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失踪だと思うだろう?

引きがいいところで調整してたに決まってんだろ、クリスマス開戦じゃあああああああ

 生まれた時から不器用だった。

 得意だと言えることなんて持っていないし、勉強も苦手だし、人付き合いというものも上手くいった試しがない。

 一人でいる方が気が楽とでも言えたら良かったんだけど、それでも私は寂しがり屋の恥ずかしがり屋で、自分のやることに自信が無いから、誰か他の人がやってることを後追いで真似して安心するような人間だから、日常を過ごす上で他の人の存在は欠かせなかった。


 でも、これは私だけの特別なことなんかじゃなくて、きっと、よくある話なんだと思う。


 取るに足らないよくある悩み。何万回と誰かが相談されて解決されてきた普遍的でノーマルレアなコンプレックス。


 だから……そんなことすら受け止め切れない私はきっと、欠陥品か何かなんだろう。


 誰かの後ろに隠れて過ごしてきた私は、いつだってその隠れられる人その人から話しかけて来てもらっていた。

 言ってしまえば友達だけど、私は作ったことなんて1度も無くて、なってもらったが正しい。

 幼稚園も小学校低学年でも、この時期にコミュニケーションに隔てりや羞恥心を感じる人間は数少ない。

 恐れもなく純粋な情緒で人に話しかけてくれる聖人達に囲まれて、数少ないながらの友達を大切にして……中学校で疎遠になった。

 クラスの数が2.5倍になって、知らない人が滅茶苦茶増えた、コミュ障にとっての刑務所に私は進む。

 真っ当に成長した聖人達が、わざわざ不器用な私なんかに話しかけにくることなんて無いんだろう。

 良い人達は私なんかに構う暇があったら、色んな小学校から集ってきた新しい隣人と仲を深めて、勉強や部活や趣味に打ち込むのに忙しいだろうし。

 それがその人のためになることだって自分でも分かってたから、私からも自然と知り合いとの距離を離した。

 勉強も出来なくて、強制参加させられる部活も幽霊部員で、趣味なんて持ってなくて。

 当然ながら何かに本気になったことなんて無い私は、坂を転げ落ちるみたいに世界からどんどん孤立していく。


 気付けば私には何も無かった。


 私は何も持っていなかった。


 中学校になってアイデンティティについて漸く考えて、私にあったのは好き嫌いの成否だけ。

 昔と何一つ変らずに、得意なことなんて何も無い。

 ただ、人より不出来な私がいるだけだ。

 だからこそ、教室の隅で内心構って貰えないかなぁと読書をしているだけの毎日に起きた変化に、私は心底歓喜した。

 周りが見えない状態で、気付かない内に空回って……


 ……馬鹿みたいな失敗をして、いじめの標的になっていた。



「……これも空回りなのかな」


 趣味と言える程のことじゃないけど、昔から星だけは好きだった。

 私の人生で見てきた物の中で一番綺麗なもので、どんな時でも空に居てくれる、孤独を照らしてくれる変わらない光。

 上を向ける日々にしか見る事の出来ない隣人。

 久々に、意識的に。覗いた空に映るのはどうしようも無いほどの曇天。

 梅雨が近付いて雨が増えてきた空模様は、窓に連続する水滴で分かる程の悪天候。

 嫌いで、そして今の私の心模様と同じな雨が降る。

 光の無さが今の私に相応しいかのように、涼やかに『ザーッ……』と音色を奏で、夜空に暗い蓋をする。


「……明日には晴れるみたいだから、修学旅行は中止にならなそうかなぁ」


 ──何も無いと思っていた私に唯一あった才能は、話のタネにもならないVRゲームの才能だった。

 唯一、本当に唯一、私だけのアイデンティティとして見つけられたそれは……それでも、有り得ちゃいけないものらしい。

 間違ってるなんて思わなくて、訂正してくれる人なんてどこにも居なくて、変なことをしてるなんて知らなかった。

 特異であるのは、言い換えてしまえば異端でもある。

 私にとっては普通な出来事だった思考の加速と同じ速度で動くことは、世界で私以外誰一人として出来ないことらしい。

 出来るはずがないって、ふざけるなって、色んなサイトや動画で文字を、声を、絵を聞いた。

 気味を悪がれて、何万の批難を受けて、否定される。

 学校でのいじめをフラッシュバックさせながら、ありふれた平凡に異端が弾かれる世界があった。


 何も無いと思っていた私の中に唯一あったモノ(・・)が、全世界から否定される。


 泣いて、吐いて、でも私には出来るんだと言おうとして、結局文字はネットに書き込めなくて。

 私がおかしいんだって言われて、だから今度はそんな平凡じゃない私が悪かったんだって、もうゲームも、加速も、例えアイデンティティでも辞めてしまおうとした。

 普通になりたかった。

 おかしくて悪いのは私なんだから、ただささやかな平凡に憧れる夢を見て、それがどうしようもなく叶わないと炎上で知って。

 私に何も無くなってしまおうとも、私の全てが否定されて虚無に戻ろうとしても。

 ああ、私はどこにも居れれないんだなぁって絶望しても。

 でも、それが一時でも、それが卑怯な手によるものでも、世界で一番強いプレイヤーが私なんだと思い出が出来たのなら、十分じゃないかって。

 異端と蔑まれ排斥されるだけの才能に、唯一あった特異な特別を紛いなりにも抱けるならと。

 排斥される異端として生きるしかないんだから、私はこの事実を慰めに長い長い人生を過ごしていくしかないんだ。


 だから──


「……ログイン」


 ──私の唯一の救いを邪魔する、私のことが大嫌いな人を否定するために、修学旅行当日の4時(・・)に私はVRゲームに降り立った。



 ******



 ポストに入っていたしおり曰く、私の学校の修学旅行の集合完了時間は6時だった。

 中学二年生で行く学校なのを除けば、なんらおかしいことの無いタイムスケジュールだと思う。

 この時間に来たのは、確認のためだった。

 もし彼女が居るのなら、ログアウトして寝ればいい。

 居ないのなら、ああ、結局彼女も嘘吐きだったんだなぁって、修学旅行には行けたんだなって、安心して寝ることが出来る。

 私なんかの……何も無い人間なんかのせい(・・)で、人生を台無しにしてなんか欲しくない。

 果たして降り立った『天光のエクリプス』の地に、フレンドのログイン表記は──


「……うそつき」


 ──当然ながら、点灯なんてしていなかった。


「………………あ、れ?」


 知っていたことだった。

 分かっていたことだった。

 中学校になってから疎遠になっていった友達と、別に変わらないことじゃないか。

 私みたいなゴミに構うよりも、もっと大事なことがある幸せな人生を過ごしている、私が祝福すべき人間なだけだった話だっていうのに。

 どうして私は、理不尽にも『裏切られた』なんて思っているんだろう?

 幸せで、望んでいた、安心する筈の事実なのに。


 ……どうして私は、涙を流しているんだろう。


「……あ、れ? おかしいなぁ……なんで、こんなに、哀しい、の?」


 声が震える。嗚咽が漏れる。喉の奥がつーんとして、心にぽっかりと穴が空く。

 暫くその場に膝を抱えて座り込んで、隠れて泣くだけ泣いてみても、喪失感は埋まらない。

 おかしな話だ。私なんかを優先する筈が無いって分かってたのに……私はまだこころのどこかで、彼女に救ってもらうのを諦めてなかったんだろうか?

 ズビズビと鼻をすすって、もしも彼女がこの世界に居たらのことを考える。

 この調子なら私はきっと、ログアウトすると言っておきながら会いに行っていたんじゃないか?


「……あ、はっ……馬鹿だなぁ、私って」


 すぐさま否定出来ない時点で、それを真っ先に想像してしまう時点で、女々しくもきっと私はそうなんだ。

 悲しい人間だ。

 くだらない人間だ。

 どうしようもない人間だ。

 自分で自分が嫌になって……もう、この表現も使い飽きた。

 そんなのいつものことじゃないか。

 今更、心境整理(モノローグ)で語るようなことじゃない。


「……あと二時間かぁ」


 ……霖さんは、ちゃんと修学旅行を楽しみにして寝ているんだろうか?











「……来なかったなぁ」


 ……あれから結局二時間待っても、霖さんがゲームに来ることは無かった。

 私の学校のバスが出る時間を迎えて、それでもこの世界はまだ暗い。

 現実はちゃんと晴れているんだろうか? 昔友達で居てくれた子達はちゃんと楽しんできてくれるかな?

 ……その感想を、私が聞けることなんて無いんだろうけど。


「……お別れだね、私」


 真面目にやったことなんてない。

 思えば私は人生において本気で何かに取り組んだことなんて無かったけれど、例え現実逃避に適当に過ごしただけのデータだとしても、それでも長時間過ごせばこのアバターにも愛着は湧く。

 雨は嫌いだ。でも、誰も寄らないからとよく狩りをしていた場所があった。


 私の引退は、そこですることに決めていた。


 街中の宿の個室から出て、フードを目深に被って歩く。

 目的地は『常雨の森』、周りにプレイヤーはあまり見ない。

 早朝のこんな低レベルのエリアに本来人が居る筈もなく、霖さんの打ち上げ蹂躙事件が特別だったんだと改めて理解した。


「…………」


 歩く私の口から出る言葉は無い。

 色んな感情が渦巻いて、言語化出来ない物悲しさは、きっと感傷なんだろう。

 歩いて、歩いて、やがて雨が降り始める。

 歩いて、歩いて、雨脚が強まって。

 降る線としか認識出来ない透明が木々を叩く中、無意識に向かう先は霖さんと会った場所。

 本当に女々しいなぁと思う最中、やがて開けた場所に辿り着いて……





 ──私の時が止まった。

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― 新着の感想 ―
[一言] PKKか風邪だと思ってたけど 「レベル差のせいで負けたという言い訳を否定するために、低レベルのサブ垢で来た」っていうのはどうよ
[一言] サイコちゃん来なかった理由的中させると更新速度が上がると聞いて 力羅があのときのあいつ風邪って言ってたのがここでガチ体調不良とか 実は修学旅行行く気満々だったけど風邪引いたとか
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