21
「大味ィ!」
倒木ぶんぶん丸と化したチャリオットとの戦いは実に大味であった。
丸太のようにスイングされる大質量が、横に縦にと大暴れ。
障害物に当たる木々ですら盾にもならず力で薙ぎ倒され、破壊で生じる破片と轟音が私の接近を徹底的に阻みやがる。
「まぁ無視して突っ切るけどさぁ」
「グオオォォォォォォ!!」
攻撃の切れ目。
叩き付けが地面を割った瞬間に縮地で急加速、埋まったそれをそのままカチ上げに繋げられるが、当たる前に間合いの内側に無理矢理潜り込んで回避。
眼前に迫る黒い巨躯、反応が追いつかれる前に深めの斬撃。
痛覚から位置を察し、強烈な蹴り上げで返してくるのを屈んで避けて。もう一方の足に刀で追撃を入れ、腹に蹴りを入れながら軸足にして横に蹴り跳ぶ。
寸前、戻された大木がダイナミック生け花され、盛大な破壊と音が撒き散らされた。
肉弾戦はどうにかなるけど、アレの範囲攻撃キッついなぁ。
こうやって……ッ距離取ったらぶん投げて殺しに来るし!
「耳おかしくなりそう!」
森を破壊して、倒木を作って、それを掴んで、又森を破壊する。
合間に私は詰めれる瞬間に距離を詰め、一撃二撃入れて離脱する。
リーチ、それが私と大熊との最大の差だ。
攻撃距離も、攻撃範囲も、余波も、徹底的に私の接近を拒む。
はてさてどうDPSを上げようか。
「振り自体は鈍重なんだよなぁ君」
大袈裟に避けて、避けて、避けて。こじ開ける隙を探し出す。
縦振り、横振り、カチ上げ、大回転薙ぎ払い、直下への生け花。
合間合間の突進に、零距離の蹴りと鉄山靠。
さて、どれを隙に変える?
攻撃の切れ目だけに切り込んでちゃキリ無いぞ?
暫しの観察──そして閃き。
「あはっ! なら相対速度とバランス感覚の勝負しようぜ!」
ボコボコの地面は足場として使いにくく。
ほぼ跳躍だけで移動しながら、横凪ぎを見て近くの大木を使い三角飛び。
加速する身体と、私より僅かに早いデカい足場の薙ぎ払い。
背後で砕ける大木と、追いついてくる攻撃範囲。
足を丸め、刃を突き立てて。
めり込んで、力を入れて!
筋力頼りに着地して、奴の攻撃に乗ってさぁ加速!
「ざくん!」
曲芸、武器乗り。
大型ボスの、大武器限定。
相手より僅かに遅く、相手の攻撃の表面に無理矢理着地し視界から消える技。
巨大な棍棒を蹴ってバク宙。
緩やかに弧を描き、高度にて後頭部を射程距離に。
完全な死角から、虚を突いて、真正面からの奇襲。
勢い良く首に、魚刃を根元までぶっ刺した!
──迫る影。
「"ブラストジャンぶっ!?」
激痛と衝撃。
そして加速。
吹き飛ぶ体を、然し痛みを無視して尚行動。
横から"エアハンマー"をぶち当てて、吹き飛ぶベクトルを変更する。
迫る地面。
無理矢理バランスを取ろうとして、捻り出した下への蹴り。
加速度によりダメージを得ながらも、威力の大半を地面へ置いていく。
「がはっ……ちくしょう魚刃折れた!」
視界を取り戻し、同時に横っ飛びで追撃の投擲を回避。
大ダメージは与えたが回避が間に合わず、サマーソルトキックで吹き飛ばされ、激痛というデバフが私を襲う。
加速途中だったから軽減は出来たが、HPは一撃で危険域だ。
機套の不屈はあるが、デカいのはもう貰えんぞ。
「グルァァァァァァァァ!!!」
「ここでチャリオットかよ殺意高っ!」
野蛮な雄叫びを上げて力を溜める巨大熊。
遠目からでも筋肉が膨張するのが見て取れ、甚大な威圧感が空気をヒリつかせた。
奴の名前の由来たる、爆速の三連突進攻撃。
初手の炎上と、口内爆破と、斬撃による細かな出血ダメージ。
合計でかなり削り、残体力三割から使ってくる大技を引き出して。
大体のパーティを半壊はさせる攻撃が、私一人に対して振る舞われようとしていた。
暫しの膠着を経て──
──来る!
「ガアアァァァァァァ!!!」
「縮ゥ地ィ!」
爆速の突進。
今までの突進が霞む圧倒的な速度の肉弾戦車。
その瞬発力は私を超えて。
敵の発進と同時、全力で地を蹴り飛ばし、加速を省略して最高速度で空へと逃げる。
迫る壁、木を利用し三角飛びで斜め上に進路変更、直後に大重量が私の下を通り抜ける。
「からの自傷跳躍!」
横方向に魔法をセット、インパクトの直前に蹴り飛ばして空中で横へと加速。
カッ飛んで行く私の体、元いた場所は大熊の弾丸のような跳躍が通り過ぎた。
風圧が私を叩く、紙一重の回避。
Y軸でも油断ならない奴の連続攻撃、着地と同時に砕ける地表、反転からの、刹那の突撃態勢。
三撃目、一回毎に精度が上がるそのラスト。
最大速度に空中機動、どちらも切ってギリギリの佳境。
空中で、自由落下中。
直線距離で、私以上の速度で……ぶち抜かれる二秒前だ。
あれこれ茶番とかイキっておいてピンチでは?
「結果助かりゃセーフゥ!」
さぁ、なんとかしてやろう!
ブラストジャンプ発動、風の塊が私の足を包む。
エアハンマー発動、私の落下地点から風の塊が迫る。
同時の着弾。
莫大な加速を、STR任せの蹴りでブチ飛ばせ!
撃鉄が鳴る、出元は私。
空を裂いて、私が発射!
「うお速っや!」
自傷跳躍に縮地を合わせ、空中で弾丸と化し無理矢理チャリオットを振り切って。
迫る地面をそのまま走って、足を高速で回して速度を維持。
ドリフトを決めて反転し、突進終わりの大熊へ急接近!
「"緊急召喚"……!」
先程のサマーソルトで破壊された魚刃に代わり、右手にあるものをアイテムボックスから持ってくる。
MPはほぼ底を尽いた。
仮にもう一度あの三連突進をされれば負けるかもだが、魚刃が想定より早く壊れた現状、どちらにせよ短期決戦しなきゃ殺せないから問題無し!
白兵戦で削り殺せてなくない? ダメージキルにはなるからままいいでしょ。
「それ使うHPならこれで死ぬだろ!」
ジャンプからの飛び蹴り、速度の乗った火力が振り向きざまのチャリオットの腹に着弾。
微動しワンテンポ遅れた腕の迎撃を足場にして、鉈をめり込ませ始点にし、体を一気に駆け上がる。
果たして彼の迎撃は噛み付きだった。
対して私は、口目掛け右手を突っ込む!
「いったいなぁ! 」
いとも容易く噛み砕かれた、腕を覆っていた鋼結草の包帯と機械的なコート。
激痛と衝撃が腕に走り、破砕と同時に右腕の感覚が破壊された。
痛い。
食われる感覚と、貪られ砕かれる感覚と、消失した断面から滴る激痛と。
振り払われ、離れて、嗜虐的に咀嚼する巨大熊と、尚継続する……否、継続させている食べられる痛み。
痛い。
よくある幻覚で幻痛だ。
意識の錯覚が生んだ、VR空間特有の現象。
意図して起こせるようにした、慣れ親しんだ私の呪い。
呑気に私を観察している大熊に、それは必殺として直撃する。
「──チェックメイトッ」
感覚を通す。
現実に腕はあり、それをいつものように操作して。
視界は瞞しであると、電脳にいながら現実の肉体を動かすように。
この世界を幻覚だと、腕は幻覚の中で無くなっただけであると。
脳の司令通りに出力された、電気信号が愚直にアバターを動かして。
激痛が走るならば、未だそれは意識が通い操作出来る部位であると。
激痛に眩みそうな意識の中で、感覚が未だ通わせている私の腕が。
常識を捨て、幻覚を否定し、幻痛を肯定し、
全てを私にとって都合のいいように解釈して、思い込んで。
彼の体内にあるぐちゃぐちゃの指が、何かをひっかいた。
さぁ──
「爆ぜろ!」
そう言った直後、チャリオットは内側から爆発した。
《エリアボス『チャリオット』を『彁』がソロ討伐しました》
《セーフティエリア『シレネ森林第二』が使用可能になりました》
『初討伐報酬を獲得しました』
『初ソロ討伐報酬を獲得しました』
『エリア踏破報酬を獲得しました』
『エリアソロ踏破報酬を獲得しました』
『称号『ベアキラー』を獲得しました』
『称号『シレネの主』を獲得しました』
『アーツ"エレメンタルバースト"を習得しました』
『レベルが上がりました』
『ステータスポイントを獲得しました』
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