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「鬱陶しいなぁ!」
依然深夜の森、倒木と草むらの間を縫って駆ける光が一つ。
早々にボスのマーキングを見つけたのはいいものの、辿って深部に近付くに連れて出現するモンスターが替わり、それが徹底的に私の神経を逆撫でする。
『巨大蛾:Lv27』
『蛇:Lv26』
誘蛾灯と化したランタン目掛け寄ってくる気色悪い羽虫に、頭上から奇襲を仕掛けてくる蛇の混成軍。
それが目下私をイラつかせている元凶だ。
「猿も猪も狼も逃げるってのに、火に寄ってくるのはやめようぜぇ!?」
事の発端はいつものように燃やした木を切り倒して視界確保しようとしたことだ。
蛾、それはこの森の夜の深部に生息するモンスター。
特徴として、それは炎だろうが明かりを見つけると大量に寄ってくる。
果てさて、私はその存在を忘れていて、エンカウントした時には既に文字通り火の山だったわけだ。
そうだね、地獄を見たよね。
お陰で纏刃消してランタン一つで森の中を逃走中だよ畜生!
「振り切れはするけどだるいわ!」
大猿戦と比べ遥かに増した機動力で逃げを打つ。
然しエンカウントは止まらない、何故なら逃げた先にも蛾が待ち構えているから。
なんなら火を消した現状モンスター除け効果は無く、当然の権利として私は夜の森という、殺意に溢れたエンカウント率を享受している最中だ。
ああクソ蛇がうぜぇ、蒲焼きにすんぞゴラ!
「……まぁ言うてそろそろでしょ、じゃなきゃキレる」
軽く排泄物共に対応しながらパルクールを続けて暫く。
フラストレーションが閾値を越える寸前に、見通し辛かった視界が一気に開けた。
それは木々の間隔が拡がって、視線が通ったことで起きた現象。
沢山の木に囲まれる世界の中で、唯一ぽっかりと空いた樹木の無い空白地帯。
中心地点には一際目立つ大木がそびえ立ち、異様で神聖な雰囲気を作り出している。
分かりやすいボスエリアだ。
「あ゛ぁ゛〜……漸く着いたわ」
領域に踏み込んでから軽くストレッチをして、後続がこちらに来ないことを確認。
ついでにステータスを見てみれば、小さいながらもステータスが増加していた。
抜刀中のキル数に応じてステ強化する"妖刀"と、キル毎にHPMPSPを微回復する"継戦能力"スキルの効果だろう。
この逃走劇が結果丁度良くボス戦の準備になってるのがなんか釈然としない。
はてさて、使用ステータスの増加幅は都合STR+4とAGI+5。
バトロワでカス扱いされるスキルは、純PVE勢たる私にデレたのか結構な上振れをしてくれた。
消耗は、無し。
テンションは実に八つ当たりがしたい気分。
余りにも万全だな、早く殺意を振り撒きたい。
「つーわけで、勝負しようぜチャリオット」
右手には魚刃、左手には鉈。
久方の普通? の二刀流、多少は慣らした程度。
相対するは大木に背を預け眠っている巨大な影。
闇夜の中ですらよく分かる漆黒の威圧感。
鍛え抜かれた筋肉が、荒々しい傷跡が、丸太のように膨れ上がってそこにいる。
大猿……ハリケーンすら小さく見える、このエリアに住まうもう一つの、壁。
7m程の余りにもデカすぎる熊。
それは物理の具現にして、筋力の重戦車。
『巨大熊:Lv30』
「じゃ、先制貰うね?」
無限に水が出る水筒で刀と手足を濡らして、重量を負いつつ性能強化。
そしてそのまま私は無音で近付いて、すやすや寝ている大熊にライターで火を付けた。
「これ、分かりやすい攻撃じゃないから、危機感知に反応出来ないでしょ?」
零距離で起こした脱法の致命傷。
刹那の間に全身へと炎が広がる。
じりじりと、ぱちぱちと、めらめらと。
聴きなれた炎上音と。
一泊遅れて響く、野太い悲鳴。
殺気を感じてバックステップで離れれば、直前までいた空間はその巨爪によって引き裂かれていた。
避けて尚聞こえた風切り音。
それは轟というか、剛というか。
彼の膂力の凄まじさを、分かりやすく伝えている。
「グルアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
「熊の丸焼きってのも美味しそうだね? ……ごめんやっぱお前は不味そう、死ね」
体を勢い良く地面に何度も叩き付け、必死の形相と咆哮を晒して消火を行い。
ちらりと見えた大熊の瞳は、殺意に染まり切っていた。
怖いなぁ、私が何したってんでしょうか?
オーバードウェポンとかネタ武器が好きです