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単純に難産だったのとCRカップで遅れました
一応反吐注意
VRMMOにはチャンネルの設定というものがある。
完全感覚没入型VRの完成以前のMMOにとって当たり前のその技術は、当然ながらVRMMOにも受け継がれている。
例えばゲームのサービス開始直後、例えばお祭りのような公式イベント、小さい所で言うなら序盤のダンジョンだってそうだ。一所に集まるには余りに過剰な人数が期待される場合、何の対策もしなければゲームどころでは無くなってしまう。
全く同じマップを何百何千と生成し、決められた目的と人数上限に応じて一プレイヤー毎の部屋を割り振りする。それこそがチャンネルの仕事であり……当然ながら、プレイヤーが初ログイン前に設定する重要項目の一つであった。
「……なるほど、そんな流れでねぇ。そりゃその人が悪いよー」
「ア、ソデスカ……アリガトウゴザイマス」
ことの利便性・重大性を理解していないが故に、ゲーム初心者が犯しがちな様々な間違いの内、チャンネルの初期設定を適当に済ましてしまうのもその一つだ。
様々な思想のユーザーが入り乱れるMMOにおいて、自身にあった快適な環境でストレス無くプレイするためにチャンネルは存在する。
チャンネルのある程度の人口具合から表示設定……そして配信撮影が可能か否かまで。
少女は無知であるが故に、状況に疑問を抱かず受け入れてしまった。
バグっていた危機感と、喋りかけられたんだから受け答えなくては失礼だという思考によって。
「いやーにしても凄いねー! 俺もこのゲーム始めて間もないけどさ、霖ってなるとwikiに載るくらいにはちょっとした有名人だよ? それを44レベルで倒すなんて、マジで白露ちゃんは化け物だ!」
このご時世に登録者32万人を誇る青年は、VRゲームに対する辛口レビューや批判動画を上げまくる、所謂VRアンチの配信者だ。
凡そ一般人が見るのを躊躇うような題材の動画群でそれでも伸びたのは、ひとえに彼が爽やかで明るい話し方なのと、共感性の高い言動を用いるからだ。
羽蛾dis流が少女を知ったのは昨日のことだ。
配信のネタ探しに昔買って積んでいたゲーム内での、無断撮影から転載されたある戦闘動画。おすすめ欄に流れてきたそれを見た彼は両者について調べた後、いてもたってもいられずにゲームを起動しリスナーへと呼びかけた。
「……そんなに強くなかったですよ? あの人」
「そら君からしたらそうだろうねぇ……なんつったって、スキルで加速した認識速度と等速で動ける化け物なんだからさぁ」
「……何かおかしいんですか?」
初期設定を適当に済ませた結果、配信可能チャンネルに居る初心者。そんなプレイヤーを企画の対象によく使う青年は、本心からそう述べてきょとんとしている少女を前に、暫し考えてから言葉を選ぶ。
「──いや、個性だとは思うよ? それは確かに君の才能によるものだし、机上の空論じゃないのは、君自身が実現させて否定してはいる。…………でも、そんな現象は、普通じゃないんだ」
「……普通、じゃない?」
「体感時間が現実の二倍で流れるゲームがあるんだから、ゲーム中で認識速度が加速したら自身も加速出来ないはずが無い。……なるほど、初心者どころか本当に知識が無いんだね白露ちゃんは。────そんな訳ないじゃん、常識的に考えて」
声音を下げて吐き捨てるように放った最後の言葉。
一気に空気が冷えて重くなり、少女はビクリとして悪寒が走った。
急に変わった雰囲気に萎縮するしかない少女に対し、青年は淡々と話を続ける。
「そんな馬鹿みたいな暴論を正解だと思い込んでれば……酷いほどの才能があってこの世界に愛されているなら、その仮説は実現出来るんだね。……才能があるのなら」
"初心者の自分一人じゃ勝てないクエストがあるから助けて欲しい"……そんな嘘で青年が連れてきた場所は、『常雨の森』に存在する広く拓けたボスエリア。
然しそこにはもうボスモンスターはおらず、掲げた右手の指パッチンで現れたのは──総勢22名にも及ぶ高レベルのプレイヤー集団だった。
「──でもさ、それってムカつかない? 絶対的な反応速度の差程度ならPSで埋まりはするけど、そんな"持ってる奴は持ってない奴の完全上位互換でしかない、PSで埋まらず真似も不可能なVR空間における特殊能力"が、才能だけで発現するなんて……理不尽じゃなかったら何だって言うんだよ」
言わばこれはゲームでよく聞く『人権』の話だ。
どれだけ凡人が・天才が努力して強くなったとて、『仮説』を持たない時点でそれは"仮説持ちが同じ努力をした方が当然強いだろ"という、完全上位互換に対する絶望は覆らない。
強さを語るなら、最強を目指すなら、仮説が無い時点で話にならない。
それが完全感覚没入型VRが生まれ仮説が発見されて以降、仮想現実で最も忌み嫌われるクソ仕様だ。
「悔しいじゃないかそんなの、ふざけんじゃねぇと思うだろこんなの! 君に分かるかい? どれだけ頑張ったところで手の届かない才能が遥か高くを飛ぶ様を眺めるしかないやるせなさを! ……分かんねぇよなぁ! 右手を握る程度には出来るのが当たり前の常識なんだから!」
羽蛾dis流の絶叫は、果たしてどこまで世間の声を代弁したものなのか?
短期間で急成長を遂げた彼のチャンネルは、彼が上げてきた動画の内容はどんなものなのか?
撮影はとうの昔に始まっている。この企画の終わりに立っているのがどちらだろうが、これが生配信でないが故に、実況と編集次第でどんな風にも絵の意味は変わる。変えられてしまう。
「さあリスナー、改めて企画の説明だ! 今俺がここまで連れてきた女の子こそ、理不尽の権化たる第四仮説! 低レベルのガチ初心者でしかないこの子と熟練の猛者22人、果たして戦ったらどっちが勝つと思う!?」
声を大にして問うたそれは、下卑た声の合唱で返ってくる。
"負けるはずがない"、それぞれ言い方の異なる決意表明は、一人の少女を全方位から取り囲む。
精神が不安定で、引き籠もりの14歳の少女が受けるには、それは余りにも過剰な悪辣で。
混乱、恐慌、萎縮、絶望。
声すら出ず震えるしかない少女を見て、青年はカメラがよく撮れるように離れた位置へと移動する。
彼の心情は空虚だった。
波立つことも、申し訳無さも、可哀想だと思うことも無く。ただ当たり前のように、無慈悲に少女へこう告げる。
「これが君が存在するだけで殺したくなるほど嫌いな人達の極一部だよ。……異物はお前だ、消えろよチート野郎」
──その声を火蓋として、少女の地獄が始まった。
サイコちゃん「え?あれって白露って読むんじゃないの?(妹の名前が姫雨の女)」