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近況報告
・モンハン新作で狂った
・VCRGTAが始まった
・忍殺書籍合本版(21巻分)が50%オフだったので買った
失踪秒読みか?(更新しろ)
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!!!」
『緊急襲来:『羅雪』討伐戦!』
そう銘打たれた期間限定クエストは、専用イベントフィールドにて現れる特別イベントボス『羅雪』を討伐周回し、手に入った討伐証を各種素材や特殊装備を交換するイベントである。
何段階かに難易度分けされている『羅雪』は、高難易度の挑戦である程得られる討伐証が増えるシステムだ。
この手の討伐戦イベントは長く取られた開催期間もあって、当然ながら後半には完走したプレイヤーで溢れるため、運営は遊び心として報酬無し、超高難度のボス強化個体をチャレンジクエストをイベント後半に解禁するのが通例だった。
全プレイヤーにある程度平等な挑戦権を与えるため、このチャレンジクエストでは自分のレベルが低い程討伐後のスコアに補正が入る。
先に述べたある程度という断りはどれだけボーナスがあったとしても、同種のイベントが開かれる度に結局はスキルと装備に圧倒的格差のあるレベルカンスト未満のプレイヤーが、廃人連中を差し置いてスコアランキング一位を取った記録が無いからだ。
だからこそその最終日、イベントTAについて少しでも知識のあったプレイヤーは、全員がその名を見て吐き捨てた。
「これだから仮説は」と。
TAスコアランキングの一位に表示されていたのは、二位より早いタイムで『羅雪』を粉砕した僅か44レベルのプレイヤーだ。
数日前に炎上して以来、引退したと思われていた第四仮説。
その才能の暴力を見せ付けられたプレイヤーは、どうしようもなく悪意を感じて仕方がない。
復讐か、制裁か。囲んで叩かれたのをやり返すかのように、最後にやり逃げするかのように叩き付けられた絶望的な差。
デフォルトで人の数倍の速度で動けるが故の圧倒的手数、そして速度に応じて加算される物理エネルギーの圧倒的破壊力。
それを余すことなく発揮すれば、こうもイカれた記録が出るものなのかと。
理論値の約1.7倍のスコアを叩き出した白露に対して、怒りと嫉妬と虚しさから来る罵詈雑言がいたるところから漏れ出る。
すわ再度の炎上かと思われた矢先、言葉では止まらないであろう感情の氾濫を止めたのは……喧騒からかけ離れた余りにも静かな数字だ。
「────は?」
絶句。
誰もがその現実を受けいれられず、驚愕で二の句を継げなくなる。
何事かと聞いてきた無知なプレイヤーに被害者は理由を語り、やがて無知から既知へと変わったプレイヤーも絶句した。
ランキングが、入れ替わっていた。
スコアボーナスの表記は無い。
レベルは当たり前のようにカンストしていて……然しながら、その討伐時間だけが余りに異常。
仮説を二位に陥落させたのは、僅差による競り合いに勝って成し得た偉業では無い。
大差だった。
ジワジワ最適化を施した末の塗り替えですらない、一撃による陥落。
理論値などゴミのように破り捨て、第四仮説すらくだらないと嘲笑う。
白露の半分以下の戦闘時間で『羅雪』を倒した異次元の記録者の名前は──
「なんで……なんでなんでなんでなんでなんでなんで……っ!?」
──批難を聞きたくなくてログアウトしていた少女は、冷めた目でイベントの経過を現実で確認した後に、気付けば仮想世界に舞い戻っていた。
世界がぐらぐら揺れて見えて、みっともなくすっ転んで、それでもがむしゃらに走り出す。
誰に否定されようともやっと見つけた唯一のアイデンティティが。
自分が唯一持っているものが壊されて、現実では何百回としてきた挫折を前に、未だこの世界ではしていなかった初めての挫折を前に、ただ訳も分からず走り出した。
勝てるだろうと疑わなかった。
無駄なことだとすら思っていた。
どうせ意味の無いことだとなげやりにボスを倒して、いざイベント終了三時間前に表記されているのはどうしようも無い自分の二位。
店売りの安い片手剣を手にして、全速力で辿り着いたイベント会場で『羅雪』のチャレンジモードに挑戦する。
何度も、何度でも挑戦して……そうして何百回と記録を微更新して……
届かない。
体感で察した彼女の記録を超えるのに必要なのは、一分強。
それだけの時間を縮めなければ、霖の記録には届かない。
全力でやって本気で殺そうとしているのに、一戦ごとに縮まる討伐時間は微々たるもの。
どうすれば早くなるのか、どうすれば上手く戦えるようになるのか、そんなことを考えたことが無い少女に経験の引き出しなんて無い。
負ける訳が無いと気負わず受けた競走は絶望的な差を着けられていて、受け入れられない少女はギリギリになって足掻いてしまう。
だって、何もかも終わってる自分に唯一あった誰にも負けない才能が、それしかない取り柄が、誰かに負けてしまうようなモノでしか無いなんて。
長い人生で漸く見つけた唯一のアイデンティティすら、自分には無かったなんて否定されるのが嫌だから。
結局自分はなにものでも無かったなんて知りたくなかったから。
だから、最後のその瞬間まで、少女は現実を受け入れられずに足掻いた。
自分の全てが否定される瞬間を迎えたくなくて、みっともない顔で足掻いた。
やがて──
「ぁ……」
──タイムアップは平等に、残酷にやってくる。
イベントが終わって順位が確定し、少女はか細い声を上げてその場に崩れ落ちる。
霖の記録は一度足りとも動いていない。
一撃だ。
それで充分だと言わんばかりに、届く筈が無いと分かりきっているように、少女の追走に傲慢にも無視を決め込んだ競走相手は、何事もなかったように一位に君臨していた。
最後の最後に微々たる更新を重ねて追いすがった自分と比較すれば、余りにも惨めに思える結末でもってして、現実が世界に書き記される。
『プルルルルルル』
「ひっ……!」
感情の整理すらままならない少女に間髪入れずに飛んできたのは、フレンドからの電話通信だ。
無視して逃げることも出来ない性格の少女が反射的に許可して繋がったのは、唯一家族以外で覚えている声の主。
『あはっ、どう? 嘘つきにしてあげたよ』
「……ながめ、さん……っ?」
『なぁに? もう声すら忘れちゃったぁ? 君の唯一の友達の霖ちゃんだよぉ? ……私如きじゃ君に勝てないって白ちゃんが誇大妄想を吐いたお相手さん!』
霖は嘲りを多分に滲ませた声で歌う。
心底楽しそうな笑い声に晒されて、少女は唇を震わせることしか出来ない。
何を言おうか以前に何も考えられない。
敗北。
あれだけ言っておいて、あれだけ人から言われておいて。
嫉妬される程の才能があったから排斥されたんだと飲み込んだのに、これで負けてしまったら自分は一体何のためにこんな辛い目に遭っているんだろうと。
どうしようもない確定した現実に頭が真っ白になった少女が、最初に言語化出来たものは……
「……なん、で?」
『何に対して? 電話を掛けた理由? 私が勝った理由?』
「……どうして、まけたの……?」
事実として、少女の記録は圧倒的だった。
廃人が三位に叩き出している理論値を遥かに上回るスコアを簡単に出し、後半には更新を続けていったというのに、それでも霖は二位に大差を着けての一位に君臨している。
意味が分からない、負ける筈がない。だってあの日自分は霖をゴミのように蹂躙したのに、こうなるのはおかしいと。
『君が努力してこなかったからだよ?』
果たして霖から返ってきたのは、当然だろと言いたげな口調の簡素な理由。
『そのレベル帯で一番強い装備は用意したかい? 属性弱点を突いたかい? スキルの最適化は? 攻略法の解説動画は? ……どうせ全部してないだろ? だからこれは君の怠慢の結果だよ』
それらを全て完璧にこなした末にあるのが理論値だと言うのなら、敗因は仮説の叩き出せる理論値を出さなかったこと。
雨宮霖は仮想世界仮説を持たない。
ただし、それは仮想世界仮説に匹敵する実力を持たないという訳では無い。
こと単純な火力ゲームにおいて、霖は誰にも負けないカードを一つ持っている。
特異な共感覚を持つ彼女は、ある状態を本当に死ぬレベルの激痛によって想起出来るまでに自身を改造した人間だ。
それを活かして尚、自身のプレイを極限まで理論値に近付ける努力をした霖に……ただ現実逃避にこの世界に来ただけの引き籠もり等かなうはずもない。
『見通しが甘いんだよ根本的に。そこまで絶望するくらい大事なことなのに、なんで更新開始したのが三時間前なの? ……あはっ、才能を活かす云々以前に発想力も無い。そんな人間性してるから今引き籠もりなんじゃねぇの?」
霖の口から出るのは悪意に満ちた暴言ばかり。
認めたくない人格否定を口にされ、失意のどん底で思わず少女は口にしてしまう。
咀嚼した情報を元に形作った、無意識の防衛本能が。
「……全部してたら、私が勝ってた」
自分を正当化するための言い訳を、紡ぐ。
「装備もスキルも攻略法も知らなくて、だから私が負けるのは当たり前じゃないですか……!」
一度口に出してしまえば、楽になろうとする意思は止まらない。
「そうだ、今日は体調が悪いんでした。頭痛いし、思考も回ってないし、これがもし万全だったら私は……」
『仮にお前がお前の理論値出したところで、私の記録に勝てる理由にはならないよ』
「負けてないもん! 私は……私は、まだ負けてないっ!」
『…………どうしようもなく人間だねぇ、君も』
存在意義を否定されて出た意味の無いたられば論に、然し霖は意外なことに聞きに回る。
「そもそも、討伐スコアを競ったところで分かるのは攻撃力であって勝ち負けじゃないし、論点が違っ……『じゃあ、殺し合おっか?』
──ただ一言を、逃げられない状況で言うために。
******
──振り返ってみれば私はきっと、大分前からハメられていたのだろう。
『そうだね、確かに私の提案が悪かったよ。そりゃTAイベントで決まるのは火力の勝ち負けだけだよねー。そりゃあそう言われても仕方が無いさ!』
「え……あ、の……?」
『うんうん分かるよー君の言いたいことは! もう一回殺し合えば自分が勝てるって分かってるのに、どっちが強いかの決着が殺し合い意外で着くのはおかしいだろって駄々こねてんだよねー! ……じゃあさ、今度は本当に殺し合えば満足して納得してくれるよね?』
イベントすら私の退路を断つための仕込みでしか無かったんだろう。
慢心を叩き壊されて、自分の存在意義を殺されかけて、本当の本気を出させるための……精神のストッパー無しの全力の私と殺し合う約束を取り付ける、そのための全ては下準備。
『──それで、いいよね? 第四仮説ちゃん♡』
寒気が走った。
何か、どうしようもなく取り返しのつかない選択肢を間違えてしまったかのような違和感があった。
一転、言い訳を吐いて持ち直していた顔色から、血の気が引いていくのかわかる。
反射的な言い訳という言質を取られて、霖さんは私に蕩けるような声音でそう聞いてきた。
誰が聞いても赤面してしまいそうな甘い声に覚える感情は、言い方の印象とは真逆の今日一番の恐怖。
まるで巣に漸く獲物が掛かって喜ぶ蜘蛛のようなイメージが浮かんで、一瞬の逡巡が入った。
──ここで断れば負けを認めるも同然で、私の言葉は全て言い訳になってしまう。
──ここで受ければ負けを認めないことになって、私に大差を着けた得体の知れない化け物と再度戦うことになってしまう。
『ああでもさっき、今日は体調が悪かったって言ってたよね?』
「あ……ちが……っ」
『いざ戦るってなって万全を出せなくて負けましたってなってもお互いに気分悪いじゃん? だから選んでいいよ、決闘日時』
「まっ……!」
『どうしたの? 一度私に勝ったんだし、TA競走も強さには関係無いんだし、そもそもそれで負けた理由が分かって、対策を取れる時間もあるんだよ? ……負ける理由が、白ちゃんには無いんでしょ?』
言葉に詰まる私を置いて、霖さんは用意していたカンペを読んでいるかのように、あらゆる言い訳を先回りで潰していく。
嘘だって分かりきっている筈の出鱈目で揚げ足を取って、何か私が言う前に矢継ぎ早に言葉を投げて。
真綿でじわじわ首を絞められていくように、執行待ちの罪人のような気持ちを味わっていた。
怖い。
どんどん呼吸が乱れていって、恐怖で全身が震え出す。
色んなものが入り交じった絶望感に全身を支配されて、何も言えないでいる私は霖さんの言葉を聞くことしか出来ない。
『私、一週間後に修学旅行あるんだよね。だからそれまでにしてくんない? 最高の気分で初めての旅行に行きたいからさぁ!』
──だからこそ、その言葉が天啓に聞こえたんだ。
我ながら、最低なことだと思う。
昨日言われたことが頭にフラッシュバックして、ああ、本当にその通りじゃないかと、どこか遠いところに居る私が私を罵倒した。
自分のことしか考えてなくて、精神の保身のためだけに、その場しのぎの先送りで切り抜けようとして、他人の要望に取り合わない。
「……な、ら、一週間、で」
『……は?』
電話越しに相手が困惑しているのが分かる。
それはそうだ、だって私が選んだのは最低最悪の嫌がらせなのだから。
予めダメな日時を言われたのに敢えてその日を選んだのは……行きたいと言っていたんだから、修学旅行の日に約束すれば来ないんじゃないかという打算でだった。
「私、も、修学旅行が一週間後にあるけど、行きたくないから……どうせなら、お互い引き籠もりらしく、その日にしましょう」
……ああ、本当に、こんな時だけ頭が回る。
記憶の片隅にあった私の学校の修学旅行日は、奇しくも霖さんと同じ日だった。
普段働かないくせに、完全に忘れていたくせに、現実から逃げるためなら都合良くも思い出してしまう私の脳は、泣きたいほどに逃げ癖だけは出来ていた。
『……ははっ、お前今なんつった?』
「……行きたければ行けばいいじゃないですか、修学旅行。私みたいなクズと戦うのがそんなものより大事なら、是非その日に来てください」
『白ちゃんが来ない可能性は?』
「分かりません。もしかしたら修学旅行に行ってるかもしれないし、霖さんに会いたくなくてそもそもログインすらしないかもしれません」
『日時の変更は受け付けてる?』
「………………嫌です」
『……はぁ、分かった』
呆れたような声を引き出した、投げやりで最低な私の返答。
「十中八九私は来ないけど、それでももし私と戦いたいなら修学旅行すっぽかしてゲームに来れば?」……要約してしまえばそんな理不尽な要求を出した私に、漸く霖さんも納得してくれたみたいだ。
自分で自分が嫌になる。結局のところ、私はどうしようもないクズだったんだ。
日常に変化を求めていた。自分で救世主になろうとせずに、こんな腐った世界から救ってくれる救世主を強欲にも求めるだけの私は、仮に救世主が現れたとしてもきっと変われない人間だったんだ。
腐っていたのは世界じゃなく、私だった。
今、本心から漸く自分に絶望出来た気がする。
幼稚な言い訳の果てに言う言葉があれなんて、本当に私はどうかしている。臆病で怖がりで自分のことしか考えてないクズなんて、救われようがないじゃんか。
……だから私は、霖さんの返答が嬉しかった。
ああ、漸くこの人も私を諦めてくれたんだって……あの時、友達が出来たんだって本心から喜ばせてくれた人を、これ以上こんな奴に付き合わせなくて済むんだって。
やっと失望してくれたんだって、私は……
『──行くよ』
「……ふざけないでくださいっ!!!」
──気付けば私は叫んでいた。
「こんなもの、ただの脅しですよ!?」
『で?』
今、この人は何を言っている?
「私は行かないって言ってるのが分からないんですか!?」
『聞こえてるよ?』
あれだけ酷い条件を突き付けて尚、この人は……
『それが例えどんなクソみたいな脅しだろうと、可能性があるなら私は……』
「……もうほっといてよっ!!!」
……どうして、私を諦めてくれないの?
「もういいじゃん! もういいよ! 私の負けで! なんでこうまでして私に構うんだよ霖さんは! そんなに私が嫌いなの!? 皆みたいに私が死ねば満足なの!? 分かったよじゃあもう望み通り死ぬからほっといてっ!!!!!」
人生で初めての大きさの声を出した。
無意識に出ていた涙のせいで鼻声になりながら叫んで、私は何か言われる前にログアウトする。
何を言われるのか怖い、もう何も聞きたくない。
ヘッドギアをベッドの外に投げ捨てて、枕に顔を埋めて目を瞑る。
遅れてきた嗚咽を飲み込んで、涙で目元の綿が濡れていくのを感じながら、私は必死で柔らかな布団を抱きしめる。
感情がぐちゃぐちゃだった。
怒り、悔しさ、悲しさ、虚しさ、情けなさ……幾重にも混ざって解けない情緒の洪水で、ただ分からない涙と嗚咽しか出てこない。
体が寒い。乱雑に布団を被って丸まった。
もう、自分が何なのかすら分からない。
「ぐすっ……なんなんだよぉあのひと……」
震えた声でそう呟いて、只管に目を瞑る。
強ばる体を無理矢理丸めて、今はただ何も考えずに眠りたかった。
ただ、もう……疲れたんだ。
時間を。時間だけを飛ばしたかった。
出来るなら修学旅行の日よりも遥かに先へ、もう二度と彼女に会えないところまで。
意識を持っていたくなかった。
今はもう、何も考えたくない。
だから眠りに着けるまで、只管に目を瞑っていた。
──結果から言うのであれば、
──迎えた修学旅行当日、『霖』さんはその日一日中ログインすることは無かった。
羅雪くんは個人的にはまあまあ思い入れがあるボスキャラだったりします
解説ははしょるんすけど