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タイムリープものってやっぱ関係性で殴るのが王道だと思うんですよ
VR世界が無双物な分、取り巻く環境や過去はサイコちゃんに厳しいです
「……思えばそもそも徹夜でしたねー」
VRゲームってのは頭を使う。
身体の操作は全て脳の電気信号で行われ、戦闘時も休息時もゲーム中の脳味噌は休むことが無く、現実でさえ長時間の起床は頭を疲弊させるというのに、戦闘や情報処理といった多大な負荷を常時かけるのだ。慣れていない人は数時間の起動でさえ、疲労で思考能力が鈍ってしまう。
所謂"VR酔い"と言われる現象。
半年以上VRゲームにログインしていない体で、エナドリをキメて激闘の連続、加えて昨日起きてから寝ずの徹夜と来たら、私の頭が悲鳴を上げるのは当然と言えた。
「あ゛〜……暫く慣らさないとダメだなー、六時間やってギブアップは早すぎるって」
空腹感。
腹ではなく頭からだ、脳が栄養を欲していた。
ゲームして、寝て、起きて、食う。
やってることが太るそれだけど、何か食べるとしましょうか。
階段を降りる。
電気の付いた世界に文明を感じながらしぱしぱ目を擦り、リビングから台所へ。
おや先客、妹だ。
「あ、お姉ちゃん。……随分やってたね? さてはハマった?」
「早々にギブして寝てた」
「寝すぎじゃない? 今九時よ」
「……? あんま寝てなくない?」
「午後だよ」
「わお」
半日以上寝てて草ァ。
顎でテーブルを差されて、大人しく席に着く。
肘を着いて、視線が部屋の中を彷徨った。
グッピーの泳ぐ水槽。名前の知らない観葉植物。長らく使ってないおもちゃ用の押し入れ。鼠と猫の振り子時計。親の趣味で飾ってあるメトロノーム。薄く立てかけてあるテレビ。子供の頃のちっぽけな賞状。固定電話とネット回線機。リビングに併設されている台所。
……妹の、後ろ姿。
懐かしい思い出の数々だ。
「どしたの、知らない家に来たように見回して」
「いや、私を集めてた」
「急に病むじゃん」
「ひでぇ言い草、さんきゅ」
彼女が料理を持って席に座る。
簡単な肉野菜炒めと、白米と、味噌汁が、二人分。
よくある夕飯のメニューだった筈だ、いただきますを言ってもそもそと食べ始める。
(凄くおいしい)
味付けがまともだ、調味料という文明の味がある。
「そいや結局何の職に就いたの?」
「サバイバー」
「えぇ……微妙……真面目にやる気無いの?」
「どうせ転職するし。真面目にやる気無いってのはまぁそう」
「やっぱお姉ちゃんも剣士になろうよー、修正されて今強いよ?」
「特に理由無くやる強職ってPS不足による逃げだよね」
「偏見と暴論が過ぎる」
妹が話を振って、私が心のままに答える。
普段意識していなかった私達の日常だ。
内容は様々で、大抵は今彼女が興味あること。
趣味の共有というか、自分語りというか。彼女はどんな時だって私と居れば口を開く。
……あれ? これいつ気付いたんだっけ?
「そういや聞いた? あのワールドアナウンス」
「んぁ? ……んっく、何の話?」
「ほら、ボスが討伐されましたってやつ」
「ドーザーかフォート落ちたの?」
「いやハリケーンとチャリオットだよ……つかよく名前知ってんね? どうせ何も調べてないと思ってたのに」
「あー……殺した当人だから聞いてねぇわ」
「ふーん……待って、あのよく分からん名前お姉ちゃん!?」
「そだよ」
「えー、あー、うーん……楽しかった?」
「楽しかった」
「そりゃよかったね、いやバトロワしてよ」
「えー……」
早々に食べ終えた彼女が、頭を抱えて私をジト目で見つめてきた。
確かに対人ゲーで普通に……普通に? 冒険してるのは変だと思われるかもだけど、私が楽しいと思ったことをしてる結果だし。
この子、やたらと私に対人やらせたがるんだよなぁ。
暫くゲームやる気無かったのに、デイブレも無理矢理押し付けられて始めたし。
まぁ確かにハマって結構やってたけどさぁ、自分の趣味を人に押し付けるのはどうかと思うよ?
ゲームやるなら、自分が一番楽しめるように自由に遊ぶべきでしょ。
…………あ、でも。
「ねぇ」
「んぅ?」
「──妹ちゃんはさ、このゲーム楽しいの?」
「……え?」
「楽しくて、面白くて、私がその世界にいることが君にとって嬉しいの?」
「………………はぁ!?」
「……いやなによ、そんな鳩が豆鉄砲食らったような反応して」
何気無しに質問をしてみたら何故だか心底驚かれた。
彼女の精神構造に興味を持ったが故に、彼女について学ぼうと試みて。
果たして妹は有り得ないものを見たように驚愕している。
……私、そんな変なこと言ったかなぁ?
「いや、ちょっと、初めてのことで動揺しただけ」
「それはいいけど、質問の答え……わ、何」
応えは無く、虚を突いて。
伸びた手が、私に触れた。
手のひらが、頬を撫でた。
指が私の側頭部に届いて、彼女の顔が近付いた。
むにゅりと、私の顔が少し歪んだ。離せオイ。
頭一つ分の間を置いて、眼前に整った顔立ちがある。
きめ細やかな肌と、長い黒髪と、綺麗な黒い瞳がある。
私を眺め、観察しているそれがある。
どこか怪しげで危険なブラックオパール、その中に私が映る。
私だけが映っている。
吸い込まれそうという比喩はそこに無く、或いは私が囚われていると述べる方が正しくて
静寂の中の刹那が果てしなく続く視線の交錯。
ちくたくちくたくと、空白にそんな音が刻まれた。
或いはそれだけが世界で動いているような錯覚は、時間が止まっているかのような現実から来たものだった。
「……懐かしいね」
「……何が?」
「その瞳」
カチカチと、時計の音が嫌に大きく響く。
メトロノームが秒針を刻み、水泡が鈍く鳴る。
そんな世界に囚われる、彼女によって捕まっている。
彼女の"ナニカ"によって拘束されている。
或いは私の奥にある"ナニカ"によって身を竦まされている。
不愉快だ。
「聞きたいの?」
「え?」
「私から、何かを、アンタが、聞きたいの?」
「うん」
「誰だよ、お前」
「……はぁ?」
薄く笑って解放された。
少し歪んだ口角と、とても愉しげな瞳。
初めて見た顔だった。
狂気を宿していて、それはどこか私に似通っている。
断食の果て、ご馳走を前にした肉食獣のように。
私の持つ解釈の中に、そんなものは無かった。
私の知らない人間がいる。
記憶と経験から乖離している妹がいる。
具体的な映像が浮かばないそれらの中に、これは無い。
力が抜けて、何時の間にか感情が乱れていた。
彼女は楽しそうだった。
私が、誰かって?
どこか変だっただろうか?
何か変だっただろうか?
渦巻く心、尽きない感想。その中で最も表層に近く、大きな感想はよく分からないものだった。
──お前こそ、誰だよ。
「お姉ちゃんに何があったかは知らないけど、その昔みたいな狂った目ェしてんなら、デイブレ誘って正解だったね」
「……昔?」
「昔だよ。過去と同じ。懐かしくて、でも少し変わってて、でも前より濃くて、視界の中に私がいてさぁ……気持ち悪いなぁ、お姉ちゃん」
私は未来から来ている。
当然、経験と成長を経て、私は多分変わっている。
だというのに彼女は、私に過去を感じているらしい。
三年も、四年も、私にとってそれだけ以上に流れた月日について、彼女の時間軸で懐古感を抱いている。
なんで?
「普通の姉らしい質問に答えるなら、楽しいよ。面白いよ。嬉しいよ。たった今、人生で一番そうなってる」
「……あは、君の人生、随分と安いんだね?」
「それをお姉ちゃんが言うのかぁ」
妹が笑った。
楽しそうに、笑った。
心底から、何処までも。
「一週間後さぁ、リリース記念のバトロワ公式大会やるんだよ」
「……あぁ、あったねそんなの」
「そこに出てよ、てか出ろ」
「脈絡無さ過ぎるし横暴だし意味分かんねぇんだけど?」
「デイブレあげたじゃん、その借り帳消しでいいから」
「PVE構築だから弱いよ私」
「決定事項ね」
「ねぇ聞いて? 耳付いてる?」
話は終わりとばかりに、食器を片付け始める彼女。
好き勝手変なことをして、言って、命令して。
自分一人で清々しそうに、そうしている。
暴君かよ、怖すぎでしょ。
一体誰に似たんだか。