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おまたせ
蛇足、という言葉がある。
本編の後に付け足される後日談、或いは外伝。そのお話のメインに無くてもいい、構成上描写の必要の無かった重要でない事項のこと。
原則、物語の中で詳しく描写された出来事は作劇における見せ場であり、逆説的にサラッと流された事柄とは、それだけその物語にとって重要でないことを意味している。
白との──第四仮説との決着こそが本編であった私にとって、つまるところその決戦に望むための準備、及び後遺症は全て蛇足であった。
特段語る必要も取り上げる特異性もない、私の人生でとっても優先順位の低い事柄は然し、私の認識と相反して他者にとっては覆しようのない本編だったらしい。
あの死闘から日を跨ぐ程気絶した後、クソだるい体を引き摺って降りたリビングにて、電話越しに聞こえてくるのは心底呆れた男の声。
私の認識において蛇足でしかない事柄を真人間としてジャッチしている青年は、古くからのお隣さん、要するに幼馴染だ。
尚この場合においては裁判官、別名死神とも言う。
『被告人雨宮霖、お前は前回前々回と再三注意を受けたにも関わらず、ゲームで勝つために必要なことだからと訳の分からない理由でまたもや体調を破壊する数々の凶行に及び、俺達の心配を他所に39℃近い高熱を引いて修学旅行を計画的に欠席しました。馬鹿につける薬は無いとも言い、そしてどうせまともに反省もしないだろうから、被告を一ヶ月間VRギア取り上げの刑に処します』
「ハヤトくん、幾らだ? 幾ら欲しい?」
『燕は速やかに姫雨ちゃんと協力してそのアホの部屋からゲーム機材を没収してうちに運んでおくように。本格的な説教は帰ってからするからアホはそれまで部屋で寝てろ。じゃあ解散』
「「お疲れ様ー」」
「待って! ハヤトくん! まだお話は終わってないぞ!?」
『一旦お前は終わってはいるか。じゃあ聞くけど燕、異論ある?』
「ないよお兄、なんならお風呂沈めとこうか?」
『まだ次の馬鹿に対する脅しに使えるからそれは待とう。姫雨ちゃんは?』
「甘くない?」
『聞いたか霖、俺達より身内の方が厳しいぞ』
「クソがぁ……!」
身内だけだと容赦が入ると家族会議に呼ばれた幼馴染の兄妹は、長い付き合いだけあって私に全くもって容赦が無い。
なんなら身内の方が容赦が無いのは本末転倒甚だしいが、つまるところ私は今詰んでいた。
「私が何したってんだよ! 別に誰にも迷惑かけてないし、ハヤトに関しちゃ修学旅行行ってるから関係無いでしょ!」
『割とそれなりの数の大人に迷惑かけてると思うんですが』
「心配という名の迷惑がかかってるよ霖ちゃん」
「氷風呂、布団かけずにクーラーガンガンにして寝もせず徹夜、断食、18禁猟奇ゲーでSMプレイメンタル拷問、こんな馬鹿して結果風邪引いて家にウイルスばら撒くクズ姉が迷惑以外の何だと?」
「免疫低下で直撃させた体調不良だから理論上別にウイルスはばら撒いてねぇよ!」
『お前は何を言っている? 戯言? ………………ああうん待って、今行くわー』
そう言ったっきりホテルからのビデオ通話は切れ、後に残ったのは体調不良で死にかけてる儚い病弱アルビノ美少女と妹二人。
病み体で叫んだから喉と頭が痛い私とは違い、いつも元気で冷めてるウチの妹と、お隣さんちの程よく優しい燕ちゃんは、いつだって健康で健全に生命を謳歌している。
私とハヤトと違って仲がいい二人は、常識というつまらない法でもって私を真人間に正そうとしてくるのだ。
ああ、然し悲しいかな。体育が可能な人種とは違って私に抵抗出来る力は無い。
適わないと知ってる相手に挑む程愚かでなく、生活に必要な栄養素を絶とうとする血も涙もない執行者達に対して私が出来るのは、精一杯睨みつけながら歯軋りをするくらいだった。
「という訳で没収するけど、懲りる予定は?」
「今懲りたからせめて一日にしてくれない?」
「反省する気ねぇなコイツ……!」
「じゃあ預かっとくねー、ゲームしたかったら代わりに勉強したらいいよー」
「hun?」
「現実逃避してんじゃねぇ受験生」
******
力:現実逃避してんじゃねぇ受験生
黒:現実逃避してんじゃねぇ受験生
「キレそう」
てな訳で開いたチャットルーム。事のあらましを述べた後に返ってきたのは、全くもって面白みの無い回答だった。
人が暇潰しの方法に苦心してるってのにクソリプかましやがってこいつらよぉ……! 自分達が炎上中だからっていたいけな女の子を虐めて楽しいですか?
……私が逆の立場だったらまあ楽しいけども。
私:でも今割と深刻に暇なんだよね
私:ゲーム機ねぇし修学旅行と振替休日で学校も無いし
私:絵を描くか寝るかしか選択肢が無いの暇過ぎて死ねるんだけど
黒:勉強は?
私:する気ねぇです
黒:だろうなぁ……
力:……
力:じゃあアレだ
力:修学旅行行けなかった代わりに、俺らとオフ会で旅行でもする?
私:?????????
こいつはいきなり何を言っているんだろうか?
力:自業自得とはいえ中三の修学旅行行けなかったとか普通に可哀想ではあるし
力:宿泊費と交通費くらいなら出すから、祝勝会も含めて暇潰しにどう?
どうもこうも犯罪だろ。
私:中学生連れ出してホテル宿泊旅行提案ってお前言ってること終わってね???
私:黒すげぇぞ出会い厨だ!連結厨だ!ロリコンだ!
力:親切に対して酷い言われよう、最早名誉毀損だろ
私:は?
黒:残念だけど姫に女性としての魅力は無いから安心しなよ
私:あ゛?
力:そもそも世間体あって今現在炎上してる人間が不純な目的で今誘うとでも?
力:何故かここ数日の予定飛んだし、丁度今なら保護者としてついてけるんだよね
「…………………旅行ぅ?」
最初は何言ってんだコイツとは思ったが……考えてみれば、寧ろこれは好都合なのでは?
私が修学旅行に行きたかった理由は人生で今まで一度も遠出をしてこなかったからなので、別にそれは『修学旅行』という行事である必要性自体は無いのだ。
なんならスケジュールが決められてる自由の少ない学校行事よりも、自分で旅行に行って自由にブラつく方が良くないかこれ?
お金は……うんまだ貯蓄はある。つかペンタブは取られなかったし体調治すまでにskebこなせば更に貯まるし問題無いな。
ゲーム出来ないのはそもそも没収されてるから関係無いし、荷造りも修学旅行の準備に揃えたヤツがあるからもうほぼ終わってるし…………
私:あれ?これマジで修学旅行行く理由無かったじゃん
黒:情操教育及び同級生とのコミュニケーション……
私:自立性養えるからトントンじゃん
力:あくまで応急処置というか気休めの代案なのにそっちをメインに据えるんじゃねぇ
黒:ていうか勝手に俺巻き込まれてない?俺達って
力:黒は自腹ね
黒:酷い
黒:まあいいですけど
力:……あれ?
力:無視?
黒:姫?
黒:お休みかな?
力:気絶が濃厚
力:しゃあないプラン二人で組むか
黒:プラン通りに動く人間じゃなくないですか?
力:でも無いよりあった方が役に立つでしょ絶対に
黒:……まあ確かに
******
「──とか言っときながら二人揃って遅刻するってどういう了見???」
そうして場面は飛んでオフ会当日。
電車の遅延で到着が遅れた名古屋駅の待ち合わせのカフェ、数十分遅刻して着いたというのにそこにお目当ての人影は無く、チャットルームの更新も昨日作られた観光ルートまとめから止まっている。
出不精の私にとって外出というだけで体力を使うというのに、今日に限ってはリュックサックとキャリーケースを装備している。
外見で周りから浮くのは慣れっこではあるが、ぜえはあしながら特異な重装備をしている私はより輪をかけて周囲から浮いていた。
とっとと荷物持ち共に預けたいと思いながらラテを飲んで奴らを待つが、然し五分十分と経っても一向に連絡の一つも来ない。
(しまいには帰るぞこのやろう)
と、ため息を吐きながらそう思った矢先、遠慮がちに私に向けられていた店内の視線が、一瞬にしてある一箇所へ逸れ、注がれた。
「…………霖、さん?」
対して気にもならなかったその変化。だがしかし、その単語を耳が捉えた瞬間、思わず私もその変化の原因を反射的に目で追っていた。
スローモーションで移り変わっていく景色の中、最初に眼に焼き付いたのは、金。
光を反射してキラキラと舞うプラチナブロンドは、私と同じくらい特徴的な色と透明感を持つ髪の毛で。
次いで吸い寄せられたのは、私とは対象的な透き通ったコバルトブルーの瞳。
私より少し背が低いその少女は、色彩の暴力を携えて私のことを遠慮がちに見つめていた。
可愛い。それも異次元に。
真っ先にそんな感想が浮かんでしまう程整った容姿を持つ彼女を、彼女の顔を私は知っていた。
印象は、かなり違う。
でも顔のパーツが、何よりその立ち振る舞いと声が、完全に記憶と結び付いて同一人物だと告げていた。
なんでここに? とか、本物? だとか。色んな疑問が尽きない私のその少女へ向けた第一声は……
「……え、白ちゃん?」
──そんなよくあるしょうもないものだった。
計15時間かけてスマホで描きました
失踪の理由の大半はこれです(白目)