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人間には誰だって生活がある。生きるために必要な金を稼ぐのなら、自分の好きなことややりたいことをして稼ぎたいと、そんなことは誰だって思ってる。
元々は配信者になりたくて、ネタを探している内に原点に帰ってみれば、醜い自分の人間性がやりたいことを見つけてきた。
理不尽に対する嫌悪感、才能のある奴に対する嫉妬。加えて、世間で最もタイムリーなVRについての話題、そして時期。
全てが上手く噛み合って出来上がった『仮想世界仮説アンチの過激派』は、一人のガキを生贄にするだけでバズりにバズった。
インプレッションを馬鹿みたいに稼いで、取材交渉も何件かDMで送られてきて、アンチコメントを徹底的にブロックしている爆心地の再生回数も止まることは無い。
ファンには感謝している。
お前らがいてくれるから、俺はこうしてやりたいことで金を稼いで、家族を食わせることが出来るんだから。
新規の視聴者がとても増えたファンとの交流会は、過去一番の参加人数を記録した。
時間通りに生放送を開始して、こんな辺鄙なVRMMOに集まってくれた視聴者一人一人にしっかりと挨拶を交わし始める……と、
「こんにちはぁぁぁぁぁぁ!!!!! 迷惑系配信者の逆凸でぇぇぇぇぇぇす!!!!!」
そんな大声と共に、イベント会場の一角から悲鳴が上がった。
「え、何事?」
「はがやんやばい! PKが襲撃掛けてきた!」
「……人数は?」
「見えてる限り……2人!」
「はぁ!? 2人ぃ!?」
動画のネタが過激な叩きなのもあって、俺にアンチはそれなりにいる。正義感に侵されたPKに生配信中に襲撃を受けたことなんて一度や二度じゃ足りないが……200人強のプレイヤーがいる会場に、たった二人で仕掛けてくるだって?
「いや、参加者だけで片付くだろ?」
「それが……ッ!?」
轟音。
吹き飛ばされてきた質量の正体はプレイヤーで、吹き飛ばした下手人は……余りにも堂々と俺に向かって歩いてくる。
それは確かに、たった二人ではあった。
方や真っ黒の全身鎧、方や長い白髪に爛々と光る赤目の少女。
見覚えが、あった。
踏み込むのを一瞬躊躇するくらいには、ここにいる人間ならば誰だってそいつを知っている。
「……まさか、霖さん?」
「そーだよー? テメェの動画にかませの第一発見者として無断使用された、有名プレイヤーになんか勝手に仕立て上げられてた一般通過PKの霖ちゃんだぜぇ!?」
まさに怒り心頭といった具合に両手を広げてそう叫ぶ少女は、俺が第四仮説の情報に辿り着くきっかけとなったプレイヤーだった。
第四仮説叩き動画の冒頭で強さを見せるため殊更に『有名なトッププレイヤーである』と紹介した、実際は偶に要注意人物として晒されるPKでしかない少女。
様々な罵詈雑言で伝え聞く話では、曰く──
(快楽至上主義のサイコパス……!)
理屈の通じない相手程、厄介な話し相手はいない。俺の取り扱うコンテンツ上相手を言いくるめるのには慣れてはいる。が……果たして目の前にいるのは人数差を考えず、どう考えても関わるだけ損な火薬庫の生配信にたった二人で喧嘩を売りに来る考え無しだ……!
「……一応聞くけど何をしに? 無断使用の抗議? 配信可能チャンネルの規約上それは何も問題は無いはずだけど? ……ああ、それともあれ? 霖さんもああいう誰かを叩く動画が大嫌いな人種?」
「いや別に? 寧ろケラケラ笑って見てたよ?」
「……今なんて?」
「敗北を装飾過多に晒されたのはまあムカついたけど、有名なトッププレイヤーって紹介されたのは悪い気しなかったぜ。だからまあプラマイでそこは不問かなぁ」
そう言って双剣を手慰みに回す少女は、愉快そうに笑っている。
嘘ではないと、本心からの言葉だと、職業柄理解出来た。
何のつかえも無く自然に漏らした言葉は、それが本当だとするのなら、今ここに居る彼女の動機が何一つ分からない。
「さて、ちょっと自分語りをさせてもらおうか。あれは昨日、私が白ちゃん今どんな顔してるかな〜ワクワク! ってこのゲームにログインした時の話だ」
不気味な圧にその場にいる全員が動けないでいる中、少女は訥々と語り出す。
「そしたらさぁ、白ちゃんがどんだけ待ってもログインしてくれねぇんだよ。ねぇこれなんでだと思う? 妹が言うには炎上してメンタルぶっ壊れたからゲームなんて出来る訳無いじゃんって話でさぁ……いや別に、アイツのメンタル自体はどうでもいいよ? 問題なのはさァ…………………………テメェらの動画のせいで!!! 白がログインしねぇから!!! 私が第四仮説にリベンジ出来ねぇんだよクソがァァァァァァァァ!!!」
絶叫。
笑顔から一瞬で憤怒の形相に変わり、叫んだ内容はこの場にいる人間が誰一人として理解不能な動機であった。
しんと静まり返った人波。……やがて沈黙を破った一人の男の言葉、それを引き出したのは恐怖でも懐疑でも無く──
「……仮説へのリベンジ? 何言ってんだお前?」
──呆れだ。
誰かがそう呟いたのを皮切りに、辺りから同じ感情から生まれた言葉が内容を変えてさざめき始める。
叩くよりも、怒りの矛先を向けるよりも、武器を構えるよりも先に。
意味が分からないと、本心から出た否定が、小さな声で、然し幾重にも重なってざわめきになっていく。
無理、無茶、無駄、無謀。
何故そんなことをするのだろうか? 絶対に勝てない理不尽に、何故リベンジが出来ないとこいつは怒っているのだろうか?
「……意味が分からねぇな、霖さんはアイツに一番最初に殺されたプレイヤーだろ?」
「そうだね」
「身をもって体感したんだろ? あの馬鹿みてぇな理不尽を」
「そうだよ?」
「じゃあなんでリベンジ出来ないってキレてんだよ。邪魔だろ、あんなのが世界にいるって認めるしかない現実が」
「はぁ?」
配信を邪魔された怒りも消え失せて、俺はただ純粋に困惑でもって少女に問いかける。
「あんなバグチート野郎はこの世界にいない方がいいしいちゃいけねぇだろ。寧ろ消えて清々しても惜しむ奴なんているわきゃねぇ。仮にいたとしたら『誰かが悲しむのが見てられないっ!』っていう頭お花畑な博愛主義者か、ゲームにそもそも興味の無い一般人だ。そこまでアバター鍛え上げてゲームガチってるあんたが、最初にあの理不尽に轢き殺された廃人が、なんであんな全てのゲーマーの才能を否定するクソ野郎の存在を許してんだよ!」
「……聞いたか黒? こいつ相当なアホだぞやっぱ」
「『ああ。まさか姫様が頭お花畑な博愛主義者だったとはな、初耳だ』」
「過去一おもろいギャグ来たな、博愛主義者はそらお前だろ」
果たして少女は俺の言葉に片手で頭を抑えると、黒と呼ばれたプレイヤーに追随していたライブカメラを近くへ呼ぶ。
息を吸い込んでから不気味な間を置いて。やがて彼女が語り出すのは……
「一つ、面白い話をしようか。……最強ってどうしたらなれると思う?」
俺がこれまで聞いてきた中でぶっちぎりに最悪の煽りだった。
******
「まず、世界の最上層には才能が最低限ある奴しかいねぇわな。そっから飛び抜けたいのなら、私は才能に加えてイかれた精神性をしてる必要性があると思うんだよ」
「なにせ最強を目指すんだ、他人を気にしてる時間なんてあるわきゃねぇし、他者に何を言われても動じない屈強な精神力も必須だし、腐ってる暇も無けりゃ四六時中自分を磨ける人間でなきゃ……主人公と呼べる程の特別を持つ人間でなきゃ! 最強を目指す資格なんてあるわけがねぇよなァ!? ……はてさて」
「これまで観測された完全感覚没入型VR特有の概念、仮想世界仮説ってのは、大抵のゲーマーから『才能の暴力だ!』って叩かれまくってる訳だけど……そんな、誰かを気にして不貞腐れてるような余裕のある人間が、もし仮に仮説を手に入れたら最強に届くと思うか? 『仮説保持者は持ってない奴の絶対的な上位互換で、最強を目指す権利なんて端から無い』って言ってるような人間が、そんなことを思って仮説を叩いてる時点で特別な精神性を持ち合わせてない凡人が、自分を磨いて理論武装の通りに最強になれると思うか? …………あはっ、あははははははっ! そんなわけがねぇよなァ!? 馬鹿でも分かることにまだ気付いてねぇのかよ!?」
「──畢竟、仮説を叩いてる奴らってのは、端から主人公を、最強を語る資格なんて無いんだよ。だって自分に関係無い話だろ? 『才能の暴力だ!』『仮説保持者は持ってない奴の絶対的な上位互換で、最強を目指す権利なんて端から無い』……ふんふんそれで? 才能論以前に元からねぇよ。弱くあることへの言い訳、自己弁護、責任転嫁、大義名分etc。だっさいね? 情けないね? 無様だね? 滑稽だね? ああこれお前んとこの視聴者にも言ってるからね? そんなことをしてる人間は、こんなことを支持してる連中は、どう足掻いてもモブなことを自覚しろ」
「さて。そんな凡人の皆様方でも、流石にここまで語れば、なんで一般通過PK霖ちゃんが白ちゃんにリベンジ出来なくて怒ってるか分かったかい? ……仮説をたかが才能だと受け入れて競争相手としか見てねぇからだよ。正面から、真剣に」
「電脳空間に現れたどうしようもない天才。そいつを捩じ伏せる機会をたかだかモブ如きが邪魔してんじゃねぇぞ。勝手に廃人を愚弄するな分かった気になって同情するな癌共が」
──いや口悪っ!?
マシンガントークで繰り出される罵詈雑言は、それなりの付き合いになる俺をしてドン引きさせるレベルで最悪だった。
妖精のような可憐な声、天使のように可愛い顔、太陽が如き眩しい笑顔から、唄うように紡がれたのは毒! 毒! 毒! 毒!
背丈の低い未だ中学三年生の少女は、心底から楽しげに──愉しげに、自分の価値観でもってこの場にいる全員を下らないと吐き捨てる。
「あぁそっか! ここにいるお前のファン? が見た限り低レベの雑魚しかいねぇの、つまるところレベリングも頑張れないような、自堕落さを隠そうともしない、向上心無く仮説を叩いて気持ちよくなってる系の吐き捨てる程いる凡人だからじゃん! レベルがあるような上位プレイヤーは、向上心があるからあんな動画を見ずに、救われずに、こんなとこに来てないでゲームしてるもんなぁ! うわぁガチで惨めの証明じゃん!」
「『……ああ、なるほど。姫、一つ面白いことが分かったぞ』」
「んぅ? どしたの黒?」
この期に及んでまだ煽る馬鹿の姿を見て、ふと俺も一つ口を挟んでみたくなった。
普段の俺だったのなら、きっと彼女を諌めていたのかもしれないが……
「『──そもそもあの動画は白が強かった以前に、コイツの集めたプレイヤーが弱過ぎただけのフェイク動画だ。まず間違い無くレベルを詐称してるぞ。コイツの視聴者如き、20だろうと30来ようと俺でも力羅でも余裕だろう』」
「………………くっ……ふへっ、……あっはははははははははははははははははははは!!!!! おまw、おまえw、天才かよwwwダッッッッッサwww」
「『あれがやらせだと分からない馬鹿共に燃やされた白を思うと、俺は可哀想でやりない。博愛主義者が故に』」
「博w愛w主w義w者www私を笑い殺す気かよお前ぇ!?www」
ひーひー泣きながら人目を憚らずに笑い転げる俺のお姫様は、笑わせたのが俺の弩級の問題発言でなきゃ全霊で笑えるんだけどなぁと。
(……ああ、これは人生狂ったなぁ)
それでも清々しい気持ちでいられるのはきっと、将来がどれだけ捻れようと、少なくとも楽しい人生を過ごせる確信が出来たからだった。
だからここは彼女のために……火を全て俺が貰い受ける。
白の動画の炎上も、これから起きるだろう霖の罵詈雑言による炎上も、全ての怒りの矛先を……俺が全て奪い去る。
「『ああ、自己紹介が遅れた。第三仮説、黒騎士だ。ここには貴様らを駆逐しに来た。理由はゴミ共の思い上がりが見るに耐えんからだ。……高々才能の無い雑魚20数人を殺しただけの後輩と同列に語られたくは無いからな、見せしめに蹂躙してやる、感謝しろ』」
悪役でいい。
悪役がいい。
このムーブに効果があるかは賽を投げなければ分からないが……彼女が再開を望む少女への叩きが、叩くべき話題が悪意全開で暴れる俺に流れるなら。
それで白が少しでもこの世界に来る確率が上がるというのなら、霖の願いが少しでも叶う確率が上がるというのなら。
別に俺の将来なんざ死んでもいいだろ。
どれだけ俺の未来がこれで狂おうと、未来の俺はどうせコイツが笑わせてくれるんだし。
「ノってんなぁ黒? お前そんなに暴れたかったの?」
「『白の代わりに燃えることにした、これで少しは叩きが減ってここに来る可能性が上がるだろ』」
「わぁ嬉しい、キスさせてやろうか?」
「『なんでそれが褒美になると思ってんだよ。てか大分前にしたろ、手の甲に』」
「「「「「「「「イチャイチャすんな死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」」」」」」」」
「何が?」
「『どこが?』」
こうしてクソガキ二人対雑魚二百強との大戦争が始まった。
罵詈雑言長過ぎて戦闘は次回に区切った
サイコちゃんさぁ……(責任転嫁)