慣らし作業。
(あれから色々考えたけど、イベント参加自体は悪くないんだよな)
『第一回デイブレイクファンタジー公式大会』と銘打たれたそれは、現在レートによって組み込まれるブロックが変わる仕組みだった。それ故に一時でも名乗れる"最強"という称号を求める者達が、大会前から全力でガチ勢用のレートブロックを目指すことになる。
命でも掛けてそうな熱意のあの子ならどうせ最上位ブロックだろうし、私の目的を考えても、大会までの暇な時間は多少なりともレートを稼いでおかねばな。
アイツ、どうせ私と戦えないと分かったらキレるでしょ。理由は知らんけどなんか私に偏執的だったし。
「なぁんで人のために態々私が頑張らなきゃいけないんでしょうかねー」
最近私の思考と信念がぶれている気がする。
私のやりたいことだけを考えて、そんな私を誰も邪魔をしなかったのに、私が私を邪魔してないか?
奇妙だなぁ。
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「……マップは森で滝上、古塔の位置的に東南の半ばかな?」
マッチングが成立し、軽い浮遊感の後に世界がまるっと切り替わる。
まず見えるのは一面の緑、そしてそこを割るように流れる薄青だ。
植物が生い茂り樹木が群生しているが、然して私が攻略したシレネの森に比べればその間隔は広く、そして植生が大きく違う。
それは苔や蔦、葦等、水辺が近くにあることで散見される植物達で、その理由たるは轟音を立て流れ落ちる大量の水。
巨大な滝が景色を割り、滝に向けて生態系が伸びている。その最終的な風景は自然に見えて、その光景はこのエリアに於いては異質である。
この空間での主役は彼であり、環境を作っているのも彼である。
森林マップ、東南の大滝。
流れ落ちる先は私の眼下へと。
砂利のような小石を踏んで、すぐ横を削る川を眺めている。
「降下勢は……あぁ北西からか、なら結構暇だな」
バトロワの初期位置はランダム転送式と降下式の二つから選べる。
降下式の場合、ある程度好きな位置に空から降りることが出来るのがメリット。対して、試合開始数分後からの降下になるので装備や拠点を充実させたランダム勢の対空迎撃や待ち伏せに狙われるのがデメリット。
ランダム転送式の場合、試合開始直後から行動出来て、資源や罠、装備や拠点等を充実させられるのがメリット。法則はあるが転送先がランダムのため、初期位置次第での旨みが大きく変わるのがデメリット。
果てさて私の今回の初期位置だが、ここなら可もなく不可もなくといったところかな?
直近ではまず戦闘が起こらず、エリア中心までも遠くは無いが、仮に戦闘になった場合騒音が索敵の邪魔をし、そして高低差があるため地形は悪い。
別に崖から落ちても私なら死にはしないが、地形上戦闘には向いていないだろう。
「ランダム転送は最低2kmは離れるし、中心に行くにしても態々こんな場所は通らんでしょ」
うーん! と背伸び。別にごりごり鳴りはしないが、空気がいいのでここは気分で一つ。
終わり際にやってくる謎の疲労感デバフを食らいながら、今まで持っていたハンマーを地面にぶっ刺した。
重いんだよこれ、誰だよ買ったの? 私なんだよなぁ……
「丁度いいから報酬チェックしとこう……ってステータス振るのも忘れてるしガバ酷くない?」
デイブレでは試合中、持ち物にコスト制限がかかる。
ただでさえ試合中に使った消耗品は戻ってくるのだ、ポーションや武器の予備等は厳しく取り締まられ、プレイヤーは試合開始前にそれらを規定コスト内に調整する必要がある。
略奪前提でポーション概算を組み立てると事故る時は事故るし、様々なリーチの武器を持っていくとそれだけでコストを圧迫したりと、慣れないとその塩梅は難しく、そしてそれが戦略を産む。
足りない物は現地で奪うか作るかしろってバランス上、そこが生産や罠が作れる純戦闘職以外の付け入る隙だったり、バランスよく考えられてんなぁというのが感想だ。
最終的に環境がどうなったかは知らないけど、普通にゲームとして面白かったよね。
「で、君はどんな子なんだい?」
クッソ安いサバイバルキットに並んで、凄まじく重いコストを持つそれを、私はアイテムボックスから取り出した。
直後、腕に伸し掛る凄まじい重量。
それは黒鉄のハンマーなんか目じゃない程の。
「うわぁっと……え、マジ!?」
柄を握り、なんとか両手でそれを持ち上げて涼風の中に掲げた。
日光が反射し、鋭く、ドス黒く輝いて。
光沢が強調され、鈍く、刺々しく煌めいて。
それは言うなれば殺意の権化、破壊の体現。
暴力的な外見だ、何処までも硬く冷たい鋼の柄を食らっているのは、血塗られた漆黒の塊。
闇を煮詰めて固めた、武骨で野蛮な黒刃は家のドアより大きくて。
中心部から刃に向けて血走る赤いラインは迸る血管のようで、それを鎮めるかのように、柄よりも硬いボロボロの鎖が雁字搦めに巻き付けてある。
その封じ込めはまるで意味を成していないように、ラインが不気味に蠢いている。
それは鼓動のように、脈動のように、暴力が息をしていた。
重い、どこまでも重い。
殺意の権化はその圧倒的な圧を、その外見以上の手応えでもって私の腕に、感覚に、直接伝えてきた。
脳が彼を理解した。
それは、暴君たる獄色の巨斧。
『暴血狂斧 悪魔:RANKⅢ
要求ステータス:STR40
斬撃60/打撃40/切れ味40/強度120/耐久値100%
PS『狂血渇望』
・与ダメージの30%を吸収
・攻撃時、最大体力の5%を消費
PS『暴虐[血]』
・与ダメージ吸収又は自傷ダメージが発生した目標に、与ダメージ+50%
AS『暴走』
・武器攻撃力+50%
・攻撃時、最大体力の15%を消費
・効果時間60秒、クールタイム60秒
AS『狂乱』
・武器攻撃力+50%
・体力上限を現在体力の50%に固定、防御力-50%
・効果時間120秒、クールタイム120秒
AS『束の間の平穏』
・特殊効果による自HP干渉を無効化
・効果時間30秒、クールタイム300秒
概念戦争よりも遥か前、焚歴より遺る呪物。その斧刃は余りに多くの忌血を貪り喰らい、嘗ての見る影無く自らが暴君へと成り果てた。
台頭せし血族への良くある復讐話。語るべもない筈のそれより頭抜けたのは、持ち手が英雄と成ったのか、或いは怨嗟の継がれた果てか。何れにせよ、それに断じて讃えられる聖は無い。
命を捧げよ、暴虐はそう囁く』
「イ、イケメン武器だぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
私の性癖にぶっ刺さる外見をした武器を手に、思わずそう叫んでいた。
マサクルアックス(要検索)をより殺意ゴリゴリに真っ黒に鋭利化させて鎖巻いて血走らせたイメージ
殺意MAXの巨大武器っていいよね…