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登場人物全員が終わってる(今更)
『力:という訳で急に用事を思い出したから代打で白ちゃんに来てもらいました☆』
『黒:宿泊先に話は通してあるから受付に名前言えば通して貰えるよ。二泊三日で払っといたから好きに使ってね』
『力:あとこれお小遣い【*********】』
「……………………(頭を抱えて突っ伏している)」
「あ、あの……やっぱり危険、ですよねぇ……」
終わってる。
アイツらマジで終わってる。
今まで一切反応しなかったのが嘘のように、白ちゃんという単語を出した瞬間爆速で返ってきた返信を見て私は思わず頭を抱えていた。
日々常識が無いだの倫理観に欠けてるだの人を罵っておきながら、まだ中三の私を共謀して嵌めて、保護者の付き添い無しで旅行に放り投げるとか冷静に考えなくても控えめに言ってキチガイだろ……!
大人に何一つ指図されることなく、自分一人だけで旅行してみたいという願望は確かにあった。でもそれを夢見るのは現実ではあってはならざることだからで、所謂家出した少年少女が例外無く補導されるのがその証拠だろう。
馬鹿でも分かる。子供だけの宿泊旅行がどれだけ無謀かつ推奨されないことであるかなど。
私とて愚者では無い。そもそも修学旅行に行こうと踏み切ったのは都合が良く私をよく知る大人が保護者になると自ら名乗り出たからで、仮に金があろうと一人だけならこんな計画実行に移してねぇわ!
「……ご飯食べた?」
「…………え? あ、えっと、まだです!」
「じゃあ取り敢えず好きに頼みな、出すから」
「へ!? い、いや、大丈夫です大丈夫です自分で……っ!」
「るっさい。黙って。はよ頼め」
「アッハイ……」
取り敢えずで打ち込んでみたコードが5万円に化けた。ああなるほどお守り代込みですね? 金額ガチじゃん怖いよぉ。
現実逃避の浪費先ちゃんはビクビクしながらも店員に注文を済ませ、居心地悪そうに対面で視線を右往左往させている。
(……綺麗な金髪)
無意識に目線が吸い寄せられる程、特徴的な美。
髪色もさることながら、長さも質も素晴らしいそれは、別段彼女の印象から浮いていなかった。
まるでよく出来た人形のような可愛い顔。仮想空間で何度も見てきた私の知る少女の面影を残し、そしてそれよりも綺麗だと断言出来る現実での容姿。
若干の挙動不審であることを除けば完璧な美少女だってのに、これに化け物みたいなVRゲームの才能まであるんだから、つくづく現実って理不尽だよなぁ。
……ま、私が言えた義理じゃないんだけど。
「あの馬鹿共からどこまで聞いてた? てか、どうやって私まで辿り着いたの?」
「あー……えっと、黒騎士さんと力羅さんが来ないのは知りませんでした。監督として、その、霖さんに引き合わせてくれるって話を貰って、それで今日ここに……」
「ふーん…………ん? 待って、そもそも力羅と黒とどう知り合ったの?」
「えっと……普通に調べてメールアドレスに?」
私達の関係はかなり特殊だ。
片やイカれた粘着と執念でぶち殺した張本人で、片やそんな狂人を才能だけで踏み潰した完全被害者の超天才。
文字に起こすと"ゲーム世界でガチの殺し合いをした後に知り合いに嵌められて現実でオフ会してる"って、冷静に考えて意味わからん状況だし。だからこそこんな当たり障りの無い、間を埋めるためだけの会話しか出来ない訳なんだけど……
「最初はあの日の名前、雨宮霖でネットの各所で調べたんだけど出てこなくて、」
「ん?」
おいお前今なんつった?
「それで霖さんの転載されてた500対2の動画の男の人はどうだろうって調べたら今炎上してる人って特定出来たから、SNSアカウント探してダイレクトメールとか色々なとこに『霖さんと連絡取れませんか』って送ったら知り合えました」
「……ん???」
おいお前今なんつった!?
「そこから力羅さんにも繋げて貰って、霖さんのお話を聞いて今日ここに……って、な、霖さん? どうしてそんな私から離れようとしてるんですか? 何でそんな身の危険を感じたような顔で後退るんですか!?」
「ただのコミュ障だと思ってた可愛い子が突然行動力が無駄にあるあなたのネットストーカーですってカミングアウトされりゃ誰でもビビるわお前ふざけんなよ!?」
「え……!? な、何か変なことしましたか!?」
「自覚無し!? 無敵なの!? 変なことしかしてねぇよ!?」
──雨宮霖14歳。これまでの人生で幾度となく非常識や無道徳だと言われてきた彼女はその日を境に、後にとあるチャットルームに参加することになる少女を前にしてこう思うようになった。
(……あれ? 知り合いの中で一番まともなのってもしかしなくても私じゃね???)と。
類が友を呼んでいるだけである。
******
「そういえばお名前は? あ、私は雨宮霖が本名ね」
「あっ、と……み、美鷺白露です」
「ん。よろしくね白ちゃん」
「え、あ、はい」
長い出発前のアナウンスを聞き流し、肘掛に凭れて手元のスマホに目を移す。ホームに降りてすぐに乗り込んだ新幹線は、発車時刻までまだ残り五分ある。地味にではなく、嫌に長い。
……まあ、幾ら保護同伴者がいなかろうと、如何にそれがヤバいか理解してようと、既にここまで来てしまった以上帰る選択肢なんかなくて。
同時に、幾ら隣人(文字通り)がやべーやつであろうと、流石に年下の引き籠もりの初めての遠出を、それも私と同じように数千かけてまで駅に来た子に帰れと言える程、人間辞めてるつもりも無くて。
私に物理的な実害が無かろうと、仮に対人能力が無い(かもしれない)この子を放置した場合、何かしら酷い目に遭ってそうなのが簡単に想像着いてしまう精神的な実害が避けられない現状、横に置いとく方が一番マシで。
京都行きの新幹線に……それでも旅行に行ってみたいと決めた私は、白ちゃんと並んで一般席に座っていた。
「……あの、泊まりになるってお母さんに伝えたら、証拠の写真が欲しいとか言われまして、その……」
日帰りのつもりだったのだろう、或いはサプライズか何かのためにそう言われたのだろう。
散策用ではなくおしゃれ用な服装に、旅行に行くには明らかに不適切な小さな鞄。なんだろうな、この、普段外出慣れしてない子の精一杯頑張って選んできましたコーデ感は。
聞いてきた目的が違ったんだから何を言っても仕方が無いんだけれども……ああなるほど、少し見えた。ある意味私とアイツらで行くよりも、この子を連れて行った方が健全かつ常識的な観光を私にさせられるのか。
やり口がクソだとしても、所謂責任感を私に持たせるにはいい案だ。事実私にあった絞りカスみたいな良識と倫理観が働いて放っておけなくなってる訳だしなクソが。
……これ、マジで私がしっかりしなきゃなぁ……
「ん」
「ぇっうわぁ!?」
まだ乗客が少ないのをいい事に真横の少女を抱き寄せる。
幸い新幹線の座席はそれなりにデカい。私らが小さいのもあって、画角を調整すれば周りの景色から場所がバレたりはしない筈。お互い遠出してるのがバレるのは面倒だし、私も私で記念に残すのが嫌な訳じゃない。
カメラを拡大して……どうせ撮るなら綺麗に撮りたいな、もうちょい顔寄せますか。
「あれ? 香水着けてる? あとで貸して」
「えっ、あっ、ひっ……?!?!?!」
「……顔真っ赤だけど大丈夫?」
ぷにっとした頬に頬で触れてから薄いシトラスの香りに気付いた。好きなタイプだなーと思った矢先、髪に意識が吸われたからか肌に触れる白ちゃんの髪が気になって、妙にこそばゆくなってきた。
ぱしゃりと生成した一枚の自撮りの中では、そんなサラサラの絹糸が芸術品のように交差していた。
金色と白銀の長髪がお互いの襟元や鎖骨にかかりあって、コバルトブルーとルベライトの大きな瞳が隣り合ってこちらを向いている。
対極な配色ながら、それでいて互いに異常な容姿だというのに見劣りしない。可愛い美少女ということは共通しているその写真はまるで……
「discordある? LINEでもいいけど」
「……ふえ?」
「だから、いるんでしょ? 写真。てかそれ無しでも普通に連絡取れないと不味いでしょ?」
「………………あっ、はい!」
呆けてたのから戻っていそいそと鞄からスマホを探す白ちゃんは、見ていて本当にそそっかしい。まあ、退屈しなくて面白いとも言い換えれはするんだけど。
(あ、そういやリアルで初めて家族以外と交換するな)
それはきっと、この子も同じなんだろう。
……本当に共通項が多いな私達。それでいて才能や性格のベクトルが真逆だし……
(……本当に姉妹みたいだ)
リアルに妹がいながら赤の他人に妹感を幻視して、思わずくすりと笑ってしまった。
気付けば動き出していた電車は加速を始め、窓に映る景色が高速で後ろへと溶けて流れてく。
でも、心底嬉しそうに目をキラキラさせながらスマホを見つめている白ちゃんは、その様子なんてまるで眼中に無いのだろう。
見覚えがあった。
何時だったかとそれに思いを馳せば、該当したのは彼女に私が初めて出会った日の表情だ。
沈む直前の刹那に存在した、私とフレンドになった瞬間のにへらっと溶けてる笑顔と、重なって。
そう、あの日も同じ。
鬱陶しい程の晴天で、窓から射し込む光が彼女を照らしていることすらも、何もかもが一緒だった。
(……窓が遠い)
──そうして、私達二人だけの修学旅行が始まった。
なおこの話で一番ヤバイのは本名をプレイヤーネームに設定した霖である