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平凡な人生に憧れていた。
失敗と自己嫌悪の負のループの最中で、私が望んだ夢はそんな小さくてちっぽけな平凡だった。
引き篭った果ての底から見上げた光はあまりにも遠くて、望んでない絶望的な才能も異常な程に普通から離れてた。
「あはっ……どうだい白ちゃん? 君の唯一の才能が、私みてぇな死にかけの凡才に真似された感想は」
半ばから折れて吹き飛んでいく私の片手剣。
重過ぎる衝撃に肩の関節が後ろに曲がっていて、有無を言わせない風圧に気付けば私は倒れている。
白い世界、その中で地面に落ちた刀身は、何も音を鳴らさなかった。
「──どう? 私の方が化け物だったでしょ?」
ぐちゃぐちゃな感情だった。
私以上の化け物と出会って、感情全部吐き出して、全ての力を出し尽くして……その上で完膚なきまでに、言い訳を全部殺されて負けちゃった。
「君がこれからどれだけ真面目に成長しようと、どれだけ人から化け物って言われようと、何時だって私の方が君より怪物であってやる」
頭で理解させられた。
自分の技術だけで私の才能に着いてきた人が、そんなもの努力だけで手に入れられるものでしかないって否定した。
私だけが出来る筈だったことが、私だけの個性だったものが……自分の境遇を仕方ないものだって思える大義名分が、同じことを出来る人が生まれて否定された。
「──だから私だけは、お前を天才なんかじゃなくただの凡人だって否定してやる」
もう一度やろうとも、絶対に勝てないと思わせる勝ち方をされた。
「体調最悪な私に負けたんだ。PSで圧勝してる上に唯一の対抗札の仮説すら再現してやったお前なんざ、何百回でも何千回でも自分を孤独な化け物だって思い込む度に、ただの雑魚だってぶち殺して私が否定してやる」
本当に全部出し尽くした。私の史上最高速度を出した。
それでも止まってるような時間の中で紅い残光しか見えなかった少女は、私の何もかもを現実でもって否定する。
「化け物って言われる度に、私の方が化け物だって思い出せ。強くなったって思う度に、ハンデ付きで惨敗した事実に絶望しろ」
何も無いと思っていた私が初めて特別だって、唯一持ってると思えた才能を、その少女は残酷に否定する。
悪意に満ちている言い方だ。
人を意図して貶す言葉だ。
ただただ自分の感情のままに、私を叩いた人達と同じように、嫌悪でもって私を否定するための言葉だった。
「──どう? 天才からただの引き籠もりの凡人に堕とされた感想は?」
きっとこれは正当な救いじゃない。
どうしようも無い暗闇からただ救世主を求めるだけだった毎日に、王子様が現れてくれる程現実はフィクションをしていなかった。
太陽が照らせるのは太陽に当たれる人だけだ。
だからこそ、私みたいな陰気な人間を救うことが出来るのは、純粋な光なんかじゃ無かったんだ。
──例えば、人間は極限の集中状態に入ると、今必要の無い情報を一時的に遮断することがある。
色も、音も、匂いも、感触も。
全てが消えた真っ白で静かな世界の中で、その人の声だけが聞こえていた。
集中するために……全てを捨てて勝つために、削った今必要の無い情報。
白夜の中をただ一人歩く少女が、空を切り裂いた怪物が、やがて私に影を差した。
上からしゃがんで私の顔を覗いてくる、色が褪せた視界に映った、世界でただ一人私を化け物じゃないと残酷に証明した少女の姿。
綺麗な純白の長髪は、雨と泥と風圧でボサボサになりながら顔に張り付いていて。
もう無いに等しいくらいちぎれている黒い襤褸は、空気摩擦で全体的に焼き焦げていて。
病的に蒼白かったすべすべの肌は、激戦を経てピンク色に分かりやすく紅潮していて。
焦点も虚ろな紅色の瞳が、にんまりと笑うように歪んだ。
少女の声を聞いていた。
少女の色に釘付けだった。
彼女以外の情報全てを必要の無いものと切り捨てた私の脳が、白夜を背景に彩を見る。
彼女の垂れ下がる髪が頬に触れて、視線と視線が交錯する。
全身傷だらけで、満足に目も空いていない状態で、悪戯っ子のように彼女は笑う。
──夜に星が輝いて見えるのは空が黒いからだ。
だから明るい世界に星は輝けない筈だった。
太陽なんて差していない、星なんてどこにもない、昼間よりも明るい不思議な世界で、それでも私は人生の中で一番輝いていた星を見る。
平凡な人生に憧れていた、異常で異端な独りぼっちな私を照らす。
ただ一人、この人の前でだけなら普通の一人の人間でいさせてくれる少女は、きっと私を救った気なんて無いんだろう。
ただ、それでも。
おかしいって馬鹿にされて、存在そのものすら唾棄されて、私じゃなく私の才能しか見られずに、誰一人として助けてくれなかった私に、彼女だけは真剣に向き合って会いに来てくれた。
特別なんて望んでない、特別だからって思い込まなきゃ心が壊れていた私を、彼女だけは自分の方が特別だって意味の分からないところで張り合って、自分に比べれば私は凡人でしかないって言ってくれた。
眩い閃光とは違う、白に鮮やかに移る対比の色彩。
陽の光ほど純粋じゃない、自分勝手で狂っていて歪みきった魁星。
優しさの欠片もない彼女の言葉に、それでも私は救われたんだ。
最低で、最悪で、煽ってばっかで、ろくな思い出も無い、人殺しで考え無しで私への配慮なんて欠片もない狂人だけど。
修学旅行を休んだ二人の不良娘、雨粒が止まる二人だけの白夜で私はその日──
「──どうだ、ざまぁみろ」
──最低最悪にかっこいい、お星さまに出会ったんだ。




