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前話とのジェットコースターみたいな落差こそが二サイの持ち味です
「やあ」
「……元気そうですね」
「君は死んだ顔してるね」
メールボックスを確認する日課を継続して四日目、イベントにも参加せずPKKから逃げ隠れながら返信に書かれた場所に着けば、その少女は生気の抜け落ちた表情で一人佇んでいた。
多少はゲームを学んだのかパスワード付きの個別チャンネルで選ばれたのは、攻略推奨Lv42"常雨の森"のセーフティエリアの一つ。
彼女……第四仮説保持者『白露』の、観測情報が初めてあった場所だった。
「思ったより早く来たね、自殺してなくて安心したよ」
「……心残りがあったので」
「心残り?」
「…………ゲームを辞める前に、最後にお話したかったから」
「………………へえ?」
……どうしよう、完全に予想外の答え返ってきた。取り敢えずカッコつけた雰囲気出してみたけど、え、引退? なんで?? 完全に虚を突かれて返答までの時間が三点リーダーの数で勝っちゃったんだけど??? イントネーション諸共思考がぶっ壊れちまったんだけど???
「……この数日、沢山の動画とコメントを見てきました。時間だけはあったから、調べて、勉強して、意見を沢山聞いて……それで私のやってたことの異常性とか、仮想世界仮説っていうものを知りました」
「メンタル崩壊してんのによく調べたねそれ。ドM?」
「……本当に、時間だけはあったから。……それで、色々と考えて、死んでみることにしました。…………生きてるだけで、邪魔だから」
白ちゃんから読み取れる感情は、言うなれば虚無だった。
「私が……私みたいなズル人間が生きてるだけで嫌な思いをしてる人が沢山いるんだから、存在しない方がいいんですよ、私なんて。……引き籠もりで不登校で現実逃避にゲームをしてるクズが迷惑かけてごめんなさい……沢山の人を不快にさせて……生きてて、ごめんなさい」
希望も無く、ある意味悟ったように平坦な声のトーンで、ただ淡々と事実を述べているかのように。
彼女が辿り着いた、彼女にとっての事実を話された。
「……黙って消えることも出来たけど、霖さんは、初めて出来た友達だから。霖さんにだけは、辞めるって伝えておきたくて」
「それを伝えるためだけにわざわざ私を呼んだの?」
「……はい」
「……そっかぁ」
……どうしよう、助けて黒! この子雰囲気が超重いんだけど!?
私とうとうリベンジ出来るってウキウキウカレポンチで来てんのに、叩き付けられた言葉がこれぇ……? テンションの温度差でグッピーが殺せるわ。
…………ああでも、そうか。
「でも白ちゃんはさ、本心からゲームを辞めたいと思ってんの?」
「……そう言ったじゃないですか」
「言い方変えようか。それは知らねぇ不特定多数の言葉を聞いて、"辞めたい"っていう自己都合じゃなく、"私は辞めた方がいいんだろうな"っていう他者都合を優先した行動決定なの?」
「…………いいえ」
本当に嫌になったのなら、本当に弱気な少女なら、炎上して大多数から悪意や殺意を向けられたら耐えきれなくて自殺してるのが普通だと妹は言った。
ゲーム自体が触れるのも嫌になるくらいのトラウマを背負ってもおかしくないのに、白はこうしてゲームにログイン出来ている。
ならばと、一縷の望みに賭けて鎌をかければ、やがて白は更なる情報を落としてくれた。
「辛いです。苦しいです。なんで生きてるだけでこんな目に遭ってるのか分からないです。解決方法も分からなくて、現実よりこっちの方がまだ気楽に生きてられたのが、こっちに居たらより多くの人から存在から否定されて、理不尽だって全世界から叩かれて……霖さんっていう友達が出来たことを除けば来る理由なんて無いくらいに……今は現実よりも地獄です」
「なら、酷いって思う?」
「……別に。才能だけで私だけ倍速で動けるのは、他の人から見たら実際に酷過ぎるズルじゃないですか。……普通じゃないんだから、私の方が異常なんだから、酷いのは私なんですよ」
「……なるほどねぇ」
そういう白ちゃんは、ああなるほど、簡単にだけど理解出来たよ君のこと。
……正直、言いたいことは山ほどあった。否定したいことが死ぬほどあった。怒りに任せてぶちまけたい私の価値観を……すんでのところで呑み込んで、
「なぁんだ。要は君、才能の無い雑魚共にムカついて萎え落ちしてただけじゃんか」
──精神上一番効くであろう煽りを練りに練って、嘲笑いながら叩き付けた。
「…………え?」
「言葉の端々から感じるよ? 自分は悪くない、才能の無いお前らが悪いって本心が。それに仕方ないなぁやれやれってメンタルガード挟んで、心底では哀れだなぁって下に見ながら、分かってますよハイハイって渋々辞めた雰囲気にしたいんだろ? 口や理屈では正当な罵倒だって言いながら感情じゃあ、ただ生きてるだけで否定されるのは理不尽だって……『ふざけんな!』って本心が隠しきれてないよ白ちゃんさぁ!」
「…………ちが、」
「あはっ、あははははははは!!! いやぁ……悲劇のヒロインぶっててキッショいねぇ! 本心では他人を見下しといて、外面取り繕うために私を呼んで、自身を正当化するために! 自分から辞めたって言い訳するために初めての友達を使う! キショい以外の何者でもないだろそんなのさぁ!?」
「ち、違う!」
「違わないでしょうが。じゃあなんで態々君にPK仕掛けて殺された私なんかに会いに来て自分語りしてんだよ。炎上してメンタル死んでる最中の弱気っぽい人間がやることじゃねぇだろ頭おかしいのか? 助けても何も言わずに自己防衛のための行動に走るクソみてぇな人間だね君、自己評価で下したクズだけは的を射てたじゃん自己中女」
まさかこう言われるとは思ってなかったんだろう、泣きそうな顔で怒るという器用なことをしながら、先程までの虚無の仮面を脱ぎ捨てて反射的に噛み付いてきた白ちゃんは、ああ、なんと図星なのがわかりやすいのだろう!
「最近私がお前を燃やした配信者集団ぶちのめしたのは当然知ってるよね? あれどう思った?」
「……そんなの、可哀想だって……!」
「嘘だね。絶対にスカッとした筈だ。分かりやすい話のネタだったのに触れもしないし、同じことが出来るだろう君が、こんなクズみてぇな精神性をしてる女が、感情移入する先が一般的な視聴者の筈が無いだろう! なぁ、私ら側なんだろ? それでオナッて溜飲とストレスが下がったから、こうして今会話出来るくらいに精神回復してんじゃねぇのぉ!?」
「……やめて」
「やめねぇよ? だって私とお話しに来たんだろ!? 辞める前の最後にさぁ!」
「やめてってば!」
胸ぐらを掴まれる。
大した筋力も無い腕で浮かされた私の目の前にあるのは、涙を流して怒りに支配されている白ちゃんだ。
そうとう痛いとこついたみてぇだなぁ? 意識して煽るとこんなに回るんもんなんだな私の口、やっぱ私って口プの才能あるんかな?
「どうして……どうしてそんなことを言えるの……!?」
「君が嫌いだから」
「ッ……そうですよね、霖さんは仮説が嫌いだから私を探して殺しに来たんですよね!」
「別に私は仮説に好き嫌いはねぇよ? 嫌いなのは君自体だから。仮に君が仮説を持ってなかろうと嫌いなのに変わりはねぇし」
いい加減鬱陶しいので蹴り飛ばしてみれば、無様に悲鳴を上げて受け身も取れずに白ちゃんは吹っ飛んだ。
ああ、本当に……一々癪に障りやがる。だから私は君が嫌いで、同時に大好物でもあるんだけど。
「ほら、本当はこんな雑魚なのに、努力もせずに最強だと思い込んで他人を下に見ながら悲劇のヒロインぶってる辺りとか本当に滑稽だよ。自分が特別だとでも思ってんの? たかが才能があるだけの一般人だよ君は。私でも勝てるわ」
「……負けたくせに!」
「そりゃあ君を知らなかったからだろ。初見殺しで調子乗ってんじゃねぇぞ、三下」
「──勝てるわけ無いでしょ! 霖さん如きが私に!」
「──ああ、それが君の本音だよ。漸く引き出せたかよそのクソみてぇな思い上がり」
ああ本当に、ここまで煽って漸く口に出たかよその本音。
お前の根本に根ざしてしまった自分の唯一縋れてしまう、どんなことがあろうとも『でも私にはこれがある』と思わせてしまう、自分以外誰一人として無い特別な才能に。
絶対に否定されたく無く、全霊を賭してそれだけは守ろうとしてしまう、譲れない事実にして弱点に!
後は、さあ──
「色んなことを調べて分かりました、私が化け物だってこと! 霖さん達がした400人殺しだって私一人で出来るし、どう考えたって! 誰も私には勝てないんですよ!」
──つけこめ。
「あはっ、なら証明してみれば?」
漸く分かったよ壊し方が。
その君の精神を支えである『でも自分は誰にも負けないから』っていう確信を、思い上がりだと理解らせて破壊すりゃいいんだ。
今こうして立ってられる理由を、かろうじて踏ん張らせている背もたれを破壊しなきゃ、この女には逃げられる。
「丁度いいイベントが今やってんじゃんこのゲーム。……レベル帯で得点にボーナスが入る、ランキングありのボスの討伐タイムアタック。お、締切は明日24時までだって。ああ、どうせ辞めるんでしょ? 最後くらい暴れて思い出でも残してけば? 私が全力で邪魔してやるけどさぁ!」
人間が絶対に全力を出す場面の一つを私は知っている。
それは何にも無い人間程唯一持つ、命より大事な意地……言い換えるならば、存在意義を脅かされた瞬間だ。
腑抜けたこいつを殺すのは簡単だ。でもそれは、私の望むシチュエーションじゃ断じて無い。
意識して嘲笑いながら言えば、嫌悪感を露わに白ちゃんは──挑発に乗った!
「絶望の証明になるけどいいんですか?」
「思い上がりもここまで来ると笑えるね?」
彼女と接してきて初めての感情を見た。
名前を付けるなら──それはきっと殺意なんだろう。
「……嫌いです、霖さん」
「お揃いだね、私達」
「だから……殺してあげる、その思い上がり!」
言うと同時に視界に残光を残して、少女は消えた。
遅れて届く風圧はその絶望的なスピードによるもので……私は未だ、それへの解決策を持ち合わせていない。
「……煽り耐性皆無で助かったよ全く」
……まあ尤も、わざとではあっても嘘を言ったつもりは無いのだが。
(第一フェーズは終わった、後はアレの破壊手段の用意か)
イベントの存在も羽蛾への配信凸も、完全に偶然の噛み合わではあるのだが、棚からぼたもちとはこのことだ。
パンパンと襟を手で軽く払い、次に思考せねばならないのはTAイベントのことなんだろう。ただそれについての独り言より先に出たのは、全くもって非生産的で時間を浪費する自画自賛だ。
「……アドリブにしては上手く焚き付けられたよ本当に、自分で自分を褒めてやりたいわ」
全くもって浮かばない解決の糸口から現実逃避気味にそう吐いて、私は取り敢えずイベントの攻略動画を見始める。
……別に、私も初見なんだよねこいつ。
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