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「草」
今日も今日とてデメモリでモンスターに八つ裂きにされていたところ、クソ面白いことに白ちゃんがなんか気付いたら炎上してた。
ワクワクしながら件の爆心地を見に行ってみた私の反応は……一言で言ってしまえば爆笑だ。
「じ……w自分に関係の無いゲームの初心者を態々囲んでボコりにいって……wで、無様に負けたら今度は腹いせに偏向報道して炎上させるってお前……wダッッッッッサ……wやってる側も賞賛と同情しかしてない視聴層もマジでダサすぎる……w」
加えて言うなら、ただ普通にゲームしてただけなのに唐突に交通事故食らって絶賛大炎上させられてる一般人がマジで不憫でおもろ過ぎる。
今頃白ちゃん部屋で泣いてんのかな? やべぇ可哀想ざまぁ。気弱な女の子の涙とかそれだけでそそるから是非とも顔が見てみたい。
「寝るつもりだったけど冷やかしに顔見に行くか」
もう慣れたストレスによる抜け毛を手早く処理し、既に六時間ゲームしててまあまあだるい体を再度ベッドに寝かしつける。ヘッドギアの電源を再度入れて選択するソフトは『天光のエクリプス』だ、はてさて実際白ちゃんはどんな顔でログインしてんだろ?
「友達の(酷い)顔が見たいから疲れた体に鞭打って会いに行くって、マジで青春してんな私!」
尚、白ちゃんはゲームに来てなかった。
******
「ちょっと煽ってやろうとしただけなのになんで!?」
「逆になんでお姉はその子がログインしてると思ったの?」
「逆にたかが燃やされたくらいでなんでログインしてねぇのアイツ!?」
「あぁダメだこいつマジで終わってる、自分のメンタル基準でしか考えれないサイコパスかよ」
都合あれから七時間ログイン状況を監視して結局現れなかったフレンドにキレ散らかし、100件程のDM爆撃をしてログアウトしリビングに降りる早朝。
一睡もしてない中で浴びる朝日は脳と目に多大なダメージを与え、健康に悪いことこの上無い。八つ当たり気味に妹に叫んでも、返ってきたのはしらけた目と呆れたような返答だった。
「あんた学校どうすんの?」
「寝てねぇから休む」
「今日修学旅行の大事な話し合いあるんじゃなかったの?」
「寝てねぇから休む」
「じゃあなんで下来たの?」
「栄養補給、昨日から断食してた」
「最高に終わってんね、お姉の青春」
薔薇色だよ? ほら今も視界の端にぼやけた薔薇みてぇなシミが動いてる! 薔薇では断じてないけど薔薇が景色にあるから薔薇色な青春だぜあはははは! あーうんこうんこうんこうんこ一日潰れたじゃねぇか死ねよ白。テンションが躁鬱か何かか私?
「…………栄養チャージがない!」
「昨日の朝血走った目で同じ感じで飲み切ってたろお前」
「ひーちゃん一万やるからパシってこい♡」
「登校時にコンビニで買えよ」
「だから休むっつってんだろ!」
「野菜室にバナナあったよ」
「わぁいばなな。ながめちゃんばななだいすき」
のろのろと冷蔵庫の下の引き出しを開け、ここに取り出したるは栄養満点食品バナァゥナァ! 大体三食兼用に使うひと房を手早くちぎって皮を剥き手早くもしゃあ! あ^ぁ〜栄養の味ぃ〜! 空きっ腹に物理的には全く溜まらない質量が実に効いていく^ぅ〜!
「知性の欠片も感じない食べっぷりですねお姉様、ご馳走はおいしゅうございますか?」
「ううはい! へかほあえはにうっへんは!」
「トーストと味噌汁」
「んっ……く。じゃあなんで私が何か無いか聞いた時にそれ勧めねぇんだよ!」
「ガチ空腹に固形物入れたら危ないでしょ」
「ド正論!」
言いながら更にバナナをもしゃあ。バナナうめぇ〜……IQ2みてぇな感想しか出てこねぇのは相当に頭が終わってるからだろう、今ならアホガールのよしこの気持ちが分かるというものだ(もしゃあ)
「……あー確かにこりゃ酷いね、この動画の子がフレンドなの? 確かに友達がこんな誹謗中傷受けてたら流石のお姉でもキレるか」
「んっく。……何の話?」
「え? …………待って、なんでお姉そんなキレてんの?」
「だから最初に言ったでしょ、たかがネットで燃やされたくらいでゲームにログインせず、ワクワクしてる私にインタビューさせなかったことにキレてんだよ!」
「せめてカウンセリングしろよ!? インタビューってなんだよお前!?」
「私の貴重な一日を潰しよってからにあの女ァ……おかげで今日学校行く気無くしただろうが!」
「知らないし早々に来ないと見切り付けて寝なかった自業自得でしょそれは!?」
「……二時間暇潰しした時点で来ないのは薄々察したけど、あそこで寝るのは負けた気がした……!」
「馬鹿がよぉ!」
食べ終わった皮をゴミ箱に放り込み、ドカッとソファに腰掛けた私は臨戦態勢。思い出したらムカつきが止まらなくなってきたし、丁度いいからお前に愚痴に付き合ってもらうとしようじゃないか……!
妹の嫌そうな顔を見ないフリをして口を開けば、真っ先に口を突いたのは私にとって一番に度し難いことだった。
「一ッッッ番ムカつくのはさぁ……私と白ちゃんの戯れの無断撮影の切り抜きに辿り着いたミーハー共が、私のことを可哀想なプレイヤーだと思い込んで同情しながら話し掛けてくることだよ! ふざけんじゃねぇぞ!? 私は! お前らの! 同情心を満たして! 気持ちよくなるための! 偶像じゃ! ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「荒れてんなぁ」
「お陰でまたヘルヘイムにぶち込まれることになったしよぉ……牢屋のアホ共も煽ってくるしまじでクソクソクソクソクソのクソ」
「……一応聞くけど、なんでまた捕まってんの?」
「話し掛けてきた奴全員PKしてたら自治厨に討伐隊組まれて頭数ですり潰された。半壊はさせたけど」
「うわぁ阿鼻叫喚」
「はぁ〜…………そもそも、仮説叩きをする理由が不条理への劣等感な時点で、本末転倒もいいとこなんだよ馬鹿馬鹿しい」
頬杖を着いてそう吐き捨て、不意に来た欠伸を噛み殺して目を瞑る。
嗚呼、なんとくだらないのだろう?
奴らは果たして自分の深層心理と現実を直視した事があるのだろうか? 中学三年生の私の方がよっぽど現実を受け入れて生きているというのに、私より大人な奴ばかりが、私より子供な一人に嫉妬してサンドバッグにする様は滑稽以外の何物でもない。
「じゃ、私学校行くから。じゃねお姉」
「いてらー……あー愚痴って多少スッキリした、もういいやここで寝るか」
ぴよぴよと空いた窓から小鳥の囀りが聞こえてくる。ガラス越しに入ってくる日光は暖かく、丁度日差しの当たる位置で受けたそれは、今ここで寝たら超気持ちいいんだろうなぁと確信させるには過剰火力だ。
ガチで終わってる体に沁みて激烈な睡魔を呼び起こされた私は、代わりに意識をその場で沈めることを決断した。
「ふわぁ…………………………あれ? なーちゃん? 何してんの?」
「就寝。おやすみ」
「朝だよ?」
「だから?」
「だからじゃないけど。学校行こ?」
******
「……いや普通、あのDM見たら義憤や正義感で動いたと思うじゃん……!」
『気に入らねぇ奴らがいるから生配信に配信凸してブチ殺そうぜ』と書かれたDMを受け取ってから翌日、ぐちゃぐちゃの感情のまま姫様の呼び付けでゲーム内の個室でここ最近の話を聞いて、俺は両手を床に付いて膝から崩れ落ちていた。
彼女の思考については理解していた。ああそうだ、俺は理解しているつもりだったのだ。
気分屋で、イカれてて、常人と掛け離れた価値観と思考回路を持つコイツに対して、俺は理解した気になっていたのだ。
可哀想だから? 違う。
配信者のアンチだから? 違う。
一応とはいえ友達だから? 違う。
虐めが見苦しいから? 違う。
「もッッッとを正せばさァ〜〜〜〜? 私がクソ眠い想いしてんのも白ちゃんがログインしないのも他人に知らねぇ同情されんのも刑務所にぶち込まれたのも結局学校行かされたのも、全部全部ぜぇぇぇんぶあのクソ配信者が原因だよなぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「この状況で自己責任のガバの責任転嫁のためだけに、騒動の渦中に喧嘩売りに行くって気ィ狂ってんのあんた!?」
「あはははははは! 黒には是非とも来てもらうぞ? だって仮説持ち引き連れて殺しに行くのが一番相手が面白ぇ顔見せてくれそうだからなぁぁぁぁぁぁぁ!?」
──周知の事実ではあったが、やはり雨宮霖は俺の想像以上に狂人だった。
サイコちゃん豆知識①
ストレスでよく髪が抜ける(尚ストレスの原因は自発的な行動が9割)